第14話 節目

「もう朝よ、起きなさい」


 部屋のカーテンが勢いよく開かれ、終わりのない悪夢から目を覚ます。

 外には既に太陽が高く昇っていて、眩しい光がちらちらと部屋に差し込んだ。

 今日が14歳最後の日。

 大きな節目を前日に控えた、午前9時のことだった。


「…起きてるよ、眠れなかった」


 半分嘘で、半分本当のことだった。

 サフィと別れてから私の不眠症は悪化していく一方で、いつもようやく眠りにつくのは太陽が山際から顔を覗かせ始める頃だった。

 今日もいつもと変わらず、覚醒時の酷い頭痛に苛まれる。

 15歳の大きな節目を前にして、私の身体はすでに限界を迎えていた。


「あなたは明日15歳になるの。しっかりしなさいね」


 そっと囁くように母が言った。


「…うん」


 母が優しげな声で私に何かを伝えるのはとても久々のことで、それだけで心が少し軽くなる。

 ここ最近、母の笑顔が私に向けられることはなくなっていた。

 毎日の魔女の稽古では、ただひたすらに厳しく、突き放すような態度で私に接し続けていた。


 今日が15歳の誕生日を控えた最後の日だからなのだろうか。

 この日だけは、魔女の稽古も厳しい母の姿もどこにも見当たらなかった。


「おはよ、お母さん」


 ベッドの中から、窓の前に立つ母を見上げる。

 隣に、サフィの姿は見当たらない。

 代わりに3匹の子猫が母に寄り添い、不安そうに私を見つめている。

 あれから2ヶ月と少しの時が流れた。

 この子たちの名前も、早く決めてあげなければならない。


「前にあなたに言ったことは覚えてる?魔女には3つの節目があって、明日はそのうちの2つめ。あなたの人生を大きく変える日となるわ」


 ベッドから起きられず、窓から差し込む暖かい光に思わず目を伏せる。

 そうして少しだけ、母の放った言葉を頭の中で反芻した。

 明日、私はまたひとつ年を取り、15歳になる。

 魔女にとって15歳の誕生日を迎えること。

 その意味を私は今日、ついに知ることになった。


「…この家から出て行きなさい。それが15歳を迎えた魔女の定めよ」


 なんとなく予想はついていたから、これといって大きく驚きはしなかった。

 今日までの厳しい稽古も、学校に通わせてもらえなくなったのも、すべてはだったのだろう。

 ひとりで生きていくため。

 15歳になったその日から、一人前の魔女として家を出て行くための準備が、私の知らないところで密かに進められていたのだ。


「…イヤだよ。私はまだひとりでは何もできないのに」


「いえ、できなくてもあなたは行かなければならないの。魔女の末裔としてあなたは立派に生きていかなければいけない。だから行きなさい、明日の朝にはこの家を出て行くのよ」


 そう言って母は私に背中を向けて出て行った。

 彼女が一体どんな気持ちで、私にそんな言葉を放ったのかわからない。

 それでも、父もおらず、ずっと私をひとりで育ててきた母の想いだけは、きっと紛れもない本物だと思った。


 だけど。

 頭では、ちゃんとわかっているのだけれど。


「…イヤだ」


 私は15歳になるわけにはいかなかった。

 一人前の魔女になんて、ならなくても良いと思っていた。

 普通の女の子として、学校に通いたかった。

 普通の恋をしたかった。

 ″今更何を言っているのよ″

 たとえ母にそんな言葉を言われても、私はひとりで生きていくのが怖かったのだ。


 それならいっそ、15歳にならなければいい。



「…そんなことできるの?」


 冗談か何かに聞こえたのだろうか。

 ぷはっと吹き出した彼が、驚きながら尋ねてくる。

 そうやって、この人はいつも私の言葉に声を出して笑っていたことを思い出した。


「できますよ!私は魔女ですよ?カラスも呼べるし、虹も出せるし空だって」


「わかってるよ、聞いてみただけです」


 空には相変わらず天の川が流れていて、そばにいたパステルは既に寝息をたてていた。

 猫は夜行性だというのに、本当に呑気な子だ。


「それで、どうなったんですか?魔女さん」


 興味深そうな声でそんなことを聞かれると、なぜだか心が躍ってしまう。

 夏の夜風に背中を押されて、私は再び口を開いた。


 こうして今、私がここにいるわけを。

 魔女として生きていくことを選んだわけを。


 私の人生を語る上で外せない大きなターニングポイントは、きっと15歳の誕生日を1時間前に控えた、あの夜の出来事に繋がっているのだ。









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