八 不良録・Mさん

 昔のことを色々と思い出す。私は中学三年のとき、クラスに好きな子が3人いた。3人ともそれぞれ違うタイプで、そのうちの1人のMはいわゆるヤンキー系だった。といってもMは弱い者いじめをするような人間ではなく、むしろそういうのを毛嫌いし、教室にそういうことが起こりそうな気配が発生するといち早くその芽を摘んでいた。大人になった今でも、彼女の勇気や強さ、凛々しさに憧れている。

 Mは4人兄弟の末っ子で、上のお兄さんとお姉さんは有名な不良だった。しかしそんな家庭の事情にも関わらず、Mは成績上位で部活も陸上部に所属し、運動会のときのリレーではアンカーを任された彼女が絶望的に開いた差を嘘のように詰めて逆転し、会場を盛り上がらせた。私が子供の頃はクラス内で男と女の間にはデリケートな溝があり、付き合っている者もほとんどいないし、互いに会話することすらなかった。スマホもネットもなかった時代だ。

 私も3人の意中の子に告白するつもりはなかった。しかしバレンタインデーなどでは期待に胸を膨らませていたし、授業中に隙あらば彼女たちの不思議な魅力を感じ取っていた。ある日昼休みにMが話しかけてきた。教室中が注目しているのがわかった。

 「○○くんに聞きたいことがあるんだけど」

 「え、何?」

 彼女の顔が間近にあるというだけで何か非現実的な感覚に陥った。

 「ここじゃ言いづらいから放課後! じゃ、また!」

 敬礼のような仕草をして彼女は溝の向こうの女子のグループが出来ているエリアに戻っていった。女子たちは私の顔を見た後お互いの顔を見合わせて少し意地悪な感じでクスクス笑った。私の友人も私を囃し立てた。

 「何て言われた?」

 「シメられるんじゃねーかと思った」

 「Mに告白されるんじゃねーの?」

 「○○はジャニ系だからな」

 私は本当にMに告白されてしまうのだと思った。実はそのときは中学3年の3学期で、学年でちらほらと誰々が告白して付き合ったとかいう話が流行っており、恋愛が解禁されたような気配が漂っていた。

 

 放課後、体育館の裏のプールの物陰で待っていると、運動場のほうから体操服姿のMが現れた。そしてにっこりと笑って言った。

 「○○くん、Yさんのこと好きでしょ」

 Yさんとは私が好きな子の1人で、ショートカットの可愛らしいソフトテニス部の子だった。

 「え、いや好きじゃないよ?」

 咄嗟に嘘をついた。

 Mは眉間にシワが出来、目の色も変わった。それは紛れもないヤンキーの相だった。声や喋り方も急にヤンキーの血筋を思わせるものに変わった。

 「言っちょくけど好きなのバレバレじゃけ。あんたいっつも授業中Yのこと見よるやろ? あとあんたSのことも好きやろ」

 私はドキッとした。Sは私が好きな3人の女の子の中の1人だった。ヤンキーは人の本性を見破ってくる。テンパった私はただひたすら苦笑いをして否定するしかなかった。Mの目つきがどんどん鋭さを増していった。私はカツアゲをされている中学生のようだった。Mは私が臆病なことも見抜いたようで、急に口調が柔らかくなった。そして呆れたような調子で言った。

 「あのさ、これほんとは言っちゃ駄目って言われちょったんやけどさ、Yさん○○くんのこと好きなんやって」

 私はそれを聞いたとき、自分が望んでいたことのはずなのに、無性に不安な気持ちになった。好きになられることすら私は恐ろしかったのだ。

 「付き合うか付き合わないかは○○くんの勝手やけど、Yさんにはきちんと言ったほうがいいよ」

 そう言って彼女は運動場のほうへ走っていった。


 私はもう授業中に好きな子を見るのをやめた。万引きのバレた中学生のようだった。そしてMからもYからも何のコンタクトもなかった。


 卒業が近くなり始めた頃、廊下でばったりとMに出逢った。

 私は言いたかった。

 Mのことも好き。

 私からは言えない。どうか気づいてほしい―――。

 Mは私を一瞥して通り過ぎて行った。私に何の感情も抱いていない、そんな目だった。そしてそれが私の記憶に残っている最後のMの姿である。

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