六 学級活動

 換気扇のスイッチだけ押された薄暗いロッカールームの隅っこに、膝を抱えて座っているのは小学生時代の私だ。まだ毎日が自分探しのように生きていた頃の私だ。10年後、彼は袋小路に追い込まれ、精神を病むことになる。薬や包丁を手渡す代わりに、何か出来ること、言いたいことはあるだろうか。

 「ユニクロの株を買え」

 私は外に独り言が漏れるのを恐れて無言で立ち去った。それにしたって大人になって働くことがこんなにもつまらないとは思わなかった。もっとテキトウで愉快なものだと想像していた。こち亀の中川が乗ってるようなスーパーカーだって、買おうと思えば買えるさと根拠なくかましていた。

 今の子会社に出向する前の部署ではTPM活動という何やら奇怪な自己啓発めいたものに巻き込まれた。これには戦慄した。何で大人になってまで、どこかのお節介野郎が考え出した糞めんどくさいもんを強制されなきゃならないのだ。壁に子供が学校の発表会で作るようなでかい紙に課題や目標をペタペタ貼ってあるのが耐えがたかった。TPM活動の標語を公募したポスターの「やめたいな 酒とタバコとTPM」は傑作だと思った。幸いなことに、子会社に移ってからはその煩瑣で窮屈で脅迫的な呪縛から逃れることが出来た。あんなものを我慢してやれる人たちは凄いと思う。それから逃げた私はやはり社会人失格だ。

 課長が私の仕事の幅を広げるために、消防設備士の資格を取るよう勧めてきたことがあった。参考書を買ったが、ページを開いて文字や数字やその関係性、組み合わせを覚えるのが苦痛だった。ほとんど勉強せず、試験を迎えた。結果は不合格だった。いつの間にか勉強が全く出来ない人間になっていた。勉強が出来ないと成長にも支障が出る。私が年齢の割に幼いのはそのせいもあった。会社で車の免許以外何の資格も持っていない人間は私だけだった。

 どれほどの年月が経とうと、私はこれ以上成長出来ないだろう。何の特技もないひきこもりと変わらない。このまま死ぬときを待つだけの私に出来る唯一のことは、貯めた40万円でどこかのリゾート地に行き、美しい海の彼方に広がる地平線と神の燃える息吹の見える場所で、最後の賭けに勝つことだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る