二 自殺予備軍

 前の軽自動車が変態的に遅かった。スピードメーターを見ると30キロほどだった。当然、私の後ろに行列が出来る。私はそれら全ての車の運転手から恨まれているような気がしてならなかった。一種の神経脅迫症だろう。踏切の遮断機が啼いた。前の軽自動車はちょうど一時停止してまんまと抜けていった。私の目の前をポールが下りる。乾いた笑いが起きた。先頭の対向車の軽自動車の運転手は中年女性だった。疲労と貧乏のせいだろうか、街で見かける日本人は皆不愉快な顔つきをしている。他の日本人のことが鬱陶しくてたまらなさそうにしている。仏頂面が日本人の素の表情になってしまっている。私がそうだからそう見えるだけだろうか? 以前在籍していた部署に私より10歳ほど若い女性がいた。その女性は地元の国立大卒で頭が良かった。堅実に20代で社内結婚をし、新婚旅行でオーストラリアに行った。その土産話がとても印象的だった。曰く、「オーストラリアの人たちがいかにも景気が良さそうでみんなニコニコしていた」と。私はその光景を惨憺たる有様の国の奴隷どもにさり気なく教える彼女は、やはり国立大卒の賢い人だと感心した。

 私は車を発進させてポールをくぐった。対向車の中年女性が飛び上がって驚く。線路内で停止し、タバコを1本取り出す。ペティルというピンク色の箱の1ミリのメンソールだ。ドアについているポケットにはライターが3つほど詰め込まれている。1つ取り出してつけようとするが、オイルが6割方残っているのにつかないやつだった。前からも後ろからもクラクションが鳴り響く。残りのライターのうちタバコを買うとついてくるジッポー式のやつはダメになってるやつだったので薄っぺらいライターのほうを取ってタバコに火をつけた。みんな恐怖と混乱で大変なことになっている。私もちょっとしたおふざけで愉快になるはずが逆に不安になってきたので予定より早く車を発進させた。毎日家と仕事場を往復するだけの人生はとても惨めでつまらない。それは私だけではない。毎日行きと帰りにすれ違うほとんどの車の運転手も同じなのだ。あの場にいた中に、パチンコ屋に憂さ晴らししに行こうと思っていた人がいたかもしれない。そして3万円ほど失うのだ。しかし、あのようなことに遭遇したら、そういう気も吹き飛んだことだろう。その運命を変えたのは私だ。私は多くの人たちの運命を少しだけ狂わせた。そのはずみだろうか? 私は興奮と恐怖と不安から手は震え、意識散漫となり、何かが原因で家に帰れずに死んだ。

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