第84話 元凶


 聖獣リルの行動原理は、全く以てつかめない。

 ただ、愛らしい見た目とは相反して、奴の行動は容赦なかった。


「うわっ! 来るな! 来るな! うぎゃ」


「ひうっ、助けて……ぐがっ」


「も、もうだめだ! がうっ」


「ゆ、許してください。どうか、命だけは……けほっ」


 命乞いをする獣国の臣下達が、鮮血を撒き散らして倒れる。

 可愛らしい手から伸びた長く鋭い爪が、彼等を容赦なく切り裂く。

 しかし、リルの表情には笑みが貼り付いたままだ。


「マルセル! ラティ!」


「はい。エリアヒール。あっ……魔法は使えないんでした……」


「ちっ、そうだったな」


「これ以上はやらせんちゃ」


「ルルーーーー!」


 マルセルの力があれば、即死でない限り助けることができるとか、安易に考えていたのだが、ここでは固有能力だけでなく、魔法も使えないことを思い出す。

 しかし、元から魔法や能力を当てにしていないラティは、得意とする弓で鋭い矢を放つ。

 ところが、正確無比なラティの攻撃は、いとも容易く躱されてしまう。


 くそっ、さっさと片付けないと、死人だらけになるぞ。まずは、奴をこっちに引き付けるしかないか。おっと、それと――


「おいっ! 魔法や能力の制約は解除できないのか!?」


「無理です。闘技場から出ない限り、その制約は解けません」


「闘技場から出ればいいんだな」


 一応確認してみると、ギリアンから予想通りの返事が届く。

 それならやりようがある。だが、気をつけないと、街中に入られると厄介だ。

 なんて考えている間に、血気盛んな女が突撃する。


「オラオラオラ!」


「ルルル」


 相変わらずの猪突猛進でアンジェが攻撃を仕掛ける。

 もちろん、ラティの矢を易々と躱す相手だ。アンジェの打撃が当たるはずもない。


「ちっ、なんてすばしっこい奴だ。うわっ! くそっ」


 攻撃を躱されて毒づくアンジェが、逆に攻撃を食らう。俗にいう返り討ちというやつだ。

 リルの爪攻撃をなんとか鉄パイプで受け止めたが、続けざまの蹴りを思いっきり食らっている。辛うじてバールで受け止めて致命傷は避けたようだが、思いっきり地面に転がっている。

 固有能力が使えるならまだしも、現在の状況だと、とても彼女の手に負える相手ではなさそうだ。

 それを感じ取ったのか、綾香が機関銃で援護する。

 ペットにしたいとか言っていたわりには、容赦なく弾幕を張っている。


「アンジェ、さがって! 大人しく食らいなさい」


「ルルルルーーーー!」


 弾丸を食らうことはないが、さすがに弾幕を張られては近寄れないようだ。リルは一気に距離を置く。

 だが、その結果に安堵する訳にもいかない。


「綾香、あんまりやり過ぎるなよ。街中に入られたら厄介だ。闘技場から連れ出すつもりだが、間違っても逃げられないようにしろよ」


「そんなこと言っても、どうすればいいんですか。目が追い付かないくらい速いんですよ」


 街中に入られては戦い辛いだけでなく、目も当てられないほどの被害が出るだろう。

 ぶっちゃけ、全責任は獣王にあるのだが、関係のない者が死んでは目覚めが悪い。

 だが、綾香が愚痴るのも理解できる。何と言っても速いのだ。おそらく俺やラティと互角か、それ以上だろう。


「ユウスケ、どうするん? このままだと決め手がないんちゃ」


「能力が使えない状態では、こちらに勝機がないように思えます」


「だが、ユウスケのインチキ能力で終了なんて面白くね~ぞ」


「インチキ言うな!」


 ラティやマルセルは、勝ち目が薄いと判断したようだ。

 アンジェも同じ考えのようだが、戦いたい病の方が勝っているのだろう。思いっきり不貞腐れている。


 確かに、このままで勝てる相手じゃなさそうだ。だが、エルソルが召喚されているとなると、空牙で綺麗さっぱり消し飛ばす訳にもいかない。さすがに自分の嫁を次元の彼方に放り出すのは非道だよな。まあ、空牙を食らうとも思えんが……そう考えると、固有能力が使えても決め手はないんだよな……


 エルソルのことを心配するが故に、攻撃判断を鈍らせる。

 ただ、その間も、リルはまるで戦いを楽しむかのように笑みを浮かべている。いや、一瞬で姿をくらませる。


「マジではえ~ぞ。どこだ!? 少しはじっとしてろ!」


「後ろなんちゃ」


「えっ!? えっ!? 速過ぎです。スピード違反で検挙されますよ」


「結界! あっ……」


 リルの姿を見失ったアンジェがキョロキョロと見回しながら愚痴をこぼす。こいつはまだまだ修行が足らないみたいだ。

 それを知らしめるかのように、ラティがリルの位置を特定する。

 もちろん、綾香がリルを追えるはずもなく、意味の分からない愚痴をこぼす。

 危機感を抱いたマルセルが即座に結界を展開しようとするが、またもや魔法が使えないことを忘れていたようだ。手を突き出したまま恥ずかしそうにしている。


「ウチが相手なんちゃ」


 一気に距離を詰めてきたリルを止めるべく、ラティがカタールを装備して前に出る。

 だが、相手は聖獣だ。ラティでも荷が重いはずだ。


「ちっ、綾香、なんか出せ。ああ、攻撃力が高くて、殺傷能力は低い方がいい」


「また、無茶な注文ですね」


「時間がないんだ。急げ」


「はいはい。どれが――」


 お前はドラ○もんか!


 自分の武器をアイテムボックスの中に納まっているが故に、攻撃オプションがないのだ。

 仕方なく綾香に物乞いすると、奴はパーカーの腹ポケット化している道具袋の中に手を突っ込む。ごそごそとやっている姿は、まさに耳ナシの猫型ロボットだ。つ~か、あれって、どう見ても猫型とは思えん……


「じゃじゃ~~ん! これなんかどうですか!?」


「自発効果音に対するツッコミは置いておくとして、それってどんなアイテムだ?」


 綾香が空を貫かのように突きあげたアイテムは、ピンク色の棒だった。

 形といい、色合いといい、俺の記憶が確かならば……嫌な予感しかしない。


「よくぞ聞いてくれました。これこそが――」


「前置きはいいから、さっさと説明しろ」


「ちぇっ、これは高反発ドライバードラコンです。スイングの加速力を倍増して、どこまでも物体を弾き飛ばすアイテムです」


「はぁ?」


 ドライバーでドラコンという命名は分からなくもない。いや、この状況でゴルフ道具なのは置いておくとして、濁音が無いだけで全く別物になるのも棚上げしよう。それよりも、どう見ても奴が手にしているアイテムが説明と違うように思う。

 ドライバーといえば、細長い棒に丸いヘッドが付いているはずだ。確かに、奴が持っている棒も先端が丸くはなっているが、形は歪だし、長さ太さも違うように思う。長さは三十センチ弱だし、形がやたらと見慣れたモノと類似している。


「なあ、それのどこがドライバーなんだ?」


「えっ!? あれ? うひゃっ! ひうっ、間違えました」


 綾香は手にしていたアイテムを目にして、恐ろしい速度で顔を真っ赤にする。

 その様子からして、手にしたアイテムが何かは容易に予測できるが、敢えて口にしないでおこう。そう、それは俺にも責任があるはずだ。


「こ、こっちです。あれは……なかったことにしてください。さあ、ラティがピンチですよ。いったいった!」


 焦ってピンクの物体をアイテムポケットに押し込んだ綾香が、高反発ドライバードラコンを押し付けてきた。


 ピンチなのは分かるが、ドライバーでどうしろってんだ? リルをナイスショットすればいいのか?


 夜な夜なピンクの道具に頼る綾香に罪悪感を抱きながらも、押し付けられたアイテムに視線を落として頭を悩ませる。

 だが、ここで悩んでいても時間の無駄だ。いまにもラティがやられそうな状況だ。仕方なくドライバー片手に、リルに戦いを挑む。


「食らえっ! ちゃーしゅーめん!」


「ルル?」


 ドライバー攻撃をひらりと躱したリルが首を傾げる。

 あたかも「なにやってんの?」って感じだ。


 くそ恥ずかし……ゴルフで空振りするより恥ずかしくないか? つ~か、シャフトが長いからスイングスピードが落ちて、簡単に避けられるよな。ダメだこりゃ……


「綾香! ダメだ。他の奴をよこせ! もっと素早く使える奴がいい」


「自分のスイングを棚上げして、クラブの所為にしてませんか? そんなことでは百は切れませんよ」


「うるせ~! 早く寄こせ」


「これだからビギナーは……」


 必死にリルの攻撃を躱している間に、綾香はブチブチと文句を言いながらも、アイテムポケットをまさぐる。


「殺傷能力は低くて、攻撃力が高いとか、難しい注文ですね。う~ん、これなんてどうですか?」


 綾香は何を考えたのか、アイテムポケットから布を取り出して広げた。

 その形からして、またまた嫌な予感がする。


「い、一応聞くが、そ、それは何だ?」


「えっと~、悩殺下着です」


「あほか! 確かに殺傷能力は低くて攻撃力が高いけど、相手が男に限定されるだろ! だいたい、俺にどうしろって言うんだ? まさか、身につけろとか言わんだろうな」


「やっぱりダメですか……」


 ダメ出しをすると、奴は再びアイテムポケットをまさぐり始める。

 ただ、完全に路線がズレているところからすると、もはや奴はあてにならない。

 どうやら、ラティもさじを投げたようだ。リルとの攻防を続けながらも呆れ顔を見せる。


「アヤカの相手をしてたら、こっちがやられるんちゃ。放置なんちゃ」


 ちっ、こりゃ、素手で何とかするしかないか。つ~か、それが無理っぽいか頼んだんだが……くっ、それにしても速い……


「それなら、これで! 無限フリスビー!」


 既に放置されているとも知らずに、綾香は性懲りもなく次なるアイテムを取り出す。

 その能力は、おそらくいつまでも飛び続けるフリスビーだろう。説明を受けるまでもなく予測できる内容だ。

 というか、もはや奴を相手にしている余裕すらない。


「無視ですか、ああそうですか。頼んでおいて無視とか、失礼です!」


「ん? これって投げればいいのか?」


 アンジェが憤慨する綾香の手からフリスビーを奪い取る。


「あっ、アンジェ。だめ、だめです」


アンジェは制止を無視して徐に投げ飛ばした。


「それは武器なんです。際限なく飛んで回って電撃を食らわせるんです」


「ほうっ。でも、特に問題じゃないよな?」


「いえ、この武器は、投げた人間を追い続けるんです。だから、敵に使わせる必要があるんです」


「な、なんだと!」


「に、逃げましょう。いえ、アンジェ、逃げてください」


 高速で投げ出されたフリスビーが宙でターンしたかと思うと、アンジェに襲い掛かる。


 ただでさえ忙しいってのに……


 溜息を吐く余裕すらなく、素早く動き回るリルに蹴りを見舞うが、簡単に避けられて反撃される。


 くそっ、ほんとすばしっこい……


「こんなもん、オレが殴り飛ばして――ぐがっ、ビビビッ」


 威勢の良いアンジェだったが、フリスビーから思いっきり電撃を食らってぶっ倒れる。


「お、おいっ、アンジェ! お前等、なにやってんだ」


「ひょえ~~~! こ、こないで! うひゃっ! ビビビッ」


 投げた人間を攻撃するとか言っていたが、アンジェが倒れたあと、フリスビーは無差別に攻撃を始める。まさに、目の前のリルと同じだ。


「け、結界! あっ……」


 アンジェに続いて綾香が電撃に倒れると、マルセルが顔を引き攣らせて、またもや同じミスを繰り返す。

 ところが何を考えたのか、フリスビーはマルセルを攻撃することなく、フラフラとボバーを始めた。

 それを見たマルセルがホッと息を吐く。


「よ、良かった……」


 ほんと、困った奴等だ……なにっ!


 マルセルが無事で安堵の息を吐く。ああ、感電しているあの二人は自業自得なので、良い薬ということにしておこう。ただ、胸を撫でおろしたのも束の間、次の行動を迷うかのようにホバーしていたフリスビーが、「ターゲット発見」と言わんばかりに、こちらに向かって飛んできた。というか、もはやフリスビーと呼べる代物ではない。どう考えても無差別殺りく兵器だ。


「ラティ!」


「アヤカ、ほんとに恐ろしい女なんちゃ」


 注意をうながすと、リルの爪をカタールで弾き返したラティが顰め面を浮かべる。


「マジで厄介だな。内も外も……」


 実際、ピクピクと痙攣している二人のことも気になるのだが、今は駆け付ける余裕がない。

 この状況だと、マルセル任せる他ない。そもそも殺傷能力が低いという注文を出しているのだ。間違っても命に関わることはないだろう。

 それよりも、こっちの方が命懸けだ。と思いきや――


「ルル?」


 襲い掛かってくるフリスビーを目にしたリルが動きを止めた。空飛ぶ物体を珍しく思ったのか、可愛らしく首を傾げている。

 そんなリルに向けて電撃が放たれる。


「ルルルーーーー! ルル!」


 さすがは聖獣。アンジェや綾香のように電撃を浴びて泡を吹くようなことはない。素早く避けると、逆に襲い掛かった。

 ところが、このフリスビーが思いのほか優れモノで、見事に奴の攻撃を回避する。

 ただ、それが気に入らなかったのだろう。奴は執拗にフリスビーに襲い掛かる。


「マジかよ……確かに強いけど、あまり知能は高そうじゃないな」


「まるでじゃれ合ってるみたいなんちゃ」


 ラティが言う通り、リルがフリスビーに襲い掛かる様子は、猫が玩具に飛びつくような光景だ。


「でもまあ、これで少し休めるな」


 思いもしない展開だが、一休みできることについては感謝する他ない。

 だが、これは一時しのぎだ。奴がフリスビーに飽きたら再び戦いが始まるだろう。それを考えると、溜息が漏れそうだ。


 フリスビーのお陰で奴の気を逸らすことができたが、これからどうしたものか……どう考えても倒せそうにないし、ほんとエルソルにも困ったものだ。


『う、う、ううん……誰が困ったものなのかしら。う~っ、頭が痛い』


 おっ、エルソル!


 リルとなって降臨しているものだと思っていたが、今頃になってエルソルが反応した。というか、かなり調子が悪そうだ。


『気分が悪い。吐きそう。もう最悪だわ』


 彼女が健在で安堵するが、いまは気遣ってやる余裕がない。


 おいっ、リルが降臨してるんだけど、どうなってんだ?


『ああ、その所為なのね。脱力感が半端ないわ。ほんと、あの思念体には困ったものね』


 それはいい。それよりも、あの聖獣を昇天させる方法はないのか?


 視線を対象に向けると、遂にフリスビーが陥落したのか、無抵抗で齧られている。


『ん? それなら簡単よ。リル、戻ってきなさい』


「ルル? ルルルーーーー!」


 エルソルが呼ぶと、リルは天を見上げて叫び声をあげた。

 その途端、光の矢が空に向かって放たれる。

 おそらく聖獣リルの力がエルソルに戻っていったのだろう。

 リルが居た場所には、噛み砕かれたフリスビーとスッポンポンの獣王が転がっていた。

 胸が上下しているところを見ると、獣王は健在のようだ。


「獣王! ご無事ですか!?」


 獣王が転がっている姿を見て、リルが去ったことを理解したのか、ギリアンが慌てて駆け付ける。


「はぁ~、なんかめっちゃ疲れたけど、これで一件落着か。俺もあの困った二人の嫁を回収して帰るか」


 横たわる獣王とギリアンから視線を外し、無様に横たわる二人に目を向ける。

 それでも、思いっきり疲れる展開だったが、なんとか収まったことに安堵する。その途端だった。背後から呻き声が上がる。


「なっ! 獣――ぐがっ」


「どうしたんだ!? ん!?」


 慌てて振り向くと、獣王の横に倒れるギリアンの他に、一人の女が立っているのが目に入る。


「さあ、元凶は無に還る時だ」


 青髪の女は、鋭い視線をこちらに向け、そう言い放った。









 元凶と呼ばれる日が訪れるのは分かっていたことだ。

 これまで散々と好き放題にやってきたのだ。一人や二人、いや、一万人くらい現れてもおかしくない。むしろこれまで現れなかった方が不思議だ。

 だが、何について糾弾きゅうだんされているのか、知りたくなるのも人情というものだろう。

 だいたい、こっそりと闇討ちするような相手に、はいそうですかと頷く気もない。


「ところで、何の元凶なんだ? 見覚えがあり過ぎて、特定できないんだが」


「やかましい。元凶は黙って消えろ」


 青髪の女は問答無用で斬りかかってくる。

 ただ、その速さが尋常ではない。


 おいおい、マジかよ。


「やらせんちゃ」


 女の動きを捉えたラティがすぐさま間に入る。俺が丸腰なので、危機感を抱いたのだろう。しかし、すぐ横にはドラコンが転がっている。


「くっ。邪魔をするな! いや、お前も消えろ!」


 青髪の女は美しい顔を歪めて毒を吐く。

 笑顔なら誰もが惚れこんでしまいそうなほどの美貌だけに、とても残念だ。いや、嫁はもういらんからな。勘違いするなよ。


「そこだ!」


「あうっ」


 ラティが女の刺突をカタールで打ち払った途端、青髪の女の陰から一人の少女が飛び出してきた。

 そう、比喩ではなく、本当に陰から出てきたのだ。

 予想もしていなかった攻撃に、ラティが顔を強張らせる。

 だが、そう簡単に俺の天使をやらせる訳にはいかない。


「甘いぜ! ほらティーショットだ」


 間一髪のところで、陰から現れた少女にドライバーショットを食らわせる。

 もちろん、相手が少女だからといって手を抜いたりしない。ラティに危害を加えようとしたのだ。痛い目に遭っても至極当然だ。

 俺の行いに不満を持つのは理解できるが、自分の嫁に手を出されて黙っているほどお人好しではない。なんてったって悪者だからな。


「ちっ!」


 ドライバーショットを避けるべく距離を取った赤髪の少女が犬歯をむき出しにして睨みつけてくる。

 ただ、その表情よりも、少女の速さが気になるところだ。


 こいつらなんなんだ? やたらとはえ~んだけど……


 こちとら、この世界では最高峰のレベルなのだ。固有能力や魔法が使えないとはいえ、対等に戦える相手がゴロゴロしているはずがない。

 それに、二人の格好や装備からして、この世界の物とは少し異なるように思う。


「お前等、どこから来たんだ?」


 俺の勘は、二人を他所者――異世界からの侵入者だと断定していた。


「そんなこと教える訳ないじゃん。バカなんじゃない?」


「リルレラ、黙ってろ。元凶は大人しく消滅しろ」


「ちぇっ。アレージュばっかり、ズルいよ」


 頬を膨らませる赤髪――リルレラと呼ばれた少女を他所に、アレージュと呼ばれた青髪の女が斬りかかってくる。

 その斬撃をドライバーで弾き返し、体勢を崩したところに蹴りを見舞う。


「くっ」


「そこだ」


 思いっきり蹴りを叩き込む予定だったが、そこにリルレラが割って入った。


 やべっ、蹴りが止まらん。


 蹴りの最中に背後から襲われ、一気に形勢が逆転だ。

 ただ、俺の天使が黙って見ているはずがない。


「あまいんちゃ」


「ちっ」


 ラティがさらに割り込み、リルレラが飛び退く。

 その間に、青髪の女も一気に間合いを取った。


「アレージュ、うかつだよ」


「すまん」


 リルレラに窘められて謝るものの、アレージュの瞳はこちらを睨みつけたままだ。


 さて、どうしたものか。固有能力と魔法が使えないままだと決着がつきそうにないな。とりあえず、俺が狙いなら、闘技場から出るとするか。


『奴等の狙いは俺だ。闘技場から出るぞ。ラティは怪我人を連れてマルセルと脱出してくれ』


『ユウスケは大丈夫なん?』


 頷いてみせるが、ラティは心配そうな表情を浮かべたままだ。

 おそらく、自分が戦った感触から、敵の力が生半可ではないと判断しているのだろう。

 だが、それも固有能力が使えない場合に限りだ。


『固有能力さえ使えれば、何の問題もないさ。マルセルもそれでいいな』


『はい。はぁ~、こんな時こそアンジェさんに頑張ってもらいたいのですが……起きてくれませんか』


 マルセルは溜息を吐きながら、横たわるアンジェの頭を撫でる。


 まあ、愚痴を言っても始まらんし、さっさと始めるか。


「なあ、悪いけど、場所を変えさせてもらうぞ」


「逃がさん」


「弱虫なんだ」


「うぐっ……弱虫……」


 リルレラに弱虫認定されたのはしゃくだが、ここで作戦を中止する訳にもいかない。

 一気に階段状の観客席を駆けあがる。


 四体の聖獣像が作る結界から出ればいいんだよな。ただ、あんまり街に近づくのも得策じゃないか……


 街の入り口と闘技場は隣接している。ただ、闘技場の周囲は障壁によって囲まれていて、二ヶ所の出入り口以外からは街に入れない。

 そして、すり鉢状の闘技場と障壁の距離は十メートル程度だ。


 この辺りでいいかな。なにっ……


 既に結界からは外れているはずなのに、マップはうんともすんとも言わない。もちろん、アイテムボックスも反応してくれない。


「おいおい、どういうことだ!?」


「ここまでだ! 塵となれ!」


「あははは。驚いてる驚いてる」


 追いついたアレージュが問答無用で斬りかかってくる。

 その後ろでは、リルレラが楽しそうにしている。


 まさか、こいつらが何か仕掛けてんのか!? くっ、この女、マジで速いんだが……


 リルレラの態度から、現在の状況が仕組まれたものだと考えるが、アレージュの相手が忙しくて、その手段と打開策を考える余裕もない。


「ちっ、魔法はどうだ!? ファイアーアロー! おっ!?」


 ダメ元で魔法を発動させると、見事に炎の矢が飛び出した。

 だが、燃えたぎる炎の矢は、アレージュの周りに展開しているシールドで弾かれてしまった。


「ふんっ。この程度でやられるか!」


 魔法が使えるということは、固有能力だけが使用できないのか。これって、あの時と同じだ……


 動じることなくアレージュが追撃してくる。奴の斬撃をドライバーで弾きつつも、綾香が仕掛けた結界を思い出す。


 確か、あいつが片付けようとしたら、無くなってたとか言ってたな。もしかして、こいつらが盗んだのか……


『綾香!』


『アヤカは、まだねんねしたまんまなんちゃ』


 ちっ、肝心な時に……


 ラティの返事を聞いて、思わず心中で舌打ちする。

 なにしろ、そのアイテムの詳細は、作った本人である綾香しか知らないのだ。


 まあいい。魔法が使えるだけでもマシだ。


『マルセル。闘技場から出れば魔法だけは使える。怪我をしている奴を癒してやれ』


『は、はい。分かりました』


『運ぶのは、ウチに任せるんちゃ』


『はい。ありがとう。ラティ』


 協力して動けない者を移動させていたのだが、ラティは直ぐに自分が全てを引き受けた。

 もちろん、マルセルが癒しに専念できるようにと配慮してのことだ。


「食らえ!」


「そう簡単に食らうかよ」


「だったら、こっちを食らって」


「ちっ、ファイアーボム!」


 二方向からの同時攻撃に手を焼き、魔法で時間稼ぎする。

 ラティが戻るまでは、ジリ貧でもいいから現状を維持する他ない。

 というのも、奴等は尋常ではない戦闘力を持っているし、大規模魔法で蹴散らす訳にもいかない。


 マジかよ。こいつらどこから来たんだ? ぜって~この世界の人間じゃね~だろ。もう一発! 


「食らえ!」


「ちょっ、か弱い女の子に魔法の連打とか卑怯よ」


 リルレラが頬を膨らませて抗議してくるが、襲撃者に情けをかける気はない。容赦なくぶちかます。


「往生際の悪い……」


「好きなように言え!」


「ちっ、いつの間に」


 爆発を利用して目をくらまし、一気にアレージュの背後をとる。

 あまり気は進まないが、剣を持つ腕を掴み、もう一方の腕を首に回す。そう、後から密着して動きを封じた。もちろん、金的を食らうようなヘマはしない。


「くっ、卑怯な」


「あ~っ、嫌らしい! 見ず知らずの女に抱き着くなんて。変態!」


「うっせ! 行き成り襲撃しといて、卑怯も糞もあるか! 小娘は黙ってろ! 別に抱き着いてる訳じゃね~! そもそも女に困ってね~っての」


 アレージュとリルレラから好き放題に罵られてムカつく。

 ところが、味方からも冷たい言葉を浴びる。


「ユウスケ。もう嫁を増やすのはやめるんちゃ。いったい何人を嫁にすれば気がすむん」


「ちょっ、ラティ。お前まで……」


 ラティから窘められて、思わず脱力しそうになるが、ここで気を緩める訳にはいかない。


「はなせ! ケダモノ」


「うぐっ……す、好きなように言え。それよりも、俺達を狙う理由を教えてもらおうか」


 ひどく腹立たしいが、今は理由を聞き出す方が先決だ。

 ところが、アレージュは理由を口にするどころか、声をあげて笑い始めた。


「くくくっ……あはははは。あはははははははは」


「笑ってる場合じゃないだろ」


「これが笑わずしていられるか。私を取り押さえただけで勝ったつもりか? いや、これで取り押さえているつもりか? ふんっ」


「なにっ!?」


 笑いを収めた途端、捕まえていたはずのアレージュが一瞬にして姿を消す。それこそ、瞬間移動と呼びたくなるほどだ。

 そして、次の瞬間、背後で気配が湧き起こる。


「ちぇっ」


 すぐさま距離を取ると、元居た場所から数歩のところにアレージュが現れた。

 しかし、どういうつもりか、奴は直ぐに襲い掛かってこなかった。


「いいだろう。元凶よ、教えてやる」


 ん? どういう風の吹き回しだ? いや、教えてくれるというのなら、願ってもないことだな。


 疑問を抱きつつも、黙って奴が話し出すのを待つ。


「お前が私の世界のマナを吸い尽くしているからだ」


「俺が!?」


「そうだ。分かったら死ね! メルガ! キラナ!」


「あいよ!」


「はいはい」


 理由について考える間もなく、奴は戦闘を再開させた。

 同時に、二つの返事が背後から聞こえてきた。

その途端、怪我人を癒していたマルセルの悲鳴が上がる。


「きゃっ」


「マルセル!」


「おっと、動くなよ。おい、キラナ。そいつを確保しろ」


「はいはい」


「綾香! くそっ」


 一人の女がマルセルの首に腕を回し、歪な形の剣を突きつけている。

 その女が顎をしゃくると、キラナと呼ばれた女が綾香を拘束する。


「卑怯な手段だが、悪く思うな。これも世界のためだ。死ね!」


 アレージュの持つ青い剣が、俺の腹部を貫く。

 別に油断した訳じゃない。ただ、マルセルと綾香を盾に取られるとは思っても見なかった。ああ、それが油断なのかも。ほんと、しまらないオチだ。


『ぐふっ……悪い、しくじった。ラティ、後を頼む』


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