第82話 王様は女好き


 夜空に浮かぶ星たちが、恰も自らの命を削りだしているかのように光り輝いている。

 不思議だ。この星空だけは、遥か離れた故郷と然して変わらなく思える。

 だが、視線を下ろした世界は、死に至る病に侵された故郷と違って美しい世界が広がっている。

 生命の活力を感じさせるこの景色は、死に瀕した故郷と比べると、まさに天国のようだ。

 深夜である現在は目にすることができないが、陽の光を浴びたこの世界は、恨めしくも羨ましくも輝かしい。


「アレージュ、また星を眺めてるの? 毎晩毎晩、よく飽きないよね」


 ほっとけ。お前のお喋りの相手よりも、はるかに有意義だぞ。


 この娘――リルレラは、とにかくよく喋る。うんざりするほど喋る。口を塞ぎたくなるほどに騒がしい。


「それよりも、いい加減に後続組が来て欲しいよね。このままじゃ、ここで人生が終わりそうだよ」


 うるさいのは確かだが、その意見に関しては一理ある。

 さすがに、うんざりするのは同感だ。それに、このまま故郷が滅ぶのを待つのは勘弁だ。


「そうだな。この世界にきて、もう五年になるか……」


「そうだよ。確かに、この世界の居心地は悪くないけど、このままじゃ向こうが終わっちゃうよ。教皇も、枢機卿も、司教も、みんなやる気がないんじゃない? まさか、自分達だけが生き永らえればいいなんて考えてないよね?」


 はじまった……こいつが喋りはじめると止まらないのだ。気持ちは分かるが、付き合っていられない。さて、どうやって黙らせるか……ん?


 リルレラの終わりなきお喋りに終止符を討つべく、どうしたものかと思案していると、突如として胸元が振動する。


 やっとか……


 震えているのは、内ポケットに入れた『疎通の鏡』だ。

 それが指し示す意味は、久しぶりの連絡であり、少しばかり期待がふくらむ。


「私だ。随分と久しぶりだな。レレアラ。もう少し頻繁に連絡をくれても良いと思うが……」


 手のひらサイズの鏡を取り出し、そこに映し出された美しき女に問いかけるのだが、意図せず嫌味がこぼれてしまう。

 それも仕方ないだろう。この世界にきて五年にもなるのだ。愚痴もあふれ出ようというものだ。


『お久しぶりです。連絡が滞っていたことをお詫びします。ですが、こちらの事情はご存知かと思いますが? それで、そちらの状況はどうですか?』


 レレアラは申し訳なさそうに鏡の向こうで頭を下げる。

 この疎通の鏡は、離れたところに居る者同士が会話するための道具だ。

 とても便利ではあるのだが、使用するには利用者の能力とマナが必要だ。

 それもあって、頻繁に連絡をとることも、長時間の会話をすることもできない。

 なにしろ、向こうの世界では、肝心のマナが枯渇しているのだ。

 そして、彼女はそれが理由だと、嫌味を返してきた。

 その反論に関しては、肩を竦めるしかない。それが事実であり、どうしようもないことだからだ。


「分かっている。すまん。ただ、五年も異世界にいると、少しばかり腐ってくるんだ。なにしろ、異世界に居る間に、行き遅れになってしまいそうだからな」


『ふふふっ。その気持ちは分からなくもないですが、この世界を救わないと、行き遅れ以前に、居場所がなくなりますよ』


「それも分かっている。だがな、こっちの世界にはマナが豊富で、とても活力があるんだ。どうしても焦りを感じてしまう。いや、それはいい。こちらは、それなりに順調だ。というか、残りの勇者待ちというのが現在の状況だ」


『それは同感です。気付けば、わたくしも二十代後半。すっかり行き遅れです。若い神子しんしたちからは、オバサン扱いですよ。すみません。思わず愚痴が……それよりも、残りの勇者選定が終わりました。これからそちらに送ります』


「そうか! やっと決まったか」


『はい。これでも急いだ方なのです。枢機卿や司教たちが煩くて……』


 待ちに待った言葉だったが、それを発したレレアラは、ゲッソリとした表情を見せる。

 それだけで彼女の苦労が分かろうというものだ。

 そもそも枢機卿や司教は、何も分かっていないのだ。いつも自分達の権力争いばかりで、世界のことなど二の次なのだ。リルレラではないが、自分達だけが良ければ満足なのだろう。


「分かった。であれば、そろそろ作戦を実行に移すぞ」


『いよいよですね。それで勝算は?』


「わからん。なにしろ、桁違いの力を持っている相手だからな。だが、色々と準備を進めたし、必ず滅してやるさ」


『それを聞いて安心しました。この世界の未来は、アレージュ、あなた達勇者に託されているのです』


「やめろよ。勇者とか、こっぱずかしい……」


『ふふふっ。ああ、リルレラは元気にしてますか? やかましくしてませんか?』


「あ、ああ」


 確かにリルレラは元気にやっている。いや、元気すぎて困っているというのが正直なところだ。

 それもあって、思わず言葉が詰まる。

 しかし、聡明なレレアラは、その返事だけで状況を察したようだ。美しき顔に笑みを加えた。


『ふふふっ。だいたい分かりました。リルレラ、あまり迷惑をかけないようにね』


「ぶーーーーっ! おねえちゃん。それは失礼だよ。ボクだって、もう二十歳だし、立派な淑女なんだからね」


 リルレラが憤慨の様相で否定するが、全く以て姉の言う通りだ。もう少し静かにして欲しいものだ。


『はいはい。それよりも、そろそろ鏡の力が限界みたいです。名残惜しいですが……次の連絡では、良い結果を期待しています』


「ああ、期待していろ。かならず元凶を葬ってやるさ」


「任しといてよ。ボクがケッチョンケッチョンにやっつけてやるからね」


『ふふふっ。それでは――』


 どうやら、鏡に込めたマナが尽きたようだ。レレアラの言葉は途中で途切れた。いや、既に彼女自身が鏡に映っていない。

 自分の姿を写すだけの手鏡を見て、思わず溜息を吐いてしまう。

 手鏡に使うマナなんて、本来であれば然して気にするほどの量ではない。それこそ、三日も充填すれば、丸一日くらいは話せるはずだ。それが、ちょっとした連絡すらままならないほどに、あの世界のマナは枯渇しているのだ。


 はやく対処するべきだな。


 いつもはうるさいリルレラでさえ、それを感じているのか、はたまた、姉と会話したことで里心がついたのか、少しばかり大人しい。いや、寂しそうにしている。

 ここは姉の親友として、彼女を元気づけてやるべきだろう。


「さあ、作戦開始だ。後続の勇者を迎えたら、即座に行動を開始するぞ。いつまでも寂しがっている場合じゃないぞ」


「わ、分かってるよ。べ、別に、寂しがってなんてないよ。アレージュこそ、早く任務を終わらせないと、あっというまに三十路だよ」


「うぐっ」


 せっかく励ましてやってるってのに、なんて嫌なことをいう奴だ。元凶を葬った暁には、めっちゃカッコイイ旦那を捕まえて、自慢しまくってやる。









 灼熱の陽が背中を焼く。

 掘り起こされた地面が独特の臭いを撒き散らす。

 心地よい香りではないが、少なからず戦いが撒き散らす血臭よりは、遥かにマシだ。


「ふ~っ。とりあえず、これでいいかな。結構キツイ仕事だけど、やっぱり働くっていいな」


「ユウスケ~! 来てくれ!」


 土が放つ湿気を少しばかり鬱陶しく思いつつも、成果を見渡して満足していると、少しは慣れた場所にいるアンジェが悲鳴をあげた。


「またかよ……ほんと、信じられん奴だ」


「ユーーーーースケーーーーーー!」


「はいはい。いま行くよ。ほんとに困った奴だ」


 慌てることなく少し離れた畑に移動すると、アンジェが尻餅を突いている。

 視線の先には、案の定、青々とした葉の上を芋虫がのらりくらりと移動している。


「お、遅いぞ、ユウスケ! 早く撤去しろ!」


「お前な~」


「いいから急げ! 速やかに、迅速に、瞬時に、虫を移動させろ。でも、殺してはダメだぞ」


「はいはい」


 溜息を吐きつつも、芋虫を抓んでポイっと放る。


「おいおい。投げるなんて、可愛そうじゃないか」


 虫を嫌がっている割には情けをかける彼女を見て、もう一度溜息を吐く。

 まあ、こういうところが、彼女の良いところでもあるので、文句を言う訳にもいかない。

 ただ、悪党やモンスターを相手にする彼女を知っているだけに、この醜態はあまりにも残念だ。


 悪党には、根性がね~とか言ってるくせに……まあ、畑仕事を嫌がらないだけマシか……


 予想に反して、アンジェは畑仕事を嫌がらなかった。逆に、嬉々として賛成してくれた。

 ああ、畑仕事をしていることには理由がある。

 それは大した理由ではないのだが、原因については大問題だ。

 そう、原因は……


「ところで、我が家の浪費家は、どこでなにをしてるんだ?」


 周囲を見渡すと、マルセルやラティの姿はあれども、畑仕事に至った根本原因が居ない。


「アヤカなら、釣りに行ったっちゃ」


「釣りね~。変な道具を造りだして、漁になってなけりゃいいが……」


 ラティの返事を聞いて、思わず肩を竦める。


「それでも、浪費に走るよりはマシだと思います」


「確かに、それは一理ある。つ~か、全ては、それが原因だからな。まあ、こういう生活に憧れていたから、畑仕事に不満はないが……」


 生活には不満を持っていない。だが、金欠については由々しき問題だ。


 巨人事件は、ほんの一ヶ月前の話であり、それについては、俺が夫としての務めをきちんと果たすことで収束した。

 ところが、問題が発覚したのは、その後だ。

 実は、綾香の創造が多岐にわたり過ぎて、気付けば金が底を突いていたのだ。

 それにつて、綾香を糾弾したのだが、「放置していた夫が悪い」という論理のすり替えに負け、有耶無耶うやむやにされてしまった。ほんと、恐ろしい世の中だ……


 そもそも俺達の収入源だが、悪党から巻き上げた金品については、各州に返還しているので、ダンジョン攻略で得た魔石だけだったりする。

 ただ、俺達の狩りは半端ない。それもあって、膨大な利益を得ていたのだが、ここにきて魔石市場が暴落しはじめたのだ。

 というのも、その原因は俺達にあったりする。そう、需要に対して供給が多過ぎるのだ。

 それでも、自分達が生活するだけなら、ダンジョンでモンスターを倒すというのもありだ。だが、さすがに飽きてきた。完全にルーチンワークになってしまって、モチベーションが保てないのだ。

 それもあって、今回は普通の生活を選択した。いや、これまでは能力に胡坐をかいて、散々と好き放題したのだ。これからは普通に暮らすべきだろう。

 もちろん、世直し――盗賊狩りも続けている。

 ああ、各州に従事している者達は、給金をもらっているので、それで生活可能だ。というか、少なからず高給取りの部類だろう。なにしろ、州の運営を行っているのだ。知事や大臣程度の給料をもらっても罰は当たらないだろう。

 そんな訳で、エルソルから許可をもらい、南の島で畑仕事をはじめたのだが、どうやら綾香は不満らしい。彼女だけは手伝うことなく海に行っている。

 それ自体は然して問題ないのだが、目を離すと何をしているのか恐ろしいというのも事実だ。


「つ~か、あいつ、いつもボウズじゃん。本当に魚釣りをしてんのか?」


「確かに、あまり釣れないと、おかしな道具を造りそうですね」


 マルセルも同じ不安を抱いたようだ。少しばかり顔色を変える。

 実際、綾香は釣り道具を作っていた。それを慎重に確認していたら、「私を信用してないのですか? 普通の釣り道具だと言ってますよね?」と、彼女から白眼を向けられてしまった。


「まあ、奴に材料を渡していないんだ。奴が持っているもので作る分には問題ないだろうさ」


 残った資源は、全て彼女に渡してある。いや、それで我慢してくれと頭を下げた。

 確かに、柏木連合は複数の州を持つ大国だが、だからと言って、好き勝手に鉱山を掘り当てる訳にもいかないのだ。

 そう、この世界は、国以前に、生きとし生けるもののために存在するのだ。


「それはそうと、そろそろお出かけの時間ではないですか?」


「ん? ああ、そうだった」


 時間が経つのは早いものだ。マルセルの言葉で夫の務めを思い出す。

 日没までには、まだ三時間はあるだろう。こんな時間からと思うかもしれないが、夫の務めは、夜の営みだけではない。


「それじゃ、シャワーを浴びて出かけるか」


「はい。私も行きます」


「うちも行くんちゃ」


「オレもいくぞ。つ~か、綾香も呼ばないと、また暴れはじめるぞ。というか、破産の根本原因はそこだからな」


「あ、ああ」


 マルセルとラティが同行を主張すると、アンジェが肩を竦めた。

 噂をすれば何とやら、そんなタイミングで、綾香の声が轟く。


「大漁です! 大漁----!」


 やたらと嬉しそうにした綾香がエアーバイクでやってきた。どうやら、今日は成果があったようだ。

 ああ、エアーバイクといっても、別にバイクに乗っている振りをしている訳ではない。この場合、エアギターなどとは違って、実際に低空を飛行するバイクだ。

 そういえば、エアギターという言葉を初めて聞いた時、空気の入ったギターだと思っていた。無知だと笑いたければ笑うがいいさ。


 それよりも、なんで水着なんだ? 釣りに行ったんだよな? それも――


「なあ、綾香。なんでスクール水着なんだ? 釣りだよな? ほんとに釣りだよな?」


「あっ、うっ、つ、釣りに決まってるじゃないですか! そ、それに、これには需要があるんですよ」


 スクール水着の需要に関しては、なんとなく分からなくもない。少なからず、俺も嫌いではないし……でも、少しばかり無理がないか? お前も、もう二十三だろ!?


「なんですか、そのさげすみの視線は! というか、それよりも見てください。これ、凄いでしょ! 釣り上げるのが大変だったんですよ」


 膨れっ面だった綾香だが、本日の成果をおもいだしたのだろう。アイテムボックスから巨大な魚を取り出し、子供のようにはしゃいでいる。嬉しくて急いできたに違いない。

 ただ、陸に上がった魚、いや、不幸にも綾香に取っ捕まった魚は「やめろーー!」と言わんばかりに暴れている。


 それよりも、う~ん、嬉しいのは分かるが……この成果に対して、どんなリアクションをとればいいんだ?


 周りに視線を向けると、マルセル、ラティ、アンジェ、三人ともが微妙な表情をお互いに向け合っている。


「た、確かに、デカいな」


「これをアヤカさんが釣り上げたのですか?」


「うむ。これは手強そうだ」


 その魚はデカい。恐らく一メートルを超えているだろう。

 マルセルが驚くのも無理はないし、アンジェが頷くのも当然だ。

 ただ、ラティは空気を読めなかったようだ。


「めっちゃ固そうだし、美味しくなさそうなんちゃ」


 そう、綾香が釣り上げた魚は、その見た目がシーラカンスと互角だった。

 そして、その大きさは、彼女が一人で釣り上げられるサイズを超えている。どう考えても何かの道具を使ったはずだ。いや、それは置いておくとしても、この魚が食べられるかどうかも微妙だ。

 そもそも、ここに魚を捌ける者が居ない。ロココなら簡単に活け造りにするかもしれないが、今の彼女だと間違いなく嘔吐するだろう。なにしろ、現在は悪阻つわりの真っ最中だ。


 まあいい。取り敢えず、魚の件はあとだ。


「とにかく天空城に戻る――ん?」


 魚拓だ。はく製だ。と、騒ぐ綾香をおざなりな対応でやり過ごして天空城に戻ろうとしたのだが、その途端にポケットが振動する。


「この震え方は、エルザだな」


「気のせいです。そんな機能は実装してません」


 デコ電を作った張本人から、思いっきり否定された。

 それでも間違いはないだろう。


「いや、間違いない。俺の勘がそう言っている」


「それよりも、早く出た方が良いのでは?」


「そ、そうだな……」


 マルセルから指摘されて、渋々ながらポケットの中からデコ電を取り出す。

 そこで、自分の勘が正しかったことを知る。


「ほらな!」


「それよりも早く出た方がいいのでは? そろそろキレると思いますよ」


 マルセルの意見は尤もだ。ただ、この場合のキレるは、着信ではなく、エルザの感情の方だ。


「もしもし、俺だけど……」


『どうして、いつもいつも、こんなに時間が掛かるのかしら?』


 やばい、キレかかってる……ここはサクッと誤魔化そう。


「悪い。農作業中で気付かなかったんだ」


『嘘ね』


 うぐっ、なんでバレるんだ? やはり、ニュータイプか。人類の革新、マジでに恐ろしい。


 バレた理由が解らず視線を巡らせると、マルセルが溜息を吐き、アンジェが肩を竦め、綾香が鼻で笑い、ラティが魚を突いていた。


 まあいい。とにかく、用があるから連絡してきたはずだ。


「何があったんだ?」


『それで誤魔化したつもり? 相変わらずね。いえ、そういうところは、全く進歩なしね』


 うっせ。大きなお世話だ。


「それより、話があるんだろ? 俺も急いでるんだ」


『ああ、妊婦見舞いね』


「言葉を選べよ。自分の嫁だ。当然だろ? だいたい、お前の時も元気づけにいっただろ!?」


『そうね。悪かったわ。でも、そういう意味では、もっと悪い話かもね』


 悪い話と聞いて、思わず沈黙してしまったのだが、エルザは気にすることなく話を続けた。










 それは、見事なまでの武骨さを露わにしていた。

 どう考えても、意図してありとあらゆる装飾を排除したとしか思えない。

 それほどに実用性だけを重視した堅牢そうな王城だ。


「そういえば、これまで色々あったが、獣国に来たのは初めてだな」


「凄いです。猫耳、犬耳、ウサギ耳、虎耳、馬耳、熊耳、パンダ耳、リス耳、キツネ耳、タヌキ耳、パンの耳、なんでもござれです」


 いや、パンの耳はちげ~だろ……つ~か、機嫌が直って良かった。


 昨日、奴の収穫である巨大な魚が毒魚だと聞いて、即座に空牙の餌食にしたら、それっきり口をきいてくれなくなった。

 本来は文句を言われる筋合いなんてないのだが、巨人事件もあったので、ご機嫌取りをしている最中だったりする。


「こうやってみると、人族の方が少ないな。なんか俺達の方が異物みたいな感じだぞ。みんなにジロジロ見られてるし……」


「そうですね。近隣諸国との国交はあるのですが、あまり付き合いが良いとは言えませんし、人族は獣人族を見下す者も多いですから……」


「そういう意味なら、魔国の方が嫌われてるんちゃ」


 マルセルやラティが言うのなら事実なのだろう。ただ、魔国の方は色んな種族が居たように思う。


「確かに、魔人に関しては偏見があるかな。ただ、どちらかというと畏怖じゃないか? 獣国に関しては特に悪い話は聞かないが、とにかく脳筋らしいぞ」


 お前に言われたら終わりだ。


 アンジェから脳筋と言われては、ロココやアレットが聞けば、間違いなく憤慨するだろう。

 その光景を想像して思わず肩を竦めてしまうが、彼女は全く気付いていないようだ。


 エルザの連絡は、特に悪い話ではなかった。

 そう、獣王が会談を望んでいるという話だし、同盟となれば、また一歩目標に近づく。

 悪い話としたのは、昨日の予定が変更になることをおもんばかっての台詞だろう。

 というのも、急遽きゅうきょ、嫁達の見舞いを取りやめて獣王との会談に関わる調整をしたからだ。

 ああ、エルザが話を持ってきたことについては、彼女が柏木連合の総責任者だからだ。それでは、俺の立場は何かというと、名ばかりの総大将であり、実際は単に実行部隊の一人だ。


「さて、いつまで眺めていても仕方ないな。いくぞ」


「どんな王様か、楽しみなんちゃ」


 先に歩き出すと、ラティが楽しそうにしながら右腕をとった。


「噂では、獣王は代替わりしたばかりみたいですね」


 ラティに負けじとばかりに、綾香が左腕を抱きしめてくる。

 両手に華といえば聞こえは良いが、少しばかり歩きにくい。


「確か、獣国の王位継承は、武闘での決着だったと思います」


 少し不服そうな表情を見せるマルセルが、王位継承について教えてくれる。

 おそらく、ラティと綾香に先を越されたことが不満なのだろう。

 ただ、彼女の不満よりも、武闘で決めるという王位継承の方が気になる。


「そうなると、先王を倒して今の王様がいるのか?」


「だろうな。まあ、歳をとれば力が衰えるが、こんなやり方だと、知性の王は生まれないだろうな。ほんとに、脳筋の思考はわからん」


 だから、お前に言われたら終わりだって……


 アンジェが肩を竦めているが、全てが彼女自身に当て嵌まるはずだ。


 呆れつつも王城に辿り着いて来城を告げると、予め通達があったのか、迎えの者が現れた。


「わざわざお越しいただいて、本当に恐縮です」


 少しヤギっぽい雰囲気の宰相が、額の汗を拭いながら申し訳なさそうに頭を下げる。

 まあ、獣国と比べると、柏木連合では桁違いの大きさだ。本来なら向こうから出向いてくるのが筋だろう。

 俺自身は気にしていないのだが、エルザは思いっきりこだわっていた。

 それと同じ理由なのか、宰相は必死にご機嫌をとってくる。


「お美しい女性ばかりですね。もしかして、十三使徒でいらっしゃいますか?」


 宰相――ギリアンがチラリと妻達に視線を向けた。


「うちは、第三使徒のラティーシャなんちゃ」


「私は第四使徒です。マルセルです」


「第八使徒の綾香です」


「第九のアンジェリークだ」


 ギリアンの言葉が聞こえたのだろう。ラティ、マルセル、綾香、アンジェ、四人が自慢げに自己紹介する。

 ああ、マルセルだけは、少し恥ずかしそうだ。


「マルセル様ですか。確か聖女ですね……」


 聖女が来ていると知って、ギリアンが少しだけ顔を顰めた。

 というのも、この国は独自の信仰があり、アルベルツ教を疎ましく思っているからだ。

 ただ、それを理解していても、ギリアンの態度は気に入らない。思わず喧嘩腰になってしまう。


「ああ、そうだ。だが、彼の国も昔とは違うし、アルベルツ教を押し付ける気はないぞ。それでも気に入らないなら、帰らせてもらおう」


「い、いえ。存じております。失礼しました。申し訳ありません、聖女」


「いえ、私は気にしていませんし、アルベルツ教を布教して回るつもりもありませんので、気になさらないでください」


 焦りを露わにするギリアンに、マルセルは笑顔を見せる。

 そして、チラリとこちらに視線を向けてきた。

 その眼差しが意味するところは、ほどほどにしろということだ。


 ふんっ。


「こちらです」


 苛立ちを収めていると、どうやら目的地に到着したようだ。

 というか、そこは謁見の間だった。


 謁見の間かよ……エルザの悪い予想が当たっちまった。


 そう、昨日の打ち合わせの時に、色々と想定していた。

 その中で、謁見の間で会談が行われるようであれば、軽んじられているはずだという話があった。

 というのも、対等の話であれば、謁見の間ではなく、それなりの席を用意するはずだと、エルザは主張していた。


 まあいい。喧嘩を売るつもりはないが、別に媚を売るつもりもないし、気に入らなければ帰るだけさ。


 悪い展開に進みつつあると考えながらも、平静を装って臣下が並ぶ謁見の間を進む。

 王座へと続く絨毯の左右には、獣人族の家臣がならび、奇異の視線を向けてくる。

 魔国とは打って変わって、人間族の存在は皆無だ。それだけで、この国の閉鎖的な方針が分かるというものだ。


 こりゃ、思った以上に厄介な国みたいだな……


 視線を正面に戻すと、壇上に屈強そうな男が座している。間違いなく、その男が獣王なのだろう。アンジェではないが、あからさまに脳筋そうだ。

 獅子のたてがみの如き長めの髪型で、眉間に刻まれた傷が印象的だ。

 良い意味で言うのなら豪快そうなのだが、粗暴な雰囲気に思えてならない。おまけに、何を考えているのか、不敵な笑みを浮かべている。

 その表情を表現するなら、どう料理してくれようかと思案しているかのようだ。

 そんな獣王の前に辿り着くと、ギリアンが己の主君に頭を下げた。


「獣王。ユウスケ=柏木王を案内しました」


 もちろん習って低頭したりしない。それどころか、踏ん反り返ってみせる。

 なにしろ王として対等の立場だ。相手が礼を尽くさなければ、こちらもそれ相応の態度を執るだけだ。


 さあ、どんな態度を見せるかな。


 敢えて不遜な態度で応じて、相手の出方を覗う。


「よくきた。我が獣王である。そなたが……ん!?」


 獣王は横柄おうへいな態度で接してきたが、何を感じたのか、突如として立ち上がった。


 おいおい、名乗りもしないのか。つ~か、何に驚いてるんだ?


 獣王――脳筋そうなゴツイ大男は、何かに驚いているように見える。

 それを疑問に思うが、次の瞬間、猛烈な勢いで迫ってきた。


 おいおい、行き成りやろうってのか? そっちがその気なら、いつでも受けてたつぞ。


 いつでも戦えるように身構えるが、奴は何を考えたのか、俺の眼前を通り過ぎた。


「おいっ、お前!」


「な、なんだ!?」


 振り向くと、奴はアンジェの前に立っている。

 彼女は彼女で、いつでも戦えるように構えをとっていた。しかし、次の瞬間、予想外の声が謁見の間に轟いた。


「お前は、我の嫁になれ!」


 奴は何を血迷ったのか、よりにもよってアンジェに求婚しやがった。


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