第81話 身から出た錆(後編)


 月の明かりが届かぬ暗い林。

 そんな暗闇の中、後方を気にしつつ懸命に走り抜ける。

 本来なら夜行性の生き物ですら静まる頃合いだ。

 しかし、今夜に限っては危険を感じ取ったのか、多くの生き物が慌ただしく逃げまどっている。

 少しばかりシチュエーションは異なるが、こうして暗い林の中を逃走していると、エルザやミレアと一緒に盗賊から逃げ出した時のことを思い出す。

 ただ、あの時とは違い、現在は色々とスキルを身につけたこともあって、この暗闇でも全く支障なく走り抜けることができる。しかし、だからと言って余裕がある訳ではない。


「ちっ、ノロマなくせに……逃げきれん。つ~か、歩幅が広すぎるだろ! どんだけデカいんだよ」


 メキメキと木々が踏み倒される不快な音に、顔をしかめながら振り向くと、手足、胴体、頭、まるで人間のような身体を持つ巨大な存在が、ゆっくりと歩み寄っていた。

 その雰囲気は、あたかも黒塗りの人間に見えるのだが、サイズ的には桁違いだ。

 驚くほどにデカい。間違いなくウルトラマンよりもデカいだろう。いや、ウルトラマンの倍以上あるのではないだろうか。

 それ故に、ウスノロな巨人を相手に、逃げ切れない事態となっている。

 ああ、確か、ウルトラマンは平均身長四十メートルくらいだったはずだ。そういう意味では、ラティの方が大きい。


 正直なところ、固有能力さえ使えれば、こんな巨人如きに遅れをることはない。それこそ空牙くうがを放てば瞬殺も可能だ。

 ところが、逃げながら何度も試してみたものの、固有能力が発動することはなかった。

 そんな訳で、作戦を立てるためにも巨人から距離を置きたい。ただ、奴が持つ桁違いの歩幅で追ってくることもあって、思うように間合いを置けない状況となっている。


「ユウスケ。いい加減に逃げるのにも飽きたぞ。ここはやっぱり勝負だろ!」


 おいっ、アンジェ! 何がやっぱりなんだ? お前の方がよっぽど、やっぱりだろ! でもまあ、このまま逃げるのも能がないか……


「情報収集も必要だしな。少し戦ってみるか」


「よっしゃ! まずはオレが――」


「ちょっとまて! 接近戦オンリーのお前が一番に突撃してどうなる! って、いね~し……」


 戦うと聞いた途端に自分の出番だと意気込むアンジェに、すぐさま待ったをかけた。だが、非常に残念なことに、というか残念無双を絵に描いたような彼女は、既に突撃していた。もう、呆れて物が言えない。


「少し……いえ、かなり遅かったみたいですね……」


「というか、聞く耳を持ってないんちゃ」


 いまだ腕の中に納まるマルセルが溜息をこぼし、隣に立つ美しき少女ラティが肩をすくめた。

 相変わらずの猪突猛進ぶりに、三人揃って呆れてしまうのだが、そのまま放置する訳にもいかない。

 アンジェを援護すべく、マルセルを地に下ろして後を追う。


「いくぞ!」


「はい!」


「了解なんちゃ」


 後ろからは、マルセルとラティの返事が聞こえてくる。ただ、イノシシ、もとい、アンジェは、既にロングバールと鉄パイプを振りかざしていた。


「おらおらおら! 食らえ!」


 大型トラックくらいありそうな足に景気よく殴りかかるが、そんな攻撃が効くはずもない。ああ、小指にヒットすれば、痛がるかもしれんが……

 しかし、ささやかな希望が覆される。


「なんだと! この弾力はなんだ!?」


 ロングバールと鉄パイプが巨人の足にめり込み、アンジェは驚きでった。

 巨人はと言えば、まったく痛がっている風ではない。いや、全くダメージを受けていないようだ。


「さがれ、アンジェ! てか、少しは頭を使えよな!」


 一歩後ろに退いたアンジェを見やり、丁度いいタイミングだと判断する。

 即座に彼女を後ろから抱き上げると、すかさず巨人の足から引き剥がす。


「あっ、まて、こんなところで……だめ……」


 なにをどう勘違いしているのだろうか。後ろから抱かれた途端に、アンジェはなまめかしい声を発した。

 もちろん、こんな状況で愛を育むはずもない。というか、このシチュエーションでそういう思考に至るこいつの神経を疑いたくなってくる。


「あほかっ! 少しは空気をよめ! つ~か、やべっ」


「食らうんちゃ!」


 巨人の脚が勢いよく前に蹴りだされる。

 呆れる余裕すらなく、後退しながら脳筋女をたしなめると、今度はラティの声が聞こえてきた。

 彼女が放った矢は、見事に巨人のすねを貫く。

 おそらく綾香が作った矢だろう。一撃で直径二メートルくらいの穴を穿うがつ。

 どうやら固有能力は使えなくても、創り出された物は機能するようだ。


「よっしゃ! さすがはラティだ!」


 ラティの攻撃が効果を発揮し、少しばかり期待に胸をふくらませる。

 ロングバールと鉄パイプが作り出した残念な結果を目の当たりにしたこともあって、知らぬうちに不安を感じていたのだと思う。

 それは、マルセルも同様だったようで、ホッと安堵あんどの息をもらした。


「なんにしても、攻撃が効いて良かったです。アンジェ、怪我はないですか?」


 胸を撫でおろした彼女は、一人で突貫したアンジェを気遣う。

 まあ、攻撃が効いたと言っても、奴の大きさからすれば豆鉄砲みたいなのもだが、ノーダメージでないだけマシだ。

 しかし、脳筋なれども美しき我が妻アンジェは、かなり不服なようだ。


「くそっ! 今度はラティがいいとこ取りか!」


 手を放して地面に下ろすと、途端に地団駄じだんだを踏み始めた。

 そうそうお目に掛れないほどの美女なだけに、地面を何度も踏み付ける姿は、もはや残念無双すら突破している。


「そういうな。ちゃんとお前の分も残しておくから。だいたい、攻撃が効いてないし」


「ぬぐ……いや、今度は大丈夫だ。くくくっ」


 我が妻の残念な姿に溜息を漏らしつつも、不機嫌な感情を隠そうともしない彼女をなだめる。しかし、彼女は勢いよく魔道具袋から綾香特製のパイルバンカーを取り出して自慢げな表情を浮かべた。


 いやいや、くくくっ、じゃね~よ。だいたい物理攻撃はダメなんじゃないか? ラティの矢は特別製で、炸裂の能力が付与されてるからな。それぐらい気付けよ。お前の思考には、殴る、蹴る、打ち付ける、その三拍子しかないのか?


「まだまだなんちゃ。もっと食らうんちゃ」


 打撃願望に憑りつかれているアンジェに呆れている間も、ラティは速射で矢を放ち続けている。

 さすがは、ラティの腕前と綾香の矢だというところだろう。放たれた矢は次々に黒い巨人の穴を穿うがっている。

 しかし、血液のような体液が流れることはなく、ただただ黒い巨体に穴が空くだけだ。

 それでも、矢の攻撃を嫌がっているのか、少し狼狽うろたえているように見える。


「よしっ! この調子なら倒せるか? これでも食らえ! ヘルファイア!」


 たたらを踏む黒き巨人を見やり、気を良くしたところで魔法攻撃をぶち込む。

 本来なら神器であるもっくんや千切りで攻撃したいところなのだが、アイテムボックスに仕舞っているので、取り出すことができない。

 仕方なく魔法を使ったのだが、最上級の火属性魔法だけに、その火力は半端ない。

 まるで天に届くかと思えるほどの火柱が黒き巨人を包み込む。いや、残念なことに、奴が大き過ぎて肩くらいまでしか炎が届いていない。

 それでも、奴はもがき苦しむかのように身体をよじっている。

 その様相は、あたかも踊っているかのようにも見える。


「ちぇっ、やっぱりユウスケのいいとこ取りじゃね~か。つまんね~」


 いまや火達磨となり、激しく身体をくねらせる巨人を見やり、アンジェが腹立たしげに地面を蹴る。

 そんな彼女をマルセルが宥めようとする。


「まあまあ、アンジェ、また女神様の塔に行けばいいじゃないですか」


 どうやら、既に戦いが終わったと感じているようだ。張りつめていた緊張が解かれたのか、笑顔が浮かんでいる。

 ところが、楽観的な考えを吹き飛ばすかの如く、ラティから警戒の声が放たれた。


「みんな、さがるんちゃ! まだ終わってないんちゃ」


 透き通るようなラティの声が轟き、意識を炎に包まれる巨人に戻す。

 渦巻くように燃え上がっていた炎は、少しずつ鎮火ちんかしていた。というか、まるで巨人に吸い込まれるかのようにしずまっていく。

 それにつれて、巨人の動きが機敏になっているように思えた。


「ど、どういうことでしょうか」


「吸収しているのか? てか、あの動きはなんだ?」


 マルセルの不安げな声に続き、アンジェが感じたままを口にする。

 確かに、その光景を言葉にするなら、アンジェの感想が的確かもしれない。だが、炎を吸収するなんて聞いたことがない。それに、巨人の動きが気持ち悪い。


「そんな、ばかな……てか、お前は、江○2:50か! 動きが気持ち悪いぞ」


 黒い巨人は、嬉々として不規則な動作でポーズを取っている。

 あまりに予想外の結果に、迂闊うかつにも、やられ役のような間抜けな声を漏らしてしまった。

 その途端、ラティが呻き声をあげる。


「あっ、穴がふさがってるんちゃ……」


「なんだと!? まさか、炎を吸収して身体を修復したのか? 俺の魔法が……」


 そう、彼女の言う通り、矢で穿った穴が見事に無くなっていた。


「もしかして、炎に宿るマナを吸収したのかも……」


「苦しくてもがいているのかと思ったが、もだえていただけなのか……いや、倒し甲斐があるぜ」


 不安そうな表情となったマルセルが自分の考えを口にすると、アンジェがその美しき相貌そうぼうをニヒルに歪めた。

 マルセルが至った結論は、耳を塞ぎたくなるような内容なのだ。

 しかし、今にもスキップしそうなほど元気になった黒き巨人を目の当たりにすると、否定の言葉が思い浮かばない。というか、ポーズを取るな! 気持ち悪い……

 ああ、アンジェは放置で良いだろう。


「もしそうだとしたら、魔法攻撃は奴にエネルギーを与えることになるな……物理攻撃もダメ、魔法もダメとなると……一旦、固有能力が使える場所まで戻って、もっくんと千切りを装備してくるか……」


 おののきと動揺どうようは、心中の思いをそのまま言葉に変える。

 端的に言うなら、このままでは勝てないということだ。悔しいが、認めざるを得ない。

 すると、結論が出たと感じたのか、ラティが白銀の髪をらして颯爽さっそうと前におどり出る。


「ウチが足止めするんちゃ」


 力強い眼差しで巨人を射抜くラティは、力強く弓を引き絞る。

 しかし、彼女の手が矢を放つ前に、何処からか発せられた笑い声が暗闇に響き渡った。


「あはははははははははははは」


 声の発生源を見つけるべく視線を彷徨さまよわせる。

 ただ、それは地上ではなく、星と月が輝く夜空だ。

 そして、目と勘のよいラティが、一番に笑い声を放つ者を見つける。


「あそこなんちゃ! 頭の上なんちゃ」


 黒き巨人の頭上、それよりも少しばかり上に浮いている物体に向けて指を差している。

 ただ、それを目にした途端、マルセルとアンジェが首をかしげた。


「あれは、何でしょうか?」


「ん? 巨大な皿か?」


「あれは、どら焼きなんちゃ」


 違う……あれは……


 マルセル、アンジェ、ラティ、目を丸くする三人を他所に、空を浮遊する物体を目にして凍り付く。

 因みに、この世界にもどら焼・・・きはある。もちろん、召喚者がこの世界に残したのは言うまでもないだろう。

 いや、どら焼きなんてどうでもいい。それよりも、問題は笑い声の主だ。


「あれは――」


 その物体に見覚えがありすぎて、思わず唖然としてしまうのだが、直ぐにその正体について言及しようとした。しかし、その前に丸い円盤に乗る存在が、高らかに声をあげた。


「やっときたか。このカスども! 待ちくたびれたぞ」


「カスだと!? 降りてこい! どっちがカスか白黒つけてやる」


 怒り心頭のアンジェがパイルバンカーを振り回した。


 いやいや、そういう問題じゃないんだが……


「というか、あの格好は何でしょうか?」


 あの空飛ぶ物体の形状から、笑い声を上げる者の正体に確信を持ってしまった。

 それ故に、「どんな茶番だ?」と、ガックリと肩を落としていると、マルセルが怪訝けげんな表情で、奴の奇抜な様相について尋ねてきた。

 ただ、それを答えるよりも早く、ラティが怒りの声をあげる。


「ウチの格好をパクったんちゃ!」


「いや、ラティ、あれはビキニアーマーじゃないんだ……」


 円盤の上に立つ存在は、確かにラティと似たような恰好をしていた。

 でも、あれは決定的に違うのだ。そう、あれは……


「ドロンジョだな。というか、嫌な予感はこれだったのか……はぁ~」


 ずっと感じていた嫌な予感の原因を知り、張りつめていた緊張が解けて一気に脱力する。そして、あまりの阿保らしさに特大の溜息をこぼした。









 典型的なUFOの形をした小型円盤が、黒き巨人の横をスルスルと降りてくる。

 どういうつもりなのかは知らないが、降下してくる円盤は巨人のひざ辺りで停止した。


「なんとも破廉恥はれんちな格好ですね。恥ずかしくないのでしょうか」


 近づいたことで相手の姿があからさまになると、マルセルが円盤に乗る者の格好を酷評こくひょうした。

 まあ、真面目で恥ずかしがり屋の彼女からすれば、その思考は当然なのかもしれない。なにしろ、夜の営みでも、二番目に恥じらいを見せる妻なのだ。

 ああ、一番の恥ずかしがり屋は、アンジェだ。だって、夜の営みになると、必ず乙女モードに移行するからだ。俺としては、そのギャップがたまらなかったりするのだが、その話をすると長くなるので置いておこう。


 でもまあ、表面積だけでいえば、ラティのビキニアーマーのほうが少ないんだけどな……


 白銀の髪をなびかせる美しき少女ラティの格好はといえば、膝まで届く長いローブを着ているものの、その下はネトゲに登場しそうなビキニアーマーだ。


「ウチの真似なんちゃ。パクリなんちゃ。犯罪なんちゃ。直ぐに脱ぐんちゃ」


 ラティはかなりご立腹の様子だ。その美しい顔を珍しくキツイ表情に変えている。

 ただ、奴が着ているのはビキニアーマーではない。

 あれは似て非なるものであり、間違いなくドロンジョのコスチュームだ。だが、胸の辺りのボリュームが足らない所為か、かなり貧弱に見える。深キョンのドロンジョとは大違いだ。いや、それこそアンジェならよく似合うことだろう。できれば譲って欲しいところだ。いや、是非ともアンジェに着てもらおう。


「ふふふっ。スカスカだぞ」


 アンジェも自分のスタイルの方が上だと感じているのか、自慢げに胸を張ったかと思うと、勝ちほこるかのように鼻で笑った。

 どうやら不幸にも、その不敵な笑いと禁句は、円盤の上に乗る者の知るところとなったようだ。

 奴は怒りを露わにすると、こちらに指を突きつけていた。


「むきーーー! どこまでも愚かな奴等だ。自分達こそが最強だと自惚れるゴミどもめ」


「ゴミども……まあいいです。それよりも、あなたは何者ですか。この巨人を使って何をするつもりなのですか」


 おいおい、マルセル、それを聞くか? そんなの一目瞭然だろ!?


 マルセルがビシッと人差し指を突きつけて、己が疑問をぶつけたのだが、俺としては呆れて肩を竦める他ない。

 だが、ドロンジョのパクリは、唇をニヤリと吊り上げた。

 どうやら、自分の変装が気付かれていないことにご満悦のようだ。


「ふっ、笑止。愚かな質問だ。所詮しょせん、その程度の知能ということか」


「うっせ~な。もったいぶってないで、さっさと言えよな」


 おいおい、マジで気付いてないのか? 俺の方が笑止なんだが……てか、どんな三文芝居だ?


 れたアンジェが憤慨するのだが、どうして気付かないのか不思議でならない。


 まあ、この光景を見てパクリだと気付くのも俺だけか……でも、あの姿を見れば、普通は分かるだろ。きっと、エルザなら即行で見破っただろうな。


「直ぐに着替えるんちゃ。ウチのパクリは許さんちゃ。うんにゃ、脱いで貧乳を晒すんちゃ」


 あれ? ラティも気付かないのか……なんでだ? ラティなら匂いで気付きそうなもんだが……


「ぐがっ! 小娘は黙ってろ! そう、我こそはこの世界を滅ぼす破滅の神! 神をかたる愚かな者どもを葬りにきたのだ」


 愚かな者って、お前もじゃんか……てか、そろそろ幕を引くか。


 さすがに、いつまでも茶番を続けるのもどうかと思い始める。


「なあ、何やってんだ? 綾香」


「ぬっ……あ、あ、あ、綾香とは誰だ? そんなものは知らぬぞ」


 あまりの動揺に、ドロンジョの薄い胸が僅かに揺れる。

 必死に平静を装って否定するが、典型的なUFOときて、ドロンジョとくれば、火を見るよりも明らかだ。それこそ、無修正のアダルトビデオよりも明らかだし、4Kテレビのデジタル映像よりも鮮明だろう。


「綾香、俺をバカにしてるのか? あからさまに有り勝ちなUFOとドロンジョの格好、それだけでお前だと分かるぞ? なあ、パクラー」


「ぱ、ぱ、パクラーではない。断じてパクラーではないです。パクったりしてないです。それに、綾香なんて知りません」


 ドロンジョ、もとい、綾香はパクラーと聞くや否や、ムキになって否定するが、早くも尻尾が出てくる。それでも、必死に綾香ではないと言い張る。

 それが嘘なのは、子供でも分かることだ。


「じゃ、なんで額の文字が『D』じゃなくて『A』なんだ? ドロンジョなら『D』だよな? それって、綾香の『A』じゃないのか?」


 反射的に、奴は額を押さえた。


「こ、これは……」


 奴はモゴモゴと口を動かしているが、何一つ言葉にならない。かなり動揺しているみたいだ。というか、バレないと思っていたことの方が驚きだ。


「あの~、あれって、アヤカなんですか?」


「そう言われると、あの胸の大きさには見覚えがあるな。いや、小ささといった方が良いかな。くくくっ」


「アヤカ、パクリはダメなんちゃ! 早く着替えるんちゃ」


 綾香の狼狽うろたえる姿を目にして満足していると、マルセルが怪訝な面持ちで尋ねてきた。

 その隣では、アンジェが納得の表情で頷き、ラティに至っては、奴の衣装というか、コスチュームが気に入らないのだろう。ムキになってクレームを入れていた。

 ただ、奴は直ぐに逃げ道を見つけたようだ。


「うるさい、うるさい、うるさい! みんな大っ嫌い! いいじゃない、胸が小さくたって! いいじゃない、どんな服を着たって! どうせ、貧乳だし、可愛くないし、美人じゃないし、スタイルも良くないし、ユウスケは来てくれないし、みんな消えてなくなればいいのよ! やりなさい、エディー!」


 そう、完全に開き直った。

 胸の内に溜まった負のおりを吐き出すかのように、蓄積していたであろう不満を爆発させ、直ぐに黒き巨人に向けて命令した。


「うおっ! まだやる気か!? てか、エディーって、この黒い巨人のことか? まさか、エディーマー○ィーじゃあるまいな。訴えられるぞ!?」


 黒き巨人の名前を知ってドン引きする。

 その途端、巨人の顔がニヤリと嫌らしい笑みを浮かべたように感じる。

 だが、地球の事情を知らないマルセルが、それに反応することなく、冷やかな視線を向けてきた。


「以前、綾香に穴埋めをするとか言ってましたが、ちゃんと履行りこうしましたか? まさか忘れていたとか言いませんよね?」


 うぐっ……忘れてた……


「その顔は忘れてたってとこか? というか、お前、最後にアヤカと夜を共にしたのはいつだ?」


 最後に……覚えてない……確か、三ヶ月前くらい?


 表情から読み取ったのだろう。アンジェがさげすみの視線でツッコミを入れてきた。

 だが、それに答えることができない。なにしろ、いつのことだったか、それすらも覚えてないほどに時が経っているからだ。

 ここまでくると、彼女達は原因が何かに気付いたようだ。

 そう、放置プレイがお気に召さなかったのだ。しかし、だからと言って、「みんな消えてなくなれ」はやり過ぎだと思う。

 ところが、ラティはそう思わなかったようだ。まるで自分の事のように不機嫌な様子で非難してきた。


「全部、ユウスケが悪いんちゃ。直ぐに謝るんちゃ。それと、直ぐに着替えさせるんちゃ」


 どうやら、意地でもあのコスチュームを何とかさせたいみたいだ。


「た、たしかに、そうだな。忙しかったというのは言い訳にならんよな」


 さすがに、この場合は反論どころか、言い訳すらできない。


「すまん。綾香、俺が悪かった。今度からは気を付けるから許してくれ」


「うるさい。もうだまされません。何度その言葉を聞いたことか。もう何を聞いても信用できません。ユウスケなんてどっか逝っちゃえばいいんです! いえ、地獄に落ちちゃえばいいんです」


 謝ってはみたものの、綾香の怒りはかなりのものらしい。思いっきり罵倒されてしまった。


 う~ん、どうしよう……あの様子だと、簡単に許してくれそうにないし……


「諦めてはダメです。ここは土下座という奴しかありません」


「ユウスケ、地を這え! 額を地に擦り付けろ!」


「土下座なんちゃ。土下座するんちゃ。早く脱がすんちゃ」


 諦めモードに突入しそうになるが、マルセル、アンジェ、ラティ、三人が土下座を要求してきた。


 土下座って……いや、ここは耐え忍ぶ時だ。土下座でも、裸踊りでも、なんでもしてやろうじゃんか。


「わかった! おら~~~~~! すまん、綾香、この通りだ」


 少しでも誠意を見せようと、勢いをつけてジャンピング土下座をぶちかます。

 ところが、どうやらそれが拙かったみたいだ。


「ユウスケ……私をバカにしているのですね。ジャンピング土下座とか、全然、誠意が見えないです。田○被告の足元にも及ばないです。エディー! プチッといっちゃいなさい! プチッと!」


「うっ、うわっ! こらっ! 謝ってるだろうが――」


 素晴らしく見事な土下座を披露しているところに、黒き巨人の踏み付け攻撃が繰り出された。

 さすがに、大人しくそれを食らう訳にはいかない。すぐさま、後方に飛び退きながらクレームを入れた。

 だが、奴の怒りは頂点に達しているようだ。口にしてはならない事実を吐き出す。


「うるさい! ユウスケなんて潰れたらいいんです。マックの実物みたいに、ぺちゃんこになればいいんです」


 マック……確かに……写真と違って、実物はボリュームのないハンバーガーだが……いや、マックをディスっている場合ではない。というか、あれになるのは勘弁だ。内臓がピクルスみたいになったらどうするんだよ。


「ダメだ。取り敢えずここは退こう。あの巨人が綾香の産物なら、とてもじゃないが、固有能力がないと勝てね~」


 そもそも、綾香の作る物は桁外れの能力を有している。

 なにしろ、奴は創造神といって差し支えない能力を持っているのだ。それに、間違いなく俺達の弱点を見抜いているはずだ。それを考えると、とてもではないが、固有能力なしで戦える相手ではない。


「一旦、退くぞ」


 負け犬に成り下がって逃走を選択した時だった。綾香があざけりをぶつけてくる。


「逃がす訳ないでしょ。馬鹿じゃない? やりなさい、エディー!」


 奴があからさまに毒を吐き出すと、途端に巨人から無数の黒い飛礫つぶてが放たれる。


「くっ、結界!」


 襲い掛かってくる飛礫を防ぐために、マルセルがすぐさま結界を張る。ところが、そこで予想外の事態に陥る。


「えっ!? 私の結界が……」


「どういうことだ? 結界を素通りしてるぞ。てか、マルセル、ぼうっとしてると危ないぞ」


 マルセルが瞳を見開いたまま立ちすくむ。アンジェは疑問を口にしつつも、直ぐに呆然とするマルセルの前に出ると、直撃しそうな黒い飛礫だけをロングバールと鉄パイプで殴り飛ばす。


「結界が穴だらけになってるんちゃ」


 カタールを装備したラティも黒い飛礫を斬り飛ばしながら、目にした光景の感想を口にする。


 いったい、どういう理屈だ? 結界が簡単に突破されるなんて初めてだぞ……って、まさか……


 武器を手にしていない俺は、襲い掛かってくる黒い飛礫を弾き返すことができず、ただただ避けているのだが、そこで結界が破られた原因について思い至る。


「これって、もしかして、魔法を吸収している所為で、結界をすり抜けてるのか?」


「あら、ご名答です。まさか、低能で優柔不断なユウスケに見破られるとは思わなかったです」


 おいおい、どこまで見くびってるんだ? つ~か、ここで優柔不断は関係ないだろ!


 綾香がせせら笑う姿を目にしてカチンとくるのだが、今は文句を言っている場合ではなさそうだ。

 その証拠に、マルセルとラティから泣きが入る。


「あう……これじゃ、逃げられません。どうしますか?」


「まずいんちゃ。ユウスケ、どうするん?」


「どうするって……」


 二人から丸投げされたものの、対処案が思い浮かばずに困ってしまう。

 その時だった。突如として浮遊感が襲ってきた。


「うおっ、ちょっ、なにっ!?」


 すぐさま自分の状況を確認すると、視線の先には地面がある。そして、同時に深い谷間が目に入った。

 ただ、その谷間は決して不快ではない。というか、重畳ちょうじょうだ。いや、男なら誰でも満足する光景だ。

 眼前にはアンジェの姿があった。というか、上から見下ろしていることもあって、胸の谷間が目に焼き付く。いやいや、そんな場合じゃない。

 そう、何を血迷ったのか、アンジェが俺の身体を両腕で頭上に抱え上げているのだ。


「アンジェ、何をやってんだ。まさか、俺を肉盾にする気じゃないだろうな。直ぐにおろせ」


「うるさいぞ。オレがひと肌脱いでやるんだ。文句を言うな! それと、あとでご褒美ほうびを頼むぞ」


 嫌な予感がする。すぐさまそこから降りようともがくが、彼女は俺の言葉を一蹴すると、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。そして、嫌な予感がまたまた的中する。


「こら、やめろ、やめろってば!」


「いっけーーー! ユウスケーーーーーーー! はっしゃーーーーーーーーーーー!」


「ぐおっーーーーーーーー! 俺はミサイルじゃねーーーーーーー!」


 制止を無視して、アンジェは盛大にぶん投げた。

 ミサイルの如く発射されてしまった。そう、狙い違わず綾香に向かって……









 アンジェの考えは分からなくもない。

 彼女は黒き巨人を倒すことよりも、根本に対処した方が易しいと考えたのだろう。

 ただ……ただ、これはあんまりだろ……


「いてっ! いてっ! くそっ、アンジェの奴、後でみてろよ……」


 黒い飛礫をモロに食らって意識が飛びそうだ。

 一応、神器であるコートを着ているお陰で大事はないのだが、恰も袋叩きに遭っているかのような衝撃が身体に加わる。

 やはり、神器を装備していても、痛いものは痛いのだ。

 心中で呪いの言霊を唱えつつも、歯を食いしばって我慢する。だが、苦痛にえる時間はそれほど長くなかった。

 というのも、視線の先には泡を食った綾香が居るのだ。


「あわあわあわ。来るな! こないで! こないで、ユウスケミサイル!」


「だ~れが、ミサイルだ! てか、危ない! 避けろ!」


 ああ、避けてもらっても困るのだが、このままぶつかると大変な事になりそうだ。

 なにしろ、これは飛行魔法ではなく、怪力女にぶん投げられただけなのだ。もちろん停止する方法もない。まさにブレーキの壊れた車と同じだ。

 ただ、ヤバいと思いつつも、そこで感じた疑問に囚われる。


 なにやってんだ? なんで、おろおろしてんだ!?


 なぜだか、綾香がなにも対処せずに焦っている。

 俺達とやり合うことを前提としているなら、当然ながら防御策も考えているはずだ。それなのに、奴は両手を前に突き出してアワアワしているだけだ。


「ちっ、このままじゃ! くそっ、ヤケだ! ファイアーボム!」


 綾香が当てにならないと考えて、仕方なく力押しで対処する。

 そう、魔法の爆風を利用して制動をかけようと考えた。

 これは我ながら良案だと思えた。

 速やかに発動した巨大な炎の弾は、狙い違わず綾香を通り過ぎ、彼女の後方で爆裂する。


「よし、これで何とか」


 思惑通りに爆風が発生する。それを目にしてシメたとほくそ笑む。ところが、その作戦は全くといって良いほど上手くいかなかった。


「えっ!?」


「きゃっーーーー!」


 爆風で綾香がこっちに吹き飛んできたのだ。いや、俺とすれ違う方向に飛んでいる。


「うわっ、やべっ、こなくそっ! ぐおっ~~」


「うきゃ~~~~!」


 腕を伸ばしてなんとか綾香の腕を掴み、強引に引き寄せる。そして、そのまま抱きしめる。


「うきゅ~~~~、ユウスケのバカっ! 私を殺すつもりですか」


 なんとか地面への落下を逃れた綾香が、思いっきり理不尽なクレームを入れてきた。

 なに言ってんだ。人をゴミ扱いした癖に! とか思わなくもないが、ここで口論をしても仕方ない。


「綾香、俺が悪かった。だから、今回は許してくれ。これからは寂しい想いをさせたりしないから――」


「信用できません。いえ、私のことなんて絶対に忘れるはず――うぐっ……」


 抱きしめたまま謝罪の言葉を口にするのだが、綾香はまなじりを吊り上げて反論してきた。しかし、強引に唇を重ねることで封じ込める。

 その効果は絶大だった。綾香は途端に脱力する。


「ズルいです。ユウスケのバカっ」


 唇を離すと、彼女は少し恥ずかしそうにしながらも、小さくののしりの言葉を浴びせかけてきた。

 しかし、どうやら怒りは収まったようだ。


「そうだな。俺はバカなんだ。許してくれ」


 正直なところ、バカと言われて反論したいところなのだが、ここで否定の言葉を口にするのは、爆弾に再点火するようなものだ。

 だから、敢えて肯定してみせる。そのお陰か、導火線の炎は消えたみたいだ。


「今回だけですからね。次回はありませんよ……きゃっーーーー!」


「うおっ!?」


 なんとか綾香に許してもらったのだが、その途端に落下が始まった。

 でも、この程度なら焦ることもない。この山に墜落した時の高さに比べれば、水溜まりを飛び越える程度のものだ。


「綾香、しっかりつかまってろ」


「は、はい」


 機嫌を直した彼女を抱きしめ、そのまま地面に着地する。


「よ~~っし」


「ふ~っ」


 難なく地面に降りたのだが、次の瞬間、ラティの声が届く。


「あぶないんちゃ。直ぐに逃げるんちゃ」


 彼女の声が耳に届いたと同時に、何かが月の明かりを遮った。

 視線をあげると、そこには黒き巨人の足の裏がある。


「くそっ! 綾香、止めろ!」


「えっ!? えっ!? あっ、はっ、はい。エディー! 止まりなさい」


 彼女はすぐさま巨人を停止させようとする。


「あれ? なんで? とまれ! エディー! ストップ! ストップ、エディー! あわあわ……うきゃーーーーー!」


 必死に叫ぶのだが、巨人の足は思いっきり踏み下ろされた。


「ちっ! くそっ!」


 綾香を抱いたまま、即座にその場から逃げようとするのだが、どうにも間に合いそうにない。

 絶体絶命だと感じて歯噛みするが、巨人の足に複数の穴が空き、その反動で踏み下ろしの速度が鈍る。


「ユウスケ! 今なんちゃ」


 ラティが放った矢のお陰で、なんとか逃げ延びることに成功した。ただ、それよりも巨人を制御できないことに焦りを感じる。


「綾香、なんで止まらないんだ?」


「わ、わかりません。こんなはずでは……」


 綾香はブンブンと首を横に振る。

 どうやら彼女にとっても想定外だったようだ。

 しかし、このまま巨人を野放しする訳にもいかない。いや、この状況では逃げることもままならない。

 ただ、そこで肝心なことを思い出す。


「綾香、固有能力が使えないんだ。お前が何か仕掛けてるんだろ?」


「えっ!? あっ、はい」


「直ぐに、解除してくれ」


 固有能力を使えないことが、彼女の仕業だと知って安堵する。

 エディーか何かは知らないが、固有能力さえあれば、こんな巨人なんて簡単に始末できるのだ。

 そんな風に、安易に考えたのかフラグだったのかもしれない。


「分かりました。解除の……あれ? あれれ? あう」


 身体のあちこちを触りながら戸惑いの声をあげる綾香を見やり、少しばかり嫌な予感に襲われる。

 間違いなく想定外の問題が起こっていると感じつつも、敢えて尋ねることにした。


「綾香……どうしたんだ?」


「うっ……」


 問いに対して、彼女はうめき声を漏らしたかと思うと、そのまま押し黙る。

 どうやら、嫌な予感は的中したようだ。いや、それは既に分かっている。彼女の態度を見れば一目瞭然だ。

 それでも、心を鬼にして敢えて問う。


「もしかして、アイテムを落としたのか?」


 綾香は視線を逸らしつつもコクリと頷く。


「どこに入れてたんだ?」


 聞くべきかどうか悩んだが、一応は尋ねてみる。

 すると、彼女はゆっくりと小さな胸の谷間に指を向けた。いや、これを谷間というのは語弊ごへいがあるだろう。だって、それはアンジェと比べるべくもなく、隙間にすらなっていないのだ。


 アンジェならまだしも、お前がそこに仕舞うか? そら、落ちるわ……


 色々と思うところがあるのだが、せっかく機嫌を直したのだ。ここで寝た子を起こすこともあるまい。

 首を横に振りつつも、溜息を堪えて次なる策について言及する。


「あの巨人は、朝には消えるんだろ? もうすぐ夜明けだ。あと少し辛抱すれば消えるよな?」


 そう、麗華たちから得た情報では、朝になると消えるという話だった。

 だから、薄明るくなり始めている空を見上げて安堵の息を吐く。

 ところが、綾香は首を横に振った。


「別に、朝が来ても関係ないです。ユウスケ、アニメの見過ぎだと思います。あれはダイダラボッチではなく、エディーですから」


「えっ? 消えないのか?」


「はい」


 ここは否定して欲しいところなのだが、綾香は当然だと言わんばかりにコクリと頷く。

 そのエディーがエディーマー○ィーのことかと、ツッコミを入れる余裕すらないほどに愕然としてしまう。


 そうなると、麗華たちの情報はなんだったんだ?


「朝になって消えていたのは、私が眠くなってエディーを停止させていただけです」


 表情から声にならない疑問を察したのか、彼女は巨人が消えていた理由を説明してくれた。

 だが、そんなくだらない説明なんてどうでもいいのだ。いまは、この状況を打破する方法を見出す方が重要だ。


「あの巨人に弱点はないのか?」


「私が創ったものに弱点があると思いますか?」


 いやいや、何を自慢してるんだ? だいたい、お前が創ったものは、問題だらけだろ!?


 呆れて物が言えなくなるのだが、気力を振り絞って問いかける。


「じゃ、どうするんだ?」


「ん~、ユウスケが頑張るしかないです」


 綾香の出した結論は、みんなが巨人の気を引いている間に、俺がアンチ固有魔法の結界から出るというものだった。

 他に方法が思いつかないこともあって、結局のところ、みんなを残して結界外に出た俺が、遠距離から特大の空牙で巨人を仕留めた。


 こうして巨人騒動というか、嫁の反乱が終わった。

 ただ、つくづく女は恐ろしい生き物だと思い知ったこともあって、二度と同じことを繰り返さないために、夜の営みに精を出すことになってしまった。


 ああ、また子供ができるかも……

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