08 新たな戦い

第66話 異変の始まり


 まさか、こんなこんになるなんて、全く考えてなかった。

 この世界に人を生み出そうと思ったのは、とても安易な考えからだった。


 単に、一人でいるのが寂しかったから……


 次元旅行に出かけたは良いのだけど、次元飛行車は壊れるし、こんな人の居ない星に辿り着くし、挙句の果ては聖獣と融合して不老不死なんて……本当に踏んだり蹴ったりだわ。

 それでも、自分の力で人を生み出すことができて、本当に嬉しかった。まるで我が子が生まれたかのように感動した。

 地球の技術が桁外れに進歩して、次元旅行すら当たり前のようになったけど、さすがに、個人が人間を作り出すなんて快挙なのよ。


 造り出した子供達は、わたしの卵子を使っているから、本当の子供みたいで、可愛くて、愛らしくて、目に入れても痛くないとは、まさにこのことだと実感した。

 偶に悪いことをしたりする子も居たけど、それでも、ちゃんと言って聞かせれば分かってくれたし、改心して真面目に頑張ってくれた。

 そして、魔獣と戦いながらも街を作り、人を増やし、食べ物を教えてやり、色んな知識を教えて、子供達がやっと独立して生きて行けるようになった頃だった。

 そう、災厄が訪れたのは、あの頃ね。


 その日は、天気も愚図ついていた。それこそ、その後に起こる悪い出来事を暗示するかの如く、暗雲が立ち込めていた。

 昼間とは思えないほどに薄暗い空の下、一人の娘がやってきた。


「エル姉ちゃん。なんかアルくんが変なんだよ」


 アルくんとは、彼女が仲良くしている子で、とても真面目で優しい男の子だ。


「どう変なの?」


 変だと聞いて、それがどういう意味かと尋ねてみると、彼女は半ベソを掻いた状態で、ポツリポツリと彼の異変を口にする。


「なんかね、目つきが悪くなって、たたいたり、けったりするの」


 えっ!? それは異常だわ。


 彼女からもたらされた言葉は、予想もしていない内容だった。

 というのも、そういう行為はしないように、しっかりと教育しているし、暴力を振るうような性格ではなかったはずだ。


「どこに居るの?」


 すぐさま居場所を尋ねると、彼女はわたしの手を握って引っ張っていく。

 多分、彼女がそこまで案内する気なのだろう。


 手を引かれて足早に移動し始めた時だった。突如として、爆音が響き渡る。

 その音を聞いた時、直ぐに非常事態だと感じた。

 それが魔法を使った時の衝撃音だと、直ぐに気付いたからだ。

 子供達には、命の危険が迫ったとき以外、魔法を使うなと厳命している。

 それなのに、魔法を使ったということは、ただ事ではないはずよ。


「あなたは、わたしの家に居なさい」


 焦りを感じつつも、手を繋いでいた少女に言い聞かせると、彼女は心配そうな表情を見せながらも、コクリと頷いてわたしの家に入って行く。


 本当に良い子ね。今思うと、ラティーシャにそっくりだったような気がする。


 爆発のあった場所に辿り着くと、数人の子供達が倒れていた。

 それを目にして、胸の鼓動を不安で加速させつつも、即座に癒しを与え、わたしの家に避難させようとする。

 その途端、こちらに向けて爆裂魔法が放たれたのを感じ取った。


「シールド!」


 反射的にシールドを展開して、それをやり過ごしたのだけど、視界に入った存在――魔法を放った者を目にして、呼吸を止めてしまうほどに驚愕した。

 そこに居たのは、アルと呼ばれた子供を始めとした六人の子供達だったからだ。


「あなた達、何をやってるの? お姉ちゃんは、そんなことを教えてないでしょ?」


 いつもの調子で子供達をたしなめると、アルはこれまでに見せたことのない邪悪な笑みを浮かべた。


「お前が、ここのボスか」


 違う。その時、直感的にそう思った。これはアルではないのだと。


「あなたは誰? いえ、あなた達は誰なの」


 アルは何も答えることなく、恰もわたしを無知だと言わんばかりに、嘲りの笑みを浮かべた。


「何とか言ったらどうなのよ。わたしの子供達に何をしたの」


 怒りが沸々と込み上げてくる。

 絶対に許さないという気持ちが、己を支配する。

 そんなわたしに、アル、いえ、彼に憑りついている者が嘲りの言葉を口にする。


「私は精神生命体だよ。お前等のような下等な生物とは違うのだ」


 アルに憑りついている者がそう言った途端、もう一人の少年が口を開く。


「お兄様、私達のやり残したことをこの星で実現しましょうよ」


 その言葉に同意するように、他の少年が声を上げる。


「お兄様、お姉様、それが良いですわ。でも、この身体は男ですわね。他のにすれば良かったわ」


 勝手気ままな話をしている者達の態度を目にして、怒りが限界を迎えた。


 わたしの子供達に憑依した挙句、好き勝手なことばかり……

 

 それでも、自制する。そうでなくては、他の子供達に示しがつかない。


「あなた達は、どこからきて、何をするつもりなのかしら?」


 アルに憑依した者は、嘲笑うだけで何も答えようとしない。

 しかし、アルをお兄様と呼んだ二人の子供が口を開く。


「あ、私達は別次元からきたのよ。まあ、ちょっとやり過ぎて、元の世界から追い出されてしまったのだけど――」


「私達のやりたいこと? それは簡単な話よ。この世界から人類を抹消して、精神生命体の世界を作るのよ」


 もう、気が狂っているとしか言いようがないわ。我慢の限界だわ。こんな奴等は、この世界に居てもらっては困るの。いえ、わたしが追い出してみせるわ。


「あなた達は、この星に、いえ、この次元には不要だわ。どこかに消えてもらうしかないわね」


 自分の正直な気持ち――ふつふつと込み上げる怒りを奴等にぶつける。

 すると、憑依者がニヤついた嫌な顔で告げてきた。


「肉を持った下等な存在如きが、私達を退けるだと。面白いではないか。やってみせよ」


 こうしてわたしと精神生命体達の戦いが始まった。









 真っ白な空間。右も左も、上も下も、どこまでもが白い空間。

 ここはわたしの力が自由になる空間。わたしの想像で作り上げた空間。

 そうとも知らずに、のこのこと入ってきた奴等は、間違いなく苦しむことになるわ。いえ、既に三体の仲間が消滅したことで、既に恐怖しているでしょうね。


「くそっ! なんだこの力は」


「下等な人類の癖に……」


「いえ、この空間さえ何とかなれば」


 残りの三人が、呻き声混じりに罵声をあげる。


 駄目よ。ここに入ったが最後、あなた達の結末は決まっているの。あなた達を葬って、子供達を復活させるわ。わたしを怒らせたことを後悔することね……とは言ったものの、マナが……拙いわね。さっさと蹴りをつけないと。


「妹達よ。私が何とかする。その間に逃げるのだ」


「ダメです。お兄様、この空間からは逃げられません」


「お兄様、三体で攻撃しましょう」


 精神生命体達の話を聞いて焦りを感じる。

 三体が同時に攻撃をしてくると、残りのマナでは、かなりピンチになるはずだ。


 こうなったら、この空間に閉じ込めて封印するしかないわね。


「悪いけど、これ以上付き合ってあげられないわ。兄妹仲良くここで楽しく暮らしてちょうだい」


 ごめんね。アル、ミルナ、テトア、本当にごめんなさい……でも、必ずなんとかするからね。


「なにっ!? 奴は私達をここに封じ込めるつもりだ。何としても止めなくては」


「お兄様、私がやります」


「お兄様、お姉様……」


 一体の精神生命体が懸命に、わたしに向かってきたけど、もう遅い。もう閉じているのよ。わたしの子供を残して閉じてしまうの……


 その時だったわ。子供達と精神生命体が分離したのが解った。

 おそらく、全力を出すには、肉の身体が邪魔だったのかもしれない。


 よしっ、いまだわ。いまなら子供達を助けられる。


「転移!」


 その魔法が正しく発動したことを確認して、すぐさま次の魔法を発動させる。


「封魔結界!」


「ぬお~~~~~~~~~!」


「「きゃ~~~~~~~!」」


 子供達を助け、精神生命体を封印することに成功した。

 本当はマナが回復したところで、再び戦って倒したかったのだけど、それだと空間解除を行う必要があって、逃げられる可能性がある。それを懸念して断念してしまった。


 あれは何年前、いえ、何千年前だったのだろうか。


 時の流れが悪いのよ。まさか、わたしの思念体が消えたタイミングで、その結界が解除されるなんて思ってもみなかった。ごめんね、ユウスケ……全て、わたしが悪いのよ。

 わたしがうっかりしていた所為で、この世界に再び災厄が訪れてしまった。









 相変わらず静かな朝だ。

 慣れ親しんだ畳の匂いのお陰もあって、落ち着いた気分で朝を迎えることができる。

 現在は、大衆から死神城と呼ばれるようになった天空城に居るのだが、この心地よい匂いを放つのは、綾香が苦労して実現した人工畳だ。

 そう、以前と比べ、イグサの良い匂いがする優れモノなのだ。というか、もう本物と全く見分けがつかない。


 心地よい匂いは良いとして、いつものことながら重い……今日は誰だ?


 まぶたを開くと、そこには黒髪の幼女二人が、胸と腹の上を占拠していた。


 ああ、天使たちか……


 一人は黒髪を長く伸ばした女の子で、黒曜石の如くキラキラと輝く瞳が印象的だ。

 もう一人は黒髪の間から耳が見える。瞳は同じように黒いのだが、その瞳孔は縦割れ手であり、少しばかりとがった猫耳が生えている。

 これだけで、彼女達が誰か分かったらたいしたものだと褒めてあげたい。

 なにしろ、この幼女二人は、何を隠そう俺の娘なのだ。

 一人目は麗華との子供で、名を美麗みれいといい、可憐という言葉が良く似合う幼女だ。

 もう一人は、なんとロココとの間に生まれた子供で、名をルルラというのだが、これがまためっちゃ可愛い。


「パパニャ、オハニャ」


 ルルラが目を覚ましたようだ。長い尻尾をくねらせながら朝の挨拶をしてくる。

 その眠たげな表情は、恐ろしいまでに可愛らしさを放っている。

 このロココによく似た猫娘は、まさに天使だ。


「パパ、おあよ」


 美麗も起きたみたいだな。


 この子も麗華に似ていて、将来は美少女になることが確定なのだが……絶対に嫁にはやらん。

 二人とも、最高の娘なのだ。


「何をニヤけてるんですか? ルルラ、美麗、おはよう」


 声を掛けてきたのは、ちっとも成長しない綾香だ。

 残念ながら、まだ彼女は子供を産んでいない。

 その所為で、ちくちくと刺されたりするが、こればかりは俺の力で何とかなる問題ではないので、肩を竦めるほかない。いや、もう少し頑張れば出来るかも?


 あれから――ファルゼンことトキシゲを倒してから、六年の月日が経っている。

 嫁については増えていないものの、その間に子供が生まれた。


 ああ、増えていないはずだ……多分、庶子なんて居ないはずだ。きっと、間違いなく……


 それはそうと、子供達を産んだのは、ロココ、麗華、ミレア、エルザの四人だ。

 一番の驚きは、第一子を生んだのがロココなのだ。

 彼女は、成人するとすぐさま身籠ってしまった。

 間違いなく指輪を外していたのだろう。

 ただ、その早さからして、猫人族という種族が影響しているのかもしれない。


 一度に五人とかじゃなくて良かった……猫娘だけに、大量生産だったらどうしようかと思った……


 続いて、第二子が美麗であり、第三子がミレアとの間に生まれたミルカだ。

 ミルカもミレアに似ていて、めっちゃ可愛い。今から男が寄ってきそうで、少しばかり心配している。

 そして、四人目にやっと待望の男の子クロトアが、エルザとの間に生まれた。

 男の子が生まれたと知った時、天空城が落下しそうなほどに大はしゃぎしたのは、アンジェだったする。

 自分と血が繋がった子供ということもあったのだろう。自分が名前を付けると言い出したくらいだ。

 もちろん、俺もめちゃんこ嬉しかった。

 ただ、一番初めに男の子を産んだエルザのドヤ顔は凄かった。

 おまけに、彼女はクロトアに俺の後を継がせて皇帝にするといい始めた。


 ほんと、母親って、子供に託しすぎだと思う。子供なんて、自分達の望むようにさせてやればいいのだ。親が未来を強いるなんてナンセンスだ。


 まあ、子供のことはここまでにして、世界情勢について話をすると、結局、ミストニア第二王女と召喚者を逃がしてから六年になるが、今のところ、何事も起きずに平和な時を過ごしている。

 死神である俺が何をしているかといえば、天空城で仕事をしたり、時々視察に出て悪が蔓延はびこっていないかを確認したりしているが、世間に暴れん坊死神が現れるとバレてからは、悪さをする奴等が激減してしまった。


 仲間についてだが、エルザ、ミレア、マルセル、ルミアについては、アルベルツ州の管理を行ってもらっていて、行政はミストニア脱走組の九重、松崎、北沢の三人組にお願いしている状態だ。

 ミストニアに関しては、マリアを女王としているのだが、親衛隊としてアレットを派遣している。それ以外には、騎士としてクリスとエミリアを配置している。

 そんな訳で、常に天空城にいるのは、ラティ、ロココ、アンジェ、麗華、綾香になるのだが、ジパングに居るサクラは、週に二回くらい遊びにくる。


「パパ、ごあん」


 美麗がご飯の催促をしているようだ。


「そうかそうか、お腹が空いたよな? さっさとご飯にするかな」


 俺の天使たちを空腹にさせるなんて、以ての外だと思う。

 即座に食堂に行こうとするが、そこで待ったの声が上がった。


「パパニャ、だっこニャ」


「みれいも」


 ルルラが甘えてくると、妹の美麗も甘えてくる。

 めちゃめちゃ可愛いので、言われるがままだ。

 即座に、右腕でルルラを、左腕で美麗を、軽々と抱き上げる。

 二人は俺の首に両手を回してくると、朝の挨拶である頬への口付けをしてきた。


 くは~~~っ、最高に可愛いぜ!


「ユウスケ、あまり甘やかしちゃ駄目ニャ」


「そうですわ。美麗も程々にするのですわ」


「まあ、いいじゃないか。こんな時期が、何時までも続く訳じゃないし」


 母親二人がクレームを入れてくるが、彼女達と朝の口付けを交わしながら、適当な返事で誤魔化す。

 あと十年もすれば、「オヤジは、あっちに行け!」とか言いそうだし、甘えさせられるのも今のうちだけだ。


 まあ、ここ最近の早朝と言えば、概ね毎日がこんなものだ。









 何時もの面々で朝食を摂っていると、突如として、デコ電がブルブルと己が存在をアピールする。

 またエルザだろうなと察しながら液晶を見ると、そこにはマルセルの名前があった。


 どうしたんだ? マルセルからというのは珍しいな。


 そんな風に思いながら電話に出ると、彼女の慌てた声が飛び出してくる。


『ユ、ユウスケ、そちらに問題は起きてませんか?』


「もしもし、落ち着け、どうしたんだ?」


 いつもは冷静沈着なマルセルが、恐ろしいほどに慌てている。


『実は大変なことになっているのです。そちらでは、何も起きてませんか?』


「ああ、全くいつもの通りだぞ」


 デコ電では見えないと知りつつ、首を傾げながら何事もないと伝えると、彼女は深呼吸をしてから話を始めた。


『落ち着いて聞いて下さいね。皆さんがユウスケのことを忘れています』


 まあ、週一回くらいしか顔を出していないし、それも仕方ないかな。


「すまん。これからは、もっと頻繁に顔を出すようにするよ」


 見えないと知りつつも、思わず頭を下げながら謝るのだが、マルセルは否定する。


『そういう問題ではないのです。エルザやミレア姉さんも、ユウスケの存在を覚えていないのです』


 え? もしかして、エルザ達が怒ってるのかな? でも、嫁が多いし……一応、ローテーションは守ってるぞ? そういや、ミルカとクロトアが寂しがってるって言ってたか……


「エルザ達に、直ぐに顔を出すと伝えてくれないか? めっちゃ、怒ってるんだろ?」


 子供たちのことを思い出し、直ぐに穴埋めをすることを伝えるのだが、マルセルは異様な剣幕で否定してくる。


『怒ってるとか、相手にしてくれないからとか、そんな問題ではないのです。どうにも、アルベルツ教会には、ユウスケのことを覚えている人が、誰も居ないのです』


 なんだと!? やっと問題を飲み込めてきた。


『直ぐに、私を迎えにこれますか? 私もいつそんな状態になるか解りません』


 マルセルに了解の返事をして、アルベルツ教会へと直ぐに向かったのだが――


「誰の許可をもらって入ってきているの?」


 行き成りエルザに出くわしちまった……


 アンジェにこそ勝てないものの、この六年で立派なスタイルになっている。

 州内でも指折りの美人と噂されるエルザに、面と向かって敵視されると、さすがにショックを隠せない。


「エルザ、俺のことを覚えてないのか?」


「何を言って……貴方、ん~~~、思い出せない。でも……」


 どうやら、エルザは少なからず覚えがあるようだ。ただ、思い出そうとすると頭が痛くなるようで、両手で頭を抱えてその場に蹲った。

 確かに、これは異常事態だ。


「ユウスケ。あっ、エルザ……ハイヒール!」


 俺の姿を目にして、マルセルが声をあげる。ただ、エルザが蹲っていることに気付くと、直ぐに癒しの魔法を掛けた。


「マルセル、お前の精神回復や浄化でも治らないのか?」


 心配そうに見守っているマルセルに、魔法で何とかならないのかと尋ねてみるが、彼女は黙って首を横に振るだけだった。


「取り敢えず、ここに居ると不審人物で捕まる可能性がありますから、急いで天空城に戻りましょう」


 マルセルは、侍女にエルザのことを託すと、直ぐに移動することを勧めてきた。


 いまは、その方が良さそうだな。


 この後、マルセルを連れて天空城に戻り、直ぐにミストニアへ連絡するが、デコ電に出たマリアは「どなた様ですか?」と尋ねてきた。

 それを機に、全員に連絡を取ったのだが、結局は全滅ではないにしろ、かなりの仲間が俺のことを忘れている状況が判明した。


 天空城の中にある会議の間に集まったメンバーは、ラティ、麗華、ロココ、アンジェ、綾香、爺ちゃん、マルセル、クルシュだ。

 ああ、たまたま遊びに来ていたサクラも居る。


「これは、由々しき事態です」


 焦った表情で、そう口にしたのはマルセルだ。

 その気持ちは解る。だが、問題はそこじゃない気がする。


「確かに、みんなに忘れられたのは悲しい。エルザから誰何された時は、さすがにショックを隠せなかったよ。でも、問題はそこじゃないと思う。誰かがこの世界に干渉していることが問題なんだ。おそらく、第二王女達だと思うが……」


「とうとう動き出した訳か。これで叩き潰せるぞ」


 アンジェが嬉しそうに微笑みを浮かべている。

 相変わらず血気盛んであり、平和な現状では、少しばかり手を焼いている。


「そんな安易な問題じゃないじゃろ。敵の場所すら分らんのじゃからな」


 別にアンジェを窘めるつもりではないようだが、爺ちゃんはすぐさま否定した。

 爺ちゃんは装甲車に居たせいか、なぜか、今回の記憶喪失事件の被害に遭っていなかった。

 警護に付いていたカツマサとマサノリも、特に問題なかった。

 爺ちゃんの話もそうだが、とても気になることがあった。


「今回のことだが、俺の憶測だと、装甲車や天空城の室内は、この世界と別次元になっている。だから、そこに居た者は影響を受けてないんだと思う。まあ、それは良いとして、気になるのは、奴等が何をしたいのかということだ。俺を忘れさせても、大して意味がないと思うんだが……奴等の目的がさっぱりわからん」


 誰もが同じ疑問に辿り着いたのだろう。神妙な顔で頭を悩ませている。

 しかし、先程の例外であるマルセルが沈黙を破る。


「では、私はどうして影響を受けなかったのでしょうか」


「おそらく、『神癒しんいの恵み』のお蔭じゃろうな」


 俺が思いついた答えを、クルシュが代弁する。

 そして、彼女は自分達に起きたことの説明を付け加える。


「妾の場合は、ユウスケに聞いた話からすると、多分、エルソル様の血を受け継いでる所為じゃろうな。魔王国でも魔人以外の人種は、ユウスケのことを覚えてなかったからのう。妾としても、それが不思議だったのじゃが、これで納得がいった」


 多分、クルシュの考えが正鵠を得ているだろう。そして、それは大きな救いとなるはずだ。

 というのも、マルセルはアルベルツ州で聖女として活動しているし、クルシュは魔王国の魔王代理だからだ。


「ユウスケ、私が考えた答えを聞いてもらっても良いですか」


 それまで黙考していた綾香が、自分の考えを聞いて欲しいと前置きをしてきた。

 こいつの話は、半分くらいが厄介ごとで出来上がっている。できれば聞きたくないのだが、この状況だと首を横に振る訳にもいかない。


「私が思うには、天空城と装甲車は想定外だったのではないでしょうか。本当はユウスケから仲間全員を排除したかったのだと思います」


 確かに、仲間が全員いなくなると、さすがに、苦しい状況となる。

 そうなると、これは序章でしかなく、これから何かが起こるということか。

 というか、珍しく綾香の口から真面な話が出てきたことに驚く。

 ただ、気分を取り直して、奴等の思惑について考え始めると、麗華が立ち上がった。


「ユウスケを忘れさせるなんて、とんでもない威力だと言えますわ。それだけの力があるのに、このままで終わるとは思えませんわ。それに、ユウスケを忘れさせる以外の効果もあるかもしれませんわ」


 そうなのだ。麗華の言う通りだ。

 引っ掛かっていたことを、彼女が見付けてくれた。


「そうだ。麗華の言う通りだと思う。問題は、記憶操作されていることだ。この調子で洗脳してくるような気がする。そして、奴等が次にとる行動は――」


「戦じゃろうな」


「うむ。そうじゃろうな」


 クルシュが結論を口にすると、爺ちゃんが頷いた。


 戦か……俺を忘れさせ、更には洗脳して、国同士で戦わせる。人的資源の少ない奴等が画策するなら、そんな方法しかありえんな。もしかすると、例の如くどこかの国を乗っ取ることもあり得るな。


 現在の大陸では、カシワギ連合国の勢力が強すぎて、誰も戦を起こそうなどと思う者がおらず、それが平和につながっているともいえる。

 しかし、その均衡きんこうは、ちょっとしたことでついえるだろう。


「そうなると、不穏な行動を起こしそうなところに、さっさと釘を打ち込む必要があるが……」


「そうは言っても、それがどこかを見つけるのも簡単ではないです。それに、分かったとしても、釘を刺すとなると被害が大きくなる可能性があります」


 自分の見解を伝えると、直ぐにマルセルが首を横に振った。

 ところが、すぐさまアンジェは肯定的な態度を見せた。


「それでもやる必要があるだろうな。そうしなければ、被害はもっと大きなものになるだろうからな」


「そうですわね。それに、魔国、アルベルツ、ジパングは何とか抑えられると思いますわ」


 アンジェの言葉に賛同したのは、いまや一児の母である麗華だ。


「でも、クルシュは別として、殿様とマルセルは戻ったらヤバいんじゃないかニャ? ミイラ取りがミイラになるニャ」


「尤もな意見だな。だが、うちには強力なパクラーが居るからな」


「大いなる創造神を捕まえて、パクラーなんて言わないでください」


 綾香が顰め面でクレームを入れてくるが、俺と同じ感想を持った者は、他にも居る。


「でも、発想がパクリニャ」


「確かに、二番煎じなのは否めないですわね」


「ちょ、ちょっ、ロココ、麗華まで……」


 パクラー創造神である綾香が、悲痛な声をあげた。

 ただ、女神のように美しいラティがフォローを入れる。


「大丈夫なんちゃ。この世界では初物なんちゃ。アヤカ、頑張るっちゃ」


「そう言ってくれるのは、ラティだけです。ありがとう」


「まあまあ、それはそうと、綾香、できるならこの洗脳状態を解除できる道具がいいんだが……それが難しいなら、洗脳を妨害する道具を作って欲しい。それを装備すれば、少なくとも、ジパング、アルベルツ、魔国、三国では、問題を抑えることが出来るはずだ」


「頑張ります」


「私もこんな時こそ聖女として何とかしてみせます」


 綾香の返事に続いて、マルセルが力強く頷く。


 そんなところに、嫌な話が降ってくる。

 つ~か、嫌なことって続くもんだよな~~~。


『大ぴ~んち! ユウスケ、直ぐにきて』


 なんとか話が纏まったところで、ちっともピンチそうじゃないエルソルからお呼びがかかる。

 結局、理由すら告げられないことに不安を抱きながらも、すぐさま彼女の住む塔に向かった。

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