第55話 悪夢の塔


 放射冷却のせいか、温かい島にしては、少しばかり肌寒い朝だった。

 それでも、それはそれで清々しい朝だと思えた。

 ただ、鳥の鳴き声すら聞こえないのは、少しばかり風情に欠けるというものだ。


 昨日は戦闘を繰り返しつつ探索を勧めたのだが、日没で戦闘を収容させて野宿することにした。

 まあ、野宿といっても、実際は綾香特性の痛テントだ。


 余談ではあるが、砂浜で色々と盛り上がった俺達ではあったが、さすがに、いつゴーレムが現れるか解らに状況なので、とても残念なことに、昨夜は男女の関係を深めるに至らなかった。


「よし、じゃ行くぞ」


 号令を出すと、それぞれが応の返事と共に頷く。

 それに満足して、再び島の探索を始める。


 それから四時間ほど森の中で歩みを進めただろうか、それまでに三百体くらいのゴーレムを倒したように思う。

 ただ、さすがに連戦で疲れたこともあり、昼食を兼ねて休憩を取ることにした。


「それにしても、ゴーレムがどんどん強くなってませんか?」


 昼食の準備をしつつも、少しばかり顔を顰めたマルセルが率直な感想を口にした。

 まあ、彼女が顔を顰めるのも仕方ないだろう。なにしろ、全くその通りなのだ。

 何がどう強くなったかと言うと、始めこそノロマなゴーレムだったが、矢や魔法を避けるくらいに俊敏なっているのだ。

 だから、一体を倒すのにも連携を執って、相手の隙を突く必要があるのだ。


「そうだな、かなり厄介な敵だ」


 マルセルの意見に同意すると、ラティとロココが陰鬱な表情を見せる。


「うちの矢を避けるなんて……」


「私の矢が当たらないニャ」


 二人はかなり落ち込んでいるみたいだ。ラティはションボリとしており、ロココは猫耳と尻尾が力なく垂れている。


「まあ、連携すれば倒せるし、落ち込むなことじゃない。これまでが力押しで終わり過ぎたんだ。これを機に連携も覚えた方がいい」


 そう、この島に来る前までの戦いといえば、まさしく蹂躙だ。

 ダンジョンにしても、死人にしても、ミストニア兵にしても、レベル差が大きすぎて戦い方以前の問題だった。

 それを考えると、今回の件は良い機会だと思う。

 ただ、俺としては、他に気になることがあった。


「それよりも、なんでこんな島に、こんな強力なゴーレムが居るんだ? いったい、誰が作り出したんだ? 正直、綾香が作った金剛力士よりもはるかに強いぞ?」


「ぎゃふ……」


 自分の作ったゴーレムと比較されて、綾香が呻き声を上げる。

 それを横目で眺めつつも、エルザが俺の疑問に食いついてきた。


「そう、それよ。私もずっと不思議だったの。固有能力が使えなかったり、強力なゴーレムがいたり、この島は少し変だわ」


「その理由は分からんが、殿様がここに行けといった意味は、これと戦えということなんじゃないのか?」


「確かに、アンジェの考えも一理ある。でも、鍛錬のためだけなら、ダンジョンでも事が済みそうだよな?」


「うむ。そう言われると、反論できん」


 正論を返すと、頷きはしたものの、アンジェは腕を組んだまま黙考を始める。

 そこに、麗華が割って入ってきた。


「でも、間違いなく、殿様は現在の状況になることを理解してますわよね?」


「まあ、爺ちゃんのことだからそうだろうな」


「そうなると、やはり、ここでの戦闘に何かの意味があると思いますわ」


 麗華の言う通りだろう。ただ、その何かが分からないし、気になるんだよな……


 どれだけ考えても答えが出ない。そのことにもどかしさを感じていると、ラティが肩を竦めた。


「悩んでも、時間の無駄なんちゃ。爺ちゃんがここに来るようにいったんだし、うちらはこのまま戦い続けるだけなんちゃ。きっと、その先に答えがあるんちゃ」


「そうだな。オレ達は暴れるだけ、暴れたらいいんだよな。よし、気合いが入ってきたぞ」


 ラティの考えはご尤もなのだが、そこで気合いの入るアンジェの思考は理解できん。


 アンジェに呆れつつも、マルセルが作った昼食でお腹を膨らせ、再び探索を始める。

 探索と言っても、目的地がある訳じゃないから、ただただ島の全容を探るだけだ。


 食事と休憩を終え、探索を再開すると、すぐさま三十体のゴーレムが現れた。

 さすがに、これは拙い。そう感じて、即座にエルザに目配せする。

 ここで視線に込めた想いは、遠慮なくやれというものだ。

 すると、俺の考えを察した彼女が、即座に魔法を発動させる。


「ファイアーストーム!」


 本当は自然破壊になるので使いたくなかったのだが、この数では仕方ない。背に腹は代えられない。

 さすがは、エルザの魔法だ。ゴーレムを炎の竜巻に巻き込んでズタズタにしている。しかし、それで敵を倒せた訳ではない。それどころか、異常を察知したのか、周りから続々と新たなゴーレムが現れる。

 まさに、藪蛇だった。


「ちっ、こりゃ、くそ拙い状況になったぞ……」


 ラティ、ロココ、綾香が必死に矢や弾を射ち放っている横で、思わず呻いてしまう。


 空牙も使えね~し、しゃ~ね~、あまり使いたくなかったが……


「みんな、下がれ! デカいのぶちかますぞ! メーテーーーーオーーーーー!」


 俺が持つ最大の魔法をぶち込むことにした。

 天に掲げた手を押し寄せてくるゴーレムに向ける。

 その途端、空から赤い炎の塊が雨のように降り注ぐ。

 炎の塊は、地を揺らし、爆発音を響かせ、破壊音を撒き散らした。

 そして、震動と破壊音が止まった時には、ゴーレムの一体すら立っていない。それどころか、そこには広大な焼野原だけが存在した。


 こりゃ、ひで~や。完全に環境破壊だよな……誰がこんな凶悪な魔法を作ったんだ?


 無数のクレーターと森の残骸だけとなった光景を目の当たりにして、自分が放った魔法に、少しばかり唖然としてしまう。


「すげーーーー! ユウスケ惚れ直したぞ!」


「かっこえ~んちゃ」


「最高ニャ!」


「やり過ぎじゃない?」


「さすがは、私の旦那様ですわ」


「木々よ、安らかに眠ってください……」


「これに対抗するには、核ミサイルしかないですね」


 アンジェから始まり、ラティ、ロココ、エルザ、麗華、マルセル、綾香が各々の感想を述べてきた。


 これで、この世界に召喚されて、初めて魔法を取得すると決めた時の夢が叶った。

 その悲惨な光景に少しばかり怯みながらも、念願のメテオをぶっ放して最高に感動していた。

 だが、先には新たな関門が出現した。いや、それは初めからあったのだろう。ただ、森を消滅させたことで、露わになったんだと思う。


「あっ、あそこに、いかにも怪しげな塔があるニャ」


 そう、ロココが指さす先には、あからさまに胡散臭そうな塔が存在していた。


「多分、あれが、この島の最終関門なんだろうな」


 実際、本当にそうであるかは分からない。でも、俺の直感はそう告げている。


 さて、何が出てくるやら、鬼が出るか蛇が出るか……


 期待と不安を抱きつつも、強く、美しく、優しく、誰よりも信頼できる大切な妻達に視線を向けると、全員が力強い眼差しで、その塔を見詰めている。

 見るからに怪しいその塔を目にしても、誰一人として怯んでいない。本当に、最高の妻達だ。


 彼女達に感動しつつも、静かに、そして、力強く告げる。


「よし、あの塔に行くぞ」


 もちろん返ってきたのは、イエスという返事だけだ。









 そこは、見事としか言いようのない焼け野原だった。

 小さな木々は燃え尽き、地面は抉られている。

 所々に大木の燃えた残骸があり、まさに、焦土と呼ぶのに相応しい光景だった。

 それを造りあげたのが自分だと思うと、己が破壊者ではないかという思いが込み上げてくる。

 メテオの発動は、魔法を知って夢見たものだけに、始めこそ喜んだものの、その破壊力と惨状を目の当たりにして、禁忌を犯したような気分だった。

 それもあって、メテオ成功の喜びなど皆無の如く表情を硬くしていると、傍にエルザが寄り添ってきた。


「そんなに辛そうにしないでよ。私達を守るためには必要だったはずよ。だから、この惨状は、私達みんなの所業よ」


 ん? エルザにしては珍しいじゃないか。いや、ここは感謝するところだな。


 慰めてくれるエルザに視線を向けると、彼女はそっと俺の腕に縋り付く。

 間違いなく、硬い表情から心情を察したのだろう。

 この金色の髪を持った美しくも可愛い妻は、魔法以外なら空気を読める女なのだ。


「そうだな。俺は、お前達を守るためなら神だって滅ぼす男だからな。こんなことで、落ち込んではいられないよな」


 荒野、いや、災害地を進みながら、沈んだ気分から脱出した俺は、前方一キロくらい先にある塔に視線を向ける。


 その塔は、それこそバベルの塔を思わす意匠だ。違いがあるとすれば、それが完成されていることぐらいだろう。

 塔の高さは地上百メートルくらいだろうか。焼け野原の大地から見上げると、その存在感は隔絶したものであり、その光景に圧倒されていた。

 ただ、気になることがあった。それは、これほどの塔を、なぜ、これまで見逃していたかということだ。

 この規模の塔ならば、天空城や浜辺からでも、その一端を確認できたはずだ。


 見落とした理由がわからん。少しばかり浮かれすぎてたのかな……


 疑問を抱きながらも足を進め、何事もなく塔に辿り着く。


「それにしても、何にもおらんニャ」


「ユウスケの魔法で消滅したんちゃ」


 敵が現れないことについて、ロココとラティが話し合っているようだ。

 おそらく、ラティの考えで間違いないだろう。

 なにしろ、それまでは、まるで蟻のようにうじゃうじゃと現れたのだ。それが出てこないとなると、消滅しているとしか考えられない。


「それよりも、入り口が見当たりませんわ」


 麗華が首を傾げるのも理解できる。

 塔に辿り着いき、視線を巡らせるが、中に入れそうな場所が見当たらない。


「ん~、ちょっと、探してくるニャ」


「うちも、探してくるんちゃ」


「お、おいっ、気を付けろよ」


 相変わらず仲の良いロココとラティが、軽い足取りで入り口を探し始める。

 不安になって声をかける。なにしろ、敵が見当たらないとはいえ、何が起こるか分からないのだ。

 しかし、二人は手を軽く振ると、そのまま塔の壁に沿って入り口を探し始める。


 それにしても、ビルと違って、どこからでもは入れそうに見えるんだが……


 一見、どこからでも入れそうな雰囲気なのに、どこにも入口が存在しない。それが、さらに違和感を強くさせる。

 ただ、エルザにとっては、入り口云々よりも建物の方が気になるようだ。


「この塔って、どれだけの技術があれば作れるのかしら」


「そうですよね。これだけの建造物は、大陸でも聞いたことがありません」


 エルザの素朴な疑問に、マルセルが頷く。


 この世界の常識しかない二人に、先端技術を持つ日本からやってきた麗華が、自分の知識を披露する。


「そうですわね。日本ならこれの二倍、三倍くらいの建物は少なくないのですけど、この世界の技術だと、ちょっと想像がつきませんわね」


「二倍、三倍……ほんとうに?」


「そんな巨大な建物なんて、想像もできないです」


 エルザとマルセルが驚愕しているが、綾香が一歩前に出た。


「私なら作れますよ」


 自慢げに綾香が胸を張ると、エルザとマルセルが呆れた様子で肩を竦める。

 だって、綾香に作れないのは、きっと人間くらいのものだろう。ただ、どれもパクリだけどな。

 そんなパクラー綾香の発言で興が醒めたところに、入口を探していたラティとロココが手を振りながら、元気な声で入口の存在を知らせてきた。


「入口があったっちゃ」


「でも、扉が開かないニャ」


 二人の報告で、その入り口と思われる場所に急行したのだが、その扉は二人が言うように開かずの扉だった。

 おまけに、扉は全く理解できない素材であり、壁と同じような土色をしている。

 どう見ても押し開けるような作りになっていると思うのだが、みんなが代わる代わる試してみてもピクリともしない。


「鍵がいるのかしら」


「それにしては、鍵穴がないですよ」


 疲れの見えるエルザが疑問を口にすると、綾香が即座に首を横に振るが、それを打ち消すようにマルセルが呟く。


「鍵とは、目に見える物だけではないですよ」


 そうだよな。なにしろ、ここは異世界だし、物理的な鍵よりも、魔法で封印している方が可能性的にも高いだろう。

 だいたい、見た目は唯の土に見えるが、アンジェが鉄パイプやバール、挙句はパイルバンカーまで出して強引に開けようとしたのだが、傷ひとつ付けられなかった。そんなものが普通の扉であるはずがない。


「よし、ここは俺の出番だな」


「ユウスケ、何か策があるの?」


 それまで見学に回っていたが、待ってましたとばかりに一歩足を踏み出すと、エルザが期待に瞳を輝かせた。


 いや、策なんて何もないんだが……


「ああ、ないのね……」


 なくて悪かったな……つ~か、勝手に人の考えを読むなよ。


 嘆息するエルザに視線を向けないようにしつつ、その扉を調べるために、無造作に扉を触る。

 すると、そこで異変が起こった。


 はぁ? なにこれ……


 手を触れた途端、指が接した部分が発光し始めたかと思うと、瞬く間にそれが扉全体に広がり、次の瞬間には、扉が跡形もなく消え失せてしまったのだ。


「えっ!? なにをしたの? どういうこと?」


 これ以上ないほどに驚きを露わにしたエルザが視線を向けてくる。だが、そんなことは、俺にも解らん……


「まあ、いいじゃね~か、これで入れるんだ。気にせず行こうぜ」


 漢モードのアンジェが、いつもの直情的な発言をしたかと思うと、ずかずかと中に入り込んだ。


「お、おいっ、まて……」


 中には何があるか解らない。迂闊に入るなと警告しようとした途端だった。塔の中で無数の閃光が走った。


「うぐっ」


 次の瞬間には、鮮血を散らしたアンジェが唸り声を発した。


「あ、アンンジェーーーーーーーーーーーーーーーー!」


「いやぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 俺は咄嗟に叫んでいた。それに重ねるかのように、エルザが悲鳴をあげる。

 しかし、閃光の矢は止まらない。次々にアンジェを串刺しにする。


「アンジェ! 直ぐに助けるぞ」


 恐怖と焦りで混乱しながらも、助けるべく脚を踏み出す。

 すると、血塗れとなって倒れたアンジェが、こちらに顔を向けて口を動かした。


「え、エ、ル、ザ、しあ、わせ、に、なれ……愛して、る、ユウス、ケ……」


 アンジェはそれだけを言い残すと、光の粒となって消えていった。

 その瞬間、心臓が凍り付いた。もう、何も考えられなかった。


 嗚咽を漏らして泣き崩れるエルザに、やはり滂沱の涙を流しているマルセルが抱き付く。

 ラティに抱き付いて大泣きを始めたロココ。

 そんな彼女の背中をそっと撫でながら、金色の双眸から宝石をこぼすラティ。

 麗華と抱き合ってお互いの肩に顔を埋める綾香。


 そんな六人の愛妻の姿さえ、意識から消えている。今、俺の中を埋め尽くしているのは、豪快だったアンジェの姿、時に優しさを見せる彼女の姿、裸でじゃれ合った彼女の姿、一気にお淑やかで恥ずかしがり屋となった彼女の姿、そう、アンジェで埋め尽くされている。

 その彼女の最後の姿、その言葉を思い出した時、怒りに震えた。いや、怒りそのものになった。


「ヘルファイアー!」


 塔の中に炎の最上級魔法をぶち込む。


「ヘルファイアー!」


 怒りに任せて、立て続けに打ち込む。


「ヘルファイアー!」


 全てのものを燃やしたかった。アンジェを奪った全てを消し去りたかった。いや、アンジェを救えなかった自分自身をも消し去りたかった。


「アンジェーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 俺の中では、怒り、憎悪、怨念だけが渦巻く。


「ユウスケーーー!」


 破壊し尽くした塔の中に足を進めると、エルザの声が聞こえてきたような気がした。

 しかし、誰も今の俺を止めることはできない。

 烈火の如く怒りに燃え上がり、あらん限りの魔法を放つ。


「ファイアーボム! ファイアーボム! ファイアーボム!」


 ひたすら魔法を放ちながら、塔の中心部に突き進む。

 そこでも、何もかもをぶち壊すために、爆裂魔法を撃ち捲った。

 俺の耳は挟異音だけを受け付け、俺の視界は瓦礫となる光景だけを映し出し、俺の思考には消滅の二文字のみが浮かび上がる。

 そう、この部屋と同様に完全に壊れているのだ。アンジェの死が俺を破壊したのだ。


 魔法での破壊が終わり、土煙が収まると、そこは瓦礫の部屋になっていた。

 だが、まだ壁が残っている。天井が残っている。塔が残っている。


 全部、ぶっ壊す。この塔を塵に変えてやるぞ!


「「「「「「ユウスケーーーー!」」」」」」


 瓦礫の中心に立ち、次なる破壊を始めるべく手を壁に向けると、途端に身体が重くなった。そして、次の瞬間、衝撃が加わった。


 ぱーーーーん!


 渇いた音が瓦礫の部屋に響き渡る。誰かが頬を打ったのだ。


「あ、あ、あなたまで死んだら、私、私達は、どうすればいいのよ!」


 目の前にはエルザが居た。腕を振り切ったエルザが立っていた。そこで初めて気付いた。妻たちが抱き着いていることに……


「エルザ……」


 平手打ちを受けた頬を触ると、まるで頭から水を被ったかのように濡れている。

 そう、気が付かないうちに、滂沱の涙を流していた。

 そんな俺に向けて、エルザが叱責を続ける。


「まだ、まだ貴方を大切に想う女が、貴方を愛している女が、こんなにも居るのよ。しっかりしなさい」


 そうだった。俺にはまだ愛する妻達がいるのだ。ここで自暴自棄になる訳にはいかない。

 すまない、アンジェ。お前の所に行くのは、今しばらくお預けだ。でも、必ず行くから、ちょっとだけ辛抱してくれ。


 深い悲しみと憎悪を身の内に残しつつも、涙で霞む両目を右腕で拭うと、麗華がいまだ涙で潤んだ瞳を向けてきた。


「これから、どうするのですか」


 愚問だ。やるべきことは一つだ。


「この塔を破壊する」


 拳を前に突き出しながら己が感情を吐き出すと、誰もが力強く頷く。しかし、綾香がおずおずと意見を述べてきた


「メテオでも壊れなかった塔です。どうやって破壊するのですか?」


 そうだ。この塔はメテオで焼け野原となった地に、唯一残ったものだ。そう簡単には破壊できないだろう。

 だが、固有能力が使えない理由も、ここにあるような気がする。


「きっと、この塔の中に、何らかの秘密があるはずだ。それを解明できれば、固有能力も使えるはずだ。そうなれば、こんな塔を微塵にするなんて容易いことさ」


「それなら、まずは中から壊すっちゃ」


「そうニャ。バラバラにするニャ」


 俺の意見に賛成なのだろう。ラティとロココが力強く言い放つ。


「それでいこう。ただ、何があるか分からないからな。十分に用心してくれよ。お前達まで逝っちまったら、俺は発狂するぞ?」


「ふふふっ。もちろんよ」


「うちは、いつでもユウスケと一緒っちゃ」


「大丈夫ニャ。わたしは死にませんニャ」


「はい。私がみんなを守ります」


「そうですわね。ユウスケを泣かせる訳にはいきませんもの」


「こんなことなら、建物破壊兵器でも作っておけばよかったです。いえ、兵器がなくても、こんな塔くらい壊してみせます」


 二度とアンジェのようなことが起きないように言い含めると、エルザ、ラティ、ロココ、マルセル、麗華、綾香、みんなが頬を濡らしたままの笑顔で頷く。


 アンジェの弔い合戦に向けて、俺達は心を一つにした。









 この塔は各階がワンフロアのようで、内壁に沿って階段が設置されていた。

 各階の天井は高く、塔の全長から考えると十二、三フロアしかないだろう。


 この塔の破壊を誓った訳だが、さすがに、下階から壊して行く訳には行かない。そんな理由で、まずは最上階を目指すことにした。

 ただ、無暗に新なフロアに入るのは危険だと考えて、とても申し訳ないのだが、阿吽ゴーレムを偵察に送り出すようにした。

 そんな懸念とは裏腹に、次の階では、閃光に襲われることはなく、二十体の人型ゴーレムが歓迎してくれた。

 そのゴーレムは、これまでと違ってやたらと人間に酷似していた。そして、全てのゴーレムがカタールを装備している。


「エルザ、ラティ、綾香、援護を頼む」


 三人は敵を見据えたまま頷く。


「エアープレス!」


「アースクエイク!」


 エルザが上から押しつけて、俺が下から攻撃したが、二体のゴーレムを倒しただけで、残りの敵は散開することに成功している。

 ここが狭い空間であるとことを考えると、異様に俊敏性の高い奴等だ。


 ピシュ! ピシュ! ピシュ!


 ダダダダダダダダダダダ!


 散開した敵に、ラティの放った矢が風切り音を立てて襲い掛かり、綾香の機関銃が派手な音を立てながら無数の弾丸をバラ撒いている。

 だが、それで倒れたのも三体のみ。残りの十五体は、恐ろしく速い動きで、こちらに襲い掛かってくる。

 以前、テルン平原で見たミストニアの能力者なんて月とスッポンだ。


「速いっちゃ」


「この弾幕を躱すなんて……」


「エアープレスの攻撃が全く効いてない……」


 敵の動きを目の当たりにして、ラティ、綾香、エルザが驚きの声を上げる。


 くっ、かなり拙い状況だな。だが、やるしかない。


 麗華は神技を使えないし、俺はもっくんや千切りを出せない状態だ。

 しかし、いまさら逃げ出す訳にもいかない。いや、絶対に殲滅してやる。


「エルザはファイアーボムで撹乱かくらんしてくれ。綾香も弾幕で近寄らせるな」


「分かったわ」


「分かりました」


 エルザと綾香に指示を出し、続けて残りの面子にも声をかける。


「ラティ、ロココ、麗華、接近戦で迎え討つぞ」


「分かったっちゃ」


「了解ニャ」


「分かりましたわ」


 三人の返事が終わるころには、綾香の弾幕を抜けたゴーレムが目と鼻の先まで迫っていた。


「壊れるニャ」


 毒を吐き捨てながら迎え撃つロココの動きは、ゴーレムを超えていた。

 彼女は己の身体を稲妻の如く加速させ、左手のダガーでゴーレムから繰り出された右の攻撃を退け、右のダガーをゴーレムの胸に付き立てた。すると、ゴーレムは砂の様に崩れ去り、跡形も無くなる。

 だが、その結末には興味が無いとばかりに、ロココは次の敵に向かう。


 因みに、ロココの使っているダガーは、呪いのダガーではなく、綾香が作った代物だ。

 というのも、ロココの固有能力も使えない状態なので、呪いのダガーを使うことができない。

 それでも、さすがはパクラー、もとい、綾香だ。彼女の作ったダガーは、ゴーレムを易々と切り裂いていた。


 麗華はというと、ロココの後ろを直線的な動きで追いかけ、これまた綾香製の長剣で、左から襲い掛かってくるゴーレムを切り裂いた。

 彼女も固有能力が使えない状態となっている所為で、神剣すら呼び出すことができないのだ。


 すっかり強くなった麗華に感心しつつも、日本刀を居合い抜きで振り切る。

 その一振りで、眼前に迫っていたゴーレムの腕を斬り飛ばし、返す刀で反対の腕を斬り飛ばす。そして、止めとばかりに袈裟切りでゴーレムを両断する。


「まだまだ。これからが本番だぜ!」


 切り倒したゴーレムを気に留めることなく、次の敵に斬り掛かる。

 次のゴーレムも、やはり同じように両腕を斬り飛ばすと、一刀両断で屠りつつ視線をラティに向ける。

 ラティはエルザと綾香を守るべく、二人の前に居座ると、舞姫と呼びたくなるほどの剣舞で、群がる敵を次々と葬っている。

 その戦闘の美しさは、ついつい、見惚れてしまいそうになるほどだ。


 みんなの力もあって、二十体のゴーレムを難なく片付けた。そう、そのはずだった……麗華の胸にカタールの刃が生えるまでは……


「危ない!」


 そんな麗華の叫びが轟いた。次の瞬間にはロココを庇うように身を躍らせた麗華の胸に、冷たい印象を与えるカタールの刃が生え出していたのだ。


「れいか------------------!」


 俺の叫び声が響き渡る中、ロココは直ぐに麗華の胸を突き刺したゴーレムを塵にかえる。


「マルセル!」


「はい!」


 すぐさま麗華に駆け寄り、倒れた彼女の身体を抱くと、直ぐにマルセルの名前を叫ぶ。

 それに反応したマルセルは、直ぐに回復魔法を発動させる。


「完全回復!」


 な、な、何故だ、何故、治らない。そう、麗華の胸の傷は治る気配を見せない。それどころか、彼女は咳込むように吐血をする。


「完全回復! 完全回復! 完全回復! 完全回復! どうして……どうして完全回復で治癒できないのですか……」


 マルセルは壊れたように魔法を連発するが、麗華の症状は全く変わらない。

 すると、麗華が力なく首を振る。そして、最後の力を振り絞ったように、吐血で赤く染まった唇を動かす。


「磯崎さん、私でもあなたを救うことができて嬉しいですわ」


「れいか! 死んじゃだめ!」


 まるで懺悔するかのような眼差しで話し掛ける麗華に、ロココは泣き縋って死を否定する。だが、彼女は泣きじゃくるロココの頭を撫でながら、こちらに視線を向けてきた。


「ユウスケ、あなたに会えてよかったですわ。私は幸せでしたわ。沢山の愛をもらえて、ピンチの時には助けてもらえて、心から感謝してますわ。この身が塵になろうとも、あなたを永遠に愛していますわ」


 麗華は己が気持ちを全て吐き出すと、そのまま瞳を閉ざす。


「麗華、俺を置いて行くな! れいかーーーーーーーーーーーー!」


 俺の叫びを嘲笑うかのように、死神は麗華を連れ去る。そう、彼女がその綺麗な瞳を再び見せてくれることはなかった。


 麗華の死を知り、無意識に血塗れとなった麗華の唇に自分の唇を重ねる。そして、誓う。未来永劫、彼女を愛すと。

 その途端、麗華の身体が光の粒となって消えていく。


 なぜだ。アンジェの時もそうだった。なぜ、消えていくんだ。せめて、その温もりがある限り、彼女の身体を抱き締めていたい。


「ちくしょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 強気で、でも、甘えん坊で、胸の中で甘える可愛くも美しい女。

 旧家に生まれただけあって、高貴な雰囲気と威厳を感じさせながらも、本当は誰かに愛されることを望み、誰かを愛すことを望んだ優しい女。それが麗華だ。そんな彼女に惚れていた。思わず抱きしめたくなるほどに惚れていた。


 くそっ、くそっ、くそっ、くそっーーーーーーーーーーー!


 みんなが俺に縋って泣き崩れる。特にロココとマルセルのショックが大きいようだ。

 それも仕方ない。麗華はロココを庇って傷つき、マルセルはそれを癒せなかったのだ。


「ロココ、マルセル、悪いのは俺だ。俺がもっと強ければ……みんなを守ると誓ったのに……」


 ロココが首を横に振る。その所為で涙が飛び散るが、誰も気にする者は居ない。


「わたしが、わたしが油断したから、わたしが麗華を殺したの」


 ロココは自分を責めるが、それをマルセルがそれを否定する。


「いえ、悪いのは私です。聖女なんて呼ばれて、誰でも助けられるなんて己惚れていた私が悪いのです。私にもっと力があれば……」


 己を責める俺達三人を慰めるのではなく、叱責したのはラティだった。


「三人が自分を責めても、レイカは喜ばんっちゃ。レイカは幸せそうだったちゃ。今は前に進むんちゃ」


 身体だけではなく精神的にも成長したラティは、もう大人と呼ぶに相応しい存在となっていた。

 そんなラティに叱責され、お互いに見詰め合って己が信念を固める。そして、頷き合って立ち上がる。

 すると、エルザが頬を濡らしたまま話し掛けてきた。いや、覚悟を告げてきた。


「この塔は普通ではないと思うの。もしかしたら、お姉様やレイカだけではなく、私達も命を落とすかもしれない。でも、ユウスケ、絶対に心を失わないで。貴方にはまだ沢山の大切な妻たちが居るのだから。みんなも、私達は妻であり、家族であり、ユウスケの力でもあるのよ。だから、死を悲しむのもいい、恐れるのもいい、でも、ユウスケだけは必ず守るのよ」


「当然なんちゃ。ユウスケは、うちが守るっちゃ」


「無論ニャ、ユウスケは死なせないニャ」


「私の命にかえても」


「私もユウスケを絶対に死なせたりしません」


 エルザの言葉に、ラティ、ロココ、マルセル、綾香、四人が同調する。だが、みんなに生き残ってもらいたい。


「いや、俺が守ってみせる。みんなを守って見せるからな」


 こうして覚悟を決めた俺達は、引き返すことなど微塵も考えることなく、再び悪夢の塔を登り始める。

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