第47話 邪竜
土と岩の塊。
緑を彩る木々の一本のみならず、雑草すら生えていない。
土は黒く染まり、冷たい印象を与える岩と相まって、生き物の住む世界を否定しているかのようだ。
それは、まさに死んだ山としか言い表しようがない。
そう、生気が感じられない。
もしかしたら、火山であることが影響しているのかもしれない。
しかし、なによりも、邪竜の存在がその原因だろう。
その死せる山を遠目にして、そんな感想を抱くが、それよりも別のことに疑問を抱いていた。
なんでこんなところに人が居るのだ? まさか、邪竜退治なんてオチじゃないよな?
マップ機能は、邪竜以外に六人の存在があることを知らせている。
マークの色から、現時点では全員が存命であると分かる。
ただ、邪竜と戦っているのだとすれば、いつ白く変わるか、分かったものではない。いや、ラティから聞かされた邪竜の話からすれば、一瞬にして全員が白い表示となる可能性の方が高いだろう。
「誰かが戦っているみたいだ。急ぐぞ」
「ん? うん、分かったっちゃ!」
「了解ニャー!」
性懲りもなく、ロココはまだ『ニャ』を続けるつもりのようだ……まあ、好きにするさ。今はそれどころじゃないしな。
ラティの墓参りを済ませたところで、邪竜の叫び声を聞きつけ、即座に墓のある丘から飛び立った。
そして、邪竜の居る山をマップで識別できる距離まで近づいたところで、人の存在に気付いた。
現在は、人が居ることに疑問を抱きつつも、両腕でラティとロココを抱えて、全速力で飛んでいる最中だ。
右脇では、ラティが今か今かと気を
「よし、そろそろ到着だ!」
「欠片も残さず始末するんちゃ」
「血祭りにするニャ」
肉眼で邪竜を捉えて意気込むのだが、その瞬間にマークの一つが白に変わった。
くっ、遅かったか……いや、まだ五人が残っている。
まだ間に合うと自分自身に言い聞かせつつ、気合を入れて一気に降下したが、その瞬間に白いマークが五つになった。
「ちくしょうーーー!」
もう少し早く気付いていれば……もう少し早く出発していれば……もう少し速く飛べれば……
後悔の念が心を蝕む。だが、いまさら悔やんでも、あとの祭りだ。
残った者だけでも、なんとか助けたい。
飛ぶと言うより、殆んど墜落、いや、落下の速度に飛行速度を上乗せして、地面に突っ込む勢いで竜の前に降り立った。
その衝撃は、着地点に陥没を作るほどだが、鍛え抜かれた身体はびくともしな――くもないが、気にしている暇はない。
実を言うとかなり痛かったけど、それを堪え、すぐさま脇に抱えていた二人をおろす。途端に、唯一生き残っている存在の声が耳に届く。
「誰でも良い! 妾に力を授けてくれぬか! 妾は何でもしようぞ! この邪竜を葬ってくれるなら、何もかもを捧げようぞ」
頭の両側から二本の角を生やした若き女は、無残な姿となった仲間の遺体を抱いたまま、その美しき顔と白銀の髪を血に染めている。
彼女の悲痛な叫び、邪竜に対する憎しみ、仇を打ちたいという切実な願い、真摯な想いが、俺の心を打つ。いや、思いっきり貫いた。
何もいらね~よ! その邪竜には逝ってもらうとしようか。女を泣かす奴は許さね~~~。
彼女の言葉が、彼女の想いが、彼女の懇願が届いた時、俺の心は激動の渦に飲まれる。それと同時に、烈火の如き怒りが込み上げてくる。
いいぜ! このくそ邪竜を始末してやるぜ!
次の瞬間、自分自身でも気付かないうちに、彼女の眼前で仁王立ちしていた。
怒りで燃え上がる心は、勝手に口を動かす。
「いいだろう。今この時ばかりは、お前の剣となろう。お前の悲しみと憎しみを飲み干し、仇を討つ力となろう。あの下等な生き物を討つ刃となって、お前に力を貸そう。さあ、お前は何を願う!」
なぜか、心の底から彼女の救いになりたいと感じていた。
それは自分でも不思議なほどだ。いや、もしかしたら、その女がどこかラティに似ていた所為かもしれない。
まさかその気持ちを察したとは思えないが、奴は美しき女の前に立つ俺に向かって巨大な尻尾を振りかざしてきた。
もの凄い勢いで襲い掛かってくる奴の尻尾を、もっくんで易々と切り飛ばす。いや、神刀もっくんを振り切ると、粉々になって地に落ちた。
「某も力となろうぞ! あの悪しき邪竜を葬るべし!」
もっくんも
突如として俺が現れたことで、その女は唖然としていたのだが、直ぐに我を取り戻したのか、血の涙を流さんばかりの表情で懇願してきた。
「おお、神よ! なんと神々しい、なんと力強い遣いを! わ、妾の願いは、あの憎き邪竜を、家族を惨たらしい死に
いつもなら使徒なんて止めてくれと否定の言葉を口にするところだが、全身の血が沸騰したかのような激情を抱いているが故に、そんな些細なことなど微塵も気にならない。
「分かった。お前の願い、聞き届けよう。あの邪竜を塵にしてやる」
「がってんだ!」
胸を張って頷くと、もっくんも呼応する。
彼女は既に事切れた者を抱きつつも、強い眼差しで頷いた。
彼女自身もかなりのダメージを受けてるみたいだな……いや、生きているのが不思議なほどの怪我だ。
すぐさまミドルヒールを掛けるが、おそらく焼け石に水だろう。
それでも三度ほどミドルヒールを放ち、周囲を見渡す。
悲痛な叫びをあげるのも、当然と言えば当然か……
そこにあるのは、ただただ
無残にもバラバラになって転がる者達。千切れた腕や足があちこちに転がる光景。
さあ、目に物をみせてやるとしようか。
凄惨な光景が、俺の血をさらに煮えたぎらせる。
「ロココ。悪いが、彼女を安全な場所に……いや、ワープを出すからマルセルの処に連れて行ってくれ」
「うっ……了解ニャ」
ロココは自分も戦いたかったようだが、少し残念そうにしつつも、人命を優先することに異論をはさまずに頷いた。
ところが、女はきっぱりとそれを断ってきた。
「せ、せめて、邪竜が葬られる様をこの目に……」
うむ、その想いは理解できるぞ。
「ロココ、彼女を安全なところに――」
「感謝するのじゃ」
「了解ニャーーーー!」
自分の願いが叶ったと感じたのか、彼女は血塗れとなった顔を喜びで歪ませた。
ロココも一緒に戦えると考えたのだろう。一気に元気を取り戻す。
戦いの準備を済ませて視線を移すと、尻尾を失った邪竜が怒り露わに暴れている。
ラティが速射で邪竜の気を引いているので、こちらに意識が向いていないようだ。
「まずは挨拶といくか」
即座に瞬間移動と飛翔を念じ、次の瞬間には、もっくんを振りきる。
「グッギャーーーーーーーーーーーーーー!」
その太い右腕を切り落とすと、奴は堪らず叫び声を上げる。
「まだまだ、これからだ。ん!?」
さらに追撃を食らわそうとした途端、奴は目を暗ますほどの光を放った。
「なにっ! 何をする気だ? くっ!」
発光を浴びて、思わず反射的に己の目を庇うが、その光量があまりにも大きく、眩惑から逃れることができなかった。
どういう訳か、綾香の目隠しが完全に無効化されている。
どういうことだ? ちっ、拙い。今襲われたら、完全にアウトだぞ……
突然の発光に視界を奪われ、マップ機能を頼りに、即座にラティを抱き上げて空へと退避する。
「ありがとうなんちゃ。でも、なにも見えんちゃ」
脇に抱えられたラティが、片手で両目を擦りながら感謝の言葉を口にする。ただ、彼女も視界が利かないようだ。
マップからすると、こちらに攻撃してくる様子はないが、いったい何をやろうってんだ?
暫く何も見えない状態が続いていたが、なぜか邪竜からの攻撃はなかった。
そうこうしている間に、発光は次第に収まりをみせる。
それに連れて、視界が回復する。
即座に状況を確認するべく慌てて周囲を見回すと、そこには真っ赤な人が立っていた。
「なんだ、あれ」
「奴が変身したんちゃ。あの邪悪な空気は、間違いないんちゃ」
ラティが答えてくる通り、その様相は人間に近いが、その存在は赤い鱗と竜の翼を持った竜人のような姿だった。
間違いなく、あの邪竜が人間形態となったのだろう。
その証拠に斬り飛ばした腕と尻尾がない。おまけに、その存在が憤怒の形相と共に苦言を伝えてきた。
『よくも我の腕と尻尾を……』
どうやら、奴は念話を使って意思疎通ができるらしい。
「いや、尻尾や腕だけじゃすまさね~よ」
「よくも、お父ちゃんとお母ちゃんを……細切れにするんちゃ」
苦言を漏らす竜人に、追い打ちを掛けるかのように
彼女は怒りの所為か、小刻みに身体を震えさせている。
『ふんっ! そんなことなど知るか! 貴様等もそこの肉塊と同じ姿にしてやろうぞ。ぬおおおおおおおお!』
奴は毒を吐き捨てると、全身に力を込めて唸り声を上げた。
その途端、斬り飛ばされてなくなったはずの尻尾や腕が生えてきた。
これじゃ、竜じゃなくて、トカゲの尻尾だな。
「どんだけ生やしても一緒さ。直ぐに粉々にしてやるからな」
『人間風情が良く言った。目に物見せてくれるわ。ふんっ!』
奴は不敵な笑みを浮かべると、どこからともなく槍を取り出した。
ん? アイテムボックスか? まあ、もっくんに掛かれば小枝と変わりねぇ。
ラティを地に下ろし、瞬間移動で奴の横に立つと、すかさずもっくんを振るう。
ところが、思わず驚愕する羽目となった。
「な、なんだと!」
俺に続いて、もっくんが驚きの声をあげる。
「ぬあっ!? なぜだ……」
もっくんを振り抜くはずだったのだが、その攻撃は見事に受け止められてしまったのだ。
「ちっ! まさか、もっくんが抑え込まれるとは……」
驚きつつも即座に間合いをとる。
こりゃ、思った以上に厄介そうだな……
「だが、負ける訳にはいかね~~~!」
自分自身に気合を入れ直していると、瞬時に竜人が眼前に現れた。そして、すぐさま右手に持った槍で突き掛かってくる。
『食らえ』
「くっ……」
奴の攻撃を即座に躱し、すぐさまもっくんを振るうが、易々と避けられてしまう。
ちっ、はえ~じゃんか……
『その反応。その動き、とても人間とは思えぬ。もしや、貴様は使徒か!?』
竜人の動きに歯噛みするのだが、奴もこっちの動きに驚いているようだ。
「は? ただの人間だぞ? てか、お前が弱いだけだろ」
平静を装って強がりで返すが、心中では焦りが募る。
なにしろ、こいつの強さは、これまで戦ってきた相手の中でもダントツの強敵だ。
ああ、この場合、間違っても強敵と書いて「とも」と読まないからな。
こりゃ、全力でやらないと拙いかもな……
竜人の強さに慄いていると、怒りの形相となったラティが、霞むような速度でカタールを撃ち込む。
「くたばるんちゃ!」
『ふんっ! この程度でやられるものか』
ラティが放った連撃を、奴は易々と槍で弾く。
それでも諦めず、ラティはカタールで斬りかかる。
だが、奴はその攻撃をも簡単に躱し、ラティの細い脚に一撃を突き込んだ。
「ラティ!」
すぐさま避けたラディだが、脚に刺突の傷が刻み込まれている。
くそっ、この野郎。よくもラティに……いや、今は冷静になるべきだ。ラティに傷を負わすとは、こいつは半端ない。しゃ~ね~、ちょっと卑怯だが、全力で行くぞ。
「空牙!」
必死に怒りを抑え込んで、即座に空牙を放つ。
そう、全力でやるしかないと判断したからだ。
卑怯な手段だが、これで終わりにするつもりだった。
ところが、奴はどうやって察知したのか、一瞬で全く別の場所に移動した。
雰囲気的には、俺の瞬間移動と似ている。
「くそっ、なんてやつだ! 空牙を躱すなんて……」
思わず驚きを口にしてしまう。
『かなり危険な攻撃だが、食らわなければ何のことはない』
ちくしょう、空牙まで避けられるとは……おまけにドヤ顔が気に食わないぜ。ちっ、どうしたものか……いや、先にラティの治療だ。
「ミドル――」
『させるか!』
ラティに癒しの魔法をかけようとした途端、奴が眼前に現れたかと思うと、鋭い刺突を叩きこんできた。
「ちっ! このトカゲ野郎!」
奴の攻撃をもっくんで弾き、即座に間合いを取る。
くそっ、この状況だと、ラティにミドルヒールを掛ける暇もないぞ。
歯噛みしつつも、ラティをチラリと見やると、彼女は悔しそうな表情で膝を地に突いていた。
「なぜだ? それほど酷い怪我じゃなかったはず……」
『くくくっ、我が槍は魔槍。この槍に傷つけられし者は、身体の自由が奪われるのだ』
思わず漏れた言葉を聞き付けたのだろう。竜人が自慢げな笑みを見せた。
くそ、確か、綾香が作ったエンゲージリングモドキに耐性の能力があったはずだが……ちっ、それすら無効化されるのか。
『拙いぞ、ロココはこっちに来るなよ。こいつは異常に強い。ロココじゃ太刀打ちできん』
『そんニャ~~~~~!』
奴の力に脅威を抱き、隙を見せないように睨みつけたまま、即座に伝心で危険性を伝える。
奴の方も警戒しているのか、睨み返してくるだけで攻撃してくる気配がない。
だが、いつまでも睨めっこをしていても仕方ない。
それなら……全開モードでやるだけだ。
再び瞬間移動で奴の背後に回り込み、もっくんを振るう。
奴は素早く横に回り込み、恐ろしく速い突きを繰り出してくる。
だが、そう簡単に食らってやるものか。奴の槍を避けてもっくんを横に《な》ぐ。
ところが、それも容易く槍で止められてしまう。
すぐさま間合いを取るが、それをチャンスだと感じたのだろう。奴は即座に距離を詰めてくる。
くそっ、このまま突き込まれたら避けられね~。
拙いと感じた気持ちが表情に出ていたのか、奴は笑みを浮かべつつ槍を突き込んできた。
くっ、あっ……
無理な体勢から奴の攻撃を弾き返そうとした所為で、逆にもっくんを弾き飛ばされてしまう。
「しまった!」
『これで終いだ! 死ね!』
「ちっ、空――」
勝利を確信したのか、奴は喜びに顔を歪ませて、高速の刺突をぶち込んできた。
即座に空牙を放とうとしたところで、俺の瞳にラティの背が映る。
「駄目だ。ラティーーー!」
ラティの危機を感じとると同時に、恐怖と不甲斐なさが心を満たす。
幸せにすると約束したばかりなのに、彼女を守るどころか、彼女に守られている自分に失望した。
彼女が傷つくこと……彼女を失う光景が脳裏をよぎる。
絶望が心を埋め尽くす。
その途端だった。全ての流れが止まった。
風の流れも、巻き上げられる砂埃も、ラティの動きも、何もかもが止まっている。それどころか、奴の高速の突きまでもが止まっている。
そう、全ての時が止まった。自分以外の何もかもが止まっていた。
これは……いったい、どういうことだ? どうなっているんだ?
その光景に混乱した。だが、直ぐに直前の状況を思い出す。
そんなことなんてどうでもいい。これ以上、ラティに怪我をさせる訳にはいかないんだ。況してや、彼女を失うなんて、絶対に許さない。
この現象について棚上げする。
今ならラティを助けることができるかもしれない。いや、必ず助けられるはずだ。
現在の現象を理解できないままだが、ラティを絶対に助けると判断し、直ぐに行動を起こす。
だが、もどかしいほどに身体が動かない。
それでも時間の止まった世界で、必死にラティの身体を引き寄せ、奴の槍から身を逸らすように避ける。
その段階で止まった時が動き始めた。瞳に映る光景が、動きを取り戻したのだ。
「うぐっ!」
左肩に奴の槍を食らったが、ラティは右腕で抱えている。
『今の攻撃を回避するか、人間よ! ま、まさか、貴様は!』
奴が驚愕しているが、構っている暇はない。直ぐに次の行動に移る。
そのままラティをロココの方へ放り投げた。続けて念話でラティに苦言を伝える。
『無理するなラティ。お前が死んだら、俺は泣くぞ!』
『だ、だ、だめなんちゃ!』
ラティも奴に脅威を感じているのだろう。彼女は必死に念話で叫ぶ。だが、もう遅い。
奴は逡巡こそしていたが、その一瞬の隙を見逃すはずがない。そして、予想通り鋭い高速の突きを繰り出してきた。
『今度こそ、死ね! 人間!』
「「ユウスケーーーーーーーー!」」
ラティとロココの叫びが、禿山にこだまする。
心配すんな! そう簡単に死んでやるもんか!
鋭い刺突を食らう寸前に、何度目になるかも分からない瞬間移動で、奴の懐に飛び込む。そして、動く右手に神包丁――千切りを取り出し、奴の胸に突き込む。
奴はその攻撃を瞬時に見定め、己の槍で妨げようとする。だが、俺も無策で飛び込んだ訳ではない。
「知ってるか! この千切りは、何でも切り裂くんだぜ」
そう、千切りはもっくんでも切れなかった奴の槍を切り裂き、見事に奴の鱗を貫き、肉を裂き、心臓に達した。
「あら、久しぶりに出してもらえたかと思ったら、行き成り竜料理かしら? まあいいわ、美味しく頂きましょうか」
突如として、『千切り』が緊張感のない台詞を口走った。
どうやら、俺のレベルが高くなったことで、もっくんだけではなく、千切りまでお喋りするようになったみたいだ。というか、もっくん以上にお喋りさんのようだ。
『ぐふっ、み、見事だ! に、人間』
胸に千切りを突き立てられたのにも
そして、次の瞬間には、指の先から白い灰になっていく。
ただ、奴はまだ話し足らないようだ。
『その武器、神器だな。ふむ、これがエルソルの望みなのか……ならば、受け入れるしかあるまい』
「何を言ってるんだ?」
『くくくっ、我はエルソルが作りし神族、故に我を討てる者は神族のみ。この武器からはエルソルの匂いがする。貴様はエルソルが差し向けた神族であろう?』
「いや、唯の召喚者だが……」
『ふっ、ははははははは! 貴様にもおいおい分かることだ……では、さらばだ』
「お、おい、神族って……」
竜人はそう言い残し、赤き身体の全てを白い灰にしたかと思うと、脆くも崩れてゆき、最後には霧散した。
奴の最後の言葉は何だったんだ? 神族って……エルソルなら知ってるんだろうけど、きっと、教えてくれないんだろうな。最近はめっきり出てこなくなったし……
「ユウスケのバカ。死ぬかと思ったんちゃ」
竜人が口にした言葉の意味について考えていると、背後からラティが抱きついてきた。
「そうよ! めっちゃ心配したんだからね」
前からは、ロココが抱きついてくる。
ん? ニャがないな。
ラティは泣きながら文句を言っているし、ロココは遂に語尾を止めたようだ。
気が付けば、ラティは敬称をつけていない。
今までは『ユウスケ様』と呼んでいたのに、行き成り呼び捨てになっていた。
まあ、その方が気楽だから望むところだけどな。
「そんなことより、ラティ、傷は?」
「ちょっと、痛くて痺れてるけど大丈夫なんちゃ」
そうは見えんけどな……
笑顔で問題ないというが、彼女の足からは赤い血がガンガン流れている。
「ミドルヒール!」
直ぐにミドルヒールで癒してやり、序に自分の傷も治す。
「それにしても、恐ろしく強い相手だった」
「うん、さすがはユウスケなんちゃ。うち、もっと強くなるけ~ね」
「わたしもニャ!」
あ、語尾が戻った……あれ? 何か忘れてないか? ああああ、そうだった。あの女が瀕死だったんだ。
「ロココ、彼女は大丈夫か?」
「また、女を増やすのかニャ?」
「いやいや、今はそんなブラックジョークを言ってる場合じゃないだろ?」
「ニャハハハ、彼女なら大丈夫ニャ。ちょっと、死にそうなだけニャ」
「それって、全然、大丈夫じゃね~じゃんか!」
慌てて二人を両脇に抱え、どこかラティに似た女が座り込んでいる場所に急いだ。
すぐさまワープでテルン砦に戻り、マルセルを捕まえると、有無も言わさず禿山に戻ってきた。
彼女をあちらに連れて行くことも考えたが、そうなると色々と騒ぎ出す者がいるだろうと考えて、マルセルだけを連れてくることにしたのだ。
「もう大丈夫だと思います」
マルセルの完全回復を受けた女は、あっという間に血色のよい姿に戻った。
さすがは聖女だな。まさに神の如しだ。
マルセルの治癒魔法に感嘆しつつも、その女の仲間であった者の遺体を集めて、砦から持ってきた棺に納めた。
いくらマルセルの魔法が凄いと言っても、既に事切れた者達を蘇らせることはできない。
「どうか、安らかな眠りについてください」
悲しげな表情となったマルセルが、棺の前で祈りを捧げている。
助けた女は、棺桶に
「それにしても、邪竜退治ですか? 墓参りに行ったはずですよね?」
少しばかり不機嫌そうなマルセルの口振りは、まさに、俺がトラブルメーカーだと断言するかのような物言いだ。
「いや、成り行きでな……」
「その割には、凄いことをいってたニャ! 絶対に彼女を落とすつもりニャ」
「こらっ! ロココ、黙ってろ」
空気を読めよな! ロココ!
冷静になってみると、恐ろしく恥ずかしいことを口走った自覚があるのだ。
ヤバイよ、コレ。黒歴史ナンバーワンになりそうだ。
「なんですか、それは」
その場の状況を知らないマルセルが首を傾げている。
「この時ばかりは、お前の剣になるニャ! お前の願いは何ニャ! って、凄かったニャ」
ぐはっ! だから、それを言うなーーーーーーーー! バカ猫-------!
「要は、また女を落としたんですね」
「間違いないニャ。あれで落ちない女が居たら見てみたいニャ」
「エルザ様がなんて言うやら……私は知りませんよ?」
ぐはっ、お前等、そんなに俺を虐めて楽しいか!?
マルセルとロココの会話が、易々と俺の心を
それこそ、千切り以上の鋭さだ。
「そんなことより、最強なんてのぼせていたが、もっと鍛える必要があるな」
「そんなに強かったんですか?」
「ああ、かなりヤバかった。危うく死ぬところだったぞ」
「ユウスケ様がピンチになるとか、それは尋常じゃないですね。というか、想像できないんですけど……」
「ああ。さすがに俺も焦った」
邪竜の異様な強さを伝えると、マルセルが驚愕した。
その可愛い瞳をこれでもかといわんばかりに見開いている。
そんな彼女を見詰めていると、みるみるうちに頬を紅潮させる。
う~ん、こうやって頬を朱く染めるところも可愛いな。
なんて、マルセルの可愛らしさに感じ入っていると、唯一の生存者である女が目を覚ました。
「ここは……天国……ではないようじゃな」
どうやら、少し混乱しているみたいだ。
だが、それよりも、実は気になることがあった。
それは、その女の相貌だ。
それにしても、やたらとラティに似てるよな……
そう、彼女がラティとよく似ていることを、今更ながらに怪訝に感じているのだ。
ただ、取り敢えず、それには触れずに、彼女が何者であるかを尋ねる。
唯一生き残った彼女を、このままここに放置する訳にもいかない。
「ああ、お前は生きてるよ。それよりも、お前は誰だ? どこから来たんだ?」
「ああああ、使徒様。この度は妾にお力添え、心から感謝するのじゃ」
う~む、寝ててくれた方が良かったかも……でも、置いていくわけにもいかないし、話をするしかないよな。
「あ、先に言っておくが、俺は神でも使徒でもないからな。ただ通り掛かった旅人だ」
「えっ? じゃが……唯の旅人が、そのように強いはずは御座いませぬ」
うぐっ。そう言われると、反論する材料がない……
「でも、まあ、旅人だからな。それよりも、お前は誰だ?」
「わ、分かり申したのじゃ。では、そのように。妾は魔王なのじゃ。名をクルシュワーラというのじゃ。クルシュと呼んで欲しいのじゃ」
飽く迄も旅人だと言い張ると、一応は納得してくれた――取り敢えず棚上げした彼女は、のじゃ姫口調で自己紹介を始めた。
てか……行き成り魔王きたよ……とうとう魔王の登場か……これはヤバイ臭いが漂っているな……
「それにしても、ラティによく似てるニャ」
自己紹介を済ませたクルシュに、ロココが話しかけたのだが、どうやら、彼女も俺と同じ疑問を抱いていたようだ。
ただ、相手が魔王だと聞いても、全く物おじしていないところが彼女らしい。
「確かに、似てますね」
マルセルはラティとクルシュを見比べ、ロココの言葉に頷く。
ただ、ラティ自身は、首を傾げている。
「そうなん?」
「そうかえ?」
クルシュも首を傾げている。
並んで首を傾げる姿は、肌の色こそ違うが、まるで姉妹のようだ。
「じゃが、妾は魔人族じゃぞ? その子は人族じゃろ?」
人間に化けている所為で、彼女はラティが魔人族であることに気付いていないようだ。
それ故に、然して気にしていなようだが、俺達からすれば、姉妹に思えるほどに似ている二人を異様に感じる。
「ラティ。相貌の指輪の効力を解いてみろ」
「相貌の指輪じゃと!?」
ラティに変身を解くように言うと、クルシュは指輪の名前に反応した。
そして、ラティが変身を解くと、その銀色の瞳を見開いた。
それはそうだろう。どう見ても、クルシュの姿は、ラティの将来像そのものなのだ。
「お主、魔人族……いや、それは見ればわかるのじゃ。それよりも、お主の母の名は何というのじゃ?」
恐ろしく慌てたクルシュが、ラティに母の名を尋ねた。
首を傾げていたラティだが、ポツリと母親の名を口にする。
その途端、クルシュが行き成りラティを抱き締める。
「うわっ! くるしいっちゃ。放すんちゃ」
「今度は、行き成りどうしたんだ?」
驚きと苦言を口にするラティを他所に、みんなの気持ちを代弁すると、クルシュから驚愕の事実が飛び出してきた。
「この子は妾の姪なのじゃ。駆け落ちして王宮から去った妾の姉上の娘なのじゃ。して、姉上、いや、母親は息災か?」
その言葉を聞いたラティは、一瞬にして表情を曇らせて首を横に振った。
「お父ちゃんもお母ちゃんも、あの邪竜に殺されたんちゃ。でも、ユウスケが仇をとってくれたんちゃ」
「そ、そ、そんな、姉上までもが……何たることよ。こんな、こんな仕打ちが許されてよいのか……」
悲しき事実を突き付けられたクルシュは、ラティを抱いたまま泣き崩れる。
大粒の涙を零すクルシュと、呆然と抱かれているラティを見やり、その悲しみを察して心を沈ませながらも、「ラティって王女だったのだな~」なんて思うのだった。
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