第42話 新アルベルツ国


 豪華な会議室に、何もかもをあざけるかのような笑い声が響き渡った。

 綺麗な彫刻が施されたテーブルが砕け散り、金箔が張られた豪華な椅子が転がっている。

 ふかふかの絨毯には、首の無い死体や胸を一突きされた死体が横たわっている。もちろん、頭の方もボールの如く転がっている。

 その有様は、一言でいうなら凄惨に尽きる。

 そんな会議室に響き渡る笑い声は、本来なら物言わぬ屍となっているはずの骸から聞こえてくる。

 誰もが驚きを隠せず、凍り付いたように固まったまま、声の主に視線を向けていた。


 アンネルアは俺をめった刺しにすると、周囲の慄きや驚愕に気を取られることなく、鋭い跳躍で笑い声を上げる死体のもとに降り立った。


「なかなか楽しかったぞ。それと、アンネルアも良くやった」


 そんな言葉を口にしつつ、骸がゆっくりと立ち上がる。


 立ち上がった骸を目にして、一部の者は硬直が解けたかと思うと、今度は腰を抜かして絨毯の上に尻餅を突く。

 それも仕方がないだろう。なぜなら、立ち上がった男には、笑っているはずの頭がないのだ。

 首なしの身体は、戦慄や驚愕に震える者達など意に返すことなくゆっくりと歩みを進めると、一つの頭を拾う。

 そして、当たり前だと言わんばかりに、自然な動作で首の上に置く。

 途端に、置かれた頭と首が接合されていく、その様は、まるで溶接でもしたかのように切断痕せつだんこんに沿って赤い筋を残したが、直ぐに消えてしまった。

 ただ、完全に治癒していないのか、男の両目は、それぞれがあらぬ方向を見ていた。


「うむ。少し血を流し過ぎたようだな――」


 男は肩を解すかのように、何度か首を前後左右に動かすと、片手で両目の瞼を押さえた。

 途端に、男の両目が焦点を取り戻したのだろう。正常な状態に戻った。


 おいおい、マジかよ……首がくっ付いたぞ? こりゃ、黒ヒゲ危機一髪も驚きだな。


 こっそりと、黒洋服――トルセンア枢機卿の様子を覗っていたが、さすがの俺もあまりの出来事に驚きを隠せない。

 なにしろ、既に、斬られた事実などなかったかのような綺麗な肌となっているのだ。


「久しぶりの芸当で肩が凝ってしまった。あとでマッサージをしてくれないか」


 トルセンアは何事もなかったかのように肩を竦めると、アンネルアが首肯しながら「はい。お父様」とだけ口にした。


 この二人は親子だったのか……でも、黒幕という訳ではなさそうだな。こいつも謀略に便乗した口か……


「ああ、驚かせて済まなかった。これで一通りの行事は終わったようだ。それと、そこの若者には悪いことをした。ただ、私の計画には邪魔そうだったから死んでもらったよ」


 いや、全然、死んでないけどな。でも、腹が痛かったんで、少しばかり報復させてもらうかな。


 死んだと思い込んでいるのだろう。トルセンアはつらつらと俺を攻撃した理由を口にした。

 そのドヤ顔がムカついたようだ。エルザが負けじと最近大きくなり始めた胸を張って一歩前に出る。そして、大きく肩を竦めた。


「ユウスケ、なにか言われてるわよ。いつまでも寝転がってないで、早く起きたらどうなの」


 ええ~~~、もう少しこのままじゃだめなのか? この後の展開が楽しみだったんだが……


 エルザに即されて仕方なく起き上がる。

 すると、黒服枢機卿――トルセンアが少しだけ驚いたような顔を見せた。

 アンネルアに至っては、顔が引きっている。


 なにを驚いてんだ? お前の芸当に比べたら、児戯だよ。児戯。


 刺された出来事などなかったかのように、パンパンと服の埃を落としていると、平静を取り戻したのか、トルセンアが訝しげな視線を向けてきた。


「君も永遠の命を持っているのかね?」


 君も? 永遠の命? そんなもんがあんの?


 奴の言葉に疑問を抱きながらも軽口で答える。


「いや、そんなもんはね~し、欲しくもないね。俺にあるのは、神の加護だけさ」


 俺の返事は、信徒にとって夢のような話なのだろう。室内に「おおおおおお~~~~」というどよめきが起きる。


 まあ、嘘じゃないよな。俺の衣装は神器だし……神様が直々にヘルプ機能をやってるからな。それはそうと、首を斬られても死なない人間なんて、どうやって倒せばいいんだ? ちょっとだけエルソルに聞いてみるか。


『私は、エルです』


 おいおい、今更なんだけど……


『おそらく、あの男は固有能力か魔道具によって、不死性を保っているのでしょう』


 おっ、素晴らしい解答が出てきた。でも、答えになってね~。どうやって倒すんだ?


『さぁ~~』


 さぁ~じゃね~よ。使えね~~~~~! 本気で使えね~~~~!


『失礼ですね……ぶちっ』


 あ、なんか切れたよ? もしかしてイジケタ? まあいい。いつまでもこんなことをやっている場合じゃないんだ。さて、対策は……魔道具なら身体を粉々にすれば復帰できないよな? だって、魔道具も粉々になるはずだし……まずは、それを試してみるか。最悪は、空牙で消えてもらうとしようかな。


 エルソルが役に立たないと知り、取り敢えず奴を切り刻む――もっくんに頑張ってもらうことにした。


「いやいや、参った。こりゃ、本当に神の思し召しなのかもな。仕方ない。ここは一旦退散するとしよう」


 もっくんを右手に、これから斬る掛かるぞと気合を入れたところで、トルセンアは負け惜しみを口にしつつ、アンネルアを両手で後ろ抱きにした。

 アンネルアは抱かれたことに驚くでもなく、抱き締めてくる手に自分の手を重ねる。その途端、二人の姿が霞のように薄れていき、そのまま消えてしまった。

 直ぐにマップで確認するが、全く表示されていない。

 おまけに鈴木、いや、綾香特製の目隠しを装着しているのに、全く見えなくなってしまった。


 余談だが、伊集院のことを麗華と呼び始めたら、鈴木からクレームが入ったのだ。だから、仕方なく綾香と呼ぶようにしたのだが、慣れていないので名字を口にしてしまいがちだ。


 ん? これってもしかしてテレポートか? てか、自分がワープを使う癖に、他人のテレポートに驚くとか、俺ってかなり間抜けかも……


 暫くしても何も起きないところからして、台詞の通り退散したようだ。う~~~ん、スッキリしない終わり方だ。


「あれって、何だったのかしら」


「まるで吸血鬼みたいですわ」


 エルザが不思議そうな表情で己の気持ちを口にすると、麗華がまさに俺の心中にあった言葉を代弁した。


「吸血鬼って、何かしら?」


「まあ、それは後にしよう」


 エルザは『吸血鬼』を知らないようだ。というか、知っている方が異常だろう。


 こうしてトルセンアとアンネルアが何者なのか、という問題は先送りとなったが、アルベルツ教国におけるクーデターや支配階級の廃止については、解決することができた。

 だが、本当に大変なのはこれからだ。


 エルザのニヤける顔を横目で見ながら、「こいつ、間違いなく俺の仕事を増やす気だ」なんて、少しばかり嫌な予感に身震いする。









~マルセル視点~


 天井に描かれた神と天使の壁画。

 壁にも、聖母に群がる羽を生やした子供達の絵が描かれている。

 何度見ても凄いとしか表現のしようがない。多分、私の語彙ごいが少ない所為もあって、それしか言い表すことができない。


 ここは大聖堂。そして、目の前には沢山の聖騎士と聖職者がズラリと並んでいる。

 それだけでも圧巻なのに、その者達は、誰もがひざまずいて頭を伏せている。

 呆然としたまま、その光景を声なく眺めていると、一人の女性司祭が挨拶を始めた。


「ようこそ聖女様、我々は一日千秋いちじつせんしゅうの思いでお待ちしておりました。このたびの一件では、聖職者に有るまじき行為をなした者達に、神に代わって粛清をお与えになったとお聞きしました。どうか聖女様のお力で、このアルベルツ教国を良き国へと導いて頂けませんでしょうか」


 は~っ、溜息が出そうだわ……あ、もう出てましたか……


 エルザ様からの相談があって、あまり気は進まなかったけど、見過ごすこともできなかった。そして、聖女の案を了承してしまったけど、こんな大事になるなんて思ってもみなかった。


 いえ。自分の行動は、己が責任を取ると決めたんだもの。


 自分自身にそう言い聞かせ、笑顔を絶やさないように気を付けながら口を開く。


「私はマルセル、聖女として何ができるかは分かりませんが、創造神エルソル様に誓って、この国をより良くし、国民が安心して暮らせる国となるように努力します」


 想いを言葉にすると、鼓膜が破れそうなほどの拍手と喝采が起こる。

 大聖堂を震わせるほどの歓声に驚きつつも、誰もが喜びを露わにする光景を見渡していると、柱の陰に仲間達が居ることに気付いた。


 みんなも嬉しそうに微笑んでる。それに、あの方も、にこやかな表情で拍手をしてくれている。

 ユウスケ様や仲間が喜ぶ姿を見て、それだけで幸せな気分になれた。

 でも、本当に望んでいるのは、こんな聖女なんて役目ではなく、ユウスケ様、あなたの妻となって可愛い子供を産み、二人で幸せに暮らすことなんですよ。

 ああ、それなのに……聖女だなんて……

 もしかして、聖女って永遠の処女である必要があるでしょうか。もしそうなら、すみやかに引退表明をするしかないですね。


 緊張しながらも信徒たちとの対面を終わらせ、事件のあった会議室とは別の広間に入る。

 すると、仲間たちや聖騎士団隊長たちが、拍手で私を迎えてくれた。


 一人では何もできないのだけど、でも大丈夫、私は一人ではない。だって、こんなに沢山の素晴らしい仲間がいるのだもの。


「素晴らしかったぞ! とても聖女らしかったよ」


 ユウスケ様――未来の旦那様が、そう言ってくれた。もう、これだけで満足してしまいそうだわ。


 初めて彼と会ったのは、盗賊のアジトに閉じ込められた時だった。

 颯爽さっそうと現れた彼は、私にとって、まさに白馬の王子様なのです。

 あの時から、どれほど彼と愛し合う夢を見たことか……そんな彼が褒めてくれた……感激で気絶しそう。

 エルザ様が婦人会を立ち上げた時には、どうしたものかと思ったけど、私も妻になることを認めてもらえた。


 もう、最高に幸せかも。


 残念ながら、彼の妻になるのは私だけではないけど、それも今では全く気にならない。

 だって、みんなも仲間、いえ、家族なんだから。


 ダメダメ、惚気るのにはまだ早いわ。まだまだやることがあるもの。それに確かめることも。


「それより、お腹は平気ですか?」


 そう、彼はあの女から散々お腹を刺されていた。確か、アンネルアだったかな。絶対に許せないわ。

 あの時は平気な顔をしていたから、ついつい忘れていた。


 今更ながら尋ねてみたのだけど、本当に平気みたい。いったい、どんなお腹をしているのかな?


「ま~、俺の衣服は本当に加護があるからな。切り傷一つしていないぞ。ちょっと打ち身になってたから、自分で癒しといた」


「言ってくだされば、私が癒したのに……」


 彼は聖女様に癒してもらうなんて、恐れ多いと言っていたけど、私としては遠慮して欲しくない。


「今度からは、ちゃんと私に言ってくださいね」


 しっかりと念を押すと、彼は照れくさそうに頷いてくれた。

 そんな仕草も、最近はとても可愛いと思える。


 こうして聖女活動が始まるのだけど、聖女も子供を作って良い法を定めないとね。てへっ!








~ユウスケ視点~


 そこは、本当に殺風景な部屋だ。

 大広間や大聖堂とは大違いで、さっさと作業に没頭しろとでも言わんばかりの造りだ。

 大聖堂で聖女のお披露目を行ったあと、この部屋に三人の仲間を連れてやってきた。

 ただ、仲間といっても十三人の嫁候補ではない。その三人とは、ミストニア王国脱出組の三人だ。

 一人は九重來未このえくみ、体育会系で活発な女子。

 二人目は松崎遙まつざきはるか、よく笑う。ウザいほどよく笑う。そんな女子だ。

 三人目は北沢進きたざわすすみ……ススムではなく、本当はススミらしい……みんなが男だと思っていた。というか、男装だし……実は家庭の事情で男として生活しているとのことだ。だから、敢えて踏み込んでその理由を聞いたりしていない。


 なにゆえ、この三人を連れて来たかというと、彼女達にはアルベルツの行政部を任せようと思っているからだ。

 というのも、今回のクーデターは良い機会なので、この国の構造改革を徹底的に行うつもりでいる。

 その改革だが、主軸は行政と宗教の分離だ。

 そもそも、俺にとっては、教会が行政を行うことに違和感があった。

 それは、日本で学んだ歴史による影響かもしれないが、分離した方が上手くいくような気がする。いや、分離しないと、そのうち問題だらけになる気がするのだ。

 そこで、聖女を国の象徴とし、法務部、行政部、教会部、執行部、監査部を作ることにしたのだ。


 この構想を打ち出した時、みんなは「おおお~~~!」と、どよめいた。

 だが、その後が良くなかった。


「じゃ~、法務部のトップはユウスケね。ということは、ユウスケが法王ね」


 エルザがちょっぴり大きくなった胸を張って宣言したのだ。


 それに関しては、みんなが反対するものと思ったのだが、聖女ことマルセルが大賛成したことにより、全員一致で法王になることになった……なってしまった……

 そんな訳で、これからアルベルツを立て直すことにしたのだが、集められた九重が行き成り食って掛かってきた。


「それで、なんで、私達なのよ」


 やはり、元気が有り余ってるな。さすがは体育会系。


「柏木君、君って異世界にきて、チート、俺TUEEE、おまけにハーレム、少し調子に乗ってますよね」


 どういう訳か、北沢が渋い表情でたしなめてくる。向けてくる視線もかなり冷たい。

 確かにチートと俺TUEEEは認めても良いが、ハーレムはないだろう。最近じゃ、この女塗れの状況が地獄ではないかと思っているのだが……


「ちょっと、それはちがう――」


 北沢の物言いに、少しばかり異議を申し立てようとするのだが、すかさず松崎が被せてきた。


「そうよ! あんなに沢山の奥さん候補がいるのに、伊集院さんまでたらし込んで! そのくせ、あたしには……」


「は、はるか。ほ、本音が出てるわよ」


「う、うひゃ……あ、あは、あははは、あはははははは」


 九重に突っ込まれた松崎が、自爆発言を笑って誤魔化している。相変わらず良く分からん女だ。

 つ~か、もう定員オーバーだからな。


「いや、お前等を呼んだのは他でもない。俺よりも頭が良いからだ。それに、この世界の人間より政治や行政に詳しいだろ?」


「た、確かに、ボクたちはこの世界の人と違って、歴史的に積み重ねられた政治や行政を知ってますからね」


 頭の出来が一般的な九重と松崎は、腕組みをして悩んでいたが、二人と違って出来の良い北沢は、言わんとするところを理解したようだ。


「別に、お前等に全てをやらせる訳じゃない。ただ、懸案事項の解決や新案をつくるのに力を貸して欲しいんだ。お前等なら、それほど難しいことじゃないだろ?」


 ここは、ひたすらおだまくるしかない。ノーなんて言われたら、俺の仕事が増えてしまうのだ。


「私達が適任だということね。仕方ないわね。いいわ。任せないさ」


 九重は、その口上とは違って、どこか自慢げだ。


「まあ、ボク達が適しているというのには同意ですね。興味もあるし、やってみます」


 北沢も納得の表情で頷く。


「二人がやるなら……でも、ご褒美――」


「遙。抜け駆けはダメよ」


「そうです。松崎さんだけとか、ズルいですよ」


 松崎が頷きつつも、上目遣いで何かを訴えてきたが、九重と北沢がそれを窘めた。


 ご褒美は出してもいいんだが、まさか嫁になりたいとかいわんよな? それだけは勘弁してくれよ。いや、いまのは聞いてなかったことにしよう。


 結局、三人はものの見事におだてに乗り、喜々としてこの役職を受けることになった。ただ、奴等が口にしたご褒美という言葉が気になる。しかし、敢えて思考から消し去った。


 ほんと、頭の弱い奴等で良かったわ~~~~~!


 こんな感じで各部の体制を整えながら、民衆に向けた聖女お披露目の準備を進めた。

 聖女のお披露目は、エルザの擦り込み作戦もあって、民衆から大喝采で受け入れられた。

 その盛り上がりはといえば、街中が二週間ほどお祭り状態だったと言えば、理解できるだろうか。

 それは、やっと冬を越した北国のような雰囲気だった。


 あれから一ヶ月の時をかけ、国としての体制を整え、現在では立派な政府が出来上がったと信じている。いや、信じさせてくれ……


 まず執行部についてだが、聖騎士を主とした部で、法務、行政、教会からの依頼で行動を起こすようにした。

 部長には、元第二聖騎士団隊長のドガスタを任命した。

 その見た目と違って根っから生真面目な彼は、きっと真っ当な仕事をしてくれるだろう。


 行政部に関しては、北沢を部長にして残りの二人を相談役とした。

 というのも、俺の仲間だけで構成するのは、幾らなんなでもあんまりだと感じたからだ。だから、北沢の部下には、司祭や助祭者から選定した者をつけた。

 教会部については、良く分からないので、ドガスタとマルセルの二人に体制を整えてもらった。


 問題の監査部なのだが、ここが腐ると完全に終了なのだ。

 なぜなら、監査部の人間は各部に配属され、不正などが行われないように見張る必要があるからだ。

 そういう経緯もあって、色々と悩んだ末に、部長は麗華にお願いした。

 なんといっても、元勇者だからな……最近はちょっと残念だけど……

 あと、ダートルで保護した面子の中で、年長組且つ職を希望する者を送り込んだので、これで暫くは大丈夫だろう。


 最後に、一番の問題が法務部だ……

 この国の法を司る部なのだが、なぜか俺は部長ではなく、法王なのだ……


 なんかおかしくないか? 街では誰もが俺のことを悪魔と呼んでるんだぞ? なんで悪魔が法王なんだ? おまけに、三国から犯罪者として追われてるのに、いくらなんでも在り得ないだろ。


 俺の不満は置いておくとして、法務部のメンバーには婦人会の面子が沢山いる。


 これって、完全にこの国を乗っ取ってるよな? てか、これじゃ、俺の国じゃん……


 色々と思うところはあるのだが、聖戦を取り消すことに成功し、アルベルツ教国の復興活動を進めた。

 ところが、心配した通り、アルベルツ教国はユウスケなる者に乗っ取られたという噂が、各国に流布されることになる。









 ここはそれほど広くない部屋で、眼前には長い机が置かれている。

 右側にはマルセルが椅子に腰を下ろし、左側にはなぜかエルザが座っている。

 それ以外にも、麗華やドガスタなどもいる。


 今日は、以前から募集していた武官や文官の面接を行っているのだが、これがまた最悪だった。

 というのも、俺のマップは、思いっきり赤色で染まっているのだ。


 まあ、普通はバレないと思うよな。だが、こっちには神の加護があるんだよ。邪な想いを抱いた奴は、直ぐにバレちゃうんだからな。


 あまりにも敵ばかりなので、少しばかり呆れていたのだが、そんな俺の想いを他所に、次の者が入ってきた。

 見た目はごく普通の男に見える。しかし、マップ表示では真っ赤だぞ。こんにゃろ。


「私は――」


「いい。自己紹介は、別のところでやってくれ」


 男が自己紹介を始めようとしたので、即座にストップした。だって、時間が勿体ないもんな。

 自己紹介は尋問室でやってもらうことにして、どこの国の手先かだけを問い詰める。


「で、お前は刺客か? それとも、密偵か? どっちでもいいが、どこの国だ?」


「えっ!? わ、わたしは、そのような……」


 焦った男は慌てて弁解しようとするが、それを無視して進める。

 てか、もう面倒臭いんで簡単に済ませる。


「あ、悪いが真偽石しんいせきを使うまでもなく分かるんだ。なにしろ神の加護があるからな」


 俺の態度を見て、さすがに言い逃れができないと感じたのか、その男は慌てて逃げ出す。

 だが、未来の筆頭嫁は、それほど甘くないのだよ。


「エアープレス!」


 無詠唱で繰り出されたエルザの魔法が、逃げ出そうとする男を地面に押し付ける。

 これで二十人目だ。というか、待合席には真っ赤な奴があと三十人も居る。


 はぁ~、あとでみっちりと尋問する必要がありそうだな。てか、仕事を増やすなよな~。このバカちんども……


 そもそもは、人員不足で始めた一般公募だったのだが、いまや完全に密偵狩りの場となっていた。


「別の意味で、成果が上がっている訳だし、良いことだと思うわ」


 久々に活躍の機会ができたエルザは、いつになく上機嫌だ。


「それにしても、どこの密偵でしょうか」


 マルセルが首を傾げる。


 そんなことを聞かれても、俺にも分からん。

 ただ、今回の事件で第十三聖騎士隊の殆どを捕まえていない。

 だから、その辺りが怪しいと思うのだが、それだけではないだろう。

 なんたって、南の隣国がミストニア王国だからな。


 密偵について論じていると、一人の聖騎士が慌てた様子で入ってきた。

 そして、噂をすれば何とやらと言わんばかりに、隣国について報告してきた。


「報告します。南東部の国境近くにミストニア王国軍が進軍して来ました。距離は砦から二十キロ、敵数は二万とのことです」


「うぐっ、こんな時に攻めて来るのか……あの腐れ王国……いや、これを機に、ぎゃふんと言わせてやる。てか、あれ?」


 節操のないミストニア王国憤慨しているのだが、そこで少しばかり疑問を感じた。


 南東の国境に砦があるとは聞いていたが、それにしても、報告が異常に速くないか?


 表情から俺の疑問に気付いたのか、ドガスタがニヤリと笑みを見せる。


「これは極秘事項ですが、この国には『伝通石』という宝珠がありまして、それで連絡をしてきたのです」


「そうか、二万の軍勢が二十キロならどれくらいかかる?」


 ドガスタからの説明で連絡の速さについて理解したところで、次に敵の移動速度が気になる。

 正直言って、俺は戦を知らない。当然ながら、この世界の一般的な軍行速度など知るはずもない。


「報告では、騎兵と歩兵だけとのことでしたね。あの辺りは開けた平原となってますから、早ければ一日。遅くても三日以内には攻めてくるでしょう」


「そうか。対応は、俺に任せてくれ。ああ、そうだ――」


 ドガスタから必要な情報をもらい、専用の会議室に移動するべく立ち上がる。その序に、マップの赤マーク全員を拘束する指示をだした。

 赤マーク達が抵抗虚しく連行されるのを確かめ、俺専用の会議室に移動していると、一生懸命についてくるエルザが不満そうな表情を見せた。


「ユウスケ、どうするつもり? というか、歩くのが速過ぎよ!」


 今度の展開を気にしているようだが、クレームも忘れていない。


 ん? 何をいまさら。そんなことは決まってんじゃんか。


「答えが必要か?」


 決まり切っている答えを口にするのも面倒だと感じて、片方の眉を吊り上げてみせた。

 エルザは一瞬だけハッとするが、直ぐにニヤリと顔を歪める。


「思いっきりやってもいいのよね?」


「好きにしろ。止めても、どうせぶちかますんだろ。てか、止めて言うことを聞いたことがあったか?」


「あら、失礼ね。でも、随分と学習したわね」


 いやいや、うの昔に理解しておりますわ。


 やたらと元気な彼女に半眼を向けつつも、仲間を呼び集める。


『全員、俺の部屋に集まれ! 暴れるぞ!』


『やったっちゃ~~~!』


『待ってたニャーーー!』


『おおお、腕がなるぜ!』


 殆どのメンバーが直ぐに駆けつけますという返事だったのに、ラティ、ロココ、アンジェ、三人だけがノリノリの返事を寄こしてきた。


 アルベルツ教国でのゴタゴタが収まったばかりなので、本当はもう少し復興に努めたかったのだが、世の中とはままならないものだ。

 まあ、事務仕事でストレスも溜まっているし、せっかく向こうから来てくれたんだ。気持ち良く相手をさせてもらおうか。


 こうして待ちに待ったミストニア王国の開戦の火蓋が切って落とされることになる。

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