05 聖戦上等

第37話 敵対の意思


 謁見の間に入ると、いつものようにニコニコとした殿様が真ん中に座り、大勢の家臣が道を作るかのようにズラリと並んで座っていた。

 相変わらず規則正しい家臣たちに驚くが、それに思考を費やす余裕なんて全くなかった。なにしろ、アルベルツ教国から聖戦が発動されたからだ。そして、その余波は、必ずこのジパング国にも及ぶはずだ。


 二、三日には一度、顔を合わせて気兼ねなく話をする間柄ではあるが、一応は礼儀として頭を一つ下げると、ずんずんと殿様の前まで進む。

 間違いなく、普通の物語などでは許されない行為であり、即座に家臣が割って入るシーンだ。

 ところが、この国の家臣は何を考えているのか、俺の進行を止める者など、誰一人として現れない。それどころか左右に道を作る家臣たちは、誰もが低頭している。


 まるで、俺の方が殿様みたいだな……


 いつもながらの不可解な光景に少しばかり呆れつつも、殿様が座る雛壇の前に辿り着くと、その場にドッカリと胡坐をかいて腰を下ろす。

 殿様は、いつもの笑顔を向けてくる。


「どうしたんじゃ、そんなに慌てて」


「どうしたも、こうしたもないでしょう。殿様、迷惑をかけてすみません」


 殿様は「なんじゃ、そんなことか」とでも言いたげな顔で、カカカカと笑い始めた。

 もちろん、アルベルツが聖戦を発動したこと知らない訳がない。

 それなのに、全く動じていないようだ。いつもと全く変わりがない。


 マジで笑い事じゃないんだけど……


「今回のアルベルツ教国のことですが、聖戦となったからには、この国を出ようと思います」


「出奔してどうするのじゃ?」


「分かりません。ただ、ここに居ると、この国に迷惑が掛かるので……俺は、この国が好きです。とても居心地も良いし、みんなが良くしてくれる。だから、この国に迷惑を掛けたくないんです」


 本心をぶちまけると、殿様はにこやかな表情を崩すことなく、うんうんと何度も頷いている。

 その眼差しは、まるで孫の相手をしている爺さんみたいだ。

 そんな殿様の仕草に、ついつい幼い頃に亡くなった爺ちゃんを思い出す。


 やっぱり、この爺様達に迷惑を掛ける訳にはいかないな。


 名残惜しいが、そろそろ行くかと腰を上げようとした。ところが、予想外の待ったがかかった。


「まあ、待つのじゃ、そんなに焦ることはあるまいて」


 もっと呑気にしろ。と、殿様が言っているが、そういう訳にはいかない。

 即座に首を横に振って立ち上がる。

 ところが、殿様は気にすることなく、ゆっくりと上げた右手で座れと促してきた。


「このジパング国はのう。神道の国じゃ。アルベルツ教国のいうことなんぞ聞く必要もない。なにしろ、崇める神が違うからのう。況してや、こんな理不尽な行為を許す気もない。じゃから気にせずこの国で暮らすのじゃ」


「ですが、それでは、各国から兵隊が押し寄せるのではないですか?」


 聖戦については、エルザ、マルセル、サクラ、マリアから色々と聞いた。

 聖戦とは、神敵を討つもので、アルベルツ教を布教させている国では、絶対の強制力を持った号令だ。

 一度、聖戦を発動すると、敵対国であろうと同盟国であろうと関係ない。一丸となって神敵を討つまで続ける決まりであり、これにそむく国は、神敵と見做みなされて攻撃対象となる。だから、ジパング国が俺を庇護ひごすると、アルベルツ教を唱える国々から集中攻撃を食らってしまう。

 それなのに、殿様は涼しい顔で話を続ける。チラリと周囲を見やると、家臣たちも神妙な面持ちではあるものの、誰一人として殿様に反発している様子がない。


「まあ、そうじゃろう。じゃが、黙ってやられる気もないし、お主も戦うじゃろ? それにデトニス共和国はあの状態だしの、ガルス獣王国に至っては、反アルベルツ教じゃ。じゃから、早々に敵が来ることはない」


 殿様が「ここに居ろ」と言ってくれる気持は嬉しいし、近隣のことも理解はできる。だが、間違っても、この国の民を犠牲にしたくない。


「どうせお主のことじゃ、この国の民に犠牲を出したくないとか考えておるじゃろ。だったら、この国に居ながら犠牲を出さずにアルベルツ教国を退けることを考えるのじゃ。そうしないと、どこに行っても、結局は同じ結果になるじゃろうて」


 うぐっ、図星だし……


 確かに、殿様のいうことにも一理ある。

 俺達には力がある。だから、どうにでもなると思っていたが、どこに逃げても同じだろう。

 それなら、この国を守りながらアルベルツ教国を打倒すのも良いかもしれない。

 それしか道がないのなら、それを突き通すしかないよな……


「うむ、良い顔になったのう。腹も決まったようじゃな。では、皆の者、そういうことじゃ」


 殿様が俺の表情から心境を読み取ると、即座に号令を出した。

 驚くことに、殿様の意見に反対する者は一人も居ない。

 誰もが、「ははーーっ」と頭を下げている。

 もちろん、マップ表示に敵対反応が現れることもない。

 なんという絆だ。本当に、この国は一丸だった。


 こうして殿様との謁見が終わり、屋敷に帰ることになった。

 ただ、その途中で家臣たちが話しかけてくる。

 誰もが口々にアルベルツの行為を非難し、全面的に協力するから何でも言ってくれと伝えてくる。


 この国は、いったい如何なっているのだろうか……


 我がことのように憤りを見せる家臣たちを見やり、この国の団結は、ある意味で一番の恐怖かもしれないと慄くことになった。









 殿様からなし崩し的に説得させられ、粛々と屋敷に戻った。

 ただ、少なからず胸に温かいものを感じつつ、殿様や家臣の人達に感謝していた。そして、かならずこの国を守り抜くことを心に誓った。


 現在は、今後の行動について話し合うために、全員が大広間に集まっている。

 まずは、城から帰る間に纏めた考えをみんなに説明することにする。


「俺は飛翔でアルベルツ教国を目指すことにした」


 誰もがその意見に黙って頷く。

 なぜなら、まずは相手を知ることが重要だからだ。


「ただ、飛翔は夜間に行い、朝になったらワープポイントを設置して戻ってくる。夜になったらその場所からまた飛んでいく。だから、昼間はここに居られると思う」


「良いのではないかしら」


 一番にエルザが賛成するが、彼女の隣に座るミレアが残念そうにしている……

 フフリ。これでミレアの恐怖は克服だ。


「でも、戻ったら寝るんでしょ?」


 エルザの一言でトラウマが沸々と込み上げてくる。

 だが、その対策もちゃんと考えてある。


「お前達は、ダンジョンに行けよ」


「そうね。それが良いわ」


「え~~~~~っ」


 にこやかなエルザの表情と絶望を体で表すミレアが対照的だ。


「とはいっても、俺がダンジョンに入らないと、みんなのレベルの上がり具合に影響するからな、俺はセーフティゾーンに出した装甲車の中で寝る」


 これは我ながら良い考えだと思う。

 まあ、これがRPGゲームなら、垢BAN級のインチキだが……


「それで、目標は、全員がレベル100超えだ」


 目標を聞いたミストニア脱出組が絶叫を上げた。

 ああ、当然ながら、麗華は当たり前のように頷いている。

 それ以外は、既に聞いていた目標なので、然して気にもしていないようだ。


 現状だと、レベル100を超えているのは、俺、ラティ、マルセル、ルミアだけだ。

 ただ、エルザ、ミレア、ロココ、クリス、エミリアが、既にレベル90台になっていて、アレット、アンジェ、サクラの三人がレベル80台だ。

 事実上、世界最強部隊だ。

 間違いなく、このメンバーだけで世界征服が可能だと思う。


 なんて恐ろしい部隊を作り上げてしまったんだ……


「ユウスケポーションさえあれば――」


「ミレアーーーーーーーー!」


 すぐさまミレアの発言を遮る。


 ミレア、お前はしゃべるな! ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、もし、バレようものなら、干乾びるまで絞り取られてしまうぞ……ここは、早く話を代えるしかない。


「ところで、鈴木、全員の装備の件だが、何とかなりそうか?」


「大丈夫だと思います。ただ、飛行船の件に関しては、石油が欲しいです」


 石油を何に使うのだろうか。全く想像もつかないのだが、鈴木がそう言うなら要るのだろう。

 作る物は怪しいが、基本的に嘘を吐かないのが取り柄だ。


「石油なら、アルベルツ教国に行く途中にある国――ラウラル王国が有名です」


 鈴木の要求にサクラが情報を提供してくれた。


 ん? なんでサクラが『石油』を知ってるんだ? この国でも当たり前の資源なのかな? まあいいか……


「うむ。それなら途中で仕入れてみるか」


「よろしくお願いします」


 鈴木が素直に礼を言ってきたところで締め括る。


「殿様が言ったように、どの国も直ぐに軍を寄こしてくるのは難しいだろう。だから、それまでの間にレベルを上げられるだけ上げるぞ」


 全員が「応」の返事を返してきたところで解散となった。

 しかし、鈴木が話かけてくる。


「あの~~~、各村を守るゴーレムを作ってみたんですが……どれくらいの強さになっているか、試してもらえませんか」


 お前、どこまでチートなんだ? というか、相変わらず試運転は俺なのね。まあ、その発想は褒め称えるが……


 ということで、やって来ました野外鍛錬場。

 ここで鈴木が「えいっ」と出したのは――


「金剛力士じゃね~か!」


 野次馬にやってきた誰もが「おおお~~~」と感嘆している。

 それも当然だろう。なにしろ、もの凄い迫力だ。

 おまけに、ちゃんと二体あって、『阿形』と『吽形』らしい。

 三メートルサイズの金剛力士は、両手に金剛杵こんごうしょを持っている。

 右手に持つ金剛杵は長い剣になっており、左手には棒状の金剛杵を持っている。


 すげ~~~! かっちょい~~~~~! 鈴木、少し見直したぜ。


「阿形と吽形ニャ」


 またやりやがった。どうせ、『秘密ニャ』で済ませるんだろ?


 ロココが墓穴を掘るのだが、鈴木はゴーレムに夢中になっている所為か、全く気付いていなかった……

 まあ、いつまでも感動ばかりしていられないし、早速試してみることにした。


「いいぞ、鈴木!」


 鍛錬用の木刀を構え、合図を送ると、阿形が上から鋭い打ち込みを入れてきた。

 それを横に避けると、吽形が横振りの一撃を放ってくる。

 それもサクッとバックステップで避ける。

 すると、後ろに回り込んだ阿形が左右の武器を交互に連打してくるが、それをかわして懐に入ると、素早く木刀で突く。

 その攻撃に続き、そこから素早く移動する。そして、背後から攻めようとしていた吽形の側面に回り込んで、ガラ空きの腹部を木刀で叩く。

 すると、二体の金剛力士像が停止した。

 おそらくは、模擬戦が終わったと判断した鈴木が止めたのだろう。


「どうでしたか?」


 模擬戦が終了すると、鈴木が心配そうな表情を見せる。

 瞬殺されてしまったので、出来栄えが不安なのだろう。


「かなりの強さだな。恐らく、普通の者なら太刀打ちできないだろうな。一対一ならアンジェが何とか倒せるくらいだと思うが、ゴーレムの耐久性を考えるとアンジェでも厳しいかな。良い物を作ったじゃないか」


「そ、そうですか? それなら良かったです」


 表情が一気に華やぐ。

 よほど嬉しかったのだろう。いつも以上に胸を張っている。

 ただ、これだけは言わせてもらおう。


「二体の背中に書かれているのは、いったい何だ?」


「はぅ……」


「どうみても、ゲームネタのような気がするんだが、俺に教えてくれないか?」


 そう、金剛力士の背中に、ムキムキの筋肉男が描かれているのだ。それも、二体だ。その笑顔は、どこかで見たことがあるような気がしてならない。

 それについて問い詰めると、モジモジとしていた鈴木がボソボソと答えた。


「ちょ、ちょうあにき……」


「よく聞こえないぞ?」


「超兄貴のア○ンとサ○ソンですが、なにか? 強そうでいいじゃないですか」


 あっ、こいつ、開き直りやがった……だいたい、金剛力士自体がムキムキなのに、普通、背中に超兄貴の絵柄をいれようと思うか? お前のセンスはどうなってんだ?


「悪いが、消せ」


「嫌です」


「だったら、もう素材をやらないぞ」


「いじわる……いじめっこ……」


「うぐっ……」


 虐めと言われると、罪悪感を抱いてしまう。

 だが、こんなセンスのないバックプリントを許すわけにはいかない。

 色々と押し問答をした結果、肩に小さく入れることを許して終わりとなった。


 はぁ~、困ったもんだ。例の悪い癖さえなければ、最高のできなんだが……

 まあ、これなら、アンジェ、サクラ、麗華、それと脱走組の鍛錬には丁度いいし、量産させるかな。てか、これのエネルギーってなんだ? まさか、俺がマナを注入するというオチなら、使える代物じゃないぞ。


「ユウスケ~、オレもやりて~~~!」


「わたくしも戦ってみたいですわ」


「まあまあ、それは後だ」


 量産について考えていると、アンジェと麗華が、即座に戦いたいと申し出てきたが、先に確認することがある。

 というか、お前達二人で模擬戦すればいいじゃね~か。


「鈴木、これの原動力はなんだ?」


「太陽光発電です」


 マジかよ……金剛力士像とは思えないほどに最先端技術だな。


「夜間も動くのか?」


「この世界の月光なら蓄電可能です」


 凄いな、相変わらずそういう発想だけは半端ない奴だ。


「敵味方識別は?」


「この珠を持った者が行います」


 それだと、珠を奪われたら終わりじゃんか。


「ああ、この珠には使用者識別機能が付いてます」


 ほう~、珍しく、考え無しじゃないんだな。てか、俺の考えを読むな!


「で、何体作った?」


「二体一組で五十組作りました」


 ぐはっ、いつの間にそんなに沢山作ったんだ? それに、材料は何処から持ってきた? てか、それ全部に超兄貴が描かれてるのか。不毛だ。ああ、アドンとサムソンの頭の話ではないぞ。その労力を他に回せないものかと考えただけだ。


「材料は……ラティさんが粉々にした大型飛空船から……」


 うぐっ、こいつに飛空船のパーツを預けるんじゃなかった……全然違う方向で使いやがって……でも、まあいいか役に立つし。


「他に制限事項は?」


「敵を識別さえすれば自動で動くのですが、珠を使うのにマナが必要です。量的にはそれほど多くなくても問題ありません」


 ふむ、鈴木にしてはデザインといい、機能といい、素晴らしい出来だが、やはりマナがいるのか……それは、殿様と相談してみるか。


 珍しく良くできた作品に感心していたのだが、ここで鈴木がモジモジし始めた。


 トイレでも近いのか?


「あの~~、実は一度敵を識別させると変更が聞かないのです……」


 なっ、なんたる欠陥品……


「それと、相手の生命反応がなくなるまで止まりません……いいですよね?」


 何がいいですよね? だ。とんだ殺戮兵器じゃね~か!


「何とか、修正は利かないのか?」


「全部を修正することになったら、一ヶ月くらいは掛かりそうで……」


 一ヶ月なら、まだ敵軍も来ないだろう。

 こんな欠陥品を放置できる訳がない。


「悪いが改修してくれ」


「はぃ……」


 う~ん、どうやら、俺の推測は大きく間違っていたみたいだ。うちの部隊じゃなく、きっと、鈴木一人で世界征服できるような気がしてきた……


 こうして金剛力士ゴーレムは、ジパング国の守護像として崇められるようになる。









 相変わらず、この世界の夜空は最高だ。

 大きな月に、今にも振って来そうな星たち。

 真っ暗な夜のはずが、月と星でとても明るい。

 こんな美しい夜空なら、いつまでも飛んでいたい気分になってくる。


 ジパング国を出発し、こうして夜空を飛ぶようになって、はや十二日が過ぎている。

 ジパング国からアルベルツ教国まで馬車で四カ月超の距離だから、約一万五千キロというところだろう。

 飛行速度は凡そだが時速百キロであり、毎晩八時間ほど飛行している。

 現在の位置はデトニア共和国とアルベルツ教国の間にあるラウラル王国の上空という訳だ。


 ああ、そういや、鈴木から石油を頼まれていたし、今日はこの街におりてワープポイントのセーブをするかな。


 見付けた街は、街と言うには巨大すぎる規模だったが、まさか、それが王都だとは思ってもみなかった。

 その街で、人影のない所をマップで探していると、妙な人だかりに気付いた。

 首を突っ込むつもりはないが、もし、弱者が襲われているような状況であるのなら、何とかしてやりたくなってくる。

 上空からその場所をしっかりと観察してみたのだが、既に白マークになっている者が六人もいた。

 サクッと助けてやりたいが、どっちが悪い奴かも分からないので、近くに降りて様子を見ることにした。


 そこは、街を囲む障壁の近くで、繁華街や民家からは、かなり離れている場所だった。

 障壁の上に降り、気付かれないようにしゃがみ込む。そして、耳を澄ませた。


「お前等、私が誰だか分かっての行動なのだな」


「死に行くあなたが、気にすることではないです」


「ふん! アルベルツの犬共め」


 おっ、襲われている奴が良い言葉を口にした。

 アルベルツの犬と聞いては、見過ごすことはできんな。これは助けるしかないだろう。

 状況は、襲われている方が残り三人で、襲撃者側が残り八人もいる。

 襲撃者側の人間は、全員が黒装束であり、見るからに胡散臭い。


「さあ、ここで死んで下さい」


「くっ……」


 襲撃者がほくそ笑み、襲われている側が歯噛みする。

 ああ、襲撃者は顔を隠しているので、笑っているかは分からないが、なんとなくそんな感じがしただけだ。

 それは良いとして、ファイアーアローが襲撃者を撃ち抜く。もちろん、俺が放った魔法だ。


「ぐあっ」


 まずは一匹目。次はと……ん~、面倒くせ~~~~!


「おい。襲われている奴はさがれ!」


 そう叫ぶと、襲われていた男達が酷く慌てていたが、綺麗な服を着た男が二人の騎士を引っ張って黒装束から距離を取った。


 よしよし、それでいい。


「ファイアーボム!」


 爆裂魔法を使うと、黒装束達が纏めて吹き飛ぶ。


 なかなかいい感じだ。そこで『イー!』とか『ハイー!』とか叫んでくれたら、座布団をやるんだけどな。

 仮面系番組を思い出しつつも、即座に黒装束達の居る場所に降り立つ。

 そして、殿様からもらった日本刀を構えるが、襲撃者はみんな倒れたまま呻いている。


 う~ん、また魔力が上がったかな?


 肩を竦めつつアイテムボックスからロープを取り出し、襲撃者達を縛ろうと思ったのだが、背後から声を掛けられた。


「危ないところを……感謝します」


「いや、偶々通り掛かっただけだからな。気にする必要はない」


「ありがとう御座います。拘束は我らが――」


 綺麗な服を着た男が頭を下げると、騎士らしき男が礼を口にすると共に、自分達で拘束する旨を伝えてきた。


 面倒だし、任せた方が良さそうだな。


 そう思ってロープを渡すと、綺麗な服の方が話を続けてきた。


「あなたはとても強いですね。あの魔法は、何の魔法ですか?」


「ん? 普通の火属性魔法だが?」


 なぜか、男は瞳をキラキラさせて、にじり寄ってきた。


 まさかと思うが、実は女だったなんて落ちは止めてくれよ。もうお腹いっぱいなんだよ。

 北沢の件があったので、少しばかり疑心暗鬼になっている。

 女ばかりの状況を思い出して身震いしていると、その男は何かに気付いたのか、驚愕の表情を顔に張り付けた。


「あああ、あ、あなたは……悪名高いユウスケじゃないですか?」


 なんで分かったんだ? てか、やっぱり悪名高いんだ……ここでバラしても問題ないよな? いざとなったら逃げればいいし。


「どうして、それを?」


「あなたの手配書は似顔絵付きで出回ってますよ」


 ぐはっ! もうそこまで行っているのか……俺の幸せな異世界ライフは、いったいどうなるんだ?


「でも、私の思った通りでした――」


 俺の不安と絶望を他所に、男はゆっくりと首を横に振ると、瞳を輝かせて話を続けた。


 何が思った通りなんだか……


 結局、ウンザリとしながらも、長々と話を聞かされることになったのだが、驚くことに、その男は名をルーカス=ラウラルといい、この国の第二王子だという。

 年齢は十七で、その面差しは中々に色男である。ちょっとだけ羨ましかったりする……いや、そんなことよりも、酷く驚かされたのは、彼の母親が、なんと殿様の娘だったりした。

 そうなると、彼の母は、サクラの叔母で、彼自身はサクラの従兄ということになる。


 なんて狭い世界だ……


 そういう経緯もあって、悪行についての噂は、全てが出任せだと思っていたらしい。

 いまだに、休むことなく話し続けるルーカスに頷きながら、もしサクラと結婚したら、こいつは身内になるんだな~。なんて、どうでも良い感想を抱いたのだった。









 昨夜は、ラウラル王国の王都でサクラの従兄が襲われているところに居合わせた訳だが、現在はジパング国の屋敷に戻り、お気に入りの朝食で腹を満たしているところだ。


「久しぶりに食べるけど、やはり和食は美味いですね」


「本当に美味しいお米ですね」


「うむ、朝から豪華な飯じゃな」


 目の前では、なぜか、ルーカスとお供の騎士が飯を食べている。

 お供の騎士二人は、よく見ると、男の老騎士と若い女騎士という組み合わせだった。

 話を聞くと、親子だという。そして、ルーカスの家臣であり、側近でもあるようだ。

 父親の騎士はジューダス=クレイモアといい、娘の方はパトリシア=クレイモアという名前だった。


「お兄様、お久しぶりです」


「おお~、サクラ、久しぶりだね。君は相変わらず可愛いね」


「もう、ご冗談は、程々でお願いします」


「いやいや、それだけの器量だと引く手数多だろ?」


「いえ、わたくしは、ユウスケ様の妻となりましたので」


「おお~、そうなんだ。それは良かったな。いや~目出度い」


 従兄妹で朝から盛り上がっているのだが、なんか居心地が悪い……だって、まだ妻になることを了承したつもりはないのだ。

 少しばかりお尻をモゾモゾとさせていると、仲間の少女達がぞろぞろと起きてきた。


「あら、早いじゃない。それで、そちらは、どなたかしら」


 やはり、目ざといエルザがルーカス達について尋ねてきた。

 この後、俺の仲間全員とルーカス達が、お互いに自己紹介をする。


「それにしても、ユウスケ殿、ここはハーレムのようだね」


 ぐはっ、確かに言われてみると、そう見えるかもしれない。いや、そうとしか見えないよな。だって、女中まで入れると全員で二十人以上の人間が居るんだが、俺以外は全員が女性な訳だし……


 大切な仲間ではあるが、望んで女ばかりを集めた訳ではないと言いたい。

 だが、そんなことなど知らない周囲から見れば、間違いなくハーレムだと思うだろう。


 ハーレム状態について心中で言い訳をしていると、殿様が訪れたことを女中が伝えてきた。

 殿様を迎えるべく立ち上がろうとしたのだが、ニコニコ爺さんは恰も我が家のような調子で、食事の広間に入ってきた。


「おはよう。ん? 客人が来ておるようじゃの」


 本当にこの爺様だけは、究極のニュータイプだな。

 早くもルーカス達のことを嗅ぎ付けたようだ。


「あ、ノブマサお爺様、お久しぶりです」


「おお、良くきたのう、息災かの? ミヤビは元気か?」


 ルーカスが挨拶をすると、爺様も母子が元気であるか問いかける。ただ、全く驚いていないところを見ると、初めから知っていたのだろう。


「はい、母も私も元気にしております」


「そうか、それは何よりじゃ」


 殿様はルーカスの返事を聞くと、娘の息災を喜んで何度も頷く。

 しかし、なにゆえ、ここにルーカスが居るのかを聞かない辺りが、全てを見透かされている証だろうな。


「して、アーロン王の具合はどうだ?」


 その一言で、能天気なルーカスの顔が曇る。押し黙ったまま首を横に振る。

 殿様がその仕草に「そうか」とだけ返すと、ルーカスは悲痛な表情で口を開いた。


「父、いえ、国王が病にせっているのを良いことに、兄が好き放題にやっています。今回の聖戦についても、率先して軍を動かすつもりのようです」


「愚かなことじゃな」


 ルーカスからラウラル王国の近況を聞かされ、殿様は渋い表情で一言だけ返した。

 すると、ルーカスはさらに愚痴をこぼしはじめた。


「兄は第一王妃――アルベルツ教国枢機卿の娘の子供です。その所為もあって、アルベルツの言い成りになっているのです」


「そうじゃろうな。今回の件もアルベルツの私欲によるものじゃ。デトニス共和国に関しても、ミストニア王国の謀略であることが既に解っておる」


 殿様の話を聞いた途端、ルーカスは何を考えたのか、膝立ちで少し下がると、そのまま頭を伏せた。


「国王の病は、兄や第一王妃の仕業であることが解っています。ですが、私達にはどうすることもできません。何卒、お力を貸して頂けませんでしょうか」


 その言葉を聞いた殿様は、いつもとは違う硬い表情で黙考していたが、暫くしてゆっくりと口を開いた。


「そうしてやりたいのは、やまやまじゃが……すまぬ。立場上、そうもいかぬのじゃ……」


 殿様はルーカスの願いをやんわりと断るが、その視線はゆっくりと俺に向けられた。

 その双眸は「助けてやってくれんかのう」と無言で訴えている。

 目は口程にものを言うなんてよく表現されるが、殿様の眼差しは、まさに、それを体現したようなものだった。


 はいはい、分かりました、分かりましたよ。俺がやればいいんですよね。ここまで来たら乗り掛かった舟だ。最後まで付き合いましょう。てか、アルベルツ教国が聖戦を発動しているのに、こんなことをしていても大丈夫なのか?


 表情から俺の気持ちを読み取ったのか、殿様がニヤリと笑みを見せる。


「ラウラル王国がアルベルツ教国に反発すれば、事態はもっと易しくなるじゃろうな」


 まあ、殿様の意見は理解できるし、ここは頑張る他なさそうだ。


「殿様には色々と世話になってるし、サクラと血を分けた従妹でもあるし、頑張って手助けしますよ」


 そう言ってルーカスに手を貸すことを伝えると、奴はキョトンとして口を開いた。


「ん? 私とサクラは、血縁ではないですよ?」


 えっ? それっておかしくない?

 

 そんな疑問を持ったところで、サクラが動いた。


「あちっ、あちっ、あちっ」


 ルーカスが熱い熱いと暴れている。そう、サクラが熱いお茶をぶっ掛けたのだ。


「足が滑りました……いえ、手が滑りました、申し訳ありません」


「な、何をするんだ、サクラ」


 余りの熱さにタップダンスのステップを踏むルーカスが、即座にクレームを入れる。しかし、彼女はそんなことなどお構いなしに続ける。


「直ぐにお着替えの必要がありますね。こちらにどうぞ」


 そう言って、ルーカスに移動を急かす。


「手や足が滑っても、私の所までお茶が飛ぶことはないだろ!?」


 尚も奴がクレームを続けているが、サクラは厳しい表情でぴしゃりと言う。


「口を滑らすからです。さあ、こちらに」


 角が生えた彼女を目にして、奴は一瞬にして負け犬となった。


「そんなところだけは、母そっくりだ……」


 なにやらサクラの存在がキナ臭くなってきたが、彼女が俺を慕っていることに偽りはないだろう。そう考えると、不思議と隠し事が気にならなくなってくる。

 そんなことよりも、ラウラル王国の件をどう処理するかだ。

 どうやって、第一王妃や王子を失脚させるかが問題だ。

 二人を始末することは簡単だが、それでは別の問題が起こるだろう。


 こうしてアルベルツ教国と事を構える前に、ラウラル王国の内紛に巻き込まれることになってしまった。

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