第31話 八岐大蛇


 昨夜は、隙を突かれて、ミレアという魔性の女から手込めにされてしまった。

 おまけに朝から少女達が盛って大変だった。

 正直、肉体的にはスッキリしたものの、精神的にはかなり疲れている。

 そんな淀んだ気分を吹き飛ばすために、身の内に溜まった鬱憤うっぷんをダンジョンのモンスターにぶつけることにした。モンスターからすれば、いい迷惑だろう。


 それはそうと、ドロアの街を出て久しぶりのダンジョンだったので、これまで試す機会がなかったのだが、実はダンジョンでもワープが使えることが解った。

 これまでは、ダンジョンから戻るのに使うことはあっても、撃破した階層に行く為に、ワープを試したことはなかった。

 そこで、昨日の最終ポイントである地下四十階にセーブポイントを置き、今日はそこから出発した。


「オラオラオラ! 逝っちまいな」


 相変わらずトリガーハッピーなルミアは、すこぶる健在だ。

 ただ、最近はフレンドリーファイアーをやる危険が減ったので、安心して放置できる。


 進行具合だが、俺の八つ当たり攻撃が炸裂し、攻略はガンガン進んで予定を大幅に超えた。

 現在は地下六十八階まできている。しかし、ここにきて苦戦している最中だ。

 その原因は、大きな金棒を振り回して打ち掛かってくる赤鬼だった。

 こいつは、防御力が異常に強く、ルミアの弾を弾き、魔法でも軽傷という化け物じみた強さを誇っている。

 ヘルプで確認すると、レベル110のモンスターだった。さすがとしか言いようがない。

 

「これならどうだ!」


 両手で握りしめた刀で斬り付ける。ところが、薄っすらと浅い傷が残るだけだ。


「まだまだです!」


 クリスが即座に前に出てきて、シールドアタックを食らわせる。それでも、相手の勢いを殺すのがやっとだ。


「えいっ! とうぉ! ぬぬ……」


 やや離れた位置からサクラが薙刀で斬り付けるが、赤鬼はかすり傷を負った様子さえない。


「おらおらおら、ぶっ飛べや! ちっ」


 横からアンジェが鉄パイプとバールで滅多打ちにするが、何かしたの? って、感じで頬を人差し指で掻いている始末だ。


「くそっ! こいつ硬ぇ~~~ぞ!」


「私も食い止めるのがやっとです」


「わたくしの薙刀が……これは強過ぎでは……」


 三匹の赤鬼を前に、アンジェ、クリス、サクラ、前衛三人組が弱音を吐く。


「そんなことでは、ピンチの時に戦えないぞ!」


「はっ!」


「おう!」


「はい!」


 現在は、三体の赤鬼を相手にしていて、後方の二体をエルザとエミリアの魔法とルミアの銃で足止めしつつ、残った一体を俺、クリス、アンジェ、サクラで倒している最中だ。

 マルセルに関しては後衛に結界を張り、攻撃を受けないようにしているし、艶々ミレアに関しても後衛の護衛に付けている。

 ああ、ラティ、ロココ、アレットは子供達の護衛で、鈴木に関しては、子供達と一緒にチュウチュウタイムである。

 それと、カツマサとマサノリに関しては、足手まといになるので、今日は付いて来ていない。


「うりゃ!」


 俺が放った渾身の一撃が決まる。赤鬼の肩腕を斬り飛ばす。

 負けじとばかりに、サクラが怒りの篭った赤鬼の目に薙刀の刃を突き立てる。

 片腕と片目を失った赤鬼が怯んだところで、その太い首を斬り飛ばすべく、全力の一撃を食らわせる。

 ところが、刀は赤鬼の首を斬り飛ばすことができず、半分くらいで止まってしまう。それでも、その攻撃が致命傷となったのだろう。赤鬼はそこでようやく事切れたようだった。

 こうして一体目をやっとの思いで倒すことができた。


「やっと、一体かよ。ちっ、気合入れ直すぜ」


「まだまだいけます」


「私が止めます」


 うむ、三人とも、その調子だ。頑張れ!

 アンジェ、サクラ、クリス、前衛三人組は、一体を倒したところで気を抜くことなく、次に向けて気合を入れている。


「後衛は、一匹だけ攻撃を緩めてくれ」


「分かったわ」


「はい」


「あいよ~」


 状況を確認して、後衛組に、次の魔物を差し向けるように言う。

 後衛首は、俺の意を直ぐに理解し、言われた通り、一体の赤鬼をこちらに誘導する。


「よしよし、いい感じだ。おら、食らえ!」


 気合いを入れて斬り掛かる。だが、その一撃は赤鬼の金棒で止められた。


 うぐっ、この赤鬼って、これまでの中で最強のモンスターだな。


「ここは、私が――ぐあっ!」


 俺と入れ替わるようにクリスが前に出ると、赤鬼の金棒攻撃を盾で受け止めたのだが、その衝撃で後ろに弾き飛ばされてしまう。

 だが、右横からアンジェの鉄パイプとバールが、左横からサクラの薙刀が、同時に炸裂する。


「ここからが本番だ! おらおらおら!」


「隙あり!」


 どこからどこまでが本番なのか、皆目見当もつかないが、麗しき脳筋アンジェが気合いを入れて鉄パイプを赤鬼の肩にぶちかました。

 続けて、サクラが目にも留まらぬ早業で、赤鬼の腕を斬りつけた。


 さすがに、これは効いたんじゃね~か。うぐっ、無傷かよ……


 即座に赤鬼のダメージを確認するが、やはり殆ど効いてないようだ。

 ただ、赤鬼は前衛三人組の集中攻撃の所為で、上手く攻撃できない状態だった。


「はっーーーーー!」


 赤鬼が三人に手を焼いているのをチャンスだと感じて、瞬間移動で奴の側面に回り込み、渾身の一撃を食らわせる。

 しかし、その攻撃の結果は、浅い傷をつけるに留まる。


「くそっ、ほんと、頑丈なやつだ」


「くっ、なんて奴……」


「さすがは、レベル110ですね」


 アンジェ、クリス、サクラ、三人が赤鬼の強さに歯噛みをしている。

 その表情は、かなり辛そうに見える。

 さすがに、前衛三人組も疲れが出てきたようだ。

 動きに精彩が欠けてきたように思う。


 このままじゃ拙いな……何とかする必要があるが……


 やや焦りを感じ、先程の攻撃より速度を上げて連続攻撃を仕掛ける。

 昔の俺とは違い、現在の太刀筋は誰が見ても一流のものとなっているはずだが、それでも赤鬼の硬さには通用しない。


「ほんと、こいつ……どうすりゃいいんだ……空牙を使ったんじゃ、みんなで戦う意味がないし……」


 前衛三人組と共に、赤鬼の隙を見つけては斬りつけていたのだが、突如として、右手に持つ刀が硬い音を鳴らした。

 即座に後退して刀を確認すると、刀身の半ばから先がなくなっていた。


「ちくしょう。気に入ってたのに……」


 どうやら、赤鬼の硬さと俺の攻撃力に耐えられなくなったのだろう。

 もしかしたら、手入れが悪かった所為かもしれない。

 これまで数々の戦いで支えてくれた黒鉄の刀だったが、いまや己の墓標であるかのように、折れた刀身を地面に突き立てている。


 くそっ、アンジェの台詞じゃないが、なんて硬さなんだ!


 予備として脇差を持っているが、それでは二の舞になるだろう。


 仕方ない……レベルも100を超えたし、そろそろ封印を解くか……


 目の前では、前衛三人組が頑張っている。

 それをハラハラしながら眺めつつ、逡巡したあとに決断した。

 アイテムボックスから木刀もっくんを取り出し、久しぶりの相棒に視線を向ける

 もっくんは、まるで「やっとそれがしの出番か!」と言うかのように、その美しい木目を輝かせたような気がした。


「おっしゃ! 頼むぜ、もっくん」


 もっくんを手にして意気揚々と赤鬼の前に躍り出る。

 ところが、周りの者達は驚きを露わにした。


「えっ?」


「はっ?」


「なぜ?」


「模擬刀?」


「……」


 木刀を持ち出すと、エルザとミレア以外の面子が目を点にした。

 それも仕方ないだろう。彼女達はもっくんの凄さを知らない。きっと、唯の木刀だと思っているはずだ。

 だが、もっくんの異常なほどの威力を知っているエルザとミレアは、ニヤリと笑みを見せた。


「やっと、本気でやるのね」


「久しぶりの登場ですね」


 エルザとミレアは、まるで戦闘が終わったかのような呑気さだ。

 しかし、前衛三人組は、赤鬼の相手をしながらも、疑問を露わにする。


「ユウスケ。木剣でどうするんだ?」


「ユウスケ様。そ、それでは……」


「ぼ、木刀ですか? それ……」


 アンジェ、クリス、サクラ、三人が不安そうな表情を向けてきた。


「心配するな。大丈夫だ。さあ、気合いを入れていくぞ」


 彼女達に向けて、自信満々で頷いてやった。

 そして、先程と同じ手順で赤鬼に近寄り、連続攻撃を食らわせる。


「ぐぎゃーーーー!」


 赤い腕が宙を舞い。ダンジョンの中に赤鬼の呻き声が響き渡る。


「さすがは、もっくだぜ。さあ、ここからが本番だな」


 あれだけ苦労した赤鬼を易々と斬り裂いたもっくんに感動しつつ、思わずアンジェみたいな台詞を口にしてしまった。


「すげ~ぞ! なんて木剣だ」


「ど、どうして斬れるのですか?」


「本当に木刀なのでしょうか」


 アンジェ、クリス、サクラ、三人が呆気に取られている間に、硬かったはずの赤鬼をサクサクと細切れにしていく。そして、二体目が黒いモヤとなった。

 チラリと後衛組に視線を向けると、エルザとミレア以外の面々が、声もなく固まっている。まるで石化の魔法でも食らったみたいだ。


「エルザ!」


 そう叫ぶと、彼女は直ぐに察したようだ。

 最後の一体にぶち込んでいた攻撃を止めた。

 それを確認すると、石像と化している仲間を放置して、三体目の赤鬼に斬り掛かる。

 あれだけ硬い硬いと愚痴っていた赤鬼を、まるで紙でも切り裂くかのように易々と寸断できる。

 最後の一体が、黒い魔素となって消えゆく。


「ユウスケ。それは、いったい何なんだ?」


「ユウスケ様。それは、木剣ではないのですか?」


 アンジェとクリスが尋ねてくるが、返事をする前に、考え込んでいたサクラが口を開いた。


「それは、もしかして神器ですか?」


 おお、何で分かったんだ?


「不思議そうな顔をしてますね。うふふ」


 新しいニュータイプが登場したぞ。サクラ、お前までニュータイプだとは……


「実は、わたくしは神託の巫女なのです」


 神託の巫女? それってなんだ?


「し、神託の巫女って、神からの啓示を受け取ると言われている?」


 どうやら、マルセルは知っているようだ。

 彼女が知っている理由が気になるが、今はサクラの話を聞くとしよう。


「はい。それで、わたくしが受けた神託は、ユウスケ様が救世主であるという話です」


「や、やはり……」


 サクラの言葉を聞いて、マルセルが何か呟いている。


 ないわ~~~~~! 神って、まさかエルソルか? ないわ~~~~~! つ~か、あいつ、ぜって~俺は嵌める気だな。いや、違う神かも?


「救世主のことは置いておくとして、神ってなんだ?」


 嫌な予感に抱かれつつ尋ねてみると、なぜか、サクラではなく、マルセルが答える。


「創造神エルソル様です」


 やはりエルソルか! ないわ~~~~~~~!


『不敬ですよ!』


 ヘルプ機能のエルがクレームを入れてきた。ただ、その口調は、いつもよりも少しキツイ。

 そんなエルのクレームを無視して、自分の気持ちをぶちまける。


「救世主になんてありえんし、なる気もないぞ」


「良いのです。ユウスケ様が救世主を演じる必要はないのです。ユウスケ様の行動自体が、救世主たり得るのですから。何も気にする必要はありません。これまで通り好きなようになさってください」


 サクラは俺の否定を全く気にすることなく、救世主とは何たるかを語った。


 ということは、あれか? ミレアは救世主を犯した女だな。なんて罪作りな……


 罪作りなミレアのことを考えていると、その途端、右手に握ったもっくんが、「腕を上げたようだな」と言ってきたような気が……いや、そんなはずは……


「何を驚いておる?」


 ぐぎゃ~~~~! もっくんがしゃべった~~~~~! ヤバイ、異世界というよりファンタジーになって来たぞ!


 どうやら、もっくんの声は周囲の面子にも聞こえたようだ。今度はエルザとミレアも含めた全員が石化した。


「お、おまえ、話せたのか?」


「うむ、ただ、持ち主がそれ相応の力を持たぬ限り無理だがな」


 もっくんの話だと、俺の力量が上がったことが起因しているのだろう。

 この後、色々な話が飛び交ったが、「今は戦闘に集中するぞ!」ということで、次に進むことにした。


 その後の戦いは、さすがはもっくんの一言に尽きる。

 もっくんは、これまで苦戦していた魔物を容易く切り裂いた。

 結局、この階層を難なくクリアして、六十九階の階層ボスの所に向かった。










 もっくんを取り出してからの戦闘は、恐ろしく順調だった。

 それも、もっくんの力のお陰だが、それだけではないのも事実だ。

 というのも、俺一人で戦っている訳ではないし、固有能力を使わないようにしているので、ここまでこられたのも全員が協力した結果だと言えるだろう。

 固有能力に関しては、全員の戦闘経験を向上させるために、敢えて使わないようにしている。

 だって、空牙を使ったら、それだけで戦闘が終わってしまう。

 それだと経験値は取得できるものの、個人の戦闘力は向上しないだろう。

 そんな訳で、地下六十九階の階層ボスと戦いでも、全員が戦力となるべきだと思う。

 そこで、戦闘の前にスキル取得を行うことにした。


「ユウスケ。私は風属性魔法をカンストさせて」


 エルザは今日の戦闘でレベルが75になり、それで取得したポイントを全て風属性魔法スキルに回した。

 これにより、彼女は風属性魔法をカンストしたので、これまでの『エアープレス』以外に『ストーム』と『カッターストーム』の二つを使えるようになった。

 このストーム系の魔法だが、ダンジョンでは危険すぎて使用できない。

 なにしろ、この魔法は竜巻を起こす大規模魔法だからだ。

 エルザの場合、この大規模魔法を無詠唱で使えるという恐ろしい女になってしまった。

 間違って彼女の機嫌を損ねると、空の彼方まで吹き飛ばされることになるだろう。まあ、普通の人間なら、その前に逝ってると思うけどな。


「ユウスケ様。私の地属性魔法を上げて下さい」


 エミリアはレベル85に達した。

 彼女は、速度よりも威力を優先させているため、複合魔法一直線だ。

 今回に関しては、地属性魔法のLv3まで取得した。


 エルザもそうだが、お前等、大魔法ばっか覚えて、どこでぶっ放す気なんだ? だいたい使うシチュエーションがあんのか?


「私は聖属性をカンストしているので、身体系の防御や回避を上げて欲しいです」


 マルセルはレベルが96になり、既に聖属性魔法を全て取得済みだ。

 それ故に、身体強化や回避などの身体系スキルを上げた。

 どうやら、攻撃魔法は使いたくないみたいだ。


「あたいは戦闘メインでいくぜ。強化付与はアヤカに任せる」


 ルミアについてもレベルが95となり、属性付与を全て取得し終えたので、身体系のスキルに方向をシフトしはじめた。

 こいつも、攻撃魔法を取る気がないようだ。まあ、こいつの場合、武器が銃だし、攻撃魔法が不要にも思える。


「ユウスケ。オレの力を強くしてくれ」


 美しい見た目を台無しにする麗しき脳筋女ことアンジェは、ひたすら物理攻撃をチョイスする。棒術や身体強化、防御力向上などに全てのポイントを振っている。


「私は防御系と槍を。それと、出来れば聖属性も覚えたいです」


 クリスは相変わらず防御主体なのと、聖属性のシールド系の魔法を取得したいという。

 言われた通りに盾スキルをカンストさせ、残りのポイントで聖属性魔法Lv3まで取得してやった。


「旦那様、わたくしは薙刀と身体系のスキルをお願いします」


 だ、だ、だ、旦那様って、サクラ、やめろ。周りの視線が突き刺さるから、俺が針鼠になるじゃね~か。


 サクラは薙刀といっていたが、そんなスキルはない。

 ヘルプ機能で確認したら、槍術を上げることで薙刀の技能が向上するという。だから、槍術や身体強化などのスキルを取得した。


 最後に、俺の純潔を奪ったけだもの、もとい、犯罪者ミレアは、相変わらず攻撃魔法を全てエルザに任している。よって、槍術や知覚系のスキルを上げた。

 ただ、気になることがある。本当はエルザとレベルがあまり変わらないはずなのに、ミレアのレベル上昇が異常だった。

 なんと、今回の戦闘でエミリアと同じ85までレベルが上がっていた。


 まさかと思うが、昨夜飲んだアレの所為じゃないよな? もし、俺のアレにそんな能力があったら、そんなことがバレたら……考えるだけでも恐ろしい……夜の安息が失われちまうぞ。こ、これだけは、絶対にバレないようにしないと……


「ミレア、お前、なんか今日は凄く動きがよくないか?」


 ヤバイヤバイと肝を冷やしていると、アンジェがミレアの異変について言及する。

 彼女達ではレベルの確認ができない。おそらく、戦闘時の動きが何時もと違うことに気付いたのだろう。


「そうですか? ですが、確かに今日は体が軽いです」


「ヒソヒソ」


「もしや……ヒソヒソ」


「いや、絶対に……ヒソヒソ」


 や、ヤバイ、ダンジョン内の隅っこで、前衛三人組がヒソヒソと何かを相談してやがる。

 まさか、気付いたのか? 気付いてないよな? 勘弁してくれよ、マジで……


 前衛三人組は、暫くヒソヒソと話し合っていたが、突如として、何かを決意したかのようにニコニコ顔で振り返ると、「先に進みましょう」と告げてきた。

 どうにも嫌な予感がするのだが、いつまでもこうしては居られないので、階層ボスとご対面することにした。


 その広い部屋に入ると、そこには竜の頭を長い首に乗せたモンスターがいた。

 その首の数は八本だ。そう、それは八岐大蛇だった。

 頭、首、胴体、尻尾、これを全て足すと、おそらく四十メートルは軽く超えるだろう。

 身体の大きさだけで言えば、ラティが変身する白銀の竜と良い勝負かもしれない。

 運がいい事に取り巻きは居ないようだ。というか、八岐大蛇が取り巻きを食ってんじゃないのか?

 まあいい、そんなことよりも、こいつを倒すことに専念しないとな。


「す、凄いわね」


「ラティさんの竜姿よりは、やや小さいですが、こちらもかなりの迫力です」


「わ、わたくしも初めて見ました」


「こ、これ、さすがに、どうやって倒すんだ?」


 エルザ、ミレア、サクラ、アンジェが感想を述べたタイミングで、一つの首がその大きな顎を開き、赤々とした炎を吐き出した。


「あ、危ない! ホーリーウォール!」


「結界!」


 クリスとマルセルが即座に反応し、ホーリーウォールと結界を張る。

 大蛇から吐き出された炎は、ホーリーウォールで防げたかのように見えたが、次の瞬間には、薄っすらと光輝く聖壁が粉々に砕け散った。

 だが、その内側に張られたマルセルの結界を打ち破ることはなかった。


「私の聖壁ではもちませんか」


「仕方ないさ、気にするな。それより魔法攻撃だ」


 落ち込むクリスを慰めつつも、すかさず遠距離攻撃隊に指示をだす。


「任せなさい! カッタートルネード」


「えっ!?」


 エルザが魔法を発動したのは良いが、次に魔法を放とうとしていたエミリアが絶句の声を漏らした。

 というか、発動した魔法は、ぜんぜん良くなかった。


「な、なにを考えてんだ。みんな下がれ!」


 声を張り上げて、後退の指示を送る。

 誰もが顔を青くして駆けると、入り口付近で足を止めた。

 視線をエルザに向けると、奴は素知らぬ顔で口笛を吹いている。


 このバカちん、どうしてくれようか。こんな場所でカッタートルネードなんてブチ噛ましやがって……生き埋めになったらどうする気だ!?


 確かに、ボス部屋だけあって、他の場所よりかなり広いのだが、天井も壁も全て岩や土でできている。大魔法なんて使った日には、敵を倒す前に、こっちが他界する可能性がある。つ~か、俺や鈴木は、既に他界してるがな。

 

「おいっ、エルザ!」


「だ、だい、大丈夫よ、たぶん……」


 た、たぶん……こいつも考えなしか~~~~~~~~! やっぱり、アンジェと姉妹なんだな……


 本当に困った奴だが、バカちんの攻撃は効果を出しているようだ。

 八岐大蛇の八本の首がトルネードの風圧で錐揉み状態となっている。

 おまけに、同時に発生しているカマイタチで、ザクザクと傷ついていた。


「ほ、ほ~ら、ご覧なさい」


「そういうのを結果論というんだ。バカっ!」


「バカですって~~~! ミレア、今晩もやっておしまい」


「う、う、嘘、嘘だ……作戦通りだ。ああ、そうとも、作戦通りだ」


 くそ~~~、気に入らないからって、ミレアをけしかけるなんて卑怯だぞ!


 心中で不満を吐き出している間に、魔法が終わったみたいだ。

 おあつらえ向きに、奴等はまだ意識を朦朧もうろうとさせているようだ。


 よし、ここは間髪入れずに攻撃だ。


「エミリア!」


「はい! アイスレイン!」


 さすがはエミリア。エルザのようなバカなことはしない。


「ただ単に、魔法特性の違いだけじゃない」


 俺の思考を読んだのか、ニュータイプのエルザがクレームを入れてきた。


 うるさい、お前は黙ってろ。

 

 確かに特性の違いと言えばそれまでだが、きっと、エミリアならカッタートルネードが使えても、ここで使うことはなかっただろう。


 どう考えても自殺行為だっつ~の。バカちん!


 まあいい、それでもボスモンスターにはダメージを与えたようだし、と思っていたところで、一つの頭が唸り声を上げた。

 その白い頭は、唸り声と共にその白い眼を輝かす。

 すると、次の瞬間には、エルザやエミリアが与えた傷口が白い膜に覆われる。そして、膜の下にあった傷が徐々に癒えていく。


「厄介だわ」


「私が付けた傷が……」


 エルザとエミリアが言う通り、これは厄介だ。というより限がない。

 そうなると、まずはあの白い頭を潰す必要があるようだ。


「エルザはエアープレスで動きを封じてくれ。エミリアはもう一度同じ魔法で――」


「分かったわ」


「はい!」


 エルザの魔法が炸裂して、今度は全ての首が、下方向に押し付けられる。そこにエミリアのアイスレインが降り注ぐ。


 ここだ!


 瞬間移動と飛翔を併用して、二人の攻撃で動きを封じられた白頭の前に移動すると、すかさずもっくんを叩き込む。


「うりゃっ!」


「おりゃ~~~!」


 なぜか、俺の気合に合わせて、もっくんが吠えている……少しばかり、気合いが抜けそうだ。


 まあ、それは良いとして、さすがはもっくん。白頭の縦割れの瞳を易々と切り裂いた。

 続けざまに、もう一方の目も潰させてもらう。


「まだまだ!」


 このチャンスを逃す手はない。そのまま白頭の首を切り裂く。

 なんとまあ、不思議なことに、もっくんは一メートル程度の刀身で、白頭の首を斬り落としてしまった。

 両目を切り裂かれ、悲痛な鳴き声を上げていた白頭が、地面に向かって落ちて行く。


 おいおい、これじゃ、五右衛門の斬○剣と同じで、ご都合主義過ぎるでござるよ。まあいい、これで、もう回復はできないだろう。


 そんな思考が、隙に繋がったのだろう。

 赤い目をした頭が、猛然と食らいついてきた。


「ユウスケ!」


「アイスジャベリン」


 エルザが声を挙げ、それと同時に、エミリアが魔法を放つ声が耳に届いた。

 ところが、敵も一方的にやられるだけではなかった。エミリアの攻撃に気付いた青頭が、赤頭に向かってくる氷の槍に白いブレスを放つ。

 エミリアが作り出した氷の槍は、さらに大きな氷の塊となって地面に落ちた。


「空牙!」


 赤頭に襲われ、瞬間移動で逃げることを考えるが、直ぐに思い直して自分の眼前に直径五メートルの空牙を放つ。

 固有能力は極力使わないつもりだったが、緊急時だからよしとしよう。

 赤頭は勢いが付き過ぎた所為で、俺が放った空牙に、自分から飛び込んでしまう。そして、悲鳴もなく赤頭が消失する。

 それを確認することもせずに、今度は油断することなく、即座にみんなの所に戻った。


「油断しては駄目よ」


「本当にびっくりしました」


「すまん、すまん」


 戻った途端に、エルザから叱責が飛んできた。エミリアは顔を青くして心配そうにしている。


「お怪我はありませんか」


「あまり無理をなさらないでください」


 二人に謝ると、マルセルが俺の状態を確かめてホッと息を吐き、サクラが端整な眉をひそめてたしなめてきた。


「それにしても、さすがです」


「ユウスケ、強過ぎるぞ。お前は見学してろ」


「あたいの獲物が……」


 クリスが瞳を輝かせて感嘆の声をもらし、アンジェとルミアが不平を口にした。

 どうやら、自分の取り分が減ったことを気にしているのだろう。

 ミレアは「今夜も……あなたの強力なエキスを……」なんて、コソコソと呟いている。誰かこいつを止めてくれ。俺のアレは、お前の滋養強壮剤じゃね~っての。


「さて、あと六本、気合を入れていくぞ」


「分かってるわ」


「おう! てか、ユウスケは見学だ」


「はい!」


「もちろんです」


「盾は任せて下さい」


「八つ裂きだぜ」


「頑張ります」


「うふふふっ、今夜も……」


 エルザ、アンジェ、エミリア、クリス、マルセル、ルミア、サクラ……最後の奴は、もういいや……全員が気合の入った返事をしてくる。


 このあと、全員で力を合わせて六十九階のボスを倒すことに成功した。

 アンジェとルミアが不満そうなので、俺は指揮に専念したこともあり、少しばかり長丁場の戦いになったが、きっと、みんなの自信に繋がったはずだ。

 そして、ボスを倒した後、七十階のセーフティゾーンにワープポイントを設置してから屋敷に戻ることにした。









 いつ見ても立派な屋敷だ。

 その造りは、純和風の木造の平屋で、屋根には艶消しのような黒い焼瓦が敷き詰められている。

 母屋は、大きな畳部屋が十部屋以上もあり、広い風呂が二つも整えられている。

 母屋の近くには、綺麗な和風庭園、鍛錬場、離れ家が作られていて、敷地を屋根と同じ焼瓦の乗った土塀が囲っている。

 そんな豪華な屋敷が自分の家だと言われると、少しばかり信じられない。


「ただいま」


「お帰りっちゃ~~~」


 いつものようにラティが飛びついてきた。


「……お帰りニャ」


 それを見たロココが、不満そうな顔で抱き着いてくる。

 最近のロココは、やたらとヤキモチを焼いてくる。

 それは、俺でも解るほどにハッキリとしている。

 おそらく、今もラティに先を越されたことが気に入らないのだろう。頬を膨らませている。


「お帰りなさいませ」


 ロココのことを考えていると、カツマサがゆっくりと歩み寄ってきた。


「ああ、ただいま」


「ユウスケ様、殿がお呼びにございます」


 挨拶を返すと、カツマサは神妙な顔で用件を伝えてきた。


「直ぐに行った方がいいか?」


「はっ、大変恐縮ですが、できれば早く来てほしいとのことでした」


 どうしたんだろうか。殿様のことだからあまり心配はしていないんだが……


「分かった、これから向かおう」


「はっ、ありがとう御座います」


 ダンジョンで八岐大蛇を倒して気分を良くしていたこともあって、意気揚々と殿様のところに向かったのだが、そこで聞かされた話の所為で、またまた思いもしないトラブルに首を突っ込むことになる。

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