第32話 勇者麗華の叫び
清々しい朝ですわ。
これほどの新鮮な空気は、東京では味わえないのだけど、その新鮮な空気を汚染している奴等がいる。それが残念でならない。
その原因は、ここの王族。いえ、城にいる者すべて。
王様はもとより、王太子、王女達、臣下の者、だれもかれも、全てが気持ち悪い。
もう少し付け加えるなら、彼等彼女等が浮かべている笑顔、それが輪をかけて気持ち悪い。
見た目でしか判断できないクラスメイトは、少しばかり格好の良い皇太子や美しい王女にチヤホヤされて浮かれているようだけど、わたくしは騙されませんわ。
きっと、あの笑顔という名の仮面の下には、悪魔にも劣る汚らしい素顔があるはずですもの。
は~ぁ、彼等彼女等のことを考えると、朝から気が滅入ってしまいますわ。せっかくの清々しい気分が台無しですわね。
いつからでしょう、こんな風に思い始めたのは。そう自分に問いかけてみる。出てきた答えは『はじめから』。
そうですわね。間違いなく半年以上前。いいえ、召喚された時から、ここの王族は信用できませんでしたもの。
いつまでも愚痴を零していても、建設的ではありませんわね。取り敢えず朝食にしましょう。
「おはよう御座います、
いったい何百人の人間で食事を取るのだろうか、と感じるほどに広い食堂に足を踏み入れた。その途端、待っていましたとばかりに、王太子が偽りの笑顔を張り付けて現れた。
本当に気持ち悪い……
「おはようございます」
申し訳ないのだけど、あなた方に名前で呼ばれたくないのですが……何度も『伊集院』と呼ぶようにお願いしているのに、学習能力がないのかしら。
過去に一人いましたわね、柏木勇助という男が……そう言えば、わたくし達は召喚されてしまったのだけど、彼はどこにもいなかった。
今頃、一人だけ残って、どうしているのかしら。
まあ、残った方が幸せですわね。ですが、少しだけ気になりますわ。
「本日は、朝食後に父から話があるそうなので、評議の間にお越しくださるようにとのことでした」
あら、まだいらしたのですか? 早く消えて欲しいのですが。せっかくの朝食が台無しですわ。
「分かりましたわ。食事が終わりしだい向かわせて頂きます」
「ありがとうございます」
ですから、その歯が輝きそうな笑顔は止めてもらえないかしら、本当に気持ち悪い。あなたの笑顔を見るくらいなら、柏木君の
「伊集院。王様の話って、何だと思う?」
はぁ~、またまた嫌な人が声を掛けてきましたわ。なにがフラグだったのかしら。できるかぎり近寄らないでほしいのだけど……
「さあ、行けば分かることですわ」
「荒木と伊豆本がまだ戻って来ないんだよな~。何かあったのかな?」
簡潔に答えると、単にクラスであり、とことん最悪であり、生きる災厄の
全く以て興味が無いのでスルーさせてもらいましょう。
「けっ、お高く留まりやがって。お嬢様ぶってムカつくぜ」
あらあら、わたくしの態度がお気に召さなかったようですわね。
どれだけ悪態を吐いても、あなたが借る威は、ここでは無力ですわよ。
それと、お嬢様ぶっている訳ではなく、正真正銘のお嬢様なのです。悪しからず。
朝から反吐が出るような人達と会話をしたことで、私の口と耳が汚れてしまいましたわ。
ああ、わたくしとしたことが、淑女たる者の発言ではありませんでした。お耳を汚して大変申し訳ありません。
清々しい朝を台無しにされ、食事もそこそこに評議の間に入る。
そこには仮面王族と、それに従う、近衛隊長、将軍、騎士団長、という最悪な面子が席に座っていた。
クラスメイトはというと、まだ全員が集まっていない。
わたくしが席に着くと、遅れてきたクラスメイト達が、次々に席につく。
ただ、何人かの姿が見えない。おそらく、この仮面王族に踊らされて、暗躍しているのでしょう。
「忙しい中、集まって貰って申し訳ない」
この王様って前置きが長くて、街角の演説を聞いているようでイライラしますわ。
「――ということで、伊豆本殿はお亡くなりになられた。荒木殿、仁井家殿、駿河殿、脇谷殿の四人は行方不明だが、おそらく伊豆本殿と同様に……」
やっと本題に入ったかと思ったら、知らされたのはクラスメイトの死だった。
「なんだと~!」
村上くんが興奮して叫んでいる。他のクラスメイトも、驚いたり、悲しんだりしているけど、それも上辺だけなのでしょうね。一時間もすれば、笑顔でお茶でもしているでしょうね。
初めから異質なクラスでしたけど、召喚されてからは、輪をかけて異常さを増している。
それを考えると、伊豆本くん達の死が、自業自得なんてオチだとしてもおかしくない。
そもそも、ここの王様は、彼等に何をやらせていたのかしら。そちらの方が気になりますわ。
「それは本当ですか? 誰がそんなことを」
それを口にしたのは担任の三宅先生ですけど、彼のことだから、きっとポーズね。そもそも自分のことしか気にしない人だもの。
「うむ。伊豆本殿に関しては、荒木殿から連絡があったから確実だろう。荒木殿達については、共に行動していた騎士団からの連絡が途絶えているのだ」
「じゃ、荒木はまだ生きている可能性があるんですね」
「……なくもないが、厳しいだろうな」
村上くんの質問に、王様が
沈痛な面持ちですけど、心の内はどうだか、分かったものではありませんわ。
「それで、犯人は分かっているのでしょうか?」
「いや、ハッキリとはしていない。ただ、召喚者を葬るような力は、魔人族ぐらいしか思いつかぬ」
わたくしの質問に王様が答えてくれましたけど、そんないい加減な答えを求めていた訳ではない。そもそも、魔人族が悪だなんて、その根拠を教えて欲しいところですわね。
「ただ言えることは、二人共デトニス共和国で消息を絶ったということだ」
そこで何をしていたのかしら。尋ねても、きっと答えてくれないか、嘘偽りばかりの返事を寄こすでしょうね。
本当にこの人達は信用できないわ。魔人族どころか、この国がガンなのでは?
「あと、鈴木殿をデトニス共和国で見かけたらしい」
彼女が生きているのね、本当に良かったわ。
この国――仮面王族のことだから、固有能力を持たない彼女を始末したのかと、心配していたのですが。そう、デトニス共和国に……でも、どうしてそんなところに?
「そこでだ。今回のことを受けて、ミストニア王国の西方が魔人族に完全支配されつつあると判断した」
それもおかしな話ですわね。
確か、わたくし達を召喚した時には、既に裏から操られているとか言ってましたわよね。だったら、いまさら完全支配という話も違和感がありますわ。もう、何もかもがダウトでは?
でも、周りの同級生達は、神妙な顔で頷いているし、まさかと思うけど、洗脳でもされているのかしら。
「それで評議を行った結果、西方の国に軍を送ることになった」
あらら、何の根拠もなしに戦争を始めてしまうのね。どんな評議なのか、不可解で仕方ないわ。
それでも、次の言葉を聞くまでは、黙っているつもりだった。
「申し訳ないが、敵は強大な力を持っている。そこで、今回の遠征には召喚者も同行して頂きたい」
「お断りしますわ!」
ああああ、言ってしまいましたわ。でも、当然ですわよね? だって、有り得ないですもの。そんな根拠のない理由で、他国を攻める戦力になるなんて、本当に冗談ではないですわ。
「ゆ、ゆ、ゆ、勇者どの」
王様が焦っているみたい。まさか、即答で拒否されるとは思わなかったのでしょう。
「い、い、伊集院! 国王様、生徒達に関しては、私の方で話をさせて頂きますので……そ、それで宜しいでしょうか」
「う、うむ。頼む」
またお節介なことに、三宅先生が口を挟んだ。どうせ保身しか考えてないくせに。
まあ良いですわ。誰が何と言おうとも、戦争なんかには参加しませんから。
こうして王様との話は終わり、戦争なんかに参加しないことを表明したのですけど、これが切っ掛けで、わたくしの人生が大きく変わることなど、この時点では思いもしていなかった。
最悪な話を聞き終え、自分の部屋に戻ったのだけど、いつもは付いてくる取り巻きの生徒達が居ない。
まあ、静かでありがたい話ですわ。
おそらく、彼女達は、わたくしの株が急降下したと考えたのでしょう。
それはそれで、ありがたくも、悔しくもあるのですけど……変に祭り上げられて、勝手に踊らされるよりはマシですわ。
さて、これからどうしましょう。
きっと、彼等のことだから本当に参加しないとなったら、何を仕掛けてくるか分かったものではない。
まずは、三宅先生が何かを企むはず。ここは慎重に、細心の注意を払って行動しなくては。
気を引き締めることを自分に言い聞かせていると、そのタイミングで扉が音を立てた。
「三宅だ。ちょっと良いか」
案の定、三宅先生だわ。
「いえ、話すことなんてありませんわ」
「そ、そういうな。無理なことは言わないから、話だけでもさせてくれ」
仕方ないですわね。ここで延々と拒否しても、次の作戦を考えてくるだけでしょうし、ここは決裂のための会話でもしましょう。
ただ、用心は怠らない。いつでも戦える態勢でドアのカギを解除する。
「どうぞ」
許可を与えると、先生は扉を開け中に入ってきた。
彼の後ろには、兵士でも居るのかと思えば、侍女を連れてきただけのようだった。
侍女たちは、木製のサービングカートを押しながら入室してきた。
おそらく、お茶やお茶菓子でも持ってきたのだろう。
わたくしがそんなに甘い女だと思っているのかしら。ああ、でも、甘い物は好きですわよ。
部屋に設置された豪華な椅子に腰を落ち着けると、対面に彼が座る。
誰が座って良いと言ったのよ、と心中で毒を吐く。
きっと、この思いが、わたくしがキツイと言われる所以なのでしょう。ですから、それは口にしない。表情も取り繕って見せる。おそらく、あの仮面王族には勝てないでしょうけど。
暫くすると、給仕が終わった。目前には、お茶とケーキが置かれている。
「まあ、お茶でも飲んで落ち着いて話そうじゃないか」
いえ、あなたとのんびり話す気はないのですけど……
そう思いつつも、ティーカップを手にした。
その時、彼の口が少し吊り上がったことに、全く気付けないでいた。
『そのお茶を飲んでは駄目です。睡眠薬入りです。間違いなく不幸な気分になる飲み物ですよ』
えっ!? 誰かしら、今、なにか聞こえましたわ。それに、椅子の肘置きに乗せたわたくしの腕が、何かに触れられたような気がしますわ。
『悟られないように、知らん振りして下さい』
誰かは分からないけど、多分、
生徒に対して睡眠薬ですか……最悪で卑劣な男ですわね。少し痛い目に遭わせた方が良いかしら。
途中で手を止めると、先生は顔を顰めた。
その表情からして、苦々しく感じているみたいですけど、仕方なくといった風に口を開いた。
「それで遠征の話だが、考え直してはくれないか」
「お断りしますわ」
「なぜなんだ」
「お茶に睡眠薬を仕込むような人達は、信じられないからですわ」
わたくしが槍でも突き出したかのように、彼はその場から飛び退いた。
おそらく、攻撃が起こると考えたのでしょうね。でも、それはあたなの心を映した虚像ですわ。
ああ、ですが、確かにカップの中身が、襲い掛かったのは現実ですわね。
そう、不埒な男には、お茶を掛けるのが作法ですわ。うふふふっ。
「くっ、なんで、なんで分かった!?」
「あなたのような下種が考えることなど、お見通しですわ」
大変申し訳ありませんわ。少し見栄を張りました。
「ちっ!」
彼は舌打ちをしながら、間合いを計っている。その後方では、侍女がポケットに両手を入れている。
召喚されて得た固有能力のお蔭で、戦闘に関してはそこそこの自信があるのですけど、多勢に無勢だと何が起こるか分かりませんし、すみやかに帰って頂きましょう。
「参れ、神剣!」
発動キーワードを口にすると、右手に心強い相棒が現れる。
それは、わたくしだけが持つことを許された剣、神すらも切り裂く剣。
刃渡りは百五十センチもある大剣なのだけど、わたくしが持つ分には、スプーンよりも軽い。
「わたくしと戦って勝てるのかしら?」
「ちっ! くそっ、引くぞ」
彼は再び舌打ちをすると、侍女を連れだって、大人しく部屋を出て行った。
それにしても、とんでもない話し合いですこと。
ただ、分かったこともある。そう、もうここには居られないということですわね。
誰も居なくなった部屋。
わたくしに与えられ、わたくしだけが存在する部屋。
だけど、間違いなく、誰かが居る。そう考えると、とても物騒だわ。まさか、覗きなんて
「どなたかは存じ上げませんが、ありがとうございます」
色々と不安を感じつつも、姿の見えない人にお礼を言ってみるのだけど、返事がない。ただ、途端に、不埒な担任が開け放っていた部屋の扉が勝手に閉まった。
「これでいいわ」
今度は、女性の肉声が聞こえてきた。
そう思った途端、中身のなくなったカップが置かれたテーブルが音を立てた。
視線を向けると、そこには銀のコインが置かれている。
「それを持ってください。どこでもいいです。ポケットでも構いません」
少し不用心とは思ったのだけど、言われるままにコインを握る。でも、何も起こらない。
右手に持った銀色のコインを眺めつつ怪訝に思っていると、見えない女性が私の手を取り鏡台の前まで連れて行く。
「う、うそ! 本当に? これって戻れるのかしら」
「大丈夫です。これは私の能力ですから」
「凄いですわね」
今度は聞き覚えのある声が、問題ないと答えてきた。
「いったい何人いるのかしら」
「あ、念話に切り替えましょう」
そう言って聞き覚えのある声が、聞き慣れない言葉を告げた。
彼女の言葉と共に、またわたくしに触れる感触を感じた。
『これで聞こえるかな。あたしの念話は接触していないと伝わらないのよ』
「これってどうやって話せば良いのかしら」
『頭の中で念じれば伝わるわ』
『これで聞こえていますの?』
『OK、OK』
「じゃ、失礼します」
「ボクも」
「わたくしも失礼します」
「オレもいいっすか」
次々に声が聞こえたかと思うと、わたくしの腕に触れる感触が増えた。
『ちょっと、あんた達、ドサクサに紛れて伊集院さんを触り捲るんじゃないわよ』
『ちょ、そんなことしないよ』
『お、おいっ、なんてこと言うんすか』
『いったい、何人いるのかしら』
あまりに色んな声が聞こえるものだから、混乱してきましたわ。
『大切な話があるのですが、その前にまずは自己紹介をした方がよさそうですね』
『そうですね。クラスメイトだし、おかしな話ですけど、そうしましょう』
透き通るような綺麗な声に続いて、聞き覚えのある声が続く。
『私は
『ええ、ショートカットの活発な子よね』
『ぐはっ……』
『違いないっす。オレは
『えっ!? ええ……』
『がーーーーーん!!』
『きゃはははははははは! 森川くん、伊集院さんの記憶にないみたいね。おかし~~~い、笑い過ぎてお腹が痛いわ。けほっ、けほっ』
『あなたは、松崎さんね』
『ぐふっ、お察しの通りです』
『あはは、その笑い方で直ぐに分かると思うよ。ボクは――』
『北沢くんね』
『えっ、どうしてわかったの?』
『クラスで自分のことをボクと言うのは、北沢くんだけだもの。これで全員かしら』
『いえ、わたくしはマリアーヌです。一応、ここの王族で、第三王女です……』
『ええっーーーー!』
この後、色々と複雑な話になったものだから、少し頭の中を整理したいですわ。
でも、何から整理すれば良いのかしら。う~ん、メンバと能力がいいかしら。
九重さんからいくと、能力は『不可視』と『接触念話』だと言っていたわ。その能力は今体験している通りね。ただ、『不可視』については荒木くんの『
松崎さんは『近未来視』を持っているらしい。この能力は二、三日先の未来が視えるらしく、今回の件も予測済だったようですわね。凄い能力ですわ。
森川くんだけど、『瞬間停止』という能力で、一瞬だけ時間を止めることができると言ってましたわ。悪行に使われると堪ったものではないですわね。
ボク、こと、北沢くんの力は『遠近魔眼』といって、遠くから近くまで色んな所を観察できるという話だったのだけど、まさか、女湯やトイレを覗いたりしてませんわよね。もし覗いていたら神剣の錆にすることにしますわ。
最後に、ミストニア王国第三王女――マリアーヌだけど、これにはビックリですわ。これまで全くその存在を聞かされていなかったから、本物かどうか怪しんだくらい。
残念ながら固有能力を持っていないという話でしたけど、他の王族と違って『良心』は持っていますもの。素晴らしいことですわ。
あと、内緒らしいのだけど、彼女は神託を受けたとか。
次は、西の地に赴いている人達の話でしたわね。
わたくしの予想通り、王様の言ったことは嘘八百でしたわ。
北沢くんの魔眼で確認したことを教えてもらいましたけど、伊豆本くんなんて、三万人以上を死人にしてしまったらしい。そして、それを阻止した人達に始末されてしまったようね。
伊豆本くんの結末については、自業自得と言わざるを得えないですわね。
荒木くんは、彼が持つ能力の所為で分からないという。ただ、佐々木さんの結末は教えてもらいましたわ。あの王様は本当に許せませんわ。
彼女のやったことは、許せることではないのだけど、騎士団の人に殺されるとは……
最後に鈴木さんだけど、どうも伊豆本くんを成敗した人達と一緒にいるようね。生きていて本当に良かったですわ。
ただ、北沢くんの推測では、伊豆本くんを成敗した人達のリーダーは、柏木くんじゃないかって、本当かしら?
それに、マリアーヌさんが、この世界を救えるのは柏木くんしか居ないって。信じられませんわ。
ですが、どうやら、彼もこの世界に居るみたいですわね。ふふふっ。
『取り敢えず、柏木くんのことは置いておいて、これからについて相談したいんだけど』
姿は見えないのだけど、九重さんが重要な話を切り出した。
『あの王様もこの国も信用できないし、伊集院さんも仲間になったし、さっさと逃げだそうよ』
いつの間にか、わたくしを仲間にしてしまったのは、松崎さんですわね。
『本当に申し訳ありません』
可哀想に、マリアーヌさん。でも、あなたが悪い訳ではないですわ。
話によると、彼女達はこれまでも脱出しようと考えていたようなのだけど、戦闘向きではない能力保持者ばかりだから、なかなか踏ん切りがつかなかったみたい。
『でも、何処に逃げるんすか』
『スズキ様の所はどうでしょうか……反ミストニアのようですし』
『あたしは、それで賛成かな』
『私も、それで良いよ』
『ボクも、それが安全だと思います』
森川くんの問いに、マリアーヌさんが答えると、松崎さん、九重さん、北沢くんが賛成した。
でも、鈴木さんのいる場所って――
『北沢くんの話では、ジパング国でしたわよね。それだと大陸の端から端まで行くことになるのだけど……』
途端に沈黙が訪れた。多分、わたくしの発言だからということではなく、発言の内容が、みんなを黙らせてしまったのね。
ここはフォローすべきかしら。そう考えていると、マリアーヌさんが口を開いた。
『
確かにその通りですわ。ただ、その手段については、しっかりと計画する必要がありますわ。
『それにしても、みなさんの姿が見えないですが、どうやって団体行動を取るのかしら』
『く~~~み~~~~~!』
『ごめんなさい。コインの作成をミスったみたい。直ぐに取り替えます』
松崎さんの声色からすると、どうやら、九重さんがしくじったみたいですわね。
新しいコインをもらったら、みんなの姿が見えるようになりましたわ。
この後も、様々な意見を交わし、仲間となったわたくし達六人は、そそくさとミストニア王国を脱出することにしましたの。
凄いですわ、なんて綺麗な夜空かしら。
星の煌めく綺麗な夜空を眺め、感動に打ち震えていた。
ただ、震える理由は、それだけではない。
夜空は良いのだけど、この揺れは何とかならないのかしら……
「もうちょっと大人しく飛ばしてよ」
「そんなこと言っても……初めてなんだから……」
わたくしの心の声が通じたのか、九重さんが北沢くんにクレームを入れている。
現在の状況はというと、飛空艇で空を飛んでいたりしますわ。
これは色々と相談した結果。王都から脱出するためには、障壁を越える、もしくは、門を強行突破する、といった作戦が必要だという話になった。
すると、マリアーヌことマリアさんが、「だったら、飛空艇を強奪しましょう」と、王女らしからぬ意見を口にした。
かなりの強硬手段ではあるのだけど、西方に向かうことを考えれば、良案だと思えた。だから、一番に賛成しましたの。
結局、全員が頷き、その作戦を実行した。
王城の人達は姿を隠したわたくし達に、誰一人として気付くことなく、易々と強奪に成功させて、今は美しき夜空を飛行しているという状況ですわ。
「それにしても、レイカ様のマナが多くて助かりました」
「役に立てたのなら嬉しいですわ。でも、わたくしのことは麗華で良いですわよ」
「それなら、わたくしのことも、マリアと呼んでください」
この
他の王族に、爪の垢でも煎じて飲ませて遣りたいくらいよ。
「でも、戦闘がなくて良かったね。あははは」
「そうっすよ。オレ達は戦闘に向いてないっすから」
松崎さんと森川くんが呑気にお話をしている。だけど、問題はこれからなのだ。追手がこないとも限らない。いえ、あの王様のことですから、間違いなく追手が現れるはずですわ。
「マリアさん、王様は追手を差し向けてくるのではないですか」
「多分、そうしたくても、無理だと思います」
「その心は?」
マリアさんの考えでは、これからローデス王国に攻め入るつもりだから、追手に回す戦力なんてないと言うのだけど、本当にそうかしら。
「松崎さんの近未来視で、何か情報は探れないかしら」
「それが……」
松崎さんが押し黙ったまま、わたくしの手を握る。
『昨日からアレが来ちゃったのよ。それでね、アレの期間中は上手く見えないんだ』
その言葉で、初めて月物が影響することを知った。
慌てて自分のこれまでを思い起こしてみる。
『あ、これって、知覚系の固有能力を持った女子に多いみたいなの』
それなら良かったわ。わたくしも女の端くれだもの、というより淑女ですから、もし、そんな影響があったら戦えないですわ。
「ん!? ハヤオ君、ちょっと操縦を代わってもらえないかな?」
「いいっすよ。そのレバーをこのまま維持すればいいっすね」
「うん、それでいいよ」
どうしたのかしら、急に北沢くんが、何かを気にし始めたのだけど……
操縦を変わってもらった北沢くんは、座り込んだかと思うと、目を瞑ってしまった。
これって、もしかして遠見の能力を使っている最中なのかしら。
「拙い、追手がきた」
やはり、そうみたいですわね。暫くして北沢くんが顔を強張らせている。
「えっ!?」
「どれくらいの規模なのかしら」
マリアさんが驚きで目を瞠る。
しかし、予想していたことだ。驚くほどのことはない。それよりも、相手の規模が気になる。
「この飛空艇の五倍のサイズだ」
五倍ね……この飛空艇ですけど、小型飛空艇と呼ばれる乗り物で、乗り込める数は十人が限界だといっていた。
マリアさんの話だと、他にも中型や大型の飛空艇があるらしくて、五倍のサイズなら大型の飛空艇らしい。
「戦旗を確認できますか」
「ライオンが剣を握ってます」
北沢くんからの返事を聞くと、マリアさんは、驚いた表情をしていたのだけど、おずおずと告げた。
「旗艦ゴルトバスです」
「性能は、どんな感じっすか。うわっ!」
森川くん、あなたは操縦に集中しないさ。とても乗り心地が悪いですわ。
「飛行距離は、この飛空艇の倍で、速度は二割増しと言ったところでしょうか」
「あっちゃ~、それだと追いつかれるじゃない」
九重さんの言う通りですわね。このままだと追いつかれて戦闘になる可能性がある。それに、そもそもこの飛空艇って遅いですわ。当然ながら、馬車よりは速いのだけど、精々が時速三十キロくらいかしら。
「これだと、ローデス王国に逃げ込む前に捕まりますわね」
「ううっ。どうしましょうか」
マリアさんには良案がないようだ。沈んだ表情のまま沈黙してしまった。
それもだけど、どうやって気付いたのかしら、この飛空艇は九重さんの『不可視』の能力で見えないはずなのだけど。
わたくし達が逃げ出したのは、部屋を見れば一目瞭然で、飛空艇がないことも直ぐに気付くでしょう。でも、どこに向かって逃げたかなんて、分からないはずなのですけど。いえ、それよりも、今は逃げ切ることが大切ですわね。
「もし、ローデス王国の領土に入ったとしたら、追手はどうすると思いますか?」
沈黙が支配する飛空艇の中で、わたくしの声が響く。
「おそらく、構わず追いかけて来るでしょう。そもそも、戦争を起こそうとしているくらいですし……」
やはり、そうなりますわね……
マリアさんの言葉を聞いて、自分の予想が間違いでないことを残念に思う。
このままだとジリ貧ですわ。仮にローデス王国領に入っても追いかけて来るのなら、間違いなく逃げきれないし、必ず戦いになる。
こちらは戦力的にも不利だし、だいたい殺し合いの戦闘経験なんてない。
これは、マリアさんの言う通り、「どうしましょうか」って感じですわね。
小型飛空艇を操舵している森川くん以外の誰もが、硬い表情で黙り込んでいる。
おそらく、これからについて思案しているのだと思う。
そんなタイミングだった。森川くんが声を挙げた。
「大樹海に行くっすよ。あそこなら、そうそう追ってこれないっすよ」
距離的には、ローデス王国と同じくらいですわね。
確かに、辿り着いて飛空艇を降りれば、追いかけてくるのは困難ですわね。
「それは、妙案かもしれません」
マリアさんが賛成をするのだけど、それを打ち消すかのように、北沢くんの言葉が続いた。
「残念ながら、もうすぐ追いつかれます」
「えっ、いくらなんでも、さすがに、それはないよね? いくらなんでも早過ぎだわ」
松崎さんが噛みつかんばかりに否定する。
わたくしの感では、多分、その旗艦には召喚者が乗っている。
「石原君が『速度増加』を使っているのかも」
「ちっ、石原くんってあれよね」
「そう、取り巻き君」
北沢くんの言葉に、松崎さんと九重さんが、あからさまに嫌そうな顔を見せた。
すると、二人の表情が不満だと言わんばかりに、旗艦ゴルトバスが魔法砲撃を始めてきた。
さすがに、これを頂く訳にはいきませんわね。
「魔滅結界!」
固有能力を発動させると、シャボン玉のような薄い膜が、この飛空艇を包み込む。
ゴルトバスから放たれた砲撃は、魔滅結界に遮られて、この飛空艇に届くことはない。
「伊集院さん、さっすが~、やっぱり頼りになるわ」
松崎さんが顰めていた表情を一気に好転させて、きゃぴきゃぴとはしゃぎ始める。
少し騒がしいのだけど、これはこれで純粋な喜びは心地よい。
少しだけ気分が軽くなったのだけど、気になるのは、この飛空艇が見えているのかしら?
固有能力で見えないはずの飛空艇が攻撃されていることを疑問に思う。
しかし、その原因を見つける前に、予想外の異変が起こった。
「「「きゃ~」」」
「な、な、何事なの?」
女子の悲鳴を聞き流し、即座に状況を確認する。
「か、舵がきかないっす~」
必死になんとかしようとしている森川くんが、顔を引き攣らせた。
飛空艇そのまま地面に激突するかのように墜落していく。
固有能力による攻撃かしら? いえ、呑気にしている場合ではないですわね。何とかしなければ、全員が死んでしまいますわ。といっても、結界の強度を上げるしか方法がなさそうですわ。
焦りを募らせながらも、結界の強度を最高にして地面の激突に備える。
「みんな、何かに捕まって!」
声を掛けると、みんなが即座に頷いた。
次の瞬間、わたくし達が乗る飛空艇は地面に叩き付けられた。
小型飛空艇が爆散し、四散する。
そんな事態を少しだけ考えたのだけど、結果はそれを否定した。
さすがは、わたくしの固有能力ですわね。思った以上に小さな衝撃でしたわ。
「みんな、大丈夫かしら」
「はい。なんとか」
「いたた……私も大丈夫です」
「あは、あはははは」
「松崎さん、笑っている場合ではないですよ。ボクも平気です」
「オレもっす~」
マリアさん、九重さん、松崎さん、北沢くん、森川くん、全員が問題ないことを知らせてきた。
みんなが大丈夫なことを確認して、ホッとしたのもつかの間、わたくし達の上空には旗艦ゴルトバスの姿が現れる。
どうやら、わたくし達の逃亡劇って、一晩も掛からずに終わる結末となりそうですわね。
綺麗な夜空を覆い隠す無粋な大型飛空艇、その不気味な姿を仰ぎ見た時、なぜか、わたくしはマリアさんが言っていた、柏木救世主論を思い出してしまった。
そして、周囲のことなど綺麗さっぱり抜け落ちてしまう。
「柏木くん、あなたが本当にこの世界の救世主というのなら、勇者であるわたくしを助けてみなさい!」
思わず張り上げたわたくしの声に、この場にいる五人がドン引きしていたのは、言うまでもないことですわね。
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