第25話 死人使い


 きらめく星や月が、いつもより間近に見える。

 恰も暗闇に大小無数の宝石をバラ撒いたみたいだ。

 こんなに美しい夜空を見るのは、生まれで初めてだった。


「やっぱ、凄いぜ。めっちゃきれいだな」


 確かに東京の空気も綺麗になり、都心の灯りから外れた場所では、星が見えなくもない。ただ、その星の数は、精々が片手で数えられるほどだ。

 それに比べ、この空を埋め尽くさんばかりの星空はどうだ。まさに自然に勝てる美しさなど存在しないと主張されているかのようだ。


 キラキラと輝く宝石のような夜空に心奪われ、いつまでもそれを眺めている訳だが、現在は、誰よりもその美しさを満喫できる場所にいる。

 なにを隠そう、巨竜の背に乗って夜空を駆け巡っているのだ。

 周囲は、白銀の硬く大きな鱗がびっしりと敷き詰められていて、月の明かりを反射してキラキラと煌めいている。

 夜空を我が物顔で飛翔するこの白銀の巨竜は、龍ではなく竜だ。

 それは、西洋竜を具現化したかのような姿だ。

 その巨大さを解り易く表現するなら、ジャンボ機に見劣りしないサイズだと言えば理解できるだろう。

 何よりも驚くことは、この竜がどこから現れたのかと言うと、ラティだという事実だ。

 この姿を初めて目にした者は、誰もが腰を抜かすくらいに驚いたものだ。

 変身前のラティのサイズを考慮すれば、それも仕方ないことだろう。

 ただ、残念ながら、怪鳥ではなかったので、バビル二世計画からは外れた。

 それでも、これはこれで最高だった。


『ラティ。疲れてないか?』


『まだ、大丈夫なんちゃ』


 この世界で最高峰の基本レベルを持つ幼女は、こんな巨竜にも変身できる。

 そう考えると、この幼女がこの世界で最強なのではないだろうかと思ってしまう。

 そんな最強幼女の美しい背中を撫でると、彼女が声をらした。


『くすぐったいっちゃ』


『悪い、悪い』


『でも、疲れたら言ってくれよ。交代するからな』


 実は、俺の固有能力ランクも、今回の戦闘で『S』ランクまで上がったのだ。

 それにより、『飛翔』の固有能力に制限がなくなった。だから、自由自在に空を飛び回ることができる。

 そして、Sランクとなったことで、俺の固有能力は完結した。


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[ユウスケ]


固有能力ランクS


 空間制御

  アイテムボックス:無制限

  浮遊:無制限(大気圏内)

  空牙:無制限

  飛翔:無制限

  瞬間移動:10メートル

  ワープ:20カ所/最大50人


 伝達制御

  伝心:到達範囲100キロメートル


 状況把握

  マップ機能:検索範囲20キロメートル


 取得経験値増加:5倍


 補助機能

  ヘルプ機能:MAX


 言語習得:MAX

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[ラティ]


 固有能力ランクS


 獣化

  地:サイズ小中大

  水:サイズ小中大

  空:サイズ小中大

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 俺もラティも、もはや人外だ。そもそも人外だろ! というツッコミはなしだ。

 このことをみんなに話すと、飛べることを知っている面子も、さすがにぶっ魂消ていた。

 してや、飛べることなど知らないアンジェは、俺の背中に抱きつくと「それ、飛べ、やれ、飛べ」と、せがんできたりした。だから、ちょっと脅かすつもりで、派手に飛んでやると、あまりの刺激にやっちまいやがった。

 そう、俺の背中がびしょ濡れになり、雲一つない空から局所的に雨が降ることになった。

 俺は、絶叫コースターじゃね~っての。

 まあ、俺の装備は神器なんで、臭いも汚れも残らなくて、本当に助かっている。


 服の汚れは良いとして、今回の行動についてだが、既に後手となっている戦況を変える必要があると考えた。

 それにはネクロマンサーを見つけ出し、消滅させるのが最優先事項となる。

 ダートルの街に生存者が残っていたことを考慮すると、首都デトアは未だ被害を受けていない可能性がある。それこそ、ネクロマンサーが現地に辿り着いていない可能性すらある。

 もし、ネクロマンサーが到着していなければ、こちらとしても形勢逆転の大チャンスだ。

 ただ、希望的観測で先入観を持ちたくないので、最悪の自体を考慮して行動しようと思っている。


 目的地であるデトニス共和国の首都デトアまで、ダートルから馬車で10日くらいだと聞いた。馬車が一日で進める距離を百二十キロだとすると、凡そ千二百キロの距離となる。

 竜と化したラティの速度が六十キロくらいだとして、休憩なしで二十時間といったところだが、一定の距離で休憩することを加味して、二日で到着する予定となっている。

 まあ、急ぐのは良いが、到着した時にはバテバテだったというのも最悪だからな。

 こうして交代で空を飛びながら目的地に向かっている。









 周囲の目を気にして一晩中飛び続け、日中は休むという、まるで夜行性のような行動を執りつつ、二日目の夜になったところで目的地に到着した。

 今回に関しては、結果が良い方に傾いるようだ。マップで確認した首都の様子に、異常を見付けることはなかった。


『やっと着いたんちゃ。よかったんちゃ。奴らより先に到着したみたいなんちゃ』


『そうだな。それにしても、高い障壁だな』


 空高くから街を見下ろし、首都デトアの造りに驚いている。

 首都デトアは高い障壁に囲まれた巨大な都市で、どうやってこんなものを造ったんだ? と思うほどの規模だった。それに、都市の真ん中には、高い塔が建てられている。

 この世界で初めて高層物を目にして、ただただ驚くしかなかった。

 でも、いつまでも驚いていても仕方ない。

 驚くのもソコソコに、その塔の上に降りる。

 闇夜で視界が利かないこともあり、都市の全貌を確認することができない。そのことだけでも、この都市の巨大さが分かるというものだ。

 それはそうと、ここで問題になったのが、どうやってネクロマンサーを阻止するか。それには、どうやってネクロマンサーを見つけるかだ。

 初めから敵としてマップに表示されるのなら、なんの問題もないのだが、荒木との遭遇を思い出すと、そんな都合の良いことは期待できそうにない。

 色々と悩んだ末に見出した結果は、とても残念なことに、デコ電で相談することだった。

 因みに、ラティに関しては、隣で「お腹へったっちゃ」と、いつもの緊張感のない台詞を連呼している。


『エルザか?』


『そうよ。まさか、もう着いたの?』


『ああ』


『ちょっと早過ぎじゃない? まあいいわ。それで、そっちの状況はどう?』


『ああ、今のところは異常なしだ』


『ふ~っ、良かったわ』


 首都が無事だと聞き、エルザが安堵の息を吐く。


『それで、どうしたの?』


『ネクロマンサーの位置をどうやって知ろうかと思ってな。良い考えが思い浮かばないんで、相談しようと思ったのさ』


 エルザは「ふ~ん」と言っているが、どこか嬉しそうな雰囲気だ。


『というか、だったらワープポイントを設置して戻ってきたら?』


 エルザの意見を聞いた時、自分の知能の低さに気付く。

 そうなのだ。ここまで来たらワープポイントさえ設置すれば、自由に行き来できるのだ。


『そうする……』


 ガックリと項垂れつつも、ワープポイントを設置し、ラティを連れてダートルのベースキャンプに戻ることにした。


「ただいま」


 ダートルに戻ると、木甲車のリビングには、アレット以外の全員が揃っていた。彼女は外で保護した子供たちの面倒を見ているようだ。


「早かったわね」


「お疲れ様です」


 エルザとマルセルが、笑顔で労ってくれた。

 ロココは早速と言わんばかりに、ソファーに腰掛けた俺の上に乗ろうとするが、ラティの鉄壁の守りに阻まれる。


「ニャー! ラティニャ、ダメニャ」


「ずるいんちゃ、うちだって座りたいんやけ~ね」


 今日も仲良く争っている。そんな光景に頬を緩めてしまうのだが、和んでいる場合ではない。


「なあ、犯人を見つける良い案がないかな」


「首都には、まだ死人が出ていないのですよね?」


「ああ」


 状況を知ったマルセルも、ホッと息を吐き出し、肩の力を抜いた。

 その気持ちは、誰もが同じなのだろう。一気に場の空気が軽くなる。


「もしかしたら、まだ移動中なのでは? 死人を作る能力があるといっても、まさか一人旅ではないですよね?」


「そうですね。犯人がミストニア王国の人間であれば、騎士団が付い来そうな気がします」


 疑問を投げかけてくるルミアがオドオドしているのは、銃を持っていないときの仕様だ。

 そんなルミアに、鈴木が頷いてみせるが、それは考えるまでもないだろう。

 その理由を鈴木が説明する。


「それに死人化を固有能力で行っているとすれば、実行者は召喚者ですね。そうなると、単独での移動なんてあり得ないです」


「そうなると、首都までの街道のどこかに、俺の知っている顔があるはずだな」


 鈴木が頷くのを見て、直ぐにデトアに戻ることを選択する。


「悪い、直ぐに向こうに戻るわ」


「あの~」


 戻る意思を伝えると、鈴木が何か言いたそうにしている。


「どうしたんだ?」


「私も行っていいですか?」


 今回に関しては、既にワープポイントを設置してあるので、単独でいくつもりだったのだが、なぜか鈴木が同伴したいらしい。だが、断る。


「お前は、来ない方がいい」


「どうしてですか?」


 この女、あからさまに物調ズラになりやがった。

 まあいい。ここではぐらかしても、きっと納得しないだろう。仕方ないので理由を説明してやる。


「理由は二つだ。一つ目はその召喚者を生かしておく気がない。二つ目、敵を逃がした場合、鈴木のことを知られる恐れがある」


「二つ目に関しては、手遅れですね」


「そうかもな」


「でも、相手が召喚者なら、見つける目が増えた方が良いですよね」


 鈴木が食い下がってくる。いったい何を考えているのだろうか。


「だったら、わたしが行くニャ」


 突如として、ロココが声をあげる。鈴木としては、その行為に意味を見出せなかったのだろう。首を捻っている。


「なんでロココさんが?」


「わたしは召喚者の顔を知っているからニャ」


「どうして知ってるんですか?」


「秘密ニャ」


 見つける目が多い方が良いというのは賛成だが、ここで揉めるのは止めてくれ。

 というか、秘密ニャで片が付いたのか……


「鈴木、付いて行くのを認めてもいい。ただ、約束がある」


「約束って、何ですか? 嫌らしいことはダメですよ」


「バカちん。俺を何だと思ってるんだ。ちっ、まあいい。時間の無駄だ。話を戻すが、俺は間違いなく召喚者を始末する。どんなことをしてでもだ。もし、その邪魔をするようならお前も生かしておかんだろう」


「そんなことですか。それなら問題ありません。私は彼等の結末を見たいだけですから」


 予想に反して、鈴木は不敵な笑みを浮かべ、クラスメイトの死を見たいと言う。余程に恨みがあるのだろう。

 結局、鈴木とロココを連れて首都デトアに戻ることにしたのだが、ラティが河豚ふぐのような膨れっ面になったのは言うまでもないだろう。









 三人で首都デトアに戻ると、俺達の心情とは裏腹に、そこは静かなものだった。

 時間的にも夜の十一時を過ぎているので、酒場などの一部が喧騒を作り出しているものの、殆どの者は羊を数える体勢に入っているようだ。


『奴らが行動を起こすなら、深夜だろうな』


『そうですね。まさか真っ昼間から死人化なんて起こさないでしょう。昼間なら、いち早く殲滅される恐れがありますから、やはり住民が寝静まってからになるでしょうね』


『それよりも、もう潜入しているかニャ?』


 何の情報も得られていないこともあって、まずは情報を得ることにした。

 三人で酒場に行き、この首都から近い村について尋ねることにした。

 酒場で盛り上がっている男達は、酒をおごってやると、サクサク教えてくれた。

 余談になるが、連れているのが子供と無乳なので、男達の関心を引くこともなく、すんなりと事が済んだのだが、そのことで鈴木が怒り始めたのだが、もちろん放置だ。

 男達からの情報では、ここから一番近い東側の村は、北東に馬車で一日の所と、南東に二日の所に存在した。


『ダートルの位置からすると、北東の村の方が怪しいな』


『馬車で一日だと、百から百四十キロくらいですね』


『そうだな。ちょっくら、一人で見て来るかな。戻る時はワープで戻れるし』


 単独で村に行くと告げると、ロココが不服そうな顔を見せた。もしかしたら、鈴木と二人きりになるのが嫌なのかもしれない。


『む~、わたし達はどうするニャ?』


『二人は、ここで見張っていてもらえるか? 何かあればデコ電で連絡してくれ。というか、もしかしたら伝心が届くかもしれない』


『因みに、どれくらいで到着するのですか?』


『俺の飛翔だと時速百キロでるからな、直線距離で行けるし、一時間くらいかな』


『チート野郎!』


『凄いニャ』


 チート野郎とか、お前に言われたくないんだけど、このチート二次元め。いや、二次元乳め!


『ロココ。護衛は頼むな』


『……わかったニャ』


『それなら、人海戦術で捜索した方が良かったのではないですか?』


『でも、俺達以外は顔を知らんだろ』


『それもそうですね』


 ロココは素直に頷き、鈴木の方は無意味な提案をしたと感じたのか、どっぷりと落ち込んでいた。

 こうして落ち込む鈴木を他所に、北東にある一番近い村に向かって、透明化を施した状態で飛び上がったのだが、そこでマップに異変が生じた。


 何だと、今までの情報収取やら、作戦やらが全部台無しじゃね~か。


『出やがったぞ』


 心中で愚痴を零しながらも、即座に情報の伝達を行い、慌てて引き返す。


『えっ?』


『凄いタイミングニャ、執筆者の意思でも働いたかニャ?』


 鈴木の驚きは良いとして、ロココの台詞は、禁忌に触れるのでスルーだ。


 マップ機能では、デトアの東門に近い民家辺りから白いマークが増え始めたことを知らせてきた。もちろん、白いマークは動いている。

 もちろんというのも、白マークが死人を指していることを考えると、恐ろしく滑稽こっけいな表現だな。

 そんな場違いなことを考えながら、ロココと鈴木のところに戻ると、すかさず二人を脇に抱えて現地に飛んだ。

 てかさ、ロココは分かるんだが、なんで鈴木からも柔らかい感触がないんだ?


『……』


『ニャ~~~ハハハ。最高ニャ~~~~』


 乳がね~という不遜ふそんな考えを読み取ったのか、鈴木が睨み付けてくる。ロココはそんなことよりも、空を飛ぶことが楽しかったようだ。


『あそこだ。十一人の人間がいる。死人は八人だ、そっちは任した』


『了解ニャ』


『快感の発動です』


 ちょっ、古い。ネタが古いぞ!


 これまで触れる機会がなかったのだが、鈴木は妄想錬成で自分用の機関銃を作っていた。

 なにゆえ、機関銃なのかと聞くと、「セーラー服にはこれでしょ」と答えてきたが、お前はブレザーだよな?

 初めの頃は、撃ち終わる度に『カ・イ・カ・ン』とか口遊んでいたが、誰もその台詞に感銘を受けてくれないから、最近では口にしなくなった。

 二次創作にもならんわ。あ~痛い、痛い、痛い。見てる方が激痛だから止めてくれ。


 そんな痛い話は置いておくとして、目的地に到着したところで、素早く透明化を解除した。

 着地したその場所は、街の本道ではないものの、四メートルくらいの道幅があり、暴れ回るのにも支障がないぐらいの路地だった。

 マップで確認すると、周囲の数軒で死人が暴れている。

 そして、目の前に十一人の生者がいる。そのことから、まず間違いなく、こいつら等が犯人だと判断した。


 まあ、間違えてたら謝ればいいし。


 なんて無責任なことを考えるが、間違いなくそうならないだろう。

 なにしろ、十一人の生者は、見るからに怪しいのだ。

 黒いローブをまとい、深々と被ったフードで顔を隠している。その所為で、その正体を全く知ることができない。

 ただ、奴らは、奴らで、行き成り姿を現した俺達を目にして、混乱しているようだ。

 だが、そんなことは、こっちの知ったことではない。


「お前等は、誰だ?」


「……」


 奴らは沈黙で応じる。だが、構わずに嫌味を進呈する。


「まあいい、わざわざミストニアからこんなところまで、ほんと苦労なこった」


「……」


 俺の台詞で動揺が走ったようだ。明らかに身体をビクつかせた。

 ただ、一人のローブ姿がスッと右手を上げると、たちまち平静を取り戻した。

 おそらく、そいつがリーダーなのだろう。フードの所為で顔は見えないが、その体格と、次に発せられた声色で男だと気づく。


「お前は、誰だ?」


「自分達の正体すら答えられない怪しい奴等に、教える必要があるのか?」


 不遜な態度で応じると、ローブ姿の者達が一斉に剣を抜いた。

 この反応からすると、間違いない。ミストニアの手先なのは決定だ。


「なら、死ね」


 リーダーらしき男は口元をニヤリと吊り上げると、上げていた右手を振り下ろした。その途端、奴の背後に居た者達が、一斉に斬り掛かってくる。

 少し、数が多いな。相手の手の内も分からないし、少し削っとくか。


「空牙!」


 相手が手練れかどうかも分からないのだ。ここは舐めて掛かる訳にはいかない。そこで、数減らしに空牙を放つ。

 因みに、ロココと鈴木は、死人退治に向かったので、ここには居ない。


「ぐあっ」「ひっ」「ぎゃ~」「ぐふっ」「……」


 直径一メートルの空牙を連続で叩き込むと、身体の一部を削られ者、半分を削られた者、大部分をなくした者、という結果が残った。


「な、なんだ、これは!?」


「なんだと言われてもな~。ま~、あれだ。ミストニアを葬る闇だ」


 指示を出したリーダーらしきローブ姿が、空牙を目にして声を震わせた。

 別に無視でも良かったのだが、親切心で説明してやった。というか、これは宣言かな。

 取り敢えず、六ローブがお亡くなりになったので、残り五ローブなのだが、三ローブは腰を抜かして、路地に尻餅を突いる。

 そして、尻餅を突いた勢いで、フードが頭から外れていた。


『うむ。伊豆本だな』


『伊豆本君ですか。あんな酷いことをするような人には思えませんが』


『フェイクニャ、奴はゴミニャ』


『なぜ、そんなことを――』


『秘密ニャ』


 ミストニアに召喚された元クラスメイトを見つけ、念話でその名前を伝えると、鈴木の訝しむ声に続き、ロココの冷たい声が届いた。

 そういえば、伊豆本は風見鶏だった。その表現は、奴そのものであり、自分の都合の良い方にパタパタと向きを変える習性を持っている。


『まだ殺さないでニャ、最後を見届けたいニャ』


 女とは怖いものだな。なんていうと、世間一般の女性に失礼になるか。では、恨みを持った人間って、怖いものだな。


 鈴木やロココと情報のやり取りをしていると、立っている二人のローブ者が剣で斬り掛かってくる。


 それにしても、なんとも遅い剣速だ。まるでカタツムリでも相手にしているようだ。ん~、少しレベルを上げ過ぎたかな。こりゃ、戦闘にならんぞ。


 右手に持った刀でリーダーらしきローブ者の右腕を切り落とす。ここ最近は登場することも少なく、手入れもお座なりとなっているのだが、刀はその威力を発揮してくれた。


「うぐっ!」


 次に、その左側から襲い掛かってくるローブ者についても、前者と同様に剣を持った右腕を斬り飛ばす。


「ぎゃーーーー!」


 二番目に腕を飛ばされたローブ者は、その場にうずくまったが、リーダーらしき男は違った。

 左手に短剣を持ち、勢いよく突き掛かってきた。だが、何をやっても同じことだ。

 いまの俺にとっては、奴等の行動がスローモーションと同じなのだ。

 次の瞬間、左腕が宙に舞い、鮮血が飛び散る。


「ぐぎゃ! うぐぐぐぐっ」


 さすがに両手がなくなると、攻撃オプションがないのか、その場に蹲る。


「ミドルヒール!」


 膝を突いて呻く男達に回復魔法を掛ける。別に助けてやるつもりはない。ただ、情報が欲しいだけだ。


 腰を抜かしていた三人のローブだが、二人のローブがやられると、その内の二人が立ち上がって杖を抜いた。どうやら魔法師らしい。

 ブルブルと震えながら詠唱を始める魔法師を見遣りながら少し思案するが、詠唱が完了する前に瞬間移動で背後に回り込み、瞬時に刀で首を切り落とす。

 落とすという表現は、正確ではなかったようだ。あまりの剣速で斬り裂いたが故に、二人の魔法師の頭は、切り離されていないかのように、首の上に乗っていた。

 それを目にした伊豆本は、腰を抜かしただけではなく、見事に失禁状態となっている。

 そんな光景を眺めながら、ゆっくりと問いかける。


「お前の固有能力はなんだ?」


 問われた伊豆本はといえば、首を左右にフルフルと振るだけだった。


「その動きはウザいな。切り落とせばスッキリしそうだ」


 脅しを掛けると、「オレじゃない」と壊れたレコードのように繰り返している。


「ただいまニャ」


「戻りました」


 そんなところに、ロココと鈴木が戻ってきた。

 マップを確認すると、白いマークが動いていない。どうやら、ただの屍に戻ったようだ。

 そのことに安堵の息を漏らしていると、鈴木が現在の状況を知りたがる。


「どうですか?」


「ん~、口を割りそうにない。というか、ビビって真面に口もきけないみたいだ」


「そうですか。所詮、そんなものですよね」


「それよりも、なんか臭いニャ」


 ありのままの事実を伝えると、鈴木が肩を竦めていた。

 ただ、ロココは、それよりも失禁の臭いが気になったようだ。

 血臭の方が強烈な気がするのだが……


「切り落とすニャ」


 どこをじゃ! ばっちいからやめとけよ。


 何を思ったのか、ロココが凶悪な行動に出ようとする。


「ま、ま、まて、まってくれ」


 伊豆本が涙を流しながら首を振っている。しかし、ここで拙い事態になった。

 死人化から逃げおおせた者達がいたのだろう。こちらに二十人くらいの人間が集まってくるのをマップが知らせてきた。

 おそらく、警備の兵でも連れてきたのだろう。

 このままだと、こっちが在らぬ罪で捕まりそうだ。


「一旦、場所を変えるぞ、そこに転がっている二人の男を引きって来てくれ」


「分かったニャ」


「了解です」


 こうして見事に死人化を防ぎ、召喚者とローブ姿二人を連れて、ワープでダートルに戻ることになった。









 ダートルの街中に戻ってきた訳だが、現在は、キャンプ地ではなく、死人が徘徊する街中だ。

 当然ながら、三匹のゴミを連れている。

 ワープでベースキャンプに戻ると、その足で街中までゴミ共を連れて来たのだ。

 街中を選んだ理由は、いくつかの考えがあってのことだ。


 本来なら、仲間たちは寝ている時間なので、デトアに行った三人で尋問を行うつもりだったのだが、感良く起きてきたエルザとマルセルが付いてきた。


「こいつらが、犯人なの」


「この人達が……」


 付いてきた二人だが、エルザは酷く冷めた表情で、マルセルは鬼神かと思わせる形相で、男達を睨みつけている。


「ああ、間違いないだろうな」


「オ、オレ、オレじゃない」


 即座に伊豆本が反応した。だが、語るに落ちたとは、まさにこのことだろう。


「何の犯人かも言ってないのに、オレじゃないはないだろう?」


 ごく当たり前のツッコミを入れると、奴は黙り込んだ。


『マルセル。ハイヒールを掛けてやってくれ』


『いいんですか?』


『死ぬと分かったら、何も話さないだろうからな』


 念話で頼むと、彼女は怪我を負っているローブ男二匹にハイヒールを掛けた。


「うっ」


「うは~」


 彼女の魔法がよほどに凄かったのか、二匹のローブ男が声を漏らした。

 安堵の表情を見せる二匹に、まずはお前等からだと、前置きしてから尋問を始める。

 両腕を失ったリーダーらしき男は、既に諦めているのか口を開こうとしなかったが、片腕となった男の方は、スラスラと歌い出した。

 被害が片腕だけなら、生に対する希望も大きいのだろう。


「じゃ、死人化は、そいつの固有能力なんだな?」


「は、はい」


「うぐっ、くそ、裏切り者が……」


 片腕の男が暴露すると、伊豆本――ゴミが罵声を飛ばした。そろそろ化けの皮ががれる時間のようだ。


「お前の固有能力は、どんな力だ?」


「うっせ~ボケッ、なんで教える必要が――ぐあっーーーーー!」


 伊豆本が悪態をこうとしたが、ロココが最後まで言わせなかった。

 奴の足には、黒い方の呪いのダガーが刺さっている。

 このダガーの能力は半端ない。刺しただけのはずなのに、切り口がどんどん広がっている。


「い、いて~、いてえよ~、な、なんだよ、なんなんだ、糞猫がーーーー!」


「うるさいニャ。お前は、もっと痛みを知って死ぬニャ」


 普段はダガーを持つと呪い耐性で無口になるロココだが、すげ~喋っている。彼女の怒りがそれほど大きいということなのだろう。


「な、なんで、オレが、オレがこんな目に遭うんだよ。最強だって言ったじゃんかよ」


 踊らされていたとも知らず、伊豆本がわめき散らした。

 そして、奴の台詞は、俺の癇に障る。


「なあ、強かったら、何をしてもいいのか?」


「あっ? どうせこの世界の人間なんて糞だろ、日本に遠く及ばね~原始的な世界じゃね~か。力を持った奴が、俺TUEEEして何が悪いんだ?」


 これがまた、バカの代表だった。


「どんな世界だって、どんな身分だって、どんな人種だって、生きている人間は同じです」


 バカの台詞にキレたのは、マルセルだった。怒りの形相で己が思いをぶちまけた。

 それに続いて、エルザが一歩前に出る。どうやら、怒り心頭のようだ。


「それじゃ~、貴方達は弱いから、何をされても良いのかしら。こんな風に」


 エルザは言うが早いか、近くにあった建物を風の魔法で切り刻んだ。

 その魔法は素晴らしいとしか表現しようがない。なにしろ、直径三十センチ角に刻まれているのだ。


「ひっ……」


「はうっ……」


「うぐっ……」


 バラバラになった建物を目にして、男達が呻き声を漏らす。だが、奴等に同情する気にはなれない。


「そうだよな。そういうことだよな。俺の方が強いんだから。お前を甚振ろうが、苦痛を与えながら殺そうが、かまわんよな?」


 俺も既に怒りが頂点に達している。


「もういいや、こいつの固有能力なんて聞いても仕方ない。始末しよう」


 そう言って刀を抜くと、伊豆本が騒ぎ始めた。


「うそ、嘘なんだ。そんなこと、ちっとも思ってないんだ。冗談だよ。ちょっとした冗談だ。はは、あははは」


 笑えないんだよ。そんなもんが、冗談になるか、ボケっ!


 再び失禁したゴミが、今更ながら言い訳をする。だが、容赦する気はない。右手の刀を振りかぶった。

 ところが、そこでストップの声が上がる。


「まつニャ」


 突如として、ロココが前に出てきた。


「いや、待てん」


「違うニャ、こいつの始末は、わたしに任せてほしいニャ」


 ロココが必死に訴えてくる。

 そんなに、前世で嫌な目に遭ったのだろうか?

 でも、そんなことは聞けないし、聞きたくない。


「わかった。このゴミはロココに任せる。その代わり、絶対に生かしておくなよ」


「それは間違いないニャ。絶対に後悔させてやるニャ」


 こうして召喚者である伊豆本、もとい、ゴミは、気が狂うほどの目に遭って死ぬことになったらしい。

 というのも、鈴木の話では、直視できないほどに凄惨だったようだ。でも、これで耐性がついたと自慢げだった。


 ロココが伊豆本を連れて行ったあと、知りたいことを聞き出すと、両腕を失った男を連れて、死人がわんさか居座る盛り場にやってきた。

 建物の下では、今この時も、死人が獲物を求めて徘徊している。


「や、やめて、やめてくれ」


「おいおい、そりゃ都合が良過ぎるだろ? お前達のやったことだぞ?」


 死人を前にして、リーダーらしきゴミは命乞いを始めた。


「お、オレは、国の命令で……」


「国の命令なら、お前に責任はないのか? お前の倫理や道徳はどこにある?」


「し、し、仕方ないんだ」


「何が仕方ないんだ?」


「命令を聞かないと、騎士団を解雇されるんだ」


「そんな騎士団なんて辞めればいい。いくさならまだわかる。しかし、お前達はなんの罪もない人々を蹂躙じゅうりんしたんだ。おまけに、その死者達を弄んだんだ」


 ゴミの言い訳を怒声で粉砕する。


「しかし、そ、そうしないと、オレ達は生きて行けないんだ」


「意味がわからん。逆だな、そうすることで、お前達は生きて行けなくなるんだ。心配するな、お前の国は潰す。間違いなく潰してやる。俺の命にけてな」


 怒りのままに罵声を浴びかけ、「アディオス」の声と共に、ゴミを死人の中に突き飛ばす。当然ながら、ゴミは死人達の中に落ちていく。


「く、くる、くるな、ぐあ、がっ、ぎゃ~~~~」


 死人達は、恰も自分達にしたことの報いを受けろと言わんばかりに、両腕のない男に襲い掛かり、本能のままに男の身体を貪り食う。そして、男は体中を死人達に食いつかれ、絶叫を上げながら、己もまた亡者の仲間入りとなっていく。

 二人目のゴミは、こうして消えた。

 そう、これが街中を選んだ最大の理由だ。

 一緒に付いてきたマルセルは、その光景を神妙な顔で眺めていたが、ひとつ頷くと、エリア浄化の魔法を放った。


「来世では真っ当に生きてください。そして、犠牲者の皆さん、安らかに昇天してください」


 最後の歌う男は、色々と情報をくれたので、痛みを感じる暇も与えないほどの剣速で、この世におさらばさせてやった。

 これが俺に出来るせめてもの手向けだ。自分のやったことは、自分が責任を取るべきなのだ。

 こうして首都デトアは、ミストニア王国の魔の手から逃れた。そう、逃れたはずなのだが、俺が見落としたことが災いして、大きな波乱を呼ぶことになる。

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