第24話 打開策


 ミストニア王国撲滅を誓い合ったのは、つい昨日のことだ。

 一晩ゆっくり休み、もっか木甲車で移動中なのだが、実のところ、緊張感のない話で盛り上がっている。


『やっぱりニャ、私達のグループ名が欲しいニャン』


『良いわよ。エルザと十一人の凶器とかどう?』


『なぜ、エルザ様だけ名前が出るのですか? というか、なぜ私達が凶器なんですか?』


『天中殺でいいんじゃね?』


『悪者組で良いのではないですか?』


『アンタッチャブルズとかどうですか?』


 ロココのチーム名が欲しいという台詞から、どうでもいい話が始まると、エルザの独りよがりをマルセルが否定する。すると、アンジェがどこぞの占い師みたいなことを言い出し、ルミアが悪者好きを披露したところで、鈴木がどこかで聞いたことがあるような名前をパクってきた。


『別に名前なんて要らなくないか?』


 素直に自分の感想を述べると、周りから猛反対を受けることになったのだが、こんなことに時間を費やす方が無駄なような気がする。


『それはそうと、これからどうするのですか?』


『私もそれを聞きたかったのよ。今から攻め込む訳じゃないわよね? それならそれでも構わないけど……』


『おっしゃ! 気合いが入ってきた!』


 マルセルが今後について尋ねてくると、エルザも便乗して恐ろしいことを口にした。

 脳筋アンジェはといえば、待ってましたとばかりに威勢よく声を張りあげた。

 どうやら、マルブラン家は、あの両親のみならず、子供達も異常な発想を持っているようだ。


 マジか、この女。どこまで本気なんだ? お前の脳は、筋肉どころかアンコでも詰まってんじゃね~のか?


 相変わらずのアンジェに呆れてしまうのだが、そのことよりも、これからの行動について考えるべきだろう。

 昨日は、怒りに任せて俺の想いを宣言したところで盛り上がり、これからの細かな方向性を全く決めていなかった。

 そんな訳で、取り敢えず、皆には思うところをそのまま伝えることにする。


『みんな聞いてくれ。これからについての方針だ』


 伝心でみんなに共有したのは、ごく当たり前の考え方だ。と、俺自身は思っている。


 ミストニアと面と向かってやり合うのは、さすがにリスクが大きい。

 こっそり始末するにしても、今の装備や能力だと心許ない。

 とはいっても、ミストニアの計略で酷い目に遭っている者を見過ごすのも忍びない。

 それらの理由から、まずはデトニス共和国の死人を殲滅し、ネクロマンサーを葬る。序に荒木が居たら逝ってもらう。

 次にデトニス共和国で色々な素材を入手して、武器や防具などの装備品から飛行機などの乗り物を作りたい。

 そして、全員の基本レベルを人外にして、無双部隊にする。

 準備が整ったところで、ミストニアに消えてもらう。


『概ね賛成です。是非とも飛行機を作りましょう』


『だが、全○空みたいなアニメキャラ入りは止めてくれよ』


『うぐっ』


 飛行機と聞いた鈴木が一番に賛成してきたが、即座に痛いのは却下した。だが、これこそが大切なのだ。ここで釘を刺しておかないと、何を作るか心配でおちおち夜も眠れない。


『基本レベルをどれくらいまで上げるんですか?』


『最低レベル100くらいかな』


『ひゃく~~~~!?』


 恐る恐るマルセルが尋ねてくるので、想定を正直に話してやると、思いっきりドン引きしていた。


『それって、実現したら世界最強軍団じゃないですか』


『おうおう、いいじゃね~か』


『仰せのままに』


 ドン引きで声をなくしたマルセルの代わりに、ルミアが慄きを露わにするのだが、本望だと言わんばかりのアンジェと完全に心酔したかのようなクリスの二人は、思いっきり賛成のようだ。


 おいおい、アンジェ、お前が一番の低レベルだからな。現時点で、お前を除いた面子の最低レベルが46なんだからな。レベル15のアンジェなんて小指でポイッされちまうぞ。


 それにしても、クリスには臣下を却下して、飽く迄も仲間だからな。と言っておいたのが、彼女は急に俺のことを主のように扱い始めた。全く困ったものだ。









 あれから二つの村を通過したが、どちらも酷い状態だった。

 行く先々で見る者は、身を腐らせ、呻き声を上げ、本能のままに動く屍ばかりだ。

 罪もない村人を殺し、その死をもてあそぶ行為を平然とやって退ける者がいるとすれば、そいつは、許されるべき人間ではないと思う。

 今回のデトニス共和国での事件では、マルセルが尋常ではないほどに心を痛めていて、死人を残らず浄化している。そして、あの大人しいマルセルが、この事件の犯人を血祭りにすると言い巻いていた。

 結局、デトニス共和国領に入ってから、ここまでの道程で生存していたのは、一番初めに辿り着いた村で保護した三人だけだった。


 二つ目の村で見た荒木の固有能力だが、俺のマップにも表示されず、気配も臭いもないとすると、全く以て対処の手立てがない。

 そこで、昨夜、スーパーチート娘である鈴木に相談することにしたのだが、奴に相談すると、必ずトラブルが発生する仕様は、何とかならないものだろうか。


「姿を暗ませる固有能力に対抗する魔道具ですか?」


「ああ、今のままじゃ、全滅さえ有り得るからな」


 鈴木の問いに、最悪のパターンで答える。


「確かにそうですね。最悪は柏木君が自爆して共倒れしかないですね」


 おいおいおい、このアマ、何を言ってんだ! 神器を着てたって痛いんだぞ? ん? 痛いですむなら問題ないって? 普通なら痛いどころか遺体だと? 確かにそうだな……


「まあ、絶対絶命のピンチなら、そんな手でも使うが、のっけからから無謀な作戦は却下だ!」


 ファイアーボムの自爆攻撃でも倒せなかったのだ。確実に倒すなら『空牙』を使うしかない。しかし、さすがに空牙だと、俺でも無事でいられるとは思えない。


「分かりました。やってみます」


 こいつ、簡単に引き受けやがった。これはとんでもない物を作る時の予兆だ。いや、ろくでもないものを作る前触れだな……


 暫くして第一弾の魔道具ができあがった。だが、これがまたイケてるのか、イケてないのか、判断が難しいアイテムだった。


「うんはーーーーーっ! できました。まずは、試運転をお願いします」


 鈴木が作り出したのは『撒菱まきびし』だった。


 これをどう試運転しろと……俺に踏めとでもいうのだろうか。ぶっとばすぞ、こんにゃろ!


「これって、特別な効果があるのか?」


「はい。これを踏むと臭くない者は臭く。臭い者はより一層臭くなります」


 どこかで聞いたことがあるようなキャッチフレーズだ。だが、直ぐに欠点を見つけた。


「それって、意味なくないか?」


「どうしてですか?」


 俺の気付いた欠点を教えてやる。


「だって、ロココが臭いがしないニャって、言ってたじゃないか」


「た、確かに……でも、後からつけた臭いなら」


「いや、俺の攻撃を受けて少なからず怪我をしたはずだが、それでも血の臭いすら感じさせなかったんだ。能力を発動させたら、どんな臭いでも一瞬で消えるんじゃないのか?」


「かはっ!」


 絶句した鈴木が、肩を落として息を吐き出した。

 ということで、第一弾がボツとなった。

 だが、そんなことでくじける女ではない。そこだけは認めてやる。

 そして、第二弾が出来上がった。


「できました。試運転をお願いします」


 これは一見してスキーゴーグルのような代物だった。ただ、右側にダイヤル式の摘みがついている。

 実は、これがまた明後日の方向に凄い物だった。

 間違いなく全国の男共が涎を垂らすアイテムであることは疑いない。

 というか、既にヤ○オフ辺りで、胡散臭い商品は存在するが……


 試運転は、全て俺なのね……ちっ、分かった。そんな目で見るな!


 今にも泣き出しそうな眼差しを向けられて、渋々ながら装着している変装用の布帯を外して、出来立てほやほやのゴーグルを装着する。


「右横の摘みで暗視度を調整できます」


 ゴーグルを装着すると、鈴木が解説してくれるのだが、そもそも対象が居ないんだから試験にならんよな?


 まあいい。溜息を吐きつつも、言われた通り右の摘みをカチッと回す。

 すると、鈴木が服を脱いだ。いや、脱いだ訳ではないだろう。

 いくら鈴木が変態でも、一瞬にして服を脱ぐことはできないはずだ。

 ああ、服が見えなくなったというか、奴は下着姿になった。

 摘まみをもう一段階回す。すると、鈴木が素っ裸になった。

 地肌が直接見える。これを本人がやっていたら、お笑い芸人になれるはずだ。


 それにしても……胸は予想通りだが……


 鈴木は予想通り、細やかな胸をしていた。ただ、下半身は……ねーーー! という訳で、エルザと同様に不毛地帯のツルツルだった。枯草ひとつ生えていない。それ故に、見てはいけないモノが丸見えだった。


 お前、本当に高校生か? いやいや、そうじゃない。それはどうでもいい。どうでも良くないが、どうでもいい。つ~か、いつまでも眺めていて良いものだろうか……

 そう、鈴木が作ったのは、スケスケゴーグル君だった。お前、天才だぜ!

 ただ、これ以上、右側の摘みを回すとヤバいものまで見えそうなので、俺は即座にゴーグル外した。

 間違っても、筋肉組織や内臓なんて見たくない。


「どうですか?」


 鈴木は自分の作ったゴーグルの能力を理解できていないのだろう。真剣な表情で尋ねてくる。

 なんて答えたらよいだろうか。正直に言うと殺されそうな気がする。まさか、お前ってパイ○ンだったんだな。なんて言えるはずもない。


「ん~、これは止めておこう。というか、対象がいないのに試運転にならないだろ?」


 その台詞を聞いた途端、鈴木が訝しげな視線を向けてきた。そして、俺が外したゴーグルをぶん捕り、自分に装着する。


「や、やめろ~~~! こらっ! 見るな! こらーーーーーっ!」


 静止も聞かず、奴はダイヤルの摘みを回す。それを見た途端、即座に両手で股間を隠す。


「ぎゃーーーーーーーーーーーー!」


 木甲車のリビングに、奴の悲鳴が轟く。


 そら、驚くわな。てか、お前が作ったんだぞ。俺が悪いんじゃないんだからな!


 鈴木の悲鳴を聞き付けた面々が、慌ててリビングに集まってくる。

 因みに、ラティとロココは、初めからソファーで寝そべっている。お前等って、ほんとに仲がいいよな。


「どうしたんちゃ?」


「ニャ、ニャンニャ?」


 鈴木の悲鳴で、ラティとロココが飛び起きる。


「何があったのかしら。まさか、ユウスケがアヤカを襲ったとかじゃないわよね?」


「な、何ごとですか? 襲うなら、私を――」


「襲ってね~し」


 エルザがやってくるなり毒を吐く。とても失礼な奴だ。ミレアは放置の方向で。

 他の面子も伝心で問い合わせてきたが、何でもないと答えると、リビングに顔を出すことはなかった。


「見たんですか? 見たんですよね。見ましたよね」


 既にゴーグルを外した鈴木が、怒りの形相で詰め寄ってきた。


「うっ……」


 言葉が詰まる。そもそも、答えようがない。

 お前の毛は見ていないと言えば、それはそれで正しいのだが、その発言は間違いなく死と直結しているだろう。


「分かりました。責任を取ってください」


 ぐはっ、これだから未通は……お前の理屈だと、アダルト女優は何人の男に責任を取らせるんだ? 一人から百円を取り立てるだけでも億万長者になりそうだな。


「どういうこと?」


 エルザがしつこく聞いてくるので、仕方なく魔道具作成の経緯からここまでの流れ話をしてやると、性犯罪者でも見るかのような蔑みの視線を向けてきた。


「そんなこと言ったって、俺だって見たくて見たわけじゃ――」


「ああ~~~~ん!?」


 ヤバい、これは失言だったかもしれない。鈴木が般若になってる。


「どうせないですよ。上も下もないですよ。それが何か?」


「いや、それはそれで、需要があると思う――」


「どうやら死にたいみたいですね。ああそうですか――」


 慰めるつもりで口にした言葉は、全く以て効果を発揮しなかった。

 それどころか、完全にキレちまったのか、やつはアイテム袋から機関銃を取り出した。


「悪かった。俺が悪かった。すまん」


「責任は?」


 こんなところで機関銃をぶっ放されては堪らない。

 取り敢えず平謝りでこの場を乗り切ることにしたのだが、責任と言われても返事に困るのだ。


「ああそうですか、こんなナシナシ女は要らないと――」


「ま、まて、それについても、きちんと考えるから許してくれ」


「ふんっ! まあいいでしょう」


 責任についても検討すると告げると、奴は気を取り直したようだ。

 少しばかり表情を赤らめつつ、機関銃を仕舞った。


 ほっ、なんとか収まったか……つ~か、これって完全にトラップだろ。俺は全く悪くないと思うんだが……いや、もしかして、奴の策略か?


 その後、エルザ達も混じり、あれこれと思案した結果、対象がいないことから効果のほどは不明だが、一応は魔道具が出来上がった。

 俺の場合は、現在の『透視の目隠し』に同じ能力を付与してもらい、他の面子は全員が黒いマスカレードを装着することになった。

 これは、これからのミストニア王国撲滅作戦にあたり、自分達の正体を隠した方が良いだろうという考えも含めた結果だ。

 こうして、荒木対策を講じながら、目的地である炭鉱町ダートルに木甲車を進めた。

 まあ、そのダートルでも一波乱が起きるのは覚悟の上だったのだが、実際にそれを目にした時、あまりの凄惨さに絶句することになった。









 デトニス共和国の最大の炭鉱町であるダートルは、人口四万人にのぼる。

 街の規模は、鉱山の入り口がある山間から平原にまで広がり、鉱物を採掘するだけではなく、街での中で選鉱せんこうや製錬まで行われている。

 その結果、多くの鍛冶屋が集まり、武器屋や防具まで生産しているという。

 おそらく、平時であれば、多くの人が働き、行き交う賑やかな街だったはずだ。


「なんてこった」


「こ、こんなことが……」


「なぜ、こんなことに?」


「最悪だニャ」


 ダートルの状況を自分の目で確認し、思わず心情を漏らす。隣では、マルセルが驚愕に打ち震えていた。その横に立つエルザはあり得ないという表情で立ち尽くし、ロココは静かに結論だけを口にした。


 俺達が目にしたのは、四万人はいると言われるダートルの街が、死人の街と化している光景だった。

 これまでの状況を加味して、ダートルに関しても、少なからず死人化の手は伸びているという予測をしていた。ただ、街がマップの有効範囲に入ると、その考えが浅慮であったことを思い知らされた。

 なぜなら、マップには白いマークばかりが表示されるからだ。

 最大広域での表示にしていたことから、その表示は街が真っ白に埋め尽くされるほどだった。

 それでも、何かの間違いであることを願いつつ現地まできたのだが、残念ながら、その思いは固有能力に誤りがないという証となってしまった。

 ただ、マップを広域から詳細にすると、こんな状況でも生き延びている者はいた。それだけが、俺達の心を救うことになった。


「これからどうするの?」


 エルザが不安げな視線を向けてくる。


「そんなもん、死人を全て始末するに決まってんだろ!」


 返事をする前に、アンジェが珍しく怒りの形相で鉄パイプを振りおろした。

 脳筋アンジェですら、この状況は許しがたいと感じているのだろう。

 だが、この規模の死人を一掃するのは、言うほど簡単なことではない。


「この数だと、今日中に終わらせるのは無理ですね」


 別に読み取った訳ではないと思うが、エミリアが俺の心境を代弁する。


「でも、やるしかないです」


 決意を見せるマルセル。間違いなく、彼女は一人でもやるだろう。


 そうだな。このままじゃ、あまりにも可哀想だ。


「いつもの班で行くぞ。生存者もいるから、あまり派手にやるなよ。それと一日じゃ終わらないからな、あまり無理して突出するなよ」


「分かったっちゃ」


「了解ニャ」


 指示を送ると、ラティとロココが頷く。

 すると、クリスが前に出てきた。


「途中で保護した人はどうしますか?」


「木甲車の近くに集まってもらうしかないな」


「そうですね。それが得策だと思います」


 クリスの問いに答えると、マルセルが納得の表情で賛同した。

 被害者の保護について決定したところで、今度はそれをアレットに伝える。

 彼女は待機班であり、木甲車に留まるのだ。


「アレットは、木甲車の外で保護した人に食事をさせてやってくれ。きっと何も食ってないだろうからな」


「了解ピョン。でも、私一人で大丈夫ピョン?」


「ああ、もしヤバいようなら、俺が駆け付けるから安心してろ」


「それなら良かったピョン」


「装甲車……」


 心配そうなアレットを安心させると、鈴木が物言いたげな顔をしているが、それを黙殺する。


「いつも通り指示を飛ばすから、無視して離れすぎるなよ」


 全員が荒木対策――俺は目隠し、他はマスカレードを装着し、死人殲滅作戦を開始する。


 さあ、死人狩りの開始だ。


『エルザ、そのまま真っ直ぐ進め。ラティは右側の障壁に沿って殲滅していけ』


『了解したわ』


『分かったっちゃ』


 まずやるべきことは、手前から死人を殲滅して行き、生存者を木甲車まで逃がすことだ。

 都合の良いことに、なぜか死人は街の中心に向かって集まっている。だから、端から片付けることにした。


「やっ、やっ!」


 随分と槍の腕も上がったクリスが、一撃必殺で死人の頭を貫いていく。

 その戦いぶりは、出会った頃とは雲泥の差であり、今なら安心して見ていられる。

 だが、問題はもう一人の方だ。


「おりゃ! 幸せの野に逝け!」


 右手に鉄パイプ、左手にロングバールを振り回す豪傑。その容姿は類を見ないほどの美女ながら、脳筋女と謳われるアンジェリークさんだ。

 バッタバッタと死人を行動不能に追いやっているが、相手が人間であり、そこそこのレベルだと全く通用しないだろう。


 今回に関しては、生存者もいるので、攻撃魔法を使わないことにしている。

 その代わり、ミドルヒールを多用して死人を始末していたりする。

 ミドルヒールによる攻撃は、ミレアだと死人を倒すのに三発は必要だが、俺の魔力だと、なぜか一発で倒せる。多分、俺の方が彼女よりも魔法に対する能力が高いのだろう。


「クリス、右の民家に生存者が二人いるぞ」


「はっ、承知しました」


 ん~、このかしこまった物言いは何とかならないもんかな。これなら以前の方が接し易かったんだけど……


 そんな俺の心中など知る由もないクリスは、キビキビとした動きで民家の戸を叩く。


「大丈夫です。周囲の死人は葬りました。門の外に出れば、私達の仲間が待っています」


 クリスが助けに来たことを懸命に伝えると、窓が少しだけ開き、隙間からこちらを覗く目が現れた。どう見ても大人の瞳には見えない。

 暫くして、救助が本物だと理解したのか、民家の戸が勢いよく開くと、二人の男の子が姿を現した。年頃は二人とも十歳にならないくらいだろう。


「た、助かるの?」


「お、お母さんとお父さんは?」


 二人の男の子はクリスの足にすがり付き、思い思いに尋ねてきた。だが、彼女が子供たちの問いに答えられるはずもない。ただただ無言で、そのきれいな双眸を伏せる。


「クリス、二人を木甲車に連れて行け」


「しかし……私も戦います」


 来る道で死人を片付けているとはいえ、こんな状況で小さな子供二人だけの行動は危険すぎる。そこで、クリスに同伴するように頼んだのだが、本人は死人を殲滅したいらしい。


「クリス。お前は言ってたよな。弱き者の盾になりたいと」


「は、はい」


「なら、この子達を木甲車まで連れていけ」


「はい……」


「どうせ、この先の生存者を保護したら、俺達も一旦もどる」


「承知しました」


 彼女は少し歯切れの悪い返事をしたが、俺も直ぐに戻ると言うと、すんなり了解した。


『鈴木、テントを大量に作ってくれないか?』


『生存者用ですか?』


『そうだ』


 クリスが納得してくれたところで、思ったより生存者が居たようなので、鈴木にテントの作成を頼む。


『ただ、中は4LDKじゃなく、だだっ広い一部屋でいいからな』


 一応、釘を刺しておく。そうしないと何を作るか分かったものではない。確かに、4LDKとか、水洗トイレとか、風呂なんて、とても便利な代物だが、そんな異次元空間利用アイテムをこの世界に普及させるわけにはいかない。


『あと、風呂専用テントとかあるといいな』


『注文が多いです』


 俺の注文にケチを付けているが、奴の声はノリノリだった。

 こうして、この先にいた生存者を助け、俺達は木甲車があるベースキャプまで戻った。








***** ラティ視点 *****


 それにしてもぶち臭いっちゃ。


 多分、今頃、ロココがグチグチ言ってるはずなんちゃ。あの子は鼻がいいから尚更なんよね。


『ラティ、そのまま進んだ所に十体くらい居るから。それと、そこに生存者が二人いるからな。それを助けたら一旦戻って来い』


『分かったっちゃ』


 主様からの念話が届いたっちゃ。


 うちはラティーシャ、みんなからはラティって呼ばれてるんちゃ。今は十六歳だけど、まだまだ子供なんちゃ。その理由はねぇ、魔人族は人間族の倍以上の寿命があるけ~、精神と身体の成長が人間族より遅いんちゃ。


「この先に十体おるけ~ね」


「了解です」


「分かりました」


「はい」


 主様の言葉を伝えると、マルセル、アヤカ、エミリアが頷いてるんちゃ。

 本当は、うちも主様と一緒に戦いたかったんやけど、相手が多いけ~ね。しょうがないんちゃ。

 主様が誰かって? そんなん決まっちょるやん。ユウスケ様なんちゃ。主様に初めて会った時に、びびっときたんちゃ。もう運命の出会いやけ~ね。


「ウオーターランス」


 腐った死人にエミリアが魔法を撃ちこんだ。

 腐肉が飛び散って骨だけになったちゃ。うげっ、ぶち気持ち悪いっちゃ。

 早く浄化して欲しいんちゃ、この気持ち悪さは耐えられんけ~ね。


「マルセル、お願いっちゃ」


「はい。エリア浄化!」


 この子は凄いっちゃ、もしかしたら聖女かもしれんね。

 うちはマナが少なくて、魔法が上手く使えんけ~、村のみんなに虐められたんちゃ。じゃけ~ね、魔法が嫌いなんちゃ。でも、そんな時に主様に出会えて、ぶち幸せなんちゃ。

 主様は、うちが主様って言うと嫌がるけど、いつも肩車してくれたり、お風呂で洗ってくれたり、一緒に寝てくれたりするんちゃ。ぶち優しいんちゃ。じゃけ~うちは主様が大好きなんちゃ。


「いつ見てもラティさんの弓の技術は凄いですね」


「ん~、いっぱい練習したけ~ね。それにアヤカが銀矢を作ってくれたけ~ね。アヤカ、ありがとうなんちゃ」


 エミリアがうちのことを褒めてくるけど、銀矢の効果がなかったら、ぜんぜんだめじゃけ~ね。


「いえいえ。ラティさんの腕があってこそです。でも、柏木君が破産するとか喚いてましたね。さすがに銀を多用するのは控えた方がいいかも……」


 アヤカは謙遜けんそんするけど、最近のうちらは、アヤカに頼りっきりなんちゃ。


「ここですかね」


 マルセルが民家の戸を叩く。


「もう大丈夫ですよ」


 マルセルの声に反応して出てきたんは、二人の子供なんちゃ。お姉ちゃんぽい女の子と弟みたいな男の子じゃね。


「怖いの、もういない?」


「あ、ありがとうございます」


 凄く怖がってるのが男の子で、お礼を言ったのが女の子やけど、二人ともビクビクしてるんちゃ。まあ、しょうがないんちゃ。死人だらけやけ~ね。


「この辺には、もうおらんちゃ」


「でも、まだ街の中には沢山いますから、一緒にベースキャンプに行きましょう」


 マルセルがフォローしてくれたんちゃ。本当に気の利くいい子なんちゃ。


「どこに行くんですか?」


 女の子が不安そうやね。


「大丈夫なんちゃ」


「門の外よ。助かった人を集めているの」


 マルセルがまたまたフォローしてくれたんやけど、女の子はうちを同じくらいの齢だと思ったみたいっちゃ。うちの方に近寄ってくるんじゃけど……

 よく考えたら、うちらはマスカレードしちょるけ~ぶち怪しいんちゃ。

 まあえ~か。はやく主様のところに帰ろうかね。









***** エルザ視点 *****


 どうやら、ユウスケ班とラティ班は、生存者を連れて戻ったみたいね。


「悪いな、みんな逝ってくれ! ほらよ!」


 ルミアが、またショットガンとかいう魔銃を乱射しているわ。この子のトリガーハッピーは、何とかならないものかしら。気を付けないと私達が撃たれそうで、怖すぎるわ。

 その威力は絶大なのだけど、その矛先がこっちに向いたらと思うと冷や冷やするのよね。


「エアープレス」


「エルザの魔法はすげ~な」


 魔法を放つと、ルミアが褒めてくれたのだけど、もう少し女の子らしくしなさい。それに、もう一人のロココはと言えば、ダガーを持った途端に無言で無表情だし……

 ユウスケったら、よくもこれだけ変わった子達を集めたものだわ。いえ、彼が変わっているから、こういう娘が集まるのね……ああ、私は例外よ。例外。そう、至って普通の魔法美少女なのだから。

 はぁ~、今度は十体以上の死人が近寄ってきたわ。ミレアに障壁を出してもらいましょうか。


「ちょっと多いわね。ミレア、お願い」


「はい」


 さすがだわ。彼女のホーリーウォールがあれば、安心して魔法を撃てるわ。


「エアーカッター! エアーカッター! エアーカッター!」


「うはっ、なんでそんなに連発できるんだ?」


 私の魔法に驚いたのね。ルミアが唖然としているわ。


「努力の賜物たまものよ」


 そう、私はこれまでのスキル取得で威力よりスピードを取ったのだから、これくらいは当然だし、スピードだけならユウスケにだって負けないわよ。


「さすがです。エルザ様」


 ミレアが潰れた死人をハイヒールで殲滅しながら、私を褒めてくる。

 確かに、死人は不死に近いけど、銀、火、聖でなくても、バラバラにしてしまえば無力化できる。だから、風属性オンリーの私でも、問題なく相手ができるわ。


「ふっ~、この辺りは、粗方、片付いたかしら」


 ホッと一息ついたところに、ロココから「来る」の声が聞こえてきた。

 途端に、民家の中から死人が飛び出してきた。

 一家揃って死人とか最悪だわ。見れば子供の死人までいるし、もう最悪ね。

 これもミストニアが……絶対に許せないわ。


「ホーリーウォール!」


 ミレアが咄嗟とっさに性癖、いえ、聖壁を展開した。

 彼女の性癖には困ったものだけど、聖壁はたいしたものだわ。


「こっちニャ」


 すぐさまロココが敵を引き付けにかかる。

 彼女の動きは敏捷で、それこそ猫みたいに予測不能な動きを見せる。そして、その左手に握られたダガーで切り裂かれた死人から炎が噴き出す。


「本当に凄いわね」


「油断は禁物ニャ」


 ロココの察知能力と運動能力に感嘆していると、彼女がたしなめてきた。


「分かっているわ」


「ロココどけ~! ぶっ放すぞ」


「ヤバイニャ。奴は危険だニャ」


 ロココも、ルミアの危険性は重々承知しているみたいね。猫だけど、脱兎の如く逃げ出す。そこに火属性を付与したショットガンの散弾が炸裂して爆炎をあげる。


 この子達、本当に十歳なのかしら? 末恐ろしいわ。


「ルミアは、危険ニャ」


「やり過ぎですね」


「この街で一番危険なのは、死人ではなくてルミアかもしれないわ」


 ルミアの暴れっぷりに、ロココやミレアのみならず、私も身を凍らせる。


『エルザ、暗くなってきたし、今日は、この辺で終わりにしよう。戻って来い』


『了解よ』


 相変わらず偉そうなのよね。まあ、実績があるから文句の一つも言えないのだけど、散々と私の裸体を鑑賞した責任は取ってもらいたいものね。


「みんな、戻るわよ」


「もうか?」


「了解ニャ」


「分かりました」


 帰還を告げると、ルミア以外が了解した。

 彼女はどうするつもりかしら。結局は付いてくるのでしょうけどね。

 私は不満そうなルミアを眺めつつ、全く場違いなことを考える。


 この子達全員が恋敵になったら、さぞや大変なことになるでしょうね。









***** ユウスケ視点に戻る *****


 ん~、凄いことになってきたぞ。


 成果というべきではないと知りつつも、木甲車の隣に建てられたテントの様子を見て肩を竦める。

 なにしろ、そこには、十人以上の子供が駆け回っているのだ。


『なんで、こんなに子供ばかりなんだ?』


『話を聞いてみたのですが、みんな、両親が自分達を置いて戦って死んだようです』


 マルセルが教えてくれたのだが、それは死んだというより、死人化したんだろうなぁ。それを目にした子供達に同情したい気分だ。


『今日だけで、どれくらい倒したのかしら』


『ざっくりで言って五千体くらいだ』


『凄いニャ』


『でも、もっと沢山おるっちゃ』


 エルザに答えてやると、何時もの通り、俺の膝の上を取り合っているロココとラティが感想を述べてきた。

 どうやら、今日は膝取り合戦いに敗れたようで、膝の上をロココに取られたラティが、俺の肩に登ろうとしている。


 おいおい、お前は猫か? って、猫は膝の上か……にしても、お前等、本当に仲がいいよな。


『このペースだと、一週間は掛かるわね』


 エルザの言う通りだ。距離的な問題を考慮すると、もっと掛かるかもしれない。しかし、少なからず生存者もいるから、途中で放り出す訳にもいかない。


『この国の軍は、いったい何をしているのでしょうか』


 マルセルがこれまた嫌な予感のする疑問を投げかけてきた。全員が同じことを想像しているのか、誰も口を開かない。

 そう、それは軍どころか首都すら死人化しているという予想だ。


『多分、みんなの想像通りだともうが、敢えて言おうか。首都が同じ状態となっている可能性が高いな』


 誰もがそう感じていたはずだ。ただ、それを言葉にした途端、全員が肩を落とした。恰も身体から生気が抜けるような雰囲気すら感じられる。


『そんなことが、あり得るのでしょうか』


『この状態を見たら、ニャイニャンて言えないニャ』


 マルセルはどうしても否定したいらしい。しかし、ロココの言う通りだろう。その可能性が一番高いと思う。

 しかし、エミリアが判断材料を提供してくれる。


『でも、この状態を引き起こしている犯人も、移動しながらなんですよね?』


『そうなのよね。私もそれについて考えていたの。もしかしたら、首都はこんな状態になってない可能性があるわね』


 頷くエルザの考えも尤もだ。だが、悲しいかな、ここに生存者が居る限り、無視して進むことはできない。

 なにしろ、俺は大を生かして小を殺すという考えが嫌いだからだ。

 そんな訳で、首都が被害を受けていても、いなくても、俺達にできることは変わらない。

 誰もがそこに行き着いたのか、またまた通夜のような空気に包まれる。


『素材を集める以外、オレ達の目的って、何なんだ?』


 重苦しい空気の中、それまで黙ってワインを飲んでいたアンジェが声を発した。

 因みに、ルアル王国では十六歳で成人となり、飲酒も許されている。


『死人を撲滅することですよね』


『いや、違う』


『えっ?』


 ルミアの返事を俺が否定すると、彼女だけではなく、エミリアも驚きの声を上げた。どうも一部の面子は勘違いしているようだ。


『死人を撲滅するのは、仕方なくやってることで、俺達のやるべきことは、死人にさせないことだ』


『確かに……』


『そうでした……』


 ルミアとエミリアが理解したようだ。


『だから、ここで死人を殲滅して首都に向かうのは悪手だ。しかし、生存者を無視するのも意に反する』


 完全に後手に回っている証だな。


『話は代わるが、ネクロマンサーを倒すと死人は屍に戻るか?』


『恐らく戻らないと思います。一度亡者となった者は、再び死するまで本能のままに行動すると聞いてます』


 マルセルが神妙な表情で首を横に振った。


 くそっ。ネクロマンサーをやれば全てが終わり。という方法は存在しないか……そうなると、先回りするしかないが……


 あれこれ思案して、俺なりの答えを導き出す。


『俺とラティで首都に向かう。残りの者は、ここで死人を殲滅してくれるか』


『それしかないのでしょうね。でも、お二人で大丈夫ですか?』


 提案を聞いたミレアが、心配そうな表情を向けてきた。

 だが、それは過度な心配だと思う。


『俺とラティは、基本レベルで言えば、この世界最強だぞ?』


『おまけに、主様は何でも削り取る能力もあるけ~ね』


 俺が少し鼻高々に自慢すると、ラティが元気に腕を振った。

 だが、それが面白くなかったのだろう。


『ラティニャを選んだ理由は、なぜニャ?』


『今のラティなら空を飛ぶこともできるからな。犯人より移動が速い』


『えっへんちゃ』


 なんでラティなんだという雰囲気で、ロココが食いついてきたが、きちんとした理由を伝えると納得してくれた。ラティは恐ろしく自慢げだ。

 戻ることに関しては、いざとなればワープもあるし、距離があってもデコ電がある。大抵のことは対処可能だという理由から、この案を推し進めることになった。


『ラティ。悪いが、少し休んだら出発するぞ』


『分かったっちゃ』


『そんなに急いで出発するのですか?』


『この作戦は、時間が命だからな』


 未だにミレアが心配そうにしている。だが、時間が経てば経つほど、こっちが不利になるのだ。


『大丈夫だ。それに、生きていても、お前の獲物にはならないからな! 気にしても仕方ないぞ?』


『ユウスケ様のイケず!』


 最後は、冗談で空気を和ますと、彼女は苦笑いを見せながら俺の腰に、己の腰をぶつけてきた。

 どうやら、少しは気分が和らいだようだ。

 こうしてミレアの笑顔が戻り、少し休んだ後に、この事件の決着を付けるべく、ラティと二人でデトニス共和国の首都に向かった。

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