第22話 狂気の始まり

 

 悪夢の館――恐怖のマルブラン家を脱出して、はやくも一週間が経つ。

 エルザの姉であるアンジェを加え、いまや十一人という大所帯となって旅を続けている。

 実家に反旗を翻した形となったエルザとミレアも、いまさら学校に戻っても仕方ないということで、一緒に素材集めの旅に同行することになったのだ。

 俺としては、タダでさえ女臭おんなしゅうしかしないところに、女盛りのアンジェとミレアがきたものだから、ストレス――欲求不満が溜まる一方だ。

 エルザには、俺の食指を動かすほどの力はないので、その面では問題ないのだが、色々と細かいことにうるさい性格であるが故に、少しばかり鬱陶しく想ったりする。


 そんな女の群れを連れた旅だが、現在は、ルアル王国の最北となるトゥーニャの街にきている。

 ここから目的地であるデトニス共和国の国境まで、木甲車の移動速度なら四日というところだ。

 これまでの旅路では、特記するほどのこともなく、いつも通りに盗賊を始末しては、お宝を押収するといった流れだった。

 ところが、問題はトゥーニャの街に入るところで起こった。

 いつものように街に入るための手続きを行っていると、俺の名前を確認した男が、突如として笛を高々と鳴らした。

 途端に、物々しい出で立ちの男達が続々と現れる。

 いったい何事だ? といった気持ちで、その光景を眺めていると、何を血迷ったのか、湧き出た男達が槍を突き付けてきた。


「貴様、ユウスケだな。マルブラン家から指名手配の通達が届いている。大人しくしろ」


 あのババア、本当にやりやがった。ちくしょう! マジで指名手配になってやがる……


 逃亡したあとでエルザと話したところ、指名手配になることはないだろうという結論になった。というのも、指名手配すれば、マルブラン家の汚名を周りに公表するようなものだからだ。

 あとで分かったことだが、俺達の会話の後ろで、アンジェは「甘い」と思っていたらしい。


「因みに、どんな容疑だ?」


「器物破損と娘及び侍女の誘拐だ」


 おいおい、誘拐かよ……器物破損は分かるが、娘達と侍女はちげぇ~だろ。勝手に付いてきたんだし、次女なんて自由を満喫してるぞ。ほんと、理不尽だ。


「あ~、えっと、指名手配が掛かっているのは、俺だけか?」


「そうだ。お前だけが、指名手配となっている」


 良かった。もし、全員が指名手配になっていたら、マルブラン家を潰すところだ。


『じゃ、俺はひと暴れするから、お前達は手続きを済ませてこい。あと、俺との関係を聞かれたら、そこで出会っただけだと言っておけ』


『ちょ、ちょっと、私達はどうするのよ』


『おいっ! ユウスケだけとか、ズルいぞ。オレも暴れたいんだぞ』


 伝心で次の行動を知らせると、エルザとアンジェが今後の行動について尋ねてきた。いや、アンジェに限っては、ただただ憂さ晴らしをしたいようだ。


『あ~、エルザとミレアは、後ろで見てろ。さすがに、お前等は手続きできそうにないからな。だって、誘拐されてるんだし……アンジェは……好きにしろ』


『あの~、暴れたら、それはそれで問題なのでは?』


 真面目なマルセルが不安そうな表情を見せる。

 彼女からすると、罪のない人達を痛めつけることに罪悪感があるのだろう。本当に優しい女の子だ。やはり、嫁にするなら、こういう娘だよな。

 それはそうと、今後のこともある。申し訳ないけど、こいつ等には見せしめになってもらうしかない。

 そう、触らぬ神に祟りなし的な存在になるつもりだ。もちろん神になるつもりはない。ああ、皆に隠れて、時々賢者にはなっている。


『ああ、問題だろうな。でも、俺に手を出したらどうなるか、しっかりと分からしてやる必要があるからな。まあ、死んだり大怪我しない程度にしておくさ。最悪、マルセルが癒してやってくれ』


『あ~、それなら安心です。さすがに、盗賊とは違いますからね。はい。分かりました』


 不殺を口にすると、マルセルは安堵したようだ。


「おっしゃ~! やるぜ!」


 こいつ、めっちゃやる気だな……


「はぁ~、おいっ、お前等。痛い目に遭いたくなかったら、さっさと逃げろ。この女は、手加減を知らんからな。骨の一本や二本じゃ済まなくなるぞ」


 両腕を回しながら肩をほぐすアンジェが息巻いている。

 その美しくも残念なアンジェの姿に溜息をこぼしつつ、衛兵たちに警告する。

 衛兵たちは、血気盛んな彼女の行動を目にして顔を引き攣らせる。

 よもや抵抗するとは、思ってもみなかったのだろう。

 つ~か、融解されたはず――保護しようとしている女からやられるとは、想像もしていないだろうな。


「き、貴様、逆らう気か!?」


 少しばかり年配の男が、槍を向けてくる。


 こいつらって、簡単に武器を向けてくるんだな……俺はまだ何もしてないのに……


「逆らうも何も、俺は悪いことなんてしてないからな。てかさ、お前等。人に武器を向けることの意味を理解しているか?」


 少しばかりムカつき、説教がましい台詞を吐き出す。

 まあ、こいつらには、しっかりと恐怖を植え付けるつもりなので、思いっきり脅しをかけておこうか。


「どういうことだ!? 犯罪者に槍を向けて何が悪い」


 おおっ、確かに正論っぽいな。でも、俺が犯罪者だと決めつけているところが気に入らん。まあ、器物破損は事実だけどな。


「お前等は、上から犯罪者だと言われたら、相手が抵抗してなくても槍を突きつけるんだな。武器を向ける行為は、裏を返せば、殺されてもいいということだぞ? 相手を傷つけていい者は、傷づけられる覚悟を持った奴だけだ。さあ、死にたい奴から前に出ろ!」


 ああ、もちろん、殺す気はない。マルセルとも約束しているし、本当に凶悪犯罪者として指名手配されるのは勘弁だ。

 アイテムボックスから取り出した刀を手にして一歩前に出ると、男達は慌てて距離を取る。

 まあ、それも仕方あるまい。怒りのオーラを全開にしてるしな。


「それじゃ、いくぞ。死にたくないなら逃げるんだな」


 こうしてトゥーニャの百人切り事件が始まった。

 もちろん、峰打ちだ。それでも、気を失うくらいに痛い想いをすることになるだろう。









『それにしても、お前等の母親は、悪魔だな』


『返す言葉もないわ』


『エルザは、あのババアの本性をまだまだ見誤ってるぞ。あれは魔王だぞ』


 正直な感想を口にすると、エルザ申し訳なさそうに頭を下げた。

 その横では、アンジェがその美しい顔を顰めて毒を吐いた。

 何を思い出したのか、ミレアはブルり身を震わせる。


 俺達四人は、街の入り口で大暴れしたあと、強引に街に押し入った。

 追手を根こそぎ昏倒させ、近づく者は何人たりとも許さないと告げると、捕えようとする者が現れなくなった。

 それが、触らぬ神に祟りなしなのか、命あっての物種なのかは分からない。

 もしかしたら、今頃、人間をかき集めているのかもしれないが、俺達が倒した人数が百人を超えていることを考えると、そんな人手があるとも思えない。

 そんな訳で、適当に見つけた食堂でのどうるおしている。

 ここで、他のメンツがくるまで待つつもりだ。

 店内はといえば、昼食が終わった頃合いもあって、閑散としている。

 そんな店内で、マップを確認しながら他の面子を誘導していたのだが、ロココが匂いで分かると言うので、合流については、彼女に任せることにした。

 ああ、彼女達が遅れている理由は、俺達が大暴れした煽りを食らって、手続きが遅れてしまったこともあるが、マルセルが被害者を癒すのに時間を食ってしまったのだ。


 因みに、俺の姿は誰にも見えないはずだ。例の黒装束が持っていた透明の指輪を使って、姿を消しているのだ。

 それもあって、俺の飲み物は、エルザが二杯飲んでいることになっている。

 当然ながら、俺が飲み物を飲むと、コップが宙に浮いて傾いているのだが、店員の目を盗んで飲んでいるから見つかることはないだろう。


 それはそうと、この女……


 エルザの隣に座る美女に目を向ける。

 アンジェは、正真正銘のお嬢様であるはずだが、そんな事実など簡単にぶち壊すほどに口が悪い。但し、性格は明るく豪快で、人見知りや身分による差別などもしない。ハッキリ言って、とても清々しく男らしい性格だ。

 そういえば、長い髪が鬱陶しいと言い、ミレアがショートカットにしてしまった。

 巻き髪ロングの髪が肩に掛かるくらいの長さとなった訳だが、その美しい面差しのお陰か、全く違和感がない。

 彼女は、「ババアが煩いから伸ばしていたが、これで清々した」と言っていたが、とても似合っていただけに、俺としては残念でならない。


 だ~~~が、どんだけ男らしくても、男湯に入ってくるのは止めてくれ。


 この娘、確かに豪快であっけらかんとした性格は男っぽい。だが、その容姿は、ハラショーと叫びたくなるほどに女らしい。それなのに、俺が入っている男湯に堂々と入ってきて、「ユウスケ、湯加減はどうだ?」と聞いてきたりする。

 初めて男湯で遭遇した時は、それはそれは、驚いたというものではない。

 湯船が鼻血で赤く染まりそうな勢いだった。

 その張りのある大きな胸が目に飛び込んだ時は、思わず下半身がヤバい状態になってしまった。 

 全く動じていない彼女に、混浴について聞いてみると、「男と女が別の風呂に入るのなんて、ただの価値観の違いだろ」とのことだった。

 おまけに、「知らん奴なら嫌だが、ユウスケは男以前に仲間だからな。全然恥ずかしくないぞ。それに触りたいなら触ってもいいぞ?」と、豊かな二つの胸を突き出してくる始末だった。

 ああ、思わず両手がピクリと動いたのは内緒だ。

 まあ、風呂の問題とかあったが、マルブラン家の娘にしては、好感度は最高だと言える。


 だ~~~が、用を足す時は、トイレのドアをちゃんと閉めろよな。


 日常についてはこんな感じで、それほど害はない? のだが、戦闘に関しては、全く以て向いているとは思えない。

 どこが向いていないかと言うと、豪快すぎてこまかさや技術というものを理解しようとしない。そう、いわゆる、脳筋という奴だ。

 あれこれと説明してみた結果――


「あははは、敵をぶちのめせばいいのだろ」


 そうバッサリと切って捨てやがった。

 色々と悩んだ挙句、鈴木に武器を作ってもらうことにしたのだが、作り手に問題があるだけに、心配した通りの結果が生まれた。

 鈴木が作ったのは『鉄パイプ』だった。

 おそらく、鈴木にとっては、アンジェはヤンキーかヤクザのイメージだったのだろう。

 確かに、彼女は打撃系の武器を望んでいたが、普通なら『ウォーハンマー』とか『モーニングスター』とかだよな?

 ところが、この鉄パイプが無駄に優れもので、素材が鉄だけに力が掛かり過ぎると曲がったりするのだが、マナを通すと元通りになるのだ。そう、形状記憶鉄パイプだ。

 それでも、さすがに鉄パイプはないだろう。ということで、もう一つ作らせたのだが、出来上がったのは『バール』だった。長さは八十センチくらいあるロングバールだ。これも同じように形状記憶の機能が付与されていた。

 これ以上、何を作らせても無意味だと感じて、肩を竦めて鉄パイプとロングバールをアンジェの前に並べ、好きな方を選ばせることにした。

 すると、二つの武器? を見たアンジェは、その美しく大きな瞳を輝かせ、右手に鉄パイプ、左手にロングバールを掴んで宣った。


「両方とも欲しいのだが――」


「好きにしろ」


「ユウスケ。愛してるぞ」


「はいはい。俺も愛してるぞ」


 武器とも呼べない武器を二つともくれてやると、アンジェは満面の笑みで抱き着いてきた。

 愛しているかはさて置き、俺もこの女の性格は気に入っていた。いや、アンジェ自身を気に入っていたので、嫌らしい気持ちなしで嬉しく思えた。


 因みに、始めは『勇者様』と呼んでいたアンジェだったが、俺がその呼び方を拒否すると、『ユウスケ様』と呼び始めた。ところが、気が付くと、いつの間にか『ユウスケ』になっていた。

 俺としても敬称を付けられるより、呼び捨ての方が付き合い易いので普通に受け入れた。









 そろそろ、後続が到着するころだ。

 マップを確認し終え、視線を店の入り口へと向ける。


『お待たせニャ』


『お帰り』


 ロココの声と共に、残った面子が食堂にやってきたので、全員の飲み物を注文させると、これからについて話し合うことした。

 ああ、俺が指輪の力で消えていることは、事前に話してあるので、誰も驚いたりはしない。


『みんな、念話で頼む』


 みんなに伝心で会話をするようにと告げると、全員がコクリと頷く。

 きっと、食堂に居る者達は、さぞかし不思議に思ったに違いない。

 十一人の女が丸いテーブルを囲んで、一言も話さず見つめ合っているのだ。

 誰が見ても首を傾げるはずだ。


 訝しげにする店内の者達を他所に、これからについて話をまとめた。

 その内容は、主に二つについてだ。

 その一つ目は、指名手配となったことだ。

 これに関しては、全員が気にしていないようだ。

 それどころか、マルブラン家の横行に非難の声が高まった。

 エルザとアンジェが申し訳なさそうにしていたが、二人の所為ではないので、誰も責める者は居ない。

 俺としては、みんなに迷惑が掛かることを気にしたのだが、これまで通り、一緒にいるとのことなので、それについては解決した。

 ただ、問題となるのは、今後の立ち振る舞いをどうするかという話の方だ。

 アンジェは、大暴れで問題なしと胸を張った。

 なんとも、デカい。まあ、風呂場でも拝見させて頂いたが、ほんとにデカいのだ。

 おほん。胸の話は置いておくとして、俺的には、毎度の大暴れも面倒なので、透明化の指輪で姿を隠すと主張した。

 ところが、それだと一緒に居て行動し辛いという意見が上がり、変装した方が良いとの結論に達した。

 それについては、鈴木が変装アイテムを作ることになったのだが、それは別の意味で恐ろしく不安だ。


 指名手配に対する他の対策だが、俺達には木甲車があるから街で宿泊する必要がない。したがって、街では必要物資の仕入れのみを行い、直ぐに街から離れる方針とした。

 街の門を抜ける時に関しては、俺とマルブラン家関係者が、透明化となることで済ませることにし、できる限り騒ぎを起こさない方法を選んだ。

 どうやら、その方針はアンジェにとって面白くなかったようだが、原因が自分の実家だけに、不服そうにしつつも反論を口にすることはなかった。

 因みに、透明化の指輪は、これまでの討伐によって押収した四個を保持している。


 次の話題は、目的地であるデトニス共和国に関してだ。

 このトルーア大陸でダントツの鉱物輸出国なのだが、収集した情報では、このところ輸出が行われていないとのことだった。

 それについては、根本原因こそ分かっていないが、買い占めが起きているという噂だけを耳にしている。

 ところが、不思議なことに、これまでの旅でデトニス共和国の噂を全く耳にしていない。偶に耳にするのは、デトニス共和国に行った人々が戻ってこないという話だけだった。


『いくらなんでも、もう少しは情報を入手できても良いと思うんだが……』


『そうですね。全くと言っていいほど情報がないのは、少し奇妙ですね』


 俺の意見に、ミレアが同調する。


『それに、誰も帰ってこない。という噂が気になるわ』


『捕らわれているのでしょうか』


 エルザの疑念に、鈴木が疑問で答える。確かに、そう思いたくなる状況だ。


『行けば分かるさ。もし、敵が現れたら、鉄パイプの錆にしてやる。ふふふっ』


『ニヤハハハ、アンジェ、不良ニャ。ヤンキーニャ』


 攻撃的なアンジェの意見がツボに嵌ったようだ。ロココが腹を抱えてケラケラと笑い転げている。

 今は銃を手にしていないから大人しいが、アンジェにトリガーハッピールミアが加わったら、きっとカオスになるだろうな……

 頭が痛くなってきた。それについては考えるのをやめよう。

 アンジェの意見は乱暴ではあるが、的を射ていると言える。逆に言えば、行ってみなければ、真実は分からない。

 そう考えて、みんなに行って確かめることにしようと提案する。

 どうやら、誰も異論はないようだ。全員が頷くことで話を終えた。


 話が纏まったところで、店を出ようと思ったのだが、世の中には愚かな奴が多いものだ。いや、可愛い女達がこれだけ集まっていれば、無視できないのも仕方ないだろう。


「女ばかりじゃつまんね~だろ。オレ達が遊んでやろうか?」


「それがいい。オレ達が楽しい遊びを教えてやるよ」


 店の隅で、昼間から酒を食らっていた六人の男が声をかけてきたのだ。


 おいおい。やめとけよ。お前等の手に負える相手じゃないっての。


 命知らずの愚か者たちが、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるのだが、負けじとアンジェが満面の笑みを見せた。

 しかし、すぐさまエルザが男達の誘いを拒否する。


「風呂に入って出直してちょうだい。臭いわ」


 ハッキリいって、喧嘩を売っているとしか思えない。

 ところが、男達は怒るどころか、さらに笑みを濃くした。


「威勢がいいじゃね~か。その臭い奴を直ぐに味合わせてやるぞ」


「それがいい。オレも綺麗にしてもらおうかな」


「それにしても、別嬪揃いだな。メイド服の姉ちゃんとか、めっちゃそそるぜ」


「くくくっ。ワシは、あの綺麗な姉ちゃんがいい」


「オレは、そこの小さな娘が好みだ」


 なんとも、下品な男達だ。自分で味わえっての。

 ミレアをロックオンした男は涎を垂らさんばかりだし、アンジェも人気があった。

 あと、ラティに嫌らしい目を向けた奴は、俺が目潰しを食らわせてやる。


「結構です。間に合ってま――」


「いいぜ。遊んでやるよ」


「おお。気前のいい姉ちゃ――げぼっ」


 俺の憤りを他所に、ミレアが蔑みの視線を向けて即座に拒否しようとしたのだが、アンジェは頷くがはやいか、鉄パイプでぶん殴った。


 こらこらこら! そんなに思いっきりぶん殴ったら死んでしまうぞ。


『マルセル。癒してやれ』


「は、はい」


 不埒な奴等に痛い想いをさせるのは反対しない。

 ただ、いくら何でもやり過ぎだ。

 すぐさま、マルセルに治療を頼み。残りの男に襲い掛かる。


「ぐあっ」


「げほっ」


「あっ、こらっ、ユウスケ。ズルいぞ」


『うるさい。みんなでアンジェを押さえろ』


「こらっ、やめろ。ダメだ。オレにもやらせろ~~~」


「大人しくするんちゃ」


「ヤンキーは、やり過ぎニャ」


 血の気の多いアンジェが、直ぐにクレームを入れてくる。だが、奴にやらせたら、本当に指名手配されそうだ。

 すぐさま、取り押さえるように言うと、マルセル以外の全員がアンジェを行動不能に追いやる。

 このあと、残りの三人をぶん殴って黙らせると、飲み物の代金を払って、逃げるように店を後にした。

 結局、必要な物だけを仕入れて、さっさとこの街を後にすることになった。

 本当に、美しくも残念で困った女だ。









 デトニス共和国の国境に入って二日になる。トゥーニャの街を出てからの日数だと六日ほどの旅だったが、珍しく盗賊が出ることはなかった。

 これまでを振り返ると、六日間の旅路で盗賊が出ないのは、異例の事態だといえる。

 本来であれば、平和で良いことなのだが、俺の第六感はそう告げてくれない。


 現在はというと、木甲車を走らせている最中だ。助手席には、ラティとロココが座っている。

 移動を開始した頃は、席の奪い合いで騒がしかったのだが、最終的に二人で半分にすることで収まりがついたようだ。今は二人で仲良く会話をしている。

 そんな二人を微笑ましく思いながら、進行方向にある村をマップで確認する。


 俺の固有能力は、現時点でAランクに到達した。

 いまや、マップ機能の有効範囲は十五キロとなっている訳だが、デトニス共和国に入って初めての人里で異常を検知した。

 それは間違っても盗賊ではない。では、それがモンスターかというと、そういう訳でもない。だが、普通ではあり得なかった。

 そう、異常が動いていた。いや、非常識がと言えばいいのか……

 その非常識とは、白いマークだ。

 マップ機能での『白』は死体だ。そう、屍。何も言わず。何も話さず。動くことすらない。骸だ。返事がない。唯の屍のようだという奴だ。

 通常であれば、一般人は『青』となり、敵であれば『赤』となる。

 だから、白いマークが動くのは、屍が動いていることになる。

 一般人が死体を移動させている可能性もあるのだが、逆に一般人を示すマークがないのだ。

 なんとなく、その原因を察しながらも、みんなに尋ねてみる。


『お~い。死体が動くって、な~~~んだ!』


『アンデッドニャ』


『ゾンビです』


『死人かしら』


『くさいっちゃ』


『うんなの関係ね~。ぜ~んぶ、始末すりゃいいのさ』


 伝心で質問をブロードキャストすると、ロココ、鈴木、エルザ、ラティが、予想通りの答えを返してくれた。最後のアンジェに関しては、反応はしたものの、全く以て答えになっていない。


『し、死人がどうかしたのですか?』


 質問の内容で不安を感じたのか、マルセルが声を震わせた。


『どうもな~、次の到着予定にしていた村が、丸ごと死人化してるみたいなんだよな~』


『村ごとですか?』


『うい!』


 ミレアが驚いて聞き返してくる。そらそうだわ。村ごとアンデッドとか、バ○オハザードかって感じだし……


『因みに、聞くけど、アンデッドの弱点は?』


『死人となった原因にもよりますが、動かなくなるまでバラバラにするしかないです』


 ミレアが丁寧に教えてくれた。続けてエルザが口を挟む。


『火属性と聖属性が弱点だったはずだわ』


『ヒールでもダメージがあるのか?』


『確か、そのはずだわ』


 追加の質問に、エルザが肯定の返事をしてくる。なぜか、声色がウキウキしているような雰囲気を発しているのは、気の所為だと思いたい。


 ふむ。火属性と聖属性か、火属性は付与や武器効果まで入れたら、俺、ルミア、ロココ、鈴木だが……奴の魔法は当てにならんだろう。聖属性はと言うと、俺、ミレア、マルセルか……


 鈴木は固有能力こそチート級だが、魔法の方はお察しだ。

 天は二物を与えず。という奴だな。


『敵も多いし、三班に分けるぞ』


 色々と思案した末に、班割りと分担を説明した。

 一班は、俺、クリス、アンジェ

 二班は、エルザ、ミレア、ルミア、ロココ

 三班は、ラティ、マルセル、エミリア、鈴木


 メンバーの選出は、攻撃力が平均的になるようにしている。

 アレットに関しては、お留守番をお願いすることにした。それでも、きっと、経験値が入ることだろう。いや、アンデッド相手に経験値が入るものだろうか……

 説明が終わると、ラティが不服そうにしていたが、戦闘が終わったら風呂を一緒にすることで、快くOKしてくれた。

 戦闘準備が終わり、再度マップを確認したところで、思わず声が詰まってしまう。というのも、白いマークの他に、青いマークが幾つか見えるからだ。


 拙い、これは急ぐ必要があるな。


『生存者が居そうだ。俺の班は、生存者救出を優先するからな』


『はい。死人は土に』


『了解だ。全部ぶっ潰してやるぜ』


『アンジェ、不良ニャ。グレてるニャ。ニャハハハハハハ』


 どうでもいいが、ロココ、その笑い声は耳につくからやめてくれ。


 クリスとアンジェのやる気満々な返事が届き、そのあとにロココの高らかな笑い声が頭の中を埋め尽くした。









 それを表現するならば、まさに地獄だった。

 そう、地獄だ。いや、絶望の世界と言えばいいのか。悪夢としか表現しようのない光景だった。


 村に到着すると、焼け落ちた家々の間を死人がふらふらと闊歩していた。

 死人を倒すために火を使ったのが裏目に出たのか、それとも唯の偶然か、かなりの家が燃え尽きていた。

 その焼け跡から察するに、昨日今日の出来事ではないように思える。


 そんな状況に愕然としながらも、木甲車を降りると、死人たちが群がってくる。その衣服から、元は村人だったと推測できる。

 死人達は、ヨタヨタと近付いてきて、時々「ウガゥ」とか唸っているが、思考と言えるものは全くないようで、ただただ悪臭を漂わせ、悲痛な顔で襲い掛かってくる。


「いくぞ! 遠慮はいらん。殲滅しろ。ファイアーボム!」


 仲間に指示をだすと、すぐさま炎の魔法を撃ち放つ。

 魔法食らった死人が、文字通り粉々となって腐った肉片を撒き散らす。

 見た目も臭いも最悪だ。まさに、リアルバ○オハザードだ。マジで勘弁して欲しい。

 グロテスクな光景、吐き気を催す悪臭、それに顔をしかめながらも、全員が死人に攻撃をぶち込むのを見遣りながら、周囲の状況を確認する。

 マップ機能が死人の数を教えてくれる。全部で129人だ。

 生存者の位置は確認しているし、既に、空襲後のような状態なので、遠慮なく火属性魔法を連発する。


「ファイアーボム!」


「おらおら、ぶっ潰れろ!」


「はっ! 土に還りなさい」


 アンジェは群がる死人に鉄パイプとバールを叩き込み、クリスは槍で喉を突いてく。

 アンジェの攻撃は、力任せであり、喧嘩腰だ。鉄パイプで殴ったかと思うと、次にロングバールを脳天に叩き付けている。ただ、まだ基本レベルが低いこともあって、一撃必殺とはいかない。それでも、本人はやる気に満ちている。


「くは~っ! 憂さ晴らしになるぜ~。幸せの野に飛び立て!」


 この世界では、死んだ者は『幸せの野』に向かうとされていて、そこで精進すると、新しく生を受けるとされている。


「アンジェさん、左側に二人」


「おうさ~~~。お前も逝け!」


「元気がいいのはいいけど、ケガするなよ」


 アンジェとクリスは、連携しながら死人を戦闘不能に追い込む。ただ、その戦いは、彼女達にとってかなり辛いものとなっているようだ。

 初めこそ、威勢の良かった二人だが、少しずつ疲れが見え始める。

 なにしろ、死人は、頭が砕けようが、腕が千切れようが、襲い掛かるのを止めないからだ。

 それでも、必死になって死人を始末する二人に満足していたのだが、そこで肝心なことを思い出す。


『そういえば、聞き忘れていたが、死人って伝染するのか?』


『するわよ』


『多分、アヤカさんの指輪があるので、大丈夫だと思います』


『こんなに凄い指輪を作るなら、スキルを取る必要なかったじゃない?』


 追加質問は、藪蛇に終わった。

 エルザの返事に顔を引き攣らせていると、マルセルが問題ないことを告げてきた。ただ、それは、エルザからすれば、面白くない内容だろう。

 鈴木が作った指輪は、エンゲージリングであることを除けば、やたらと優れモノだった。ありとあらゆる耐性の効果を持っていた。

 それ故に、半強制的に耐性系のスキルを取らされたエルザが、不平を訴えかけてきたのだ。


 あ~、聞こえない。聞こえない。


『ふんっ! あとで見てらっしゃい』


「ファイアーアロー!」


 エルザの不平をスルーし、近づいてくる死人に魔法を食らわせる。

 今回は、刀を抜かずに火属性魔法オンリーで対処している。

 だって、刀の錆どころか、腐りそうな気がするし……


「あそこだな」


 フラフラと現れる死人に炎の魔法を撃ち込み、焼け落ちた街の中をかなり進んだところで、やっと生存者の近くまで辿り着いた。

 そこには、レンガ造りの倉庫があった。多分、収穫物の盗難防止用に建てられた倉庫だろう。

 感染力はあっても、知能が低い死人では、レンガ造りの建物には歯が立たなかったようだ。つ~か、歯茎も腐敗しているから、簡単に歯が抜けそうだ。これに比べりゃ、歯槽膿漏なんて序の口だな。


「周囲の死人を片付けるぞ」


「任せろ! おらおらおら!」


「はい! えいっ!」


 頷くアンジェとクリスが、即座に死人に向かっていく。

 彼女達をフォローしながら、三人で建物の周りをうろつく死人を無力化していく。

 アンジェとクリスから物理攻撃を受けた死人が、ぐちゃっ、ぐちゃっ、そんな気持ち悪い音を立てながら倒れていく。


 気持ちわる~~~。てか、そもそも、これの原因はなんだ? いや、それは、後にしよう。生存者を助ける方が先だ。


 疑問を抱きつつも、残った死人の殲滅を二人に任せて、分厚い鉄製の扉を叩く。


「おい! 大丈夫か。助けに来たぞ」


 大声で叫びながら扉を叩くと、暫く時間が経った後に、少しだけ扉が開いた。

 隙間から覗いているのは、若い女性のようだ。年齢にして二十くらいだろうか。

 女性は、俺の姿を確認すると、扉を勢いよく押し開き、二人の子供を連れて飛び出してきた。


「あ、ありがとうございます。む、村はどうなってますか?」


 五、六歳の男女の子供を抱いた女性は、現状を尋ねてくる。

 だが、この状況をなんと答えれば良いのだろうか。普通に『お前達以外は、全滅だ』と言えば良いのだろうか……

 返す言葉がなくて、声が出ない。すると、アンジェが言い放った。


「生きていて良かったな。助かったのは、お前達だけだ」


 女は一瞬だけ驚きの表情を見せると、力なく項垂れた。それを目にしても、掛ける言葉がない。

 しかし、その女が顔を上げるのに、それほど時間を要さなかった。


「ありがとうございました。ここに逃げ込んだ時に、こうなることは分かっていたのです……」


 強い女だな。思わず尊敬してしまった。普通なら泣き叫んでもおかしくない状況だ。

 もしかしたら、この過酷な世界が人を強くしているのかもしれない。そう考えると、ゆとり社会なんて言っている日本は、軟弱な世界に向かっているのかもしれないと思ってしまう。

 彼女の強さに感嘆しながらも、マップを確認し、戦闘が終わりに近付いていることを知る。


「クリス、保護を頼む」


「はい。了解しました」


『ラティ、その先に三体いる。それを倒したら終わりだ』


『分かったっちゃ』


『ラティ班以外は、みんな木甲車に集まれ』


『木甲車……装甲車と呼んでください』


 鈴木がクレームを入れてきた。


 だって、木製じゃん。装甲が紙じゃないだけマシだけど、装甲車とは呼べんだろ。


 不満を感じながらも反論することなく木甲車に戻ると、既にエルザ班が戻っていた。

 マップの表示を見る限りでは、ラティ班も直ぐ戻ってくるだろう。


「その三人が生存者かニャ? もう大丈夫ニャ」


「助かって良かった」


「そうね。もっと早く到着できたら良かったのだけど……」


「大丈夫ですか? もう死人は居ませんからね」


 生存者を目にしたロココ、ルミア、エルザ、ミレアが優しく迎える。

 ああ、もちろん、ルミアは既に銃を仕舞っている。


「ありがとうございます」


「もう、いないの?」


「こわいやつ、いない?」


 女が頭を下げると、彼女の脚にしがみ付いた男の子と女の子が、恐る恐る周りを確かめている。


「ああ、安心しろ、もう居ないぞ。取り敢えず、中に入って休んでくれ。ああ、風呂と飯かな?」


「そうですね」


 ミレアが頷き、三人を木甲車の中に連れて行く。

 それを眺めていたが、四人が姿を消すのを見届けてから、みんなに相談する。


「この村をどうする?」


「死体のこと?」


「そうだ」


「埋めることができれば良いのですが」


「無理ニャ、数が多すぎるニャ、というか臭過ぎて死にそうニャ」


 エルザに頷いてやると、ルミアが渋い表情を見せた。否定するロココに至っては、途中から悲痛な訴えに変わっている。


「ロココが言う通りだろうな。せめて地属性魔法が使えれば、穴を掘って埋めることもできたが、残念なことに誰も取得してないんだよな~」


「しゃ~ね~だろ、出来ることはやる、出来ないことはできない。それだけだ」


 気落ちしていると、アンジェが背中を叩いてきた。

 そのタイミングで、彼女の手に付着していた腐肉が、俺の頬にへばりついた。


「おえっ~! アンジェ!」


「悪い、悪い! わざとじゃないんだ。後でオレが洗ってやるから許せ」


 悪臭が鼻を突き、今更ながらに吐き気を催す。

 そのお陰で、一気に感傷が吹き飛ぶ。

 これって、彼女に感謝すべきなのか? つ~か、また、あの乳を拝めるとなると、感謝すべきなんだろうな。


「ただいまなんちゃ~~~~」


「みんな、お疲れさま――うおっ!」


「ラティは、離れるニャ!」


 そうこうしていると、ラティ班が戻ってきた。

 彼女は戻るなり、上機嫌で飛びついてきた。それを見たロココは、引き剥がしにかかる。

 それを誰もが苦笑いで眺めている。

 やはり、俺だけではなく、誰もがこの状況の後始末に頭を悩ませているのだろう。


「どうしたんですか?」


 いつもと違う雰囲気を察したのか、マルセルが首を傾げる。


「いや、この村人達の対処をな――」


「お姉様の言う通りね。私達は神ではないもの」


 エルザの言う通りだろう。幾らチートを持っているといても、出来ないことの方が多いはずだ。

 ただ、このまま放置というのも、あんまりのような気がする。


「それで、結論は?」


「……放置するしかないんだよな」


 鈴木の問いに答えると、マルセルが両手を合わせたまま物憂げな表情を見せた。

 彼女は何やら思案していたようだが、暫くして、その小さくて可愛い口を開いた。


「今回の件、自然に起きたと思いますか?」


「有り得ないわ」


「こんな死人の大量発生とか、聞いたこともないですね」


「犯人がいるに決まってるじゃね~か」


「許さないニャ。でも、臭いニャ」


 マルセルの質問に、エルザ、クリス、アンジェが否定で答え、ロココが憤慨しつつも愚痴を零す。


「それなら、原因はなんだと思う?」


 マルセルの質問とみんなの返答から、俺は疑問に思っていたことを口にした。


「ネクロマンサーでしょうね」


「死人使いニャ」


「ただ、術者がいたとは思えないわ。本能のままに動いていたようだったし……」


 なぜか、召喚者の鈴木と転生者のロココが答えてくる。だが、その答えに疑問を持ったのがエルザだった。

 その疑問に、鈴木が憶測ですがと、前置きして話を続けた。


「ある程度の人数をアンデッド化したあとに、放置したのではないでしょうか」


 確かに、この状況だとそれしか考えられないが、なぜ放置したのだろうか。

 考えられるとしたら――


「ターゲットが、ここだけではないということかしら?」


「だと思います」


 俺の考えを読み取ったニュータイプ一号と二号が、勝手に話を進める。


 そうだとすると、目的はなんだ?


「犯人の目的は分かりません」


「でも、まだ続く可能性が高いということですよね」


 ニュータイプ二号――鈴木は首を横に振るが、マルセルが今後の可能性について言及した。そして、意を決したような表情を向けてきた。


「ユウスケ様、私の現在のスキルポイントはどれくらいでしょうか」


「現時点で199ポイントだな」


「それで浄化を取得できますか」


「ああ、レベル3の範囲浄化も取得可能だな」


「それなら、範囲浄化の取得をお願いします」


「いいのか?」


「はい!」


 今後のことも考え、マルセルは神聖魔法の浄化スキルを取得することにしたようだ。

 彼女が思案していたのは、きっと、これについてなのだろう。

 その決意を確かめて、要望通り前提条件である浄化を取得し、その後で範囲浄化を取得してやった。


「ところで、話を戻すんだが――」


「それなら、私が全て浄化して回ります」


 脱線した話を戻そうとすると、マルセルが死体の埋葬について、自分がやると名乗り出た。

 ただ、全てとなると、かなりの量になる。彼女一人で処理できる量ではないように思う。


「かなりの数になるぞ」


「大丈夫です。頑張ります。あのままでは、哀れ過ぎます」


「そうか……」


 こうしてこの村の死人たちは、白い砂となって土に戻ることになった。

 マルセルの優しさと芯の強さには、心の底から感服する思いだ。

 その強さとは裏腹に、魔法を放つ彼女の悲しげな表情を目にして、これを引き起こした犯人に、必ず地獄を見せてやると心に誓った。

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