第13話 別れと出会い


 その建物は、想像以上に大きなものだった。

 高い塀に囲まれた敷地に入ると、広々とした庭には噴水が設置され、吹き出す水が涼しそうな音を立てている。

 その向こう側には、レンガ造りのような三階建ての建物がそびええ立ち、恰も小学校をレンガで作ったような印象を抱かせる。


 ロマールの街に到着したあと、ラティも人影のないところで獣化を解き、いつもの四人で冒険者学校の敷地にいる。


「やっと着いたわね。とても長い旅をしたような気がするわ」


「そうですね。ですが、なんとか無事に辿り着いて良かったです」


 無事にとは言っても、色々な出来事が起きたけどな。


 感慨深そうに建物を見入るエルザとミレアに、心中でツッコミを入れる。

 ただ、少なからず、その気持ちには同意できる。


「これが冒険者学校か! 思ったより近代的だな」


「当然よ。この大陸で一番と言われる学校だもの」


 エルザが自分のことのようにない胸を張って威張っている。なんて考えていると、鋭い視線で串刺しにされそうになったので、すぐさま顔を逸らして話題を代える。


「それより、手続きがあるんだろ」


「そうだったわ。行きましょう、ミレア」


「はい!」


 いつまでも建物を見入って感心していても仕方ない。エルザの手続きを澄ますべく奥に足を進める。


 入学の手続きに関しては、特に問題が起こるようなことはなかった。そして、三日後には寮に入れるということだった。

 そう、晴れて俺の役目も終わりとなるのだ。

 清々したような気もするが、どこか寂しさを感じなくもない。だが、そのモヤモヤとした気分と向き合う気もない。


「それじゃ、今日を含めて三日は宿で宿泊だな」


「貴方達はどうするの?」


 ロマールに着いたその足で入学手続きに来ている。だから、まだ宿を決めていない。

 どうするとは、このあとの流れだろう。


「そうだな、今夜はロマールに泊まって、明日の夕方くらいに出発するかな」


「えっ、そんなに急いで戻るの?」


「そうですよ。もう少しゆっくりされても良いのでは?」


「そうも思うが、マルセルやルミアの事も気になるからな」


 返事を聞いたエルザは寂しそうにし、ミレアは残念そうにしている。ラティに関しては、俺の肩の上で大人しくしている。多分、疲れていて眠たいのだろう。

 実際、ロマールに辿り着くまで頑張ったのは、彼女一人なのだ。疲れていても当然だろう。


「取り敢えず、宿を探そうぜ」


「そうね……」


「はい」


「うち、ねむいっちゃ」


 こうして宿探しに向かったのだが、エルザが何か話したそうにしている。まあ、大体は想像がつくので、俺からはノーアクションだ。










 宿探しといっても、ヘルプ機能とマップ機能があるので、そこそこ良さそうな宿に到着するまで、さして苦労しなかった。

 宿については、これまでと違って、一泊の俺達と三泊のエルザ達で別々の部屋を取ったのだが、エルザはやや不機嫌になっていた。

 エルザのご機嫌を取るのもなかなか大変だったが、現在は食事も済ませ、俺の部屋に全員が集まっている。

 ああ、現時点では、エルザが所用だと言って席を外している。おそらくはトイレだろう。丁度良いとも思えたので、なすべき予定を済ませることにした。


「ミレア、これを」


 布袋を渡すと、ミレアは首を傾げていたが、それを受け取って中を確認したところで、その大きな瞳を見開いた。


「これは……こんなに」


 中には金貨を十枚ほど入れてある。


「こんなに受け取れません」


「まだ、実家から必要な物が届くとは限らないだろ」


「ですが……」


「いいから受け取っておけ。気になるなら、次の機会にでも返してくれたらいい」


 偉そうなことを言っているが、この金はエルソルに用意してもらったものだ。だから、大金ではあるが、特に惜しいとも思えない。

 色々と面倒だとは思いつつも、少なからず一緒に戦った仲間だし、これくらいのことは当然だと思う。


「ありがとう御座います。この度のご恩は必ずお返しさせて頂きます」


 ミレアは俺の言葉を聞き、暫く考えてからゆっくりと頷いた。

 実は、恩なんて返す必要ないと言いたかったのだが、それを口にすると、お金を受け取ってくれないのではないかと思ったのだ。

 もちろん、釘を刺すのも忘れない。


「ああ、だが、身体というのはナシだ」


 ミレアはいつものリアクションとは違って、ニッコリと微笑んでいた。それを見て俺は密かに思う。

 いつもの病的な行動は、わざとやっていることなのかもしれないな。


「あと、これを」


 普段よりも少しばかり真面に見えるミレアに、とある指輪を渡した。

 ああ、確かに指輪だが、間違っても深い意味はない。

 ところが、途端にミレアが瞳を輝かせた。


「これは? プロポーズですか?」


「ちゃうわ!」


 渡した指輪は、例の黒装束が持っていた透明化の魔道具だ。


「もしもの時には、エルザに使わせろ。直接渡すことも考えたが、奴のことだ、ろくでもないことに使いそうだしな」


「うふふ、そうかもしれませんね。エルザお嬢様は好奇心旺盛で、何でも首を突っ込みたがりますからね」


 ミレアは受け取った指輪を、大切そうにハンカチで包んでメイド服のポケットに仕舞った。


 用事を済ませると、ベッドで寝息を立てているラティの頭を優しく撫でる。

 疲れと満腹は、なによりも大敵だったのだろう。彼女は抵抗することもできずにスヤスヤと眠っている。

 実際は十六歳なのだが、精神年齢と見た目が幼女なので、とても可愛く思える。

 そんなところに、エルザが戻ってくる。とてもスッキリしたように見える。


「なに幼女に手を出しているのよ」


「人聞きの悪いこと言うなよ。頭を撫でただけだろ。それに、お前より年上だぞ」


「顔がいやらしいのよ」


 なんて失礼な奴なんだ。部屋に戻ってきた途端に暴言を吐きやがった。


「それより、どうなったのよ」


「どうなったとは?」


「シラを切るの?」


 エルザが言っているのは、ロマールの入口で出会った奴隷の件だろう。

 実をいうと、宿に入ったのが午後三時くらいだった。だから、わずかばかりの荷物を宿に置き、ラティをベッドに転がすと、俺は一人でロマールの街を探索したのだ。

 探索といっても、マップ機能とヘルプ機能をフル活用して、磯崎の居場所を確認してきただけだ。

 磯崎はパーティーアイテムを持っている。と、言うより腹に、いや、お尻に秘めているので、脱糞でもしていなければ、マップに表示された内容に間違いないだろう。


 ごめんな、磯崎……


「取り敢えず、場所は特定した」


「今晩向かうの?」


 おいおい、エルザ、お前も行く気かよ。相変わらず猪突猛進だな。この女。


「いや、強盗じゃないんだ。普通に正攻法で対応する」


「ふ~ん」


 エルザは、怪しいと言わんばかりの視線を向けてくる。


「というか、エルザは参加させないぞ」


「えっ!?」


 なんで、そこで驚く? お前の参加は初めから予定にないからな。


「だって、お前、この先も数年はこの街に滞在するだろ。それなのに、トラブルに首を突っ込んでどうするつもりだ?」


「でも……」


「そうですよ、エルザお嬢様。ここはユウスケ様に任せましょう」


 エルザは意気消沈し、ミレアが俯いている彼女を宥める。

 そんなエルザの姿を眺めつつ、丁度良い機会なので釘を刺す。


「エルザ、このあと数年は学校に入って、この街で暮らすと思うが、その間は、絶対にお前の全力を見せるなよ」


「どうしてよ」


「この前も言ったが、お前の力は、その歳では異常だ。きっと、並大抵の者では対抗できないほどの力を身に着けたと思う。その力を発揮すると、その力に嫉妬する者、利用しようとする者、嫌がらせをする者が現れるだろう。本当にお前の力を尊敬して信頼してくれる人間なんて、皆無と言っていいほどだと思う。悲しいかな、それが人間のさがだ」


「その話については、理解しているわよ?」


「それでもだ。お前は仲間だからな。喧嘩もしたし、意見の食い違いとかもあったけど、お互いの身を守り合って、ここまでやってきた仲間だ。だから、俺はお前のことを大切に想っているんだ」


「……」


「うふふ」


 正直な気持ちを伝えると、いつも自信満々のエルザが俯いてモジモジしている。それを目にしたミレアは嬉しそうに微笑む。


「あ、ありがとう。私も仲間だと思っているわ」


「はい。もちろん、私もです」


 暫くモジモジしていたエルザが、真っ赤な顔を上げて自分の気持ちを吐き出すと、ミレアもそれに賛同する。


「うむ。だから、俺の居ないところでトラブルにならないようにしてくれ。助けたくても距離があるしな」


「ええ、そこまで言うのなら、派手な行動は慎むわ」


「ああ、頼む」


「そ、その代わり、私が卒業して冒険できるようになったら、また一緒に狩りに行って欲しいわ」


 エルザは慎ましい胸元に手を突っ込み、何かを取り出した。それは俺が渡したパーティーアイテムである銅貨だった。いつの間にか道具屋でペンダントにしてもらったらしい。隣を見るとミレアも同じようにペンダントにした銅貨を取り出している。

 俺も胸ポケットからパーティーアイテムである銅貨を取り出して、二人に約束する。


「もちろんだ。もし困ったことがあったら、遠慮せずに連絡してくれ」


 さすがに、伝心のランクが『S』になっても、ドロアとロマール間の念話は無理だが、手紙を出せば頻繁に連絡を取れる距離だ。


 しっかりと約束をしたあと、俺は少し恥ずかしいが、自分の右手を差し出す。そう、握手だ。

 エルザは少しキョトンとしていたが、その行動の意図に気付いたみたいだ。ゆっくりと俺の差し出した右手の指先を握った。既に、真っ赤な顔を通り越して瞳が潤んでいる。

 これまでは色々と不満を感じていたりもしたが、少しだけ心を通じ合わせたような気がした。

 こうしてロマールでの初日を少しだけ良い気分で終えた。









 窓の外では馬車が行き交う音が響き始める。


 もう朝かよ……


 全く寝足りず、しょぼしょぼとする目を擦る。

 そう、とても寝不足だ。

 だからと言って、心を通じさせたエルザやミレアと身体を通じさせて訳ではない。

 そうなれば、少しばかり浮かれた気分になれるのかもしれないが、世の中はそんなに甘くない。

 では、なにゆえ寝不足なのかというと、捕まっている磯崎のことを考え始めると、全く寝られなくなってしまったのだ。

 結局、何度も脳内で救出のパターンをシミュレーションしていたら、この時間になってしまったという訳だ。

 隣では、自分のベッドから抜け出し、俺のベッドに潜りこんだラティがスヤスヤと寝ている。

 あまりに気持ちよさそうにしていることもあって、起こすのが忍びない。しかし、いつまでものんびりとしている訳にもいかない。丸くなって寝ているラティを起こし、食事に向かうことにした。

 旅の疲れもあるだろうと思って、なるべく音を立てないように気を使いながら部屋を後にしたのだが、エルザ達が直ぐにやってきた。

 まるで俺を見張っていたかのようだが、精神衛生的によろしくないので、偶然だと考えることにする。


「ユウスケは、直ぐに奴隷商のところに向かうの?」


「ラティと打ち合わせをしてからな」


「そう……」


 エルザは寂しそうにしていたが、連れて行く訳にはいかない。

 ここでトラブって、冒険者学校に入れなくなったなんて事態は、最悪の展開だろう。まあ、そうなったら、そうなったで、また一緒にダンジョンに篭ることになるだろう。

 それも悪くないような気がするが、少しだけ鬱陶しくも思う。


「ユウスケ様、ラティさん、気を付けてくださいね」


「大丈夫なんっちゃ」


「うむ、そうだな。大丈夫さ」


 ミレアが心配そうにしているが、ラティはまるで遊びにでも行くかのようなノリだ。

 俺も彼女にならって、自信ありげに頷きつつも、一応はくぎを刺すことにした。


「エルザ、こっそりついて来たとしても、俺には分かるからな」


 エルザはギョッとしたあとに、「ずるいわ」とだけ口にする。

 まあ、俺を心配しているというよりも、奴隷商が例の犯罪集団だったら木っ端微塵にしたいのだろう。


「今回は俺に譲れ。それに例の集団と決まった訳じゃないからな」


「わかったわ……」


 頬を膨らませながらも、エルザは仕方なくといった様子で頷いた。

 そのあとは、これまでの出来事をネタにして、ワイワイと騒ぎながら朝食を済ませた。


 朝食を終えたあと、部屋に戻ってラティと綿密な打ち合わせをした。ラティが理解したかどうかは不明だが……だって、めっちゃ眠そうなんだよな。


「特に問題なければ、奴隷を購入して終わりだ」


「わかったっちゃ。やけどね、多分そうならんと思うんちゃっ」


 おそらくは、ラティの勘がそう言わせるのだろう。俺の第六感も同じように囁いている。

 打ち合わせを終わらせると、そそくさと宿を出ようとした。ところが、そこにはエルザとミレアが待ち構えていた。


「そのままいくつもりだったの?」


 別れの挨拶は昨夜に済ませているし、今生の別れじゃなんだから、なんて思っていたのだが、エルザの方は違ったらしい。


「ああ、大人しくしてろよ。偶には、こっちにも来るようにするからな」


「そうしてくれると……わかったわ」


 何やらごにょごにょと言っていたエルザが、右手を差し出してきた。照れながらも優しく握りしめる。


「ありがとう」


「こちらこそだ。それなりに楽しかったぞ」


「それなりって……失礼ね!」


「くくくっ、すまんすまん」


 少しばかり彼女を揶揄からかいながら手を放すと、ミレアがガシッと抱き着いてきた。

 途端に、エルザがまなじりを吊り上げる。

 しかし、ミレアは全く気にしていないようだ。


「ユウスケ様、本当にありがとう御座いました」


 抱き着くミレアの姿を見たラティは、頬を膨らませている。


「ながいっちゃ」


 すると、同じように不満を露わにしていたエルザが、柔らかな笑顔でラティに身体を向けた。


「ラティも色々ありがとう」


 ミレアのエプロンを引っ張っていたラティが、エルザの言葉に反応する。


「うん。あんねぇ、うちも楽しかったっちゃ」


 その言葉が終わるや否や、ミレアが今度はラティに抱き着いた。


「ふぐっ! ミレア、苦しいんちゃ!」


 こうして別れを済ませた俺とラティは、そのまま奴隷商のところに足を向けた。

 それにしても、ミレアの胸はとても気持ち良かった。十五歳の童貞としては、この魔力には勝てんわ。









 朝から気持ち良い気分で宿を後にして、現在はロマールの街を歩いている。ラティについては、いつもの通り肩の上だ。

 奴隷商については、昨日の下見で、場所、人数、建物の間取り、等々の情報を頭に叩き込んである。

 建物は二階建てであり、中には昨日の段階で磯崎を除いて十七人の存在を確認した。そして、その段階では磯崎以外はマップ上で青く表示されている。

 奴隷商の店の前までくると、ラティを肩からおろし、彼女と頷き合ってから店内に足を進めた。

 二人で店に入ると、客が来たと思ったのか、小太りの男が挨拶をしてくる。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」


 小太りの男は頭を下げつつも、品定めするかのような視線を向けてくる。

 見るからに胡散臭い奴だな。まあいいや。


「ここは、奴隷商でいいのか?」


「はい、左様でございます。もしかして奴隷の買い取りですか?」


 どうやら、この小太りは、ラティを売りにきたものと勘違いしたらしい。くそゴミめ。地獄に落とすぞ。

 この段階で、小太り男のゴミ指数が跳ね上がった。

 ただ、初めから百パーセントは超えている。


「いや、今日は買いに来たんだ」


「左様でございますか。ですが、当店は高級奴隷を販売しておりますので、少しばかり高額になりますが――」


 俺の見てくれから、大金なんて持ってないと判断したのだろう。


「金なら問題ない」


「失礼しました。私は店主のバクストンと申します。本日はどんな奴隷をお買い求めでしょうか」


「ん~、若い女がいいな。できれば幼い方がいいかな」


 バクストンが一瞬だけ「好きものめ!」という目をしていたが、磯崎を連れてきてもらう必要があるのだ。ここはロリコン偽装で対応するほかない。くそっ、そんな目で俺を見るな! こいつ、目潰しの刑にしてやろうか……


「では、こちらにどうぞ」


 当然ながら俺の不満が届くことはなく、奥の部屋に案内される。その間も、各部屋の中の存在をマップで確認しながら付いていく。

 通された部屋は、凡そ二十畳くらいはありそうな広い部屋だった。その部屋の真ん中からやや入口よりには、三人掛けの高価そうなソファーと、それに見合うテーブルが置かれている。


「どうぞ、お掛け下さい」


 小太りから勧められるが儘に、ソファーに腰を下ろす。ただ、その間に伝心で情報の連携を行う。


『来る途中にあった部屋に十一人が居た。ここの左隣の部屋にも五人だ。それ以外は誰も居ない』


『何人が敵なん?』


「予算はどれくらいでしょうか」


 ラティと伝心で会話をしていると、小太りがおずおずと予算を尋ねてきた。

 俺は懐から取り出す振りをして、アイテムボックスから金貨の入った布袋を取り出した。中には六十枚以上の金貨が入っている。そして、テーブルにガチャっと置き、口紐を解いて中を見せてやる。


「失礼しました。確認できました」


 金貨を確認した途端に、小太りのマップ表示が青から赤に変わる。


 あ~あ、確変突入だ。おめでとう、お前はこれでゴミ認定が確定だ。それも千パーセントでな。


 金貨の確認を終わらせると、透かさず懐に戻す振りをしてアイテムボックスに収納する。

 そう、これは飽くまでも見せ金だ。そして、これを目にする対価はゴミの命だ。

 邪なことを考えなければ、幾ばくかの金貨は懐に入ったはずなのだが、欲をかくと良くないという事例だな。


「それでは、準備してきますので、暫くお待ちください」


 バクストンは一旦この部屋を出ると、来る途中にあった十一人が居た部屋に入り、一人だけを連れて戻ってくる。すると、残りの十人は、部屋の中をウロウロしはじめた。

 この時点で途中の部屋に居た十一人が赤色になったので、現状では小太りを含めると十二人が敵ということになる。

 あとは左隣の部屋に居る五人だな。多分、奴隷だろう。というか、磯崎もそこに居るし、間違いないな。


 状況を確認していると、小太りが部屋に入ってきた。しかし、そこで目をみはる。いや、目を見開いても何も得られないのだが……

 部屋に入ってきたのは、マップ的には二人だ。ところが、実際はバクストンしかいない。これは、もしかしなくても例の奴だ。そう、魔法の指輪で姿を消した奴だ。


 小太りの男は「お待たせしました」と言いながら、この部屋の左側にある扉に向かい、その扉を開き中に居た五人を部屋に連れてくる。

 左隣の部屋から連れられて来たのは全て女というか、幼女や少女ばかりだった。当然ながら磯崎もいる。マップ表示的には四人が青色表示で、パーティーアイテムを持っている磯崎だけが緑色だ。

 その磯崎は部屋に入ると、直ぐに俺の存在に気付いたらしく、念話で苦言を漏らしてきた。


『遅いニャ。お腹が痛いニャ。でも、出せないニャ。柏木くんのバカニャン』


 バカニャンって……取り敢えず元気そうで良かったぞ。ん? あんまり元気じゃないのかな?

 磯崎が元気なことに安堵していると、連れて来られた女達が一列に並ぶ。そのタイミングで小太りが話し始めた。


「申し訳ありません、遅くなりました。これが現在当店でお売りしている奴隷になります。右から……」


 小太りは一人一人の説明を始めたが、それを全く聞いていない。そう、聞く振りをしつつも、ラティに見えない敵について説明していた。


『右側の壁に掛かった絵の前に、例の見えない敵がいる』


『わかったっちゃ。例の奴やね』


『多分、もう少しすると十人の敵が後ろの扉から入ってくるからな。合図をしたら、見えない敵を優先して倒してくれ』


『うん。わかったっちゃ』


 この場合、一番厄介なのは見えない敵だ。逆に言えば、それさえ片付けてしまえば、あとは烏合の衆だ。

 小太りが全員の説明を終えると、おもむろに口を開く。


「それで、幾らだ?」


「どの娘でしょうか?」


「全員の金額を教えてくれ」


 小太りがそれぞれの金額を説明している最中に、奴隷たちの様子を確認する。

 五人中のニ人が獣人族で、三人が人間族だった。全員が幼女や少女と言える年頃だ。みんな同じ粗末な貫頭衣を着て、首には首輪を着けられている。

 もう、この段階ではらわたが煮えくり返りそうだった。人間に首輪とか、絶対に許せない。


「どの娘にいたしましょうか」


「う~ん、全員もらおうかな」


「えっ!? 全員となりますと金貨八十枚になりますが?」


 小太りは驚きつつも、全員合わせた金額を伝えてきた。

 ぶっちゃけ、幾らになろうが構わない。どうせ払わないのだ。


「あ、それと奴隷の契約について教えてくれ」


 途中の部屋から十人がこちらに近付いてくるのをマップで確認しながら、契約について問う。

 丁度良い機会だ。契約内容を確かめておきたかった。

 ヘルプ機能で確認したが、千差万別なので、一概にこれとは言えないらしい。


「奴隷の制約は、首輪で制御しております。主の血を首輪に垂らし、契約内容を首輪に付与すれば完了となります」


「奴隷が逆らったらどうなる?」


「契約内容にもよりますが、首が絞まって最終的には死に至ります」


 どうも本人ではなく、首輪に契約魔法を付与するらしい。


「主が死んだ場合はどうなる?」


「それも契約内容に従います。この娘達が着けている首輪に関しては、現在、私の血で契約をしておりますが、私が死ぬと娘達も死にます」


 くそっ、最悪な首輪だな……


 なんとも非道な契約であり、ろくでもない首輪だと考えながら、最後の質問を口にする。この『最後』は質問だけではなく、ゴミ認定したバクストンの最後でもある。


「首輪は、誰でも外せるのか?」


「主のみとなります。主が死んで奴隷が残った場合は、契約魔法を付与できる魔術師であれば、誰でも可能ですが、お客様が知る必要はないかと存じます。なにしろ、お前は、ここで死ぬんだからな!」


 十人の男達が部屋に入ってきたところで、バクストンの化けの皮が剥がれた。

 まあ、初めから分かっているので驚きもしないが、心の底から蔑みの眼差しをくれてやる。続けて、十人の男達に視線を向ける。

 男達は全員が軽装だが、皮の防具を着け、手には長剣や短剣などを握っている。


「これはどういうことかな?」


「バカなガキは、金を置いて死ね」


 一応、わざとらしいとは思いつつも、この状況を尋ねてみると、バクストンが暴言で答えた。

 つ~か、お前達が死ぬんだけどな。というか、予想通りの展開になってきたぞ。いや、こりゃ罪悪感も起こらなくて結構なことだ。


 十人のゴミが中に入ってきたところで、俺達はソファーから立ち上がって、部屋の左側へと移動している。そして、その間にもマップの確認は怠らない。


『位置変わらずだ。やれ!』


『うん! 任せるんちゃ』


 ラティに伝心で合図を送ると、彼女はローブで隠したアイテム袋から弓と矢を取り出し、即座に弓弦ゆんづるを力強く引き絞ると、右側の壁に掛かった絵に向かって速射を始めた。


「よっしゃ! 食らえ! ファイアーアロー!」


 ラティの速射に合わせて魔法をぶっ放す。


「ぐぎゃーーーーーーー!」


 透明化を行っていたことから、自分の存在がバレていないと高を括っていたのだろう。見えない敵は、ラティと俺の攻撃を全く躱すこともできず、身体のあちこちに矢を生やした状態で火達磨となった。


「な、ななななな」


 それを目の当たりにした小太りが絶句する。


『小太りは最後だ』


『りょうかいっちゃ』


 黒装束を倒し終えると、矢と魔法の攻撃に驚いて棒立ちとなっていた十人の男に向かって、物理と魔法の矢を叩き込む。その攻撃で、サクッと五人の男がこの世に別れを告げた。しかし、容赦することなく刀を抜いて斬りかかる。

 もっくんのようにはいかないが、ここ最近はラティと模擬戦を行っていることもあって、この程度の用心棒? くらいなら倒すことなど造作もない。

 あっという間に二人を切り伏せると、残りの三人は逃げる間もなく、ラティの矢で頭を射抜かれていた。

 結局、五分もしないうちに、部屋の中には十人の屍が転がっている。いや、隠れていた奴も入れたら十一人だ。

 室内で炎の魔法を使うのにリスクを感じていたが、部屋は多少焦げる程度で済んだようだ。

 それ以外の様子といえば、奴隷の娘達が左隅で固まって怯えているのと、バクストンがガタガタ震えながら右側の壁に背を張り着かせているくらいだ。


「ふむ。楽勝だな。さてと、次は――」


 ゆっくりと室内を見渡したあと、バクストンと視線を向けた。

 ラティはテーブルの上に立ち、いつでも矢を放てる状態を維持している。


「残念ながら、ガキは死ななかったぞ?」


「ひ、ひ、人殺し!」


 思わず溜息を吐く。どうして悪党って、自分達のことはいつも棚上げなのだろうかと考える。


「鏡を見ろよ。そこに人殺しが映るぞ」


「うるさい。役人に突き出してやる」


 うむ。もう相手をするのは止めよう。面倒くさいし時間の無駄だ。いや、余計に腹立たしくなる。


「気にするな、お前は直ぐにあの世にいく」


「お、おれを殺したら、あの娘達が死ぬぞ」


 こうなることは予測済みだ。だから、契約についてあれこれ聞いたのだよ。このバカちん!


『ラティ、ちょっとその男を見張っといてくれ』


『うん。任せるんちゃ』


 ラティに男の監視を任せ、奴隷達に近寄る。すると、彼女達は怯えて後退りしはじめるが、磯崎だけは前に出てきた。


「凄いニャ! 柏木くん、すっごく強いニャン」


「分かった、分かった」


 磯崎は屍を気にすることなく元気にはしゃいでいる。


 それにしても、この語尾は慣れんな……まあ、可愛いけど……


 頬を掻きつつ磯崎の首輪に手を掛けると、さっさとアイテムボックスに収納する。当然ながら磯崎の首から首輪が消える。

 彼女は直ぐに首の違和感が消えたことに気付いたのか、両手で自分の首を確認して、首輪がなくなったと理解した途端、喜び勇んで俺の腕に抱き付いてきた。

 首輪が消える現象を目の当たりにした他の奴隷達は、零れ落ちそうなほどに瞳を見開いて驚いている。振り返ってバクストンを見やると、アゴが外れそうなほどに、口を開いて呆然としていた。


 くくくっ、ざま~!


 小太りが呆気に取られるのは、最高に気分が良かった。

 ただ、ゴミに付き合っている暇はない。さっさと、やるべきことを片付ける必要があるからだ。


「心配するな。お前達に危害は与えない」


 左腕を磯崎に抱き付かれたまま、怯えた奴隷達を安心させる。

 実は、これって最高にカッコイイシーンだと思うのだが、磯崎をぶら下げている所為で、全くさまにならない。

 それでも、ひとつ肩を竦めていると、有無も言わさずに、次々と彼女達の首に填められた首輪をアイテムボックスに収納していく。

 首輪がなくなった奴隷達は、自分の首元を手で確かめながら、それを実感すると、涙を流して喜び始める。

 奴隷達の喜ぶ姿を見て、少しだけ嬉しさが込み上げてきたが、そこで首輪を外している俺の手が止まる。

 その理由は、その奴隷の表示が赤色だったからだ。その奴隷は人間族で年齢的には二十歳くらいだろうか。この中では唯一大人と呼べる年頃だった。

 少し躊躇したが、首輪を外さずにその娘の腕を取って、バクストンの横まで連れて行く。

 なにゆえ、そうしたのかというと、敵を娘達の中に残すのは危険だと判断したからだ。

 俺の場合、マップがあるから敵の存在が分かるが、こういう展開ってラノベとかだと、大どんでん返しが起こるパターンだと思う。


「えっ!? どうしてミミルニャンの首輪をはずさないニャ」


 磯崎が驚きを露わにする。ただ、彼女の言葉だと、この娘の名前がミミルなのかミミルニャンなのかが分からない……


「この女は敵だ。小太りとグルだ」


「えっ!?」


 事実を口にした途端、ミミルニャンが驚きを露わにする。

 その表情を見るかぎり、どうやら間違いなさそうだ。


「ち、違います」


 躊躇ちゅうちょしたことがミスだと思ったのか、ミミルニャンは慌てて否定を始めた。しかし、そこで追風が吹く。


「そうだったのですね。以前から、私達の話が筒抜けになっていて、それが不思議だったのです」


「わ、わ、私じゃない。私じゃないわ」


 ミミルニャンは否定することしかできない。当然ながら無実を証明する手段もない。というか、マップ機能が壊れていない限り黒だ。そう、真っ黒だ。


「悪いな、お前がどれだけ否定しようが、俺には、お前が敵であることが分かるんだ。それくらいの力がないと、透明な人間の存在を知ることなんて出来ないんだよ」


 俺に異常な力があると考えたのか、ミミルニャンは「くっ」と唸って黙り込む。

 それとは逆に、今度はバクストンが騒ぎ始めた。


「か、金か、金ならやる。欲しい物はなんでもやる。だから命だけは――」


 奴隷の首輪がなくなったことで、自分の優位性が霧散したと考えたのだろう。バクストンは必死に命乞いを始める。しかし、こんな風見鶏を生かしておくつもりはない。


「来世では、真っ当に生きろよ!」


「ぎゃぁ~!」


 小太りは命乞いの真っ最中だったのだが、容赦なく小太りの額に刀を突き立てる。


「あんたは悪魔だ! 鬼だ! 命乞いをする者を殺すなんて」


 有無も言わさず刺し殺した俺に、ミミルニャンが罵声を浴びせかけてくる。


「その通りだ。俺は悪魔で鬼だから何の問題ないだろ? それはそうと、なんでお前は生きてるんだ? それこそが、お前がグルである証拠だ。まあ、分かっていたことだがな」


「ちくしょうーーーー! 死ね、悪魔!」


 もはや逃げ道はないと判断したのか、ミミルニャンは服の中から折り畳みナイフを取り出すと、罵声を吐き出しつつ突っ込んできた。

 だが、そんなノロマな攻撃を食らったりはしない。バクストンと同じように、容赦なく彼女の額に刀を突き出す。


「うぎゃ……」


 そう、俺はムカついていた。人の命を売り買いする奴等から、人殺しとなじられることが我慢ならなかった。

 もちろん、自分が人殺しであることは否定しない。だが、それを人殺しから罵られるのは、恐ろしく頭にくるのだ。

 だから、相手が女でありつつも、ミミルニャンを始末するのに、なんの抵抗も感じなかった。


 こうして磯崎を無事に助けたのだが、これからが大仕事だと薄々気付いていた。そして、その大仕事とは、人を殺めたことではない。そう、それは女が増えたことだ。









 その部屋は、それなりに豪華ではあったが、どことなく品のなさを抱かせる。

 まあ、この部屋の持ち主のことを考えれば、それも当然かもしれない。

 そう、ここはバクストンの書斎らしき部屋だ。

 奴隷娘達を助けたあと、複数の死体を纏めてシーツに包んでアイテムボックスに収納し、建物の戸締りを終わらせた奴隷娘達を書斎に集めた。

 現在、この建物には、俺達と奴隷娘達しかいない。


 さっそくとばかりに、集めた奴隷娘達に話を始めようとしたのだが、彼女達は言葉ではなく、お腹の音で自分達の状態を訴えてきた。

 残念なことに、話をするのも儘ならない状態だと知り、仕方なく大量のホットドックをテーブルの上に山積みした。


「食べながらでいい。聞いてくれ」


 話しかけてみるのだが、奴隷娘達は無言でホットドッグに食らいつく。誰一人として、顔すら向けない。まるで餓鬼のようだ。というか、なぜかラティまでが参加している。


「あ~、これからの事なんだが……」


 今後の話となると、彼女達の手と口がピタリと止まり、即座に俺を凝視する。そして、涙を流し始める。


「捨てないでください」


「帰るところがないピョン」


「けほっ! けほっ! けほっ!」


「もちろん、責任を取ってくれるよニャ?」


 二人の少女はぽろぽろと涙を零し、一人は慌てたようでホットドッグを喉に詰まらせたようだ。

 磯崎に関しては、当然と言わんばかり薄い胸を張っている。

 少女達のあまりの反応に肩を竦め、まだ時間はあると考えて、少しずつ片付けることにした。


「心配するな、見捨てるつもりはない。だから、泣くな! ほれ、水を飲め!」


 自分の気持ちを伝えると、落ち着きを取り戻したようだ。それに安堵しつつも、未だモシャモシャとホットドッグを食べているラティを見て、もう一度肩を竦めた。そして、話を続ける。


 彼女達と色々と言葉を交わし、今後についての方針を決めることにした。

 ただ、誰もが行き場がないと訴え、全員が俺に付いてくるという最悪のケースになった。

 溜息をこぼしつつも、マルセルやルミアと同じ条件を話した上で、面倒をみることを約束した。


 はぁ~、どうしてこうなった? 貧乏子沢山とはいうが、異世界女沢山とは言わないよな? まあいい、とにかく、さっさと処理を済ませよう。


 今後の話が終わったところで、俺は別行動で外出する。その間に、この建物内にある金目の物をこの部屋に集めさせることにした。

 奴隷娘達は、俺がここを離れると聞いて、少しばかり不安を感じているようだったが、ラティを残して行くことで折り合いをつけた。

 その後は、俺が戻ってからドロアに出発することを伝えて、全員が決められた作業に移った。









 奴隷商を始末してから、かなりの時が経った。今は午後六時くらいだ。

 陽はどっぷりと沈んでゆき、空は薄暗くなりはじめている。

 別行動を取った俺は、その足でロマールのダンジョンに行き、魔物の前に奴隷商で収納した死体を放置してきた。これで死体が見つかることはないだろう。いや、見つかったとしても、魔物に襲われて死んだことになるだろう。

 死者を悼む気持ちが欠けているように思うし、いささか非人道的だと思うが、奴らがやってきたことを考えれば、然して胸を痛めることもない。

 むしろ、当然の報いだという想いすら起こる。

 まあ、俺は悪魔で人殺しの悪者だからな。俺の行いが目に余るなら、エルソルが始末してくれるだろう。


 現在は、良心の欠片もなく、まるでゴミの処理の如く死体の処置を終わらせ、洋服屋や道具屋で買い物を済ませて奴隷商の建物に戻ってきたところだ。


『ラティ、戻ったぞ。今、裏口だ』


『わかったっちゃ。直ぐにあけるけ~、まっちょって』


 ラティに伝心で戻って来たことを知らせると、直ぐに返事があった。そして、それほど待つことなく裏口が開かれた。


「どうだ?」


「うん。ぜんぶ終わったっちゃ」


「うむ。おつかれさん」


「うれしいっちゃ」


 作業の完了報告を聞いて、ラティの頭を撫でて労う。

 彼女はとても嬉しそうだ。

 そんな可愛いラティと手を繋いで奴隷娘が集まる部屋に入る。

 奴隷娘達は待ち望んでいたかのように、熱い視線を向けてくるが、それを黙殺して、洋服屋で購入してきた衣類をアイテムボックスから取り出す。


「取り敢えず、みんなこれに着替えろ。適当に選んだからサイズが合わないかもしれんが、それは我慢してくれ」


 全員が瞳を輝かせて嬉しそうに頷く。やはり、女の子だけあって、綺麗な服には興味があるのだろう。

 それはそうと、山積みされた荷物に視線を向ける。


「これが押収品か」


「そうなんちゃ。沢山あったけ~ね」


 そう、そこには布に包まれた大きな荷物が山となっていた。

 中を少し覗いてみたが、ここで精査するのも時間の無駄なので、そのままアイテムボックスに放り込んだ。

 アイテムボックスでは、小物をカバンや布に包むことで一つとしてカウントしてくれるのだが、さすがに、ここ最近の押収品が多過ぎてアイテムボックスの容量が怪しくなってきた。

 アイテムボックスの許容量を確かめながら振り向くと、なぜか全員がここで着替えをしていた。


「おい! 着替えは他でやれ」


「主様なら見られても平気ピョン」


「ピョン」って兎人族の語尾か? そういえば、磯崎も語尾がニャ、とかニャンだな。というか、ニャ、ニャンは分かるが、ピョンはおかしくないか?


「ご主人様なら……」


「さっきも言っただろう。お前達はもう奴隷じゃない。だから、『ご主人様』とか『主様』なんて呼ぶな」


 ご主人様呼びを拒否すると、なぜか全員が寂しそうにしたが、これについては譲歩できない。


「じゃ~着替えが終わった者から飯でも食え。それが終わったら脱出するぞ」


 携帯食を出しながら告げると、全員がそれぞれの言葉で肯定の意思を伝えてくる。


 それにしても、これからこの人数の女の子の面倒をみるか……ドロアに戻れば、更に二人いるからな。溜息が出そうだぜ。


 娘達が着替えや食事を済ませたあと、全員でこっそりと奴隷商の建物から逃げ出して、街を囲う防護壁の近くまできた。

 すると、磯崎が少しばかり心配そうな面持ちで腕に抱き着いてくる。


「どうやって外に出るニャ」


 どうやら、高い障壁を前にして不安を抱いたようだ。

 しかし、こんな障壁なんて、なんの障害にもならない。


「それは、俺に任せろ」


 人気がないことをマップで確認し、二人の娘を両脇に抱えて真っ暗な空に飛び上がった。そして、防護壁の向こうに二人の娘を下ろし、元の場所に飛んで戻る。


「ご、ご主人様は、空を飛べるピョン?」


「す、すごいニャ」


 ウサ耳と猫耳が声に出したが、残りの娘は絶句している。ラティについては、既知なので「うちも~」と腕を広げている。


 こうして難なく防護壁を飛び越え、無事に全員の脱出を完了させ、ラティ、磯崎、奴隷娘を共って草原の中を街道までのんびりと歩いて進む。

 二時間後、俺達はラティの引く荷馬車に揺られていた。その時、俺は今回の奴隷商のことに思いを馳せている。

 今回の奴隷商は、間違いなく盗賊とグルだと言えるだろう。なにしろ、あの姿を消す奴が居たのだ。絶対と言えるほどに黒だ。ただ、売りさばく者が、あの奴隷商だけではないはずだ。


 こりゃ、思った以上に大きな規模の犯罪集団みたいだな。


 本来なら、犯罪集団の情報を得るために、黒装束、バクストン、ミミルニャンを殺めずに泳がした方が良かったのだろう。

 だが、そうすることで、自分達が犯罪集団の標的となる可能性を考慮し、敢えてそうしなかった。

 できることなら、のんびりと暮らしたいのだ。

 もちろん、己を鍛えることは止めない。だって、この世界は強くなければ、虐げられてしまうのだ。


 もしかしたら、これってエルソルの思惑に嵌ってるんじゃ……


 この時、エルソルの『ウフフ』という含み笑いが聞こえたような気がして、思わず震えあがるのだった。

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