第6話 油断は強敵だ


 ウギャウギャと呻き声を上げながら、複数のモンスターが襲い掛かってくる。

 見た目が醜悪で叫び声がうるさいといえば、誰でも察しがつくだろう。そうゴブリンだ。

 そんなやかましいゴブリンに向かって、さりげなく覚えたての『ファイアーアロー』を叩き込み、更に二発目の魔法を起動しはじめる。

 可愛らしかった低級モンスターに比べ、見た目が醜悪な分、罪悪感も少なくて済む。


 現在はというと、ドロアのダンジョン地下三階で戦闘中だ。

 昨日の基本レベルアップで得たスキルポイントを使って、火属性魔法がLv2となった。

 念願の『メテオ』だが、これは複合属性魔法と呼ばれ、前提条件として単体属性魔法である火属性魔法と地属性魔法をカンストする必要がある。それと、魔法補助スキルである『マナ回復向上』『消費マナ減少』『魔法短縮』『無詠唱』は、色々と前提条件があるのだが、属性魔法Lv3の取得が第一条件となっている。そこで、まずは火属性魔法をLv3にすることにした。

 ああ、『無詠唱』とあるが、別に詠唱がいらなくなるというスキルではない。いや、そもそも詠唱は不要だ。しかし、魔法の使用にはキャストタイムがある。また、リキャストタイムも存在する。無詠唱のスキルは、そのキャスト、リキャストタイムがなくなるというものだ。

 因みに属性魔法の取得に必要なスキルポイントは、Lv1が20ポイント、Lv2で40ポイントとなり、Lvが上がる度に20ポイントずつ上昇し、Lv5でMAXとなることから、カンストには全部で300ポイントが必要な計算だ。


「エアーアタック!」


 ファイアーアローで二体を吹き飛ばしたところで、今度はエルザの魔法が炸裂する。

 昨日とは違って魔法詠唱は行っていない。

 距離的に余裕があったので、俺も彼女に続いて魔法をもう一発叩き込んでから、接近戦の準備をする。

 再びエルザの魔法が襲い掛かり、十体以上だったゴブリンの集団も、魔法攻撃で六体ほどになっている。

 そんな訳で、残りのゴブリン戦は、ほぼ消化試合のようなものだ。

 なにしろ、もっくんは何でも簡単に切り裂くのだ。

 ああ、モンスターを斬り裂いても、鮮血なんて吹き出さないし、内臓が露出することもない。奴等の中身は、単なる黒だ。

 それもあって、それほど抵抗を持つことなく倒すことができる。


「貴方の言う通り詠唱は必要なかったのだけど、なかなか慣れないわ。魔法をイメージし辛いし」


 俺としては、イメージさえ出来れば良いのだから、詠唱の文句を覚える方が面倒だと思える。しかし、初めから詠唱ありきで魔法を覚えたエルザにとって、詠唱無しで魔法を発動するのは違和感があるようだ。

 昨夜は、詠唱について教えると約束したことをコロッと忘れていて、酷い目にあったのだが、渋々ながらも懇切丁寧こんせつていねいに教えたことで、何とか無事に今日という日を迎えることができた。


「でも、どうして、こんなことを知っているのかしら」


 エルザの素朴な疑問には、素知らぬ態度を以て返答とした。

 そもそも、俺が知っている理由を詮索せんさくしない、という約束の上で教えているのだ。


「まあ、いいわ。そういう約束だし。それよりも、今日の魔法が昨日と違うのは、どういうことかしら?」


「モンスターのレベルが上がってるからな、それに合わせただけだ」


「怪しいわ」


 怪しいもなにも、俺からすれば事実でしかない。ぶっちゃけ、逆の立場なら、疑惑の視線を向けるところだが、こればっかりは教えられない。


「まあまあ、エルザお嬢様」


 いつまでもいぶかしんでいるエルザをミレアが宥めて、この件は終了だ。

 それよりも、地下一階から地下三階まで戦闘を繰り返したことで、既に基本レベルが二つ上がっている。

 恐ろしく簡単なレベル上げに関しては、それなりの理由がある訳だが、今は置いておくことにしよう。


「そんなことより、さっさと次に進むぞ」


「う~~~っ、わかったわ。今日は地下五階くらいまでは行きたいわね」


「エルザお嬢様、あまり無理をされては……」


 どうやら、エルザは戦闘を甘く見ているようだ。きっと、そのうち痛い目に遭うだろう。

 そう考えつつも、これまでが順調に進み過ぎたことで、いつの間にか俺にも油断が生まれていたのだと知るのは、もう少し先のことだった。









 何だかんだとエルザの追及をかわしながらも、地下三階を難なく突破し、地下四階に辿り着いた。

 この時、もっと慎重になるべきだったのだが、強気のエルザに同調してしまったのは、俺の油断だと言えるだろう。


「地下四階は、ゴブリンソルジャーがメインで、遠距離攻撃をもったゴブリンアーチャーとゴブリンメイジが時々出るらしい」


「了解。それにしても、貴方、初めてのダンジョンのわりには、出現するモンスターをよく知ってるわね」


「……」


 親切心が墓穴を掘った。思わず声が詰まる。なんて答えよう。よし、これで!


「じ、事前に情報収集しているからな。俺に感謝しろよ」


 敢えて偉そうな物言いで、エルザの関心を削ぐ。その代償として、ジト目がブスリと俺の身体を貫くが、それ以上は追及されなかったので、知らんふりで先に進むことにした。

 何度かの戦闘を順調に熟し、暫く進んだ時だった。

 俺達の視界に、戦闘中のパーティーが入った。

 それ自体は、マップで把握していたこともあり、驚くこともない。

 ところが、自分の目で見た状況に焦りを感じる。

 その場所は、通路とは違い、少し広くなった場所だ。そして、それが災いした。

 というのも、俺のマップ機能では、通路から部屋の全容が確認できなかったからだ。

 そんな理由で、その広場を、その状況を、実際に視認して驚くことになった。

 戦闘中のパーティーは六人組で、既に戦闘不能となっている冒険者もいる。

 そして、そのパーティーが戦っているのは、数えるのも面倒なほどに群がるゴブリンソルジャーのご一行だった。


「ちっ、拙いな。間違いなく決壊するぞ」

 

「ど、どうするのよ。横取りなんて言われるのは嫌よ」


 エルザが言う通り、他パーティーの戦闘に介入するのは、色々と問題がある。

 下手すると横取り行為として見られるからだ。

 それもあって対処に迷うのだが、その間も激しい戦闘が繰り広げられている。しかし、どう考えても、これは逝けるだろ。

 間違いなく全滅すると判断して、取り敢えず問いかけてみることにする。

 その行動はやたらと呑気だし、奴等からすれば、それどころではないかもしれないが、これもマナーなので仕方ない。

 まあ、人の命とマナーのどちらが大切かと問われると、少しばかり困ってしまうが……


「手助けはいるか~」


「た、たのむ。助けてくれ!」


 どうやら大ピンチらしい。恥も外聞もなく、即座に助けを求める声が上がった。

 了承を得たことで、まずは魔法で数を減らすことにする。

 俺とエルザの二人がかりで、冒険者から遠い敵に向けて魔法を放つ。

 しかし、それほど効果がある訳ではない。

 ゴブリンソルジャーは、俺の『ファイアーアロー』で一撃なのだが、エルザの『エアーアタック』では一撃必滅とはいかない。それに、戦闘中の冒険者は、複数の敵に取り付かれていて、魔法では上手く援護できない状況だからだ。


「くっ、ミレア。俺とお前は、接近戦で削るぞ」


「はい!」


「エルザ、援護を頼む」


「分かったわ」


 二人が頷くのを確認して、一気に走って近寄ると、もっくんで冒険者に取り付いたゴブリンを片付ける。

 ミレアも長槍でザクザクと付き始める。

 なかなかいい感じだ。当然ながら、もっくんを一振りすれば、最低でも一体を葬れる。状況が良ければ、二体を一度に切り裂くこともできる。それに、ミレアの攻撃力も捨てたものではない。いい感じでゴブリンソルジャーを突き倒していた。


 俺とミレアの介入で、戦闘中のパーティーは落ち着きを取り戻す。しかし、この行動が裏目になる。少し離れて魔法を詠唱していたエルザが孤立してしまったのだ。


「きゃっ」


 後方からの突然の悲鳴に振り向くと、左肩に矢を生やしたエルザがしゃがんでいる。


「お嬢様!」


「ちっ、ミレア! いけ!」


「はい!」


 瞬時に判断して、エルザの保護をミレアに頼むべく声を張り上げた。

 ミレアは躊躇することなく、エルザの傷を癒すために向かう。しかし、この判断が凶となる。

 彼女が前線から抜けたことで、三体のゴブリンソルジャーが冒険者の脇を抜け、素早くエルザ達に向かったのだ。

 それに気付き、焦りが募る。複数のゴブリンソルジャーを纏めて撫で斬りながらも、ファイアーアローを発動させる。

 何とかファイアーアローを撃ち出したのだが、倒せたのは一体だけだ。残った二体がエルザとミレアの二人に襲い掛かる。


 拙い、拙い、拙い。まだ十匹以上のゴブリンソルジャー、その先にはゴブリンアーチャーにゴブリンメイジまで居やがる。


「ミレア、少し持ちこたえてくれ! ファイアーアロー」


 叫び声をあげつつも、ゴブリンメイジにファイアーアローを放つ。


「矢はまだいい。しかし、魔法は拙いのだよ」


 炎の矢は、見事にメイジを貫いた。しかし、喜んでいる暇はない。

 ゴブリンソルジャーをほふりながらも、冒険者達に呼びかける。


「少しずつ後退してくれ!」


「わ、わかった」


 目の前のゴブリンを切り裂きながら、キャストディレイが終わると、直ぐさまゴブリンアーチャーに魔法を叩き込む。

 これで遠距離攻撃はなくなった。


「あの世に逝けや! おらおらおら!」


 エルザ達との距離が少し近付くと、思わず怒りの叫びが零れ出る。

 目の前にいる三体のゴブリンソルジャーを斬り払って、ミレアと戦っているゴブリンソルジャーを背後から斬り飛ばす。そして、他のモンスターを始末しながらも、即座に二人の様子を確かめる。

 一瞥いちべつした感じだと、二人とも致命傷はなさそうだ。

 それだけを確認して、無理やり意識を戦闘に向ける。二人の状態は気になるが、そうしなければ、全員が死ぬ羽目になるのだ。


「往生しろや! おらおらおら!」


 再び前線に戻ると、漫画かアニメで見たことあるような掛け声で、モンスターの集団を斬り伏せる。

 空手で培った俊敏性ともっくんの攻撃力で、ひたすら斬りまくった。斬って、斬って、斬って、斬って、目に映るモンスターを全て斬り裂く。

 そう、俺は恐怖していたのだ。自分が死ぬことに、エルザが死ぬことに、ミレアが死ぬことに。だから、遮二無二、もっくんを振りまくっていた。そして……気が付いた時には、屍の海に一人立っていた。


 呆然ぼうぜんと周囲を確認し、もう倒すべき敵がいないことを悟ると、脳裏にエルザとミレアの姿が思い浮かぶ。慌てて二人の所に急ぐ。思考に他の冒険者など存在しない。それほどに切羽詰まっていた。


「大丈夫か?」


「ええ、なんとか……」


「はい……」


 二人とも返事のわりには元気がない。

 ミレアは腕や足などに切り傷を負っているし、エルザも肩の矢傷だけではなく、あちこちに切り傷もある。

 慌ててリュックサックから取り出した手拭タオルで、傷口の出血を拭き取りながら二人の傷を確認する。


 くっ、思ったより深手だな……くそっ!


 エルザのきれいな肌に深い傷が刻まれているのを目にして、血が滲まんばかりに唇を噛みしめる。

 しかし、後悔していても、悔しがっていても始まらない。


「ミレアの回復魔法で、どれくらいの傷が治るんだ?」


「この傷ですと、血を止めるのも難しいかもしれません」


 拙いな、ミレアの小回復魔法では焼け石に水なのか……今持っている回復薬でも似たようなものだな。

 黙考したあと、三人のステータスを確認する。


 ●=新規/▲=上昇


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 名前:ユウスケ

 種族:人間族

 年齢:十五歳

 階級:冒険者

 -------------------

 Lv:13▲

 HP:360▲

 MP:680▲

 SP:68▲

 -------------------

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 名前:エルザ=マルブラン

 種族:人間族

 年齢:十三歳

 階級:マルブラン伯爵家三女

 -------------------

 Lv:13▲

 HP:180▲

 MP:320▲

 SP:50▲

 -------------------

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 名前:ミレア

 種族:人間族

 年齢:二十歳

 階級:マルブラン伯爵家メイド

 -------------------

 Lv:14▲

 HP:210▲

 MP:360▲

 SP:120▲

 -------------------

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 二人とも基本レベルが上がって、スキルポイントが溜まっている。しかし、マナ量的に心許ない。

 くそっ、余り悩んでる時間もないし、仕方ない。

 ステータスのスキルを選択し、神聖魔法Lv2を取得した。そして、ステータス一覧を再び確認する。

 

 ●=新規/▲=上昇

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 名前:ユウスケ

 種族:人間族

 年齢:十五歳

 階級:冒険者

 -------------------

 Lv:13

 HP:340

 MP:680

 SP:8

 -------------------

 ~中略~


  <スキル>

 生活魔法

 火属性魔法Lv2

  [ファイアーボール]

  [ファイアーアロー]

 神聖魔法Lv2●

  [スモールヒール]●

  [ミドルヒール]●

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 神聖魔法の『中回復』を取得していることを確認して、ゆっくりとエルザに突き立っている矢に手を掛ける。


「少し痛いぞ」


「わ、わかってるわ。でも、ここで抜いても大丈夫なの?」


「ああ。俺に任せろ」


「う、うん」


 いつもはうるさいエルザだが、さすがに大人しくなっている。

 そんな彼女の頷きを確認して、魔法の詠唱を開始する。そして、キャストタイム満了のタイミングで一気に矢を引き抜く。

 エルザの身体なのに、なぜか自分の肩に激痛が走ったような気がした。


「うぐっ」


 痛みで顔を顰めるエルザを他所に、すぐさまミドルヒールを発動させる。

 すると、一回の発動でMP《マナ》を100も持っていかれた。

 ただ、やはり神聖魔法Lv2だけあって、その効果は素晴らしいものだった。

 肩の矢傷だけではなく、顔や手足の傷まで癒されていく。

 さすがに傷を受ける前の状態とまではいかないが、動くのに支障はないだろう。いや、時間が経てば、傷自体も消えてなくなりそうだ。


「こ、これって……」


 驚きを露わにするエルザを無視して、ミレアを治癒する。

 エルザと同様に、傷跡は残っているものの、傷口は完全に塞がっているようだ。宿でもう一度かければ、きれいさっぱり治るだろう。

 彼女達の治癒を終え、他の冒険者達の様子を覗う。


「まるで、生きる屍だな……」


 それは、アンデットという意味ではない。

 戦いを終えた冒険者達は、息も絶え絶えで転がっている。一応、全員生きているようだ。

 しかし、受けている傷も半端ない。全身血だらけといった感じだ。それこそスプラッターだな。


「回復薬はあるのか?」


「ああ、初級回復薬だけだがな……」


 それは、命知らずだな。たったそれだけの装備でダンジョンにくるとか、自殺行為だとしか思えない。よほど舐めているのか、己惚れていたのだろう。

 まあ、それは自分にも言えることだから、敢えて口にしない。

 ただ、今後の展開を想像して、冒険者達を神聖魔法で回復させることにした。

 というのも、彼等をここに置いていく訳にはいかないだろうし、出口まで護衛するにしても、怪我人だらけ、且つ六人なんて無理だ。それに、一人は重傷のようだ。


「ブツブツブツ、ミドルヒール!」


 詠唱がないことを悟られる訳にはいかない。仕方なく詠唱をしている振りをして魔法で回復させる。


「あの剣技に、攻撃魔法、中級回復魔法、凄すぎる……」


「か、神か」


「いや、あの戦いぶり……剣鬼だろ」


「おいおい、お礼が先だろ。ありがとう」


「た、たしかに、ありがとう。助かったよ」


「あの状況だったから、覚悟してたんだが……本当にありがとう」


 六人の冒険者達は傷が癒されて調子が戻ってくると、次々に喝采の声をあげ、感謝の言葉を口にした。

 それにしても、ゴブリン如きで神や剣鬼は大袈裟だろ。お前等、いったいレベル幾つだよ。


「オレ達、『殲滅者』っていうギルドランクFの六人組パーティーだ。今、手持ちが少ないんで、帰ったら必ずお礼するよ」


 おいおい、『殲滅者』って、お前等、やられる側だよな?


「いや、お礼はいいよ。俺が勝手にやったことだから……」


「ちょ、ちょっと、ふがふがぐふぁ」


 異議がありそうなエルザを、後ろから抱え込んで右手で口を塞ぐ。

 ふぐふぐ言っているが、いつものように黙殺する。


「いや、しかし……」


「本当に構わないんだ。気にしないでくれ。もし、どうしてもと言うなら、今後、良い情報があったら教えてくれ」


「本当にそれでいいのか。オレ達は助かるけど……」


 さすがに、ここまでしてもらってお礼が要らないと聞いて、殲滅者の面々がぶっ魂消ている。


「ああ。問題ない」


「ふぐふぐふぐ」


 冒険者達と話を終え、エルザを抱え込んだまま、彼らから離れて移動の準備に取り掛かる。


「ちょ、ちょっと、いつまで抱き着いてるのよ。スケベ」


 右手が緩んだところで、エルザから「セクハラよ」と言わんばかりのクレームが入る。

 まあ、セクハラと言えばセクハラだな。だが、俺はロリコンではないし、よこしまな考えはなかったので無罪だろう。

 それに、心温まる感触もなかったし、文句を言われる筋合いはない。

 そんな言い訳を自分自身にしながら、エルザを解放する。


「まったく、いやらしいんだから。それより、どうしてお礼を断るのよ。当然の権利じゃない。凄く痛い目にもあったし、それに見合う報酬は欲しいわ」


「いや、冒険者から稼ごうだなんて思ってないし、彼等を助けたのも、俺がそうしたいと思ったからだ。だから、お礼はもらわない」


「素敵です。ユウスケ様」


「心配するな。お金なんてどうにでもなるし、お前達もちゃんとロマールまで送り届けるからな」


 本来であれば、エルザの意見は尤もだと思う。しかし、上手く表現できないが、どうしても俺の気持ちが、それを拒否するのだ。

 現時点でお金に余裕があるのは事実なのだが、きっと懐が寂しくても、餓死する状態とかでなければ、同じ行動を執ったと思う。

 エルザに言ったように、それくらいの金なら直ぐに稼げるのだし、お金よりも自分の気持ちを大切にしたかったのだ。


「でも……」


「エルザお嬢様、ここはユウスケ様の言う通りにしましょう。ユウスケ様の言動を否定すると、私達を助けてくれた気持ちすら否定することになりますから」


「そ、それもそうね……ごめんなさい……」


 ミレアから宥められて、エルザは押し黙る。ただ、その後、ボソボソと消えそうな声で謝罪してきた。


 初めてエルザの謝罪を聞いた気がする……気の所為だろうか。いや、空耳か?


 その後、色々と相談した結果、今日は先に進むことを諦めて宿に戻ることにした。

 珍しく、しおらしくなったエルザをミレアが元気づけながら、来た道を戻り始める。ただ、それを遠くから観察している金色の双眸があったことなど、いまの俺に気付く余裕は残されていなかった。










 ダンジョンでは酷い目に遭ったが、なんとか無事に宿に戻ることができた。

 三人とも風呂や食事を終え、エルザとミレアは部屋に置かれたソファーでのんびりとくつろいでいる。

 俺はと言えば、室内に干されたエルザ達の下着を眺めていると誤解されないように、ベッドの上で横向きに転がった状態で、ステータス表示を確認している。

 ダンジョン攻略は今日で二日目だが、数日で全攻略なんて考えている訳ではない。だから、焦って下階層へ挑戦する気持ちもない。だが、少しでも力を付けたいのは、正直な気持ちだ。


「はぁ~~~」


 既に何度も確認したステータス表示を見ては、何回目とも分からない溜息を吐く。

 あの時は傷付いたエルザ達を目にして、自分では冷静なつもりだったが、かなり焦っていたのだろう。思わず神聖魔法Lv2まで取ってしまった。

 今後のことを考えると失敗とも言えないが、残りのスキルポイントを見ると、どうしても溜息が漏れてしまう。

 

 ●=新規/▲=上昇

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 名前:ユウスケ

 種族:人間族

 年齢:十五歳

 階級:冒険者

 -------------------

 Lv:14▲

 HP:360▲

 MP:720▲

 SP:20▲

 -------------------

 <固有能力>

 空間制御:F [アイテムボックス][浮遊]

 伝達制御:- 

 状況把握:F [マップ]

 取得経験値増加:F

 補助機能:MAX [ヘルプ機能]

 言語習得:MAX

 

 <スキル>

 生活魔法

 風属性魔法Lv2

  [ファイアーボール]

  [ファイアーアロー]

 神聖魔法Lv2

  [スモールヒール]

  [ミドルヒール]


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 帰り道の戦闘で基本レベルが一つ上がった。そして、固有能力ランクがGからFランクとなったことで、『浮遊』能力を得たのを始めとして、マップ機能が十メートル範囲から百メートル範囲に拡大したのと、マップ上のマークで人間とモンスターの区別ができるようになった。

 まあ、これはかなり有効だと言える。

 次に取得経験値増加率が上がり、1.5倍から2倍となった。更に、アイテムボックスが20種×30個と拡張された。

 ランクアップにより全体的に大きく強化されたと言えるだろう。但し、Fランクの『浮遊』は高度五メートルであるため、使い勝手は微妙な気がする。


 色々と成長して嬉しいことばかりのはずだが、気分は最悪だった。

 落ち込んでいる理由というのは、スキルポイントが残り20ポイントとなっていることだ。

 今後の戦闘を考えると範囲攻撃魔法が欲しかったのだが、いまさら言ってみても、一般的によく使われる『あとの祭り』ということわざがピッタリね。って、感じだ。


「なに、さっきから溜息ばかり吐いてるのよ」


 溜息を不審に感じたのか、それともウザかったのか、ベッドに移動してきたエルザが顰め面を見せた。

 因みに、ベッドの並びは、俺、エルザ、ミレアの順だ。これはミレアの暴走を阻止する意味を持っている。

 そう、エルザが最強の防護壁となって、俺の童貞を守っている。ん? なんか違う?


「な、なによ」


 ゴロリと身体ごとエルザに向けると、俺の表情が情けなくもうらやましげな雰囲気だったのだろうか、エルザが怯んで後退りする。


「何でもないんだ」


 羨ましくもなるというものだ。

 二人とも基本レベルは上がっているものの、スキル取得をしていないので、ポイントが恐ろしく貯まっている。

 こちとら、溜まっているのは、ナニだけだ。


 ●=新規/▲=上昇

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 名前:エルザ=マルブラン

 種族:人間族

 年齢:十三歳

 階級:マルブラン伯爵家三女

 -------------------

 Lv:14▲

 HP:190▲

 MP:340▲

 SP:120▲

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 名前:ミレア

 種族:人間族

 年齢:二十歳

 階級:マルブラン伯爵家メイド

 -------------------

 Lv:15▲

 HP:220▲

 MP:380▲

 SP:132▲

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 くそ、分けて欲しいくらいだ。

 

「また隠し事かしら。ちょっと多過ぎじゃない? 少しは白状しなさいよ」


 白状しても良いのだろうか?


 俺としては、できれば目立たずに過ごしたいのだ。しかし、俺の固有能力が白日はくじつの下に晒されたら、大騒ぎになるのは必至だ。

 それに、クラスの奴等を召喚したなんちゃら王国――既に王国名を覚えていない――に知られたくない。


「少しは、私達を信用してちょうだい。貴方の秘密を漏らしたりしないわよ」


「私も絶対に口にしません」


 口約束は怖いよな~。ラノベとかだと、知られた途端にてのひらを返されるパターンだ。

 力を得た理由は隠したままで、スキル取得可能な能力だけを話すか、それとも……いや、先ずは確かめることがある。


「今更だけどさ」

 

「なになに?」


 なんでそんなに楽しそうなんだ? まだ教えるとは言ってないぞ。


「お前達、どこから来たんだ?」

 

「は~~~あ!? 今更それを聞くの? それに、お前は止めて」


 だから、前置きを入れたじゃないか!


「はいはい。エルザやミレアは、勇者召喚してる王国を知ってるのか?」


「え? 貴方、勇者なの?」


「ちゃうわ~」


「ゆうしゃ、ゆうしゃ、ゆうしゃ……」


 エルザが先読みの術を仕掛けてくる裏で、ミレアの発作が始まっている。

 本当に恐ろしい奴等だ。


「残念ながら、俺は勇者じゃない。ただ勇者を求めている王国があると耳にしたから、気にしただけだ」


「そうね、勇者にしてはルックスがイマイチだものね」


 でっかいお世話だ! だいたい、勇者と顔に、なんの因果関係もないだろ。


 一応、背丈は成長中でまだ百六十八センチだけど、顔は我ながらまあまあだと思ってたのに……まあ、自己評価だから、多少は盛ってるけど、決して不細工ではないと思う。それをイマイチとか言いやがった。くそっ、助けてやるんじゃなかった……


「ミストニア王国が過去に勇者を召喚してます。彼の王国では伝説級の存在で国民から尊ばれていたとか……しかし、周辺各国では極めて悪質な存在だという史書も残っています」

 

「そう言えば、あの王国は勇者を利用して、のし上がったとも言われていたわね。私も噂でしか聞いたことがないけど、あまり良い評判はないわね」


 ミレアとエルザの話は、エルソルの話と一致する。恐らく、それが真実なのだろう。


「それで――」


「違うわよ」


 くそっ、また先読みしやがった。ニュータイプが化け物といわれる所以ゆえんだな。


「私達はローデス王国を挟んでミストニア王国と反対側にあるルアル王国から来ました。国交はあるものの、実はあまり仲が良いとは言えませんね」


 ミレアの話によると、東からミストニア王国、ローデス王国、ルアル王国と並んでいるらしい。

 それを聞いて色々と悩んだ末に、スキル取得に限定した情報を教える事にした。


「実は、俺はスキル――」


「スキルを自由に取得できるでしょ?」


 俺のセリフは、ニュータイプによって阻止された。もういいや、好きにしろ。


「自由というのは語弊ごへいがあるが、そんな感じのことができる」


「やっぱり、そうだと思ったわ。急に魔法とかバンバン使い始めたし、詠唱がいらないなて知ってたし。貴方は使徒なの?」


 使徒なんて呼ぶなよ。俺の中では、使徒=災厄のイメージしかないからな。

 これは俺が持っている勝手なイメージだが、使徒とは再生を目的としているから、第一段階の行動は消去のような気がする。

 きっと、アニメに毒され過ぎなんだろうけど……


 最終的に、使徒や勇者といった大袈裟な話を全て否定したのだが、彼女達がそれで納得したかは定かではない。

 それよりも、この後でスキル取得について大騒ぎになったのだが、それについては、またの機会としよう思う。

 それにしても、異世界にきてから心休まることがないのだが、誰か癒しを与えてくれないだろうか。

 ベッドの上に転がったまま、エルザの可愛いパンティーを眺めながら、そんな無い物ねだりをしてみる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る