第19話
勝った幸隆は試合を応援していた海生に駆け寄っていた。
「海生! お前のおかげで勝てたよありがとな!」
抱き締めてくる幸隆に、海生はハニカんだ様子で答える。
「大袈裟だよ幸隆……おめでとう」
恥ずかしがりながらもそれに応じ、抱き締め返す海生。
その後も肩を組みながら笑いあって話す二人。幸隆の方は二年生に勝てたことがよほど嬉しかったらしい。
かなりセンスがあるとは言ってもまだレスリングをはじめて三ヶ月。
上級生に勝つのは難しい。それは個人競技において自分一人で戦わないといけない、自分自身の力のみで相手に勝たないといけないという理由からだろう。
だからこそこの勝利は価値があった。
「待って待って……尊いよ優香。あの二人尊いよ」
「ちょっと私受け止めきれないくらいやばいよ美優。……ごめんちょっと私トイレ行ってくるね」
何故か興奮した様子のままトイレに行く優香。
一人残った美優はその後もしばらく幸隆と海生の様子を見守っていた。
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一年生に負けた。これにはかなりショックを受けた。
新人離れした一年生で、かなりの実力を持っていた選手だったがそれでも一年生だ。
彼からは、どうしても勝ちたい。この勝負を何がなんでも勝ち取るという気迫が伝わってきた。
どうしてそこまで部活に気持ちをかけられる。
どうしてそこまで一生懸命になれる。
そしてどうしてこんなに……自分は悔しくなっている。
レスリングを辞めようとしていたのではないのか?
レスリングに情熱をかけられなくなっていたのではないのか?
「どうしてこんなに悔しいんだ。くそっ! こんな気持ちのままレスリングを辞められるか」
男子トイレの個室の壁をなぐり呟いた當間忍は、レスリングを続ける事を決意し思いを新たにする。
「山本幸隆……今度当たったら絶対に負けない」
そう吐き捨て男子トイレを後にした。
「偶然とはいえ良いことを聞けた。幸隆はここでもまた一人男の心に火をつけたか……もう私の興奮が治まらないよ。はぁはぁ」
何故か男子トイレの隣の個室から出てきた優香は呟いた。
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個人戦55㎏級の試合で幸隆は、三位で幕を閉じた。
一位と二位は他校の三年生と二年生だ。
善戦したものの、一歩及ばなかったが人数が多い55㎏級で一年生の最初の大会で三位になれたことは異例だった。
次の60㎏級の試合は、龍生の優勝で幕を閉じた。
龍生は圧勝を繰り返し、決勝戦も当然の様に勝利した。
さすがは全国でも勝つことが出来る選手である。
そして66㎏級の試合が始まる。66㎏級の人数は海生も含めて四人。
階級によって人数にばらつきがある沖縄の高校レスリングは、この階級からぐっと人数が少なくなっていた。
海生にとっての初の公式戦。幸隆の試合を見ていた海生は、少しの緊張と気持ちの高揚を感じていた。
一回戦の相手は同じ一年生らしい。
条件は同じ。後は練習を思い出してぶつけるだけだ。
着替えて試合に向かう直前声をかけられた。
「かいせいっ!」
声をかけてきたのは幸隆だ。痛天高校のジャージに身を包んだ姿で歩み寄ってきた幸隆は落ち着いた様子だ。
「同じ一年生相手にお前が負けるわけがない」
ニッと笑顔を見せて握りしめた拳を前に出してくる幸隆。少し照れくさそうに笑いながら海生は言葉を返す。
「幸隆には負けそうだけどね」
「俺はちょっと特別だからなっ」
自信満々に答える幸隆に、笑いながら同じように握りしめた拳を前にだして合わせた。
相手は一年生だ。バレーボールをやっていた時のように不誠実にやってきたわけではない。この一ヶ月、真剣に取り組んだ。
期間は短いがやってきたことをぶつけられる場だ。
負ける気はしない。
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