第14話
五試合目、74kg級の試合が始まった。試合開始の合図と共に前に出たのは安則だ。
基本的に、74kg級から重量級と言われる体重が重い階級へと分類される。重量級になればなるほど動きはゆっくりになり、力での押し合いになる。
個人差があり、重量級でも早い動きや攻撃を仕掛ける選手もいるが、どちらかと言えば少しずつ動きや技がゆっくりになるのが通説らしい。
前に出て自分の射程距離に入る位置にまで近づいた安則は、タックルに入るモーションに入った。相手の豊は手を前に出しそれを止めにかかるが、止めにかかった腕の手首を下から掴み、引き寄せて自分の上を通過させて安則はタックルに入った。
だがそのタックルは失敗に終った。入り方は完璧だったはずだった。しかし安則のタックルは、豊の左腕の肘のみでガードされており、その状態で止められてしまっていた。
「嘘でしょ?」
安則は一旦その肘を振り払って距離を取る。豊さんは無言で安則を睨みつけている。
だがそれでも安則は、一瞬の躊躇が無かったかのように攻撃に徹する体制に入った。
そして組み合った瞬間。豊が滑りこむように右膝を安則の左足の前に付き、右手でその足を抱え込むように引き寄せ、回転させるように投げた。
投技の一つで、『ヒコーキ投げ』と言われる技が綺麗に決まった。
「うわっ綺麗に決められちゃった。ビックポイントだ」
一緒に試合を応援していた紀之が声をあげる。あんなに綺麗に決められてしまったのを見れば無理もない。
「でも凄いよね。技や筋力なんかもそうなんだろうけど、もう団体戦自体は負けが決まってるのにあそこまで本気で戦えるなんて……どうしてだろう」
「確かに凄いな……ただ」
どうして本気で戦えるか、それはプライド以外の何者でもないことを、海生は知っている。
「くそっ まだよ」
投げられた直後に瞬時に前に向き直り、腕を前に出して牽制しようとする安則。だが次の瞬間、そのだした腕が絡み取られるように引っ張られたかと思うと、引っ張られた時に出てしまっていた右足に豊の右足がかけられ、後ろに押し倒されてしまっていた。
「お前は強いよ安則、だが俺は負けるつもりはない」
後ろに倒された安則の右横に瞬時に移動し、固め技を決める豊。必死に抵抗するも、既に外すことが出来ないほどに固められて閉まっていた腕と上半身は、動かすことが出来ずそのままフォール。
この試合は城高校の豊の勝利。84kg級と120kg級の二戦は通店高校の不戦勝になるため、六勝一敗で団体戦は通天高校の勝利で終った。
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試合後のミーティングが終った後、上地は匠を体育館内にある控室に呼び出した。
「どうしたんだ匠。らしくない試合だったじゃないか」
大嶺護との試合でのことだ。普段は技を駆使して戦う匠が、腕力のみに頼った戦い方をしていた。上地としても、理由を聞いておきたかったのだ。
「……去年、いや今年の二年生になる直前のことです」
匠は語り出す。今日の試合で力任せな試合をしたことのきっかけを。
「俺、あいつと試合して、技をことごとく潰されたんです。その時に思いました。こいつに技や技術でかなわないって」
一年生として行った最後の試合でのことだ。
今年から赴任してきた上地はこのことは知らない。
「だからか。力任せに試合に挑んだのは」
「はい……腕力なら、俺のほうが上だと思ったので」
「そうか。でも今の戦い方だといずれ限界が来る。今日の試合もギリギリだったしね」
「はい……」
「それに、そのまま負け続けるつもりはないんだろう?」
「……え?」
上地の言葉に匠は驚いたような顔をする。
「技を磨くことを辞めてないことは練習を見れば分かるよ匠。それにお前は、このまま負け続けるような子じゃない」
「……っ」
普段の練習を良く知る上地。今年赴任してきてそこまで長く部員と接したわけではない。それでもそれは生徒であり教え子である部員達を信頼している上地ならではの言葉だ。
練習では色々なことを教えてくれたり、沢山のアドバイスをくれる上地。
ただ試合ではあまり多くは指示を出さない。それは練習してきた部員達に、もう既にどう戦えば良いか考える力が備わっていると思っているからだ。
「今日の試合は良い。これからも練習し続けて、技でも護に勝ちなさい」
「はい…っ頑張りますっ……」
匠は涙を流しながら決意を胸にする。
こうして一年生の時に出来た心のわだかまりを、レスリングを一年続けた先輩である匠はふりきった。
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