第10話 怪談!慟哭の杜(もり)

まだ、東京赤坂でOLをしていた頃の話しだ。


勤めていた会社は、「ビルヂング」と名のつく、

当時としてはまだ珍しかった現代的超高層ビルだった。


近くには、勝海舟が寓居址もあり、

江戸時代は、

「山の手」といって

武家屋敷の多い地域であった。

今は、開発がすすみ、

現代と江戸の面影を残す

不思議な光景であった。


フランス人の客が来社することになり

私が案内する担当になった。


赤坂には、割烹やすし屋が多く、

10年つづいた

デフレの平成不況で

かなり価格が抑えて設定してあった。


元首相もお気に入りの有名イタリアンレストランがあり、

ペンネのパスタが本格的においしく、

デザートのパンナコッタが絶品であった。


お客様のフランス人を案内していたときだ。

「ビルヂング」の横に、

コンモリと生い茂った森がみえる。

お社(やしろ)があるようだ。

通勤しているときは、

全く気がつかなかった。


その杜をとおりすぎたとき、

はっきりときこえたのだ・・・


人々の逃げ惑う声、

燃え盛る火

パッと目に浮かんだ。


私が真っ青な顔で

ガタガタ震えはじめると

フランス人の客も

真っ青な顔で

振るえていた。


フランス人の客も、

ひどく異常な「叫び声」と

「慟哭」をこの杜を

通り過ぎるとき

確かに聞こえたという。


お客様のフランス人は、

昨日成田に到着したばかり。

日本語は全くわからない。


空耳だったのだろうか。


それにしても、

二人で同時に聞こえる

空耳なんてあるのだろうか・・・


その週末、ひどく気になり、

この周辺をじっくり散歩した。


この周辺は、

小高い台地になっており、

第二次世界大戦中、

東京大空襲のときも

比較的被害が少なかった地域である。


近代的な超高層ビルの一角に

こんもりと森と社がある。


戦後、玉音放送を聴いたあと、

親衛隊とよばれる人が、

後をおって、命を絶った。


その冥福を祈り、

小さな祠と社がひっそりと建っていたのだった。


<完:慟哭の杜(もり)>

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