どーでもいい知識その② 完璧の「璧」は玉
東洋でしか作れなかった時代、危険を冒さなければ手に入らない絹は、金に等しい価値を持っていた。事実、砂漠各地の市では通貨そのものの役割を果たしていたと聞く。
それほど価値のある絹を、西洋の人々がいつまでも指を
六世紀、東ローマ帝国の皇帝ユスティニアス一世は、中国にキリスト教の修道士を送り込み、カイコの繭を盗み出させた。
厳しい監視をかいくぐるため、修道士たちは杖に繭を隠し、当時ローマ帝国の首都だったコンスタンチノープルに持ち帰ったと言う。以来、中国の独占市場だった
特にヴェネチアは絹の生産に熱心で、織物職人まで中国から呼び寄せている。絹の輸出によってもたらされた富は、市民に芸術家を援助する余裕を与え、ルネサンスを
シルクに対していまいちメジャーではないが、西洋にも馬と
当時、中央アジアで育てられた馬は、東洋のそれより優れた能力を持っていた。
もう一つの交易品である「
古来より東洋の人々は
中国の人々が礼服を着た際に用いる飾りにも、権威の象徴として
中国の
知名度こそシルクに劣る
実際、神話の終焉から紀元前一〇〇〇年頃までを指す
ホータンが
街を潤すそれは、どちらも
かつてホータンに存在した
一三世紀、モンゴル帝国が中国から東ヨーロッパまでを支配下に置いたことで、国家間のイザコザと無縁になった交易路は繁栄の時を迎える。だが続く一四世紀、モンゴル帝国の分裂によって、国境に邪魔されない往来は早くも幕を下ろすことになった。
香辛料を求める西洋人が東方への航路を切り開いたこともあり、交易の舞台は陸から海へと移り変わっていった。一六世紀現在、羅針盤や航海技術の発達も影響し、干からびた砂漠の道は衰退の一途を辿っている。
「おばちゃん、駅ナカのシュークリームが好きなんだよ!」
甘く香ばしい匂いがテンションを上げ、自然と身体が飛び跳ねる。ふわっとTシャツの裾が
「あの中、映画館もあるんだよ……って、もう知ってるか」
思わず苦笑し、タニアは駅ビルの入口に目を向ける。
案内板の横に掲示されたポスターには、金髪のヤモリがへばり付いていた。キラキラとミラーボールのように輝く瞳は、ただ一心に仮面を
「帰りに観てこっか?」
「い、いいんですか!?」
絶叫し、シロはタニアに突進する。重低音の足音を轟かせ、土煙を引き連れた様子は、アフリカゾウの大移動としか言いようがない。
「おばちゃん、退院の手続きに時間が掛かるって言ってたし」
精密検査の結果、異常の見付からなかったアルハンブラは、昼前にも退院出来る予定になっている。帰り道は警備船に送ってもらうことになった。三日前の事件以来、〈
「うおっしゃあ!」
バリトンな歓声を響かせ、シロはアクロバティックにガッツポーズを取る。駅前と言うパフォーマンスに最適なロケーションもあってか、通行人の何人かは小銭を出そうとしていた。
ご機嫌なのは、「花より仮面」なアラサーだけではない。
め~♪ め~♪ め~♪
タニアの懐に収まったメーちゃんも、浮かれたように鼻歌を口ずさんでいる。待ちに待った再会とあって、昨日の夜からずっとこの調子だ。
メジャー調のメロディに合わせ、翼を振り上げる姿は、タニアの口から脱力した笑みを引き出していく。一方で、もうすぐこの賑やかな声が聞けなくなると思うと、少し寂しい。
「……お前ともあとちょっとでお別れだね」
何気なく口を開くと、らしくもなく女々しい声がこぼれ落ちる。
めっ!?
目を伏せたタニアを見た瞬間、メーちゃんは鼻歌の音程を外し、大きく肩を震わせる。
「ごめんごめん、お前、ご主人さまと逢えるんだもんね。喜んであげなきゃダメだよね」
感動の再会に水を差してしまったタニアは、これ以上メーちゃんが気に病まないように努めて軽く謝る。
震えだした唇を何とか内側に折り込み、口角を
「もう二度とご主人さまから離れちゃダメだよ」
やんわりと言い聞かせ、タニアは手放すには惜しい毛並みを撫でる。凛々しい顔で顎を沈めると、メーちゃんは翼を使い、繰り返しタニアの手をさすった。生意気にも慰めてくれているらしい。
鼻水を
鉄琴の音が五時を告げるチャイムと重なったのだろうか、タニアの脳裏に自宅が浮かび上がる。三日以上も離れ離れの玄関を潜ると、台所から漏れ出す湯気が胃を鳴らした。味わい深いかつおぶしの香りは、伯母自慢のお味噌汁に他ならない。
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