⑦Over Soul
「どうした、お嬢ちゃん? 鬼ごっこでもするのかい?」
ベロベロとツチノコそっくりの舌を出し、モグラはシロを挑発する。
「生身じゃ……」
顔を歪ませながら絞り出し、シロはジャージのポケットを垣間見た。
出血のせいだろうか、一連の攻防で充血していたシロの唇が、たちまち青紫に染まっていく。今さらモグラに恐れを成したようにシロの肩が震えだすと、荒い呼気を吹き付けられた地面から重々しく砂埃が散った。
唾を呑み、喉が硬く波打ったのをきっかけに、シロの手がズボンのポケットに忍び寄る。身体の表面を伝い、恐る恐る這い進む様子は、まさに忍び足。行きたくない、行きたくないと傷口から爪を立て続けた指は、シロの胸から腰に
ポケットに詰め込まれて尚、往生際の悪い手はぐだぐだと蠢き、
一向に出て来ない引きこもりに見切りを付けたのか、シロはポケットから背後に目を移す。まずオープンシップのカップルに向かった視線は、
「私が、私がやらなきゃ……!」
ぐぅ……! と
鉄格子のように固く閉じた指が握り締めていたのは、純白の
葬式の花輪のように飾り付けられた髑髏たちが、汗に塗れておどろおどろしくテカっている。
「おもちゃで遊んでくれるのかい?」
モグラが吹き出したのを皮切りに、〈
賛同するのは
おもちゃ屋の売れ残りにしか見えないそれで、シロは何を打開するつもりなのか? まさかモグラには勝てないと悟って、大好きな〈
呆れ果て、立ち尽くすタニアとは対照的に、シロは顔中にシワを浮かせている。
「これを、これを使えば……!」
シロは汗で滑る
その瞬間、時間が止まった。
短剣のように
ぶるぶると震えていた唇、
そしてシロの呼吸さえもが、完全に静止している。
ハッ!
意識を取り戻したように息を吐いたシロは、歯を食いしばり、左手を睨み付ける。だが細い首に血管が浮き上がっても、左手は動かない。
片手では無理と判断したシロは、左手に物々しく爪を立てた右手を添え、横に引っ張ろうとする。だが踏ん張ったせいで胸の傷口から赤いシミが広がっても、左手はビクともしない。
ふふ……。
思い通りに動かない左手を眺めていたシロから、力の抜けた笑みが漏れる。あまりの役立たずぶりに、つい失笑してしまったのかも知れない。
シロの右手が
「……逃げて」
呟いた刹那、シロは幾分か軽くなった左手を抱え、モグラに突っ込む。相手が面食らっている間に巨体を抱え込み、シロはモグラの脇の下に手を差し込んだ。ボクシングで言うクリンチの体勢だ。
「放せ! 放しやがれ!」
狙いを二の次にした乱打が背中を肩を後頭部を打ち据え、シロの身体が痛々しく跳ねる。サンドバッグを打つような衝撃音が輪唱し、がくん、がくんとシロの腰が沈んでいく。だが咳と一緒に噴き出す血がモグラの顔を赤く染めても、シロはクリンチを解こうとしない。
「逃げて!」
今度は絶叫し、シロは恐ろしささえ感じる
「逃げ……る?」
真っ白くなりかけている頭に全神経を集中させ、何とか次に
アルハンブラをシロを見捨て、背中を向ける?
したくない。
では〈
出来ない。
希求にも実力にも見合った行動が見付からない内に、行く道にも来た道にも進めない身体が現在地で足踏みを始める。そうやって歩数を増やしているだけの間にも、モグラの肘がシロを
「おい見ろ、もう一匹いるぜ」
シロの視線を追ったのか、ヘルメットの男がタニアを指す。途端、〈
「へへ……、今日は大漁だな」
粘っこく舌なめずりし、ヘルメットと三段腹の男が歩みだす。
足を
「こぉんにちはぁ」
凶悪にほくそ笑み、三段腹はタニアの肩に手を置く。腰に力の入らなくなったタニアは、
めぇ!
情けない姿を見ていられなかったのか、メーちゃんは勇ましく吠え、タニアの懐から飛び出す。そうして三段腹の前に立ちはだかると、番犬が侵入者を威嚇するように
「邪魔なんだよ!」
鬱陶しげに吐き捨てた三段腹は、メーちゃんの頭上に巨大な足を振り上げる。
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