こちら転生案内事務所です。

白詰 みつは

わたし達の未来について

「はい、こちら転生案内事務所です。一之瀬がお伺いいたします」


 いつものようにワンコールで受話器を取り、いつものように愛想のよさげな声音で、いつものようにマニュアル対応に徹する。


「はい、転生システムのご利用についてですね。ではまずお名前と年齢、ご職業、それから現在患っている病気や服用されているお薬がありましたらお教えください」


――65歳に、現在はアルバイト……過去にうつ病で通院していた、っと。


 顧客の個人情報をタッチパネルに打ち込み、データーベースに検索を掛けて転生システムの対象内かどうか照らし合わせる。


「ニシカワさまはご家族がいらっしゃらないようなのですが保証人になってくださる知人の方などいらっしゃられるでしょうか。一応、こちらから保証人代理を付けることもできますが、ただ手数料などをいただくことになりますが……」


 顧客は陰気臭い暗い声音で提案に了承する。

 この時代、家族も知人もいない独り身の老人は珍しくもなんともない。近年では離婚する夫婦は軒並み増えており、さらに生涯独身というものもかなり多い。超少子高齢化になることはわかっていたはずなのに、どうして今の老人たちはなんの対処もしなかったのだとつくづく疑問に思うどころか最早呆れてしまう。

 こういう手合いを毎日相手しているとこちらまで気が滅入りそうになる。まぁそれがこの仕事の辛いところ。けれどそれに見合った賃金をいただいているから今のところはやっていけている。


「はい、それでは転生システムのご利用にあたって幾つかご説明させていただきます。まず転生システムはオーグメント・リアリティを活用した終身葬送サポートです。当事務所ではお客様に満足していただけるように、ご希望の容姿や世界の形成まで徹底的にまでカスタマイズし、お客様に安全で安心できる新たな人生にお送りするのを第一に考えております。お客様の中にはお好きな小説や映画を持参していただき、それを元に優秀なデザイナーが世界観の形成をさせていただいたりしております」


 今の時代、ゲーム先進国の米国で作られた自動生成エンジンのおかげでゲームの世界はよりリアルに、より手軽に作れるようになったらしい。

 そして21世紀も半世紀経過した2056年の今、時代はARゲームが到来しようとしていたが、ひとつ弊害となったのが身体への端子を埋め込み手術が必要であったのだが、人道的ではないと世間からの批判が大きかった。

 けれどそこで目がつけられたのが近年進められてきた安楽死サビースだった。安楽死がこの国で認められたのはほんの数十年前のこと。日本は2020年以降、超少子高齢化と経済衰退、更には政治の形骸化と戦後以来の未曾有の危機に陥ってしまった。国はアノミー的な自殺者の増加と年金制度の崩壊が重なり老人の扱いに困っていた。年老いた民衆の国へのヘイトは飽和し世間は緊迫化、そして国がついに出した決断は生産性の低い老人たちをスケープゴートにして追放することだった。すなわちそれが安楽死制度の誕生のことを意味をなしていた。

 無論、他国からの批判は大きかったがそれを振り切って安楽死制度を設けたことは非常に大きな成果があった。

 安楽死サービスは民間企業に委託されバリエーション豊かなサビースが各々企業から設けられ、今では60歳以上の利用者は十人中一人と多く老人たちがサービスを利用している。

 そしてこの転生システムもその安楽死サービスの一環だ。非難されていたAR手術の導入も老人が心置きなく尊厳死に挑めるためにと大義名分を授かったことにより、世間に認められた。いや、有識者達も邪魔な老人たちを追放するために認めざるえなかったのかもしれない。

 ともあれ転生システムはAR開発企業の貴重な発展場となったことにより海外企業の投資や、安楽死サービスを行っているため国からの補助金も貰えているのでわたしが務めるこの事務所も潤っている。

 正直、こんなことを言っていしまっては身も蓋もないのだけど、転生なんて言葉の

綾で、やっていることは脳を電脳化さして、意識を肉体から引きはがし、人工透析を行いながら利用者が死ぬまでヴァーチャル世界で第二の人生を送ってもらうのがこのサービスの正体だ。


――まぁ嘘はついていない……と思う。


 ともあれ、この電話越しにいる冴えない老人もわたし達にとっては大事な顧客なのだ。

 わたしは引き続き彼に説明をする。


「そしてニシカワさまにはサービスを利用するにあたっての同意書などの資料を提出していただき、国からの了承を得ましたら、簡単なAR導入手術を受けてもらい、それが終わればいよいよ転生システムをご利用していただくことになります。そしてここからはアフターサービスのお話しなのですが、契約期間がまず三年から八年間ありまして、それからお客様のご希望があれば現在の記憶を消去して新たな人生にお送りすることもできるのですが――」


 顧客は説明を遮り”一番安いので”と頼まれる。転生システムは他の安楽死サービスに比べAR導入手術やサービス利用後も身体を培養ケースに保管する必要があるためそれなりに高めの料金設定となっている。けれどそれでも現実世界でかかる衣食住の費用に比べれば安い。

 まぁ当たり前の話だがお金がある人間が安楽死を選ぶことはそうそう少ない。大抵このサービスを受ける顧客は現実世界から逃避したいが、普通の薬品投与などの安楽死で直ぐに死ぬのは怖いというそんな人がこの転生システムを利用する。

 契約期間が定まっているのは顧客の使える培養ケースに数の決まりがあるため、一定期間でローテーション形式で使いまわせるようにしているからだ。3~8年間は短いと思われがちだがバーチャル世界の体感時間は現実世界よりも何十倍も早く感じるらしい。そのため転生後に世界を充分堪能していただき、契約期間が迫ると自動的にバーチャル世界も終わりを迎える演出になっているそうだ。


――残念ながら転生しても永遠の人生を送れるわけではない。


 だから格安プランでも顧客が満足して死ねるようになっている。


「では、バリュープランの三年契約で転生後の世界デザインはこちらで用意する形でよろしかったでしょうか?」


 顧客は相変わらず陰気な生返事で返す。これだからゆとり世代という人たちは嫌いだ。わたしはまだ25年しか生きていない若輩者だが、この人はわたしの二回りも長く生きているというのに到底人生の先輩だとは思えない。このゆとり世代という人たちはコミュニケーションを取ろうとしない人間が多く、そのくせ他人を貶めることは達者だ。まさしく老害。

 わたしが生まれる前のこと、20年代以降、日本は経済危機に陥っていたというのにこの人達はまるで他人事のように社会に居座り続け停滞させていた。政治に関しても無関心な人が多くそのせいで衆愚政治になってしまったとも言われている。年金システムの破城は同情する一方で、国に金を貸すなんて馬鹿げているとも思う。ゆとりとはよく言ったもので、この世代はなにかと政治や社会のせいにするし自己責任能力が欠けているとしか思えない。降りかかる火の粉を払おうともせず、わかりきっていた災難を甘んじて受け入れた結果、自分たちの生活が崩壊し、そんなだから政府から安楽死という事実上の追放を言い渡されてしまったのだ。

 そんな不満を覚えながらもわたしはそんな顧客と仕事をしなければならない。


「それでは最終確認も済みましたので手続きはこれにて終わりました。本日担当さして頂いたのはわたし一之瀬です。これからニシカワ様が新たな人生に心残りがないよう踏み出せるようにサポートさしていただきます。それでは失礼します」


 受話器を置くとともに無意識にため息が出た。わたしの仕事は紛れもなく人を死に導くサポートする仕事だ。それについて今更悩んだりはしない。けれど罪悪感のような、なにか呑み込めない感情があった。もしかするとわたし達も今の老人たちのような扱いを受けるのではないか、そんな杞憂をこんな仕事をしているからかしばし陥ることがあった。

 でもきっとこの国はもう大丈夫だ。

 アジアからの海外企業の参入などで経済は持ち直したし、外からの影響を受けようやく日本人は悪しき文化から解放され労働環境も随分改善した。この事務所も韓国人の社長が運営しているのだが、従業員からの支持も厚く、人当たりもいいことで顧客の間では仏の様だと謳われている。老人たちは安楽死サービスの普及で希死への呵責から解放されることになり、若者たちの生活に少しずつだが”ゆとり”が生まれ少子化にも歯止めがかかってきた。

 わたし達の未来は明るい。

 再び電話が鳴るとわたしはいつものようにワンコールで受話器を取る。



「はい、こちら転生案内事務所です」

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こちら転生案内事務所です。 白詰 みつは @328_shirotume

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