がらくた堂

暮月いすず

香族との遭遇

「あ、おじさん、眼覚めた?」

「また北の大陸からか。あそこばっかり来るのはお前のせいか、ガイドとやら」

「いやあ、僕もそちらに住んでますからね、そりゃそうなりますとも」

 ゆっくりと眼をあけると、三つの声が降ってくる。

 暫く呆然としてから、俺は慌てて起き上がった。

「オハヨー」

「オハヨー」

「おはようございます。といっても夕方ですけど」

 俺は辺りを見渡す。薄暗い小屋。中央に土間のようなものがある部屋の端で、俺はゴザの上に居た。部屋の広さは十畳くらいか。

 二人の少女と、一人の青年が俺を覗いて、順番に俺に向かって妙な挨拶をしてきた。

「ここは…」

「混乱されてるようですし説明しましょう。あ、その前に…お名前は?」

「…ケンタ」

 返した言葉に頷き、青年は続ける。

「僕の名前は?」

 一瞬、記憶を巡らせてから俺は答えた。

「…イワン。俺の…ガイドだ」

「オーケーオーケー。記憶は落としてきてなさそうですね」

 イワンは親指を立ててニカっと笑った。

「貴方の依頼通り、香族こうぞくの村にお連れしたんですが…いやー、いつもの山道がまさかカーブの先で崩れてるなんて。想定外でした。しかし看板くらいあってもいいのに」

「あんな道、最近じゃ誰も通らん。でかい道ができたからな」

「そうだよ、なんでわざわざあんな道通ったのー?」

「…まあそんなわけで、カーブの先に飛び出して、真下にあったこの村に転がり落ちてきました。近道にはなりましたけどね。ハイリスクハイリターンというやつですかね」

「…リスクでかすぎるだろ…」

 俺は思わず呻く。

「まあまあ、結果オーライです。ケンタさんも起きたことだし、宴を始めますか」

「おいガイド。その前に」

「紹介くらいしてよ、久しぶりのお客さんなのに」

 能天気に話すイワンに、少女二人が言う。

「おおっと!そうでしたそうでした。失礼しました。彼女たちは村長さんの娘で、双子なんです。とても頭が良くて、通訳になってもらうためにコチラの言葉も覚えてくれました」

 言われて気づく。そういえば、もとの場所から随分遠くに来たのに不自然なく会話をしていた。国境も越え、ましてや山深くにある集落で言葉が通じるなんて。

「サクラだよ、よろしくね」

「…モモ。サクラの妹だ」

 二人が、俺に改めて近づき手を差し出す。ふわりと甘い匂いがする。

「その名前は、本名?」

「違うよ、ホントの名前は長くて覚えづらいから、ってガイドさんがつけてくれたの。北の大陸由来の香りだからちょうど良いよって」

「なるほど」

 来る前にガイドから少し聞いていた。

 香族の特徴は、皆産まれたときに自分を象徴する「香り」を決める。その香りの香油を大量に作り、毎日髪や肌に少量を塗り込んで育つらしい。特に最近は流通も発達し、様々な香りが使用されているらしい。

 話を聞いたときは、色々な匂いに包まれた村を想像し、気持ち悪くなりそうな村だと思った。しかし、いま改めて確かめると、さしてキツい匂いはない。妙に匂いが混ざって充満しているわけでもない。

「この辺りは湿気も少なく、住居の風通りも良いですから。意外と香りは籠らないんです」

 不思議そうな顔をしていたのか、イワンは察して俺に説明する。

「しかし…確か鼻も良いんだろう?本人たちが気持ち悪くなったりしないのか」

「そこが面白いところでして」

 イワンは身を乗り出し、眼を輝かせた。

「彼女たちはただ鼻が効くだけではなく、嗅ぎ分ける能力が尋常ではないのです。たとえ同じ香油を纏った人が二人いても、体臭や家庭の特有の匂いが合わさり、唯一無二の香りが産まれる。それが彼女たちの個人認証にもなるんです。我々のことも、匂いで北の大陸の人だとすぐわかるのですよ」

 俺はまた納得する。俺は片親が違う大陸の出身であるため、見た目や名前からは出身国を特定できない。しかし彼女らはどうやら俺を「北の大陸」から来たとすぐわかったようだ。

 納得した俺は、二人と握手をし、歓迎の宴を開くという言葉に甘えた。



「疲れたでしょ、栄養たくさんとるといいよ」

 サクラにもてなされ、俺は久々にゆっくりと、そしてたらふく、飲み食いをした。

 村人は他にもいたが、やはり言葉は通じなかった。しかしイワンやサクラ、モモが通訳をしてくれるのであまり困らない。

 旅人をもてなすのが好きな性質らしく、皆が優しく接してくれる。酒の効果もあり、俺はすっかりリラックスして宴を楽しむことができた。



「おじさんの寝床は、ここね」

 気づけば宴は一人またひとり、と酔いつぶれ、お開きにして寝ようよ、とサクラが俺の手をひっぱって歩いていた。

「おじさんおじさんていうけど、俺まだ二十代なんだけどな」

「じゃあケンタ!ケンタはここで寝てね。好きに使って」

「ああ、ありがとう」

 案内されたのは、離れの小さな小屋だった。客人のための離れをいくつか建てているらしい。イワンはとっくにつぶれて、連れていかれた。

「お酒強いんだな」

 後ろから黙ってついてきたモモが呟く。

「確かにここの酒は強いのばっかりなんだな。結構酔ってるよ」

「ふうん…」

「あ!私お水持ってこようと思ってたのに忘れてた。すぐ戻ってくるから待ってて」

 サクラが部屋を飛び出す。

「騒がしい…」

 モモは呆れたような顔で姉を見送った。

「あのくらい元気な方が可愛い年頃じゃないか。モモは随分落ち着いているんだな」

「小さい頃からあんなのが隣に居れば、こうなるのもわかるだろう」

 モモは立ったまま腕組みをして、サクラが去っていった方を見ながら呟く。

「そうかもな。…あ、座る?」

 俺は床に座りながら、モモに促す。

 モモは頷き、腰掛けながら続ける。

「それに、私たちもそろそろ子を為さなければいけない年頃だ。あんなのじゃあ色気もでない」

「は!?」

「なんだ」

「いや…君たちくらいが、この村では結婚適齢期なのか。少し驚いた」

「そうだ」

「でもなあ…色気かあ…」

「……言いたいことがあるならはっきりいったら良い」

 言葉を濁す俺に、モモは眉をぴくりと吊り上げながら低い声を出した。

「いや、その、なんでもない」

「私たちには色気がないと?」

「いやあ、悪かったよ、君たちくらいだと俺の国ではまだまだ子どもだから」

「色気がないか、子どもかどうか…」

 モモは俺の横に回り込みながら言う。

「――試してみるか?」

 初めてそこで、俺はモモの笑顔を見た。

 その顔はぞくぞくするほど、妖艶だった。



 酔いのせいか正常な判断ができない。ふわっと、甘い匂いがする。桃の美味しそうな香り。先ほどは気にならなかったのに、まるで魔法にかかったかのようにくらくらしてくる。

 舌を這わせたら甘そうな、喉を潤してくれそうなその誘う香りに俺は生唾を飲む。

 幼さは残るが、女性らしさはしっかりと宿した肢体がすり寄る。

 甘い匂い。甘い。甘い。甘い。甘い。

 女というものがどれぐらいぶりかを思いだし、俺は急に乾きを思い出す。

 モモは無言で己の服を脱ぎ捨てた。

「食べてもいいんだぞ、ケンタ」

 初めて名を耳元で呼び、モモは俺にそっと口付けてきた。

 俺の理性は笑えるほどに簡単に吹き飛んだ。



 モモを押し倒してからはよく覚えていない。

 ただ甘い香りと、脳天を溶かすような快感だけが支配していた。

「ねえねえ、私も、私も」

 桜の香りがした。

 いつのまにかサクラも戻ってきていたのだと思う。

 少女たちの甘い身体と、甘い声。そして快感。

 只、それだけが脳を支配していた。



 目覚めたのは、深夜。

 両脇には少女が二人、裸体のまま眠っている。

 急なことに、夢だったんじゃないかと思った。

 しかし身体の感覚や、布団を汚す紅があれは現実だったと、しかも少女たちは生娘であったと俺に語りかける。

「あ…」

 俺は声を漏らす。久々の快楽。久々の女。

 俺の中に眠っていた本性も、むくりと起き上がるのを感じる。

 俺はモモの首に手を伸ばす。

 細いその首に指を絡ませ、力をこめた。

「う…」

 モモは小さく呻いた。

 ああ。そう、この感覚。俺の楽しみ。

 このまま眠るように息絶えれば、サクラも気づかないだろう。サクラは起こしてからにしようか。泣き叫ぶ姿を見たい。

「はーい、そこまで」

 …え?

 サクラの陽気な声が聴こえてきたのと同時に、俺は首に違和感を覚える。

 少し遅れて、紅が噴き出した。俺の首から。

 そしてその次には、激しい痛みが襲う。

「え?これ、あれ?」

「もー、堪え性のないおじさんね。もうちょっと楽しみたかったのになあ」

 サクラはそう言いながら、俺を蹴飛ばしモモを起き上がらせた。

「おじさん、サクラたちと遊んでくれてありがとね」

「さよなら」

 モモも何事もなかったように冷静に続ける。俺は蹴られた力に抵抗できないまま、横たわる。


『この刑務所から出してくれるときいた』

ふと記憶が甦る。走馬灯というやつだろうか。

『ハーイ!脱獄の手配を承ってますよ』

『では脱獄ののち、国境を越えて一旦山奥の集落へ行きます。ほとぼりがさめるまでそこで身を潜めますよ』

『民俗学も研究してましてね!研究兼ガイドということで出入りしてる村があるんですよ』

『連続殺人犯でしたよね?もう国内には居ない方がいいですよー』


「私たちの香りはね」

「血の匂いを消すためでもある」

「貴方の匂いにはまだこびりついてはなれていないよ」

「たくさんの血の匂い」

 真っ赤に染まった双子の満足そうな笑顔が、俺の最期の記憶となった。



「なんだ。もうやったのか」

「先に手を出したのはあっち。本当はもう少し遊びたかったわよ」

 サクラは頬を膨らませて主張する。

「まあ、相当イカれたシリアルキラーだっまらしいからな。女を犯しちゃ殺してたらしいし…セックスと殺人が一セットなんだろう。ていうかお前ら、なんでコイツとヤってんだよ」

「ねー、たまには柔らかい女の子とか連れてこれないの?またおじさんかー」

「贅沢を言うな。刑務所にそんなのがいるもんか」

の言う通りだ。外と軋轢を産まずににはこれが一番リスクが少ない。兄さんがこうしてガイドを装って、居なくなっても不審がられない人を連れてきてくれるから私たちは定期的にコレを食べられるんだ。我儘いうな。それに、男性だったからこそ私たちの目標は果たせただろう?」

「目標…?」

「オババさまから、他所の子を身籠れと」

「だいぶ血が濃くなってたからね!お前たちは他所の人と子を作りなさいって!」

「彼は北の大陸ではない血も入っていそうだったし、ちょうど良かった」

「ねー。だから身籠るのがわかるまで使いたかったんだけどなあ」

「まあ、搾り取るだけ搾り取った。身籠っていることを願おう」

「相変わらずココの女ってのはこえーな…。香族は比較的繁殖力が強いらしいから、大丈夫だろ」

「駄目だったらまたつれてきてね、おにーちゃん!」

「はいはい。オババさまに、獲物の報告してこい。俺は処理しとくから」

「はあーい!」



香族との遭遇―完―

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