ドキドキ! ファナティックランド・1
佐倉家。
「じゃあ、行ってくるから」
玄関でそう言った衛士を、桜花と優士が見送る。
「行ってらっしゃい、衛士君」
「桜花姉ちゃんの事は俺に任せて、兄ちゃんは思い切り遊んできなよ!」
桜花の前に出て意気揚々と兄・衛士に告げた優士。
「おお、優士! お前も段々逞しくなってきたな、俺は嬉しいぞっ」
弟・優士の勇ましさを見る事が出来て、衛士は目を輝かせる。ちょっと、潤んでいるようでさえある。
「あ、あの~、一応私が保護者代わりとして来たんですけどぉ?」
兄弟二人きりの世界におずおずと割って入る、花の二十三歳・桜花。
衛士はハッとして、ほんの少し照れくさそうな顔で桜花に向き直った。
「すいません。でも優士がこんな事言ってくれるようになるなんて、思ってなくて……」
「も、もう。そんな顔しないのっ」
油断したら感極まってしまいそうな衛士を、桜花はなんとか落ち着かせる。
「衛士君がちゃんとしてなきゃ、一緒に遊園地に行く友達が皆困っちゃうでしょう?」
桜花の言葉に、衛士はその友達連中――喜亮、千紗、そして芽衣子の顔を思い浮かべた。
「……確かに、ね。アイツら揃って間抜けなんだから、俺がしっかりしてないとな」
そんな悪態を吐きながら気を引き締める。
「そうそう、それでこそ衛士君よっ」
桜花は衛士の口の悪さは気に留めず、そう言って彼にさらなる気合を入れてやった。
――わざとそういう酷い言い方して気を張ってるのよね、この子ってば――
そんな風に衛士の心の裏に在る優しさを考えたら、桜花も自然と大らかになるのである。
「じゃあ」と改めた感じで桜花に告げて、衛士は家を出た。
彼がこれから行くのは遊園地、その名は『ファナティックランド』だ。
衛士が居なくなってから、桜花は優しく優士の手を繋ぐ。
「さて、何しよっか? ゲームか、アニメのブルーレイでも観る?」
「うーん」
優士は考え込むように唸ってから、ある答えを出した。
「俺、探偵ごっこがしたい」
「えっ?」
思わぬ単語が飛び出した事に、桜花は困惑してしまう。
「それまた、どうして?」
優士は悪戯っぽく笑う。
「こないだテレビで探偵ドラマやっててさ、敵を陰から尾行してるシーンがカッコ良かったんだよ。……俺それ観ながら、あー真似してみたいなって思ってたんだぁ」
桜花は優士が何を言いたいのか、うっすら分かった。分かったが、
しかし優士は屈託の無い顔で言い放つのだ。
「
「あ、あはは……」
桜花は苦笑いしつつも、こんな事を思わざるには居られなかった。
――さ、流石あの衛士君の弟だわ……――
※
福島喜亮、山岸千紗、小暮芽衣子。……三人は衛士より先に、集合場所である遊園地ファナティックランドが在る最寄の駅に到着していた。
――今日は皆と楽しく遊ぶぞ! 初めての子も居るけどっ!――とは、喜亮の抱いていた意気込みである。
「き、今日はその、よろしくな、小暮さん!」
初対面の芽衣子に緊張しているのか、ややしどろもどろ気味に声を掛ける喜亮。
「あ、うん……」
対する芽衣子は素っ気なく、また実はさっきからずっとスマートフォンを弄っていて、喜亮に顔を向けたのも返事をした瞬間だけだった。
「ちょっと芽衣子ちゃん。もっと元気良く返事しなよ」
千紗が文句を言うような感じで促す。千紗としては、彼氏の喜亮の言葉を軽くあしらわれた事にムッとしたのである。
「ま、まあまあ千紗……」
「喜亮もさくらちゃんがまだだからって弱気見せないのっ」
宥めようとした喜亮を逆に叱りつける千紗。
芽衣子は二人のやりとりを横目で見つつ、溜め息を吐く。
「……衛士君と二人きりだと思ったのに」
その独り言は、まだがちゃがちゃと言い合っている喜亮と千紗には聞かれずに済む。
前日に衛士から『人数居た方が楽しいだろうし、他に友達呼んでるから』と連絡が来た時は、正直――それって、無くない?――と思ってしまっていた。
「仲良さそうなのは、羨ましいけどね……」
拗ねた口調でありつつ、芽衣子は喜亮と千紗のカップルに抱いた感情を自身で否定しなかった。
高校生ともなれば心は子供と大人の一面が半分半分……芽衣子は、如実にそういう女の子なのである。
芽衣子のスマートフォンの画面には、トークアプリ内の渋谷恭平とのチャットが映っていた。
(恭平:芽衣子、ずっと碌に口も聞かないなんてガキみたいな真似しないで、一度ちゃんと話そうぜ)
(芽衣子:だからもうアンタとは話す事無いってば)
(恭平:意地張ってるだけだろ。お前の事はちゃんと分かってるんだからな!)
(芽衣子:へえ、そうですか~! なら、私が今日衛士君と遊びに行く事は知ってる?)
(恭平:んだよそれ聞いてないぞ! 衛士ってこないだ俺に飛び蹴り入れたアイツか!)
(芽衣子:遊園地、ファナティックランドよ。デートよデート! じゃあね勘違いクン)
それが今朝、自宅を出る前に恭平と交わした内容である。徹底して突き放す言葉の連続は所謂当てつけであり、半分大人の心を持っている芽衣子はやる気になればこんな事もやってのける。
拒否に次ぐ拒否を前に打ちのめされたのか、それ以後今に至るまで恭平から返信が来る事は無かった。芽衣子はそれを再確認していたのだ。
「これで実は余計なのが二人付いてるとか、カッコ付かないじゃん……」
「おーい!」
改札からの呼び声に芽衣子はドキリとする。
「衛士君!?」
「遅いよ、さくらぁ~」
「さくらちゃん、おっはー」
続けざまに喜亮と千紗も挨拶をした事に、芽衣子は二人も衛士を一目置いているのだなと感じた。
「悪い悪い、家でちょっとバタついてな」
千紗が察したように問い掛ける。
「あー、優士君の事?」
「まあな。でもその辺は大丈夫、知り合いに面倒見て貰える事になったから」
衛士は笑顔で答えた。そして、腕を空へと向けて伸びをしてみせる。
「ういしょっと……よっし、今日は楽しもーぜ」
屈託無く皆に告げる衛士。その顔は日頃のストレスから解放されようという、年頃の高校生男子のものであった。
そんな晴れやかな顔を見た芽衣子は、自分も鬱屈した気分を振り払いたいという気になって……
「うんっ衛士君、思いっきり遊ぼっ!」
芽衣子の急激な態度の変化に、喜亮と千紗は派手に驚く。
「ええ~っ!?」
「態度変わり過ぎぃ~!?」
「良いでしょ。やっと全員揃ってこれからが本番なんだから、今から上げていけば!」
芽衣子はその言葉も明るく言っていた。「そ、そうだけど……」と尚も戸惑う二人を尻目に、衛士に向けて笑顔を見せる。
「ねっ?」
「なんかよく分からんけど、俺も今日はそのつもりだからな」
衛士のおおらかな返答に、芽衣子は頷く。
「流石衛士君、じゃあ行こっ」
いの一番に駆け出す芽衣子。そうだ、今日は楽しい遊園地デートなのである。
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