サクラ・ラジカル

神代零児

恋愛フラグは特売玉子・1

「さくらぁ、もう帰っちゃうの~!?」

 放課後を迎えたと同時に颯爽と教室から出ようとする佐倉さくら衛士えいじを、クラスメイトの福島ふくしま喜亮きすけが食いすがるみたいにして呼び止めたのである。


「水曜はスーパーの特売だから急ぐって、前にも言っただろ!」

 高校二年生、十六歳にして家の炊事を一手に担っている衛士にとって、これは一大事だ。


「そうだぞ喜亮、ちゃんの邪魔すんな」

 現れたもう一人の少年、内藤ないとう賢吾けんごの言葉に対し喜亮より急ぐ筈の衛士が反応する。

「お前もいい加減その呼び方やめろ!」


「だって佐倉だからさくらちゃんで合ってんじゃんよ」

「さくらぁ、俺今マジで千紗ちさとピンチだから相談乗って欲しいんだって~」

「うるっせえ、お前のピンチよりも俺の特売玉子だ! 優士ゆうじにオムレツ作ってやるって、今朝約束もしてるんだからな!」

「可愛い弟の夕飯の為に必死になるさくらちゃん、マジ母性のかたまり……」

「だからうっとり顔で俺をさくらちゃんって呼ぶなっ!」


 最後は悪寒を振り払うように目を見開いて賢吾に言い放ち、衛士はもう限界とばかりに二人を置いて駆け出していった。


「ちょっ、俺と千紗の間を取り持ってくれたのさくらじゃんかぁ……」

 力無い様子で衛士の背中を見送る喜亮。その肩に賢吾の手が置かれた。

「今日が水曜だったのが運の尽きだな。さくらちゃんの高過ぎる女子力は本来、恋のアドバイスよりもいたいけな弟の為に有るんだから」

「うぅ……俺、自分じゃ千紗にどうしてやれば良いか分からねえよぉ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「……ったく、喜亮の奴つまんねえ事で引き留めやが――うおっ!?」

 足早に通路を進む衛士は突然横から腕を引っ張られ、そのまま別クラスの教室に連れ込まれてしまった。


「何だよいきなり――お前、千紗か!?」

 衛士は自分の腕を掴んでいるのが、喜亮の彼女である山岸やまぎし千紗ちさと知り驚く。

「さ~くらちゃん、実はどうしても相談に乗って欲しい事が有って……」


 強気なようでどこかすがり付くようにも見える顔の千紗に衛士は――

「悪いが水曜の俺は何者にも支配されないんだ。じゃあな」

 最早さくらちゃんと呼ばれた事もスルーして、冷徹な声で告げた。


「待ってよ! 私さ、喜亮とちょっとヤバいんだって~」

「はあ!?」

 千紗の言葉にデジャヴを感じて、衛士は思わず足を止めてしまった。


 さっき喜亮も同じ事言ってたぞ……


「聞く気になってくれた?」

 小首を傾げつつ悪戯っぽい眼差しで見てくる千紗。

「……いや、駄目だな。ていうか悩みの内容が気に入らない」

「なんでよっ!」

 どこまでも釣れなくされて怒り出す千紗に対し、衛士はなるべく簡潔に告げる。


「さっき喜亮が同じ相談をしてきて速攻断ったんだが……要はマンネリだろ?」

「え? 断ったのになんで分かるの?」

 千紗は今湧いた怒りを鮮やかに撫で鎮められた感覚に、目を丸くしていた。

「只でさえお前達は似た者カップルだからな。どっちかが相手を嫌いになったんじゃないなら、普通にそんな所だろ」


「凄い……さすがさくらちゃん! 皆の頼れる!」

 千紗が放った心からの称賛に、衛士は心底嫌な顔をした。

「おねーさん言うな、くそが――前にお前らに家で晩飯振舞ってやった事が、まさかここまで尾を引くとは思っても無かったよ」

「だってあの時のエプロン付けてご飯作るさくらちゃん、マジで女として憧れたもん! あんなにあの薄ピンク色したエプロンがさまになるの、女でもそう居ないよっ!」


「うるせーな。あれは母さんの置き土産で、着けたら優士が喜ぶから……やべぇ!」

 弟――優士の名前を出して、衛士は自分が急いでいた事を思い出した。


「とにかく後はコスプレか道具でも使って新鮮さを取り戻せよ。どうせお前ら揃って単純なんだから、それで事足りるだろ! じゃあ、今度こそ止めんなよ」

 要はしてる男女に巻き込まれたのだと、そこはもう即座に断じ――ついでに憂さ晴らしに毒舌を添えて――話を切り上げ立ち去ろうとする衛士に、千紗がこれが最後とばかりに声を掛ける。

「優士君に何作ってあげるの~?」


 その問いに急いでいた衛士は、それでもピタリと足を止めて振り返った。

「オムレツだ」

 さっきまでの常に上から目線だった顔が嘘みたいな、そんな事を思わせるニヤけた顔で答えてから衛士は遂に教室から出ていった。


「千紗~、佐倉ってやっぱ変わってるよね~」

「ホント、よく友達で居られるわね~」

 後ろから間延びしたような口調で話し掛けてくるクラスメイトの女子に、千紗は苦笑いしつつも――

「口じゃ厳しいけどさ、凄い良い奴なのよ。私と喜亮の仲を取り持ってくれたのもさくらちゃんだもん」

 そう言って感謝の意を露わにしていたのだった。


「でも当の本人は恋愛とかまるで興味無しでしょ? 有っても、あのな性格じゃ彼女なんて出来ないだろうけど」

「あはは……」

 クラスメイトの手厳しい言葉に、千紗もそこは笑うしか無かった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「あのバカップルが揃って俺の邪魔しやがって。爆発しちまえばいいんだ、くそっ!」


 衛士は自転車を立ち漕ぎでスーパーへとやって来た。そのまま駆け足で特売玉子の売り場へ向かう。売り場に群がる人々ももうまばらで、既に特売開始時のピークも終わり大量の玉子が消えてしまっていると予測された。


 一人一人が玉子を手に売り場を去っていく。

「はぁはぁ……有った、これがラスト!」

 衛士は立ち漕ぎした所為で息も絶え絶えの中、視界に入った最後の一つを手に取ろうとした――が、そのラスト・ワンを衛士の背後から素早く伸びてきた手が素早く掠め取ってしまう。

「ちょっ!?」


 反射的に衛士はその腕を掴む。

「きゃっ」

 か細い腕と高い声――衛士は顔を見る前から相手が女性だと気付いた。しかしそれでも掴んだ腕に籠める力を緩めたりしない。


「……えっとぉ、何かな。ねぇキミ?」

 戸惑いながらも落ち着いた口調――薄らとメイクが施された顔は、相手が衛士よりも幾らか年上だと理解させる。良く見れば大人の色香が有る。


「それ、俺が先だったよね」

 しかし衛士は玉子を指して物怖じもせずに言った。年上で、大人の色香が有っても、だ。

「そ、そうかもしれないけどぉ、まだ触って無かったしセーフかな……な~んて?」


 おどけながら上目遣いで言い訳する女性。落ち着いたその様子から、決して言葉が通じない荒い性質の大人では無いようで、衛士は――と冷静に察知する。


「もう、あんまり子供をイジメないで下さいよ」

 普段から行きつけのスーパーの中で、仮にも年上の人をなじるつもりも無く、衛士はそっと掴んでいた女性の腕を離して玉子を受け取ろうとする。


 ぎゅっ――


 受け取れなかった。女性の手が、未だに強く玉子を握り締めていたのである。


「えっ?」

「えっ?」

 衛士の疑問の声に女性も同じ返しをした。


「……いやいやいや。これは、俺のですから」

 あくまで強めに玉子の所有権を主張するも――

「私も玉子食べたい……」

 今度は拗ねたような顔でそんな事を彼女に、衛士は遂にキレた。


「いい加減にしろ! こっちはこの玉子の為に自転車飛ばして来てんだよっ!」

「私が先に掴んだもん! だからこれは私のだもん!」

 衛士の調子に合わせて彼女もキレだした。はっきり言って彼女の方は逆ギレなのだが、しかしキレたタイミングが衛士の感情に乗る形で絶妙だった為に、衛士はそこにツッコむ事が出来なかった。


「くっ、売り場に来たのは俺が先だ!」

 違うのだ。なんて事を言い出したら、そこに明確な答えなんて出せなくなるのだ。が――


 ふふん、慌ててる慌ててる。強気に出たって所詮はお子様よねっ――


 それは彼女の策略なのである。男が口喧嘩で出す癖のようなものを経験で学び取った、年上女の余裕なのである。

「でも列が出来てた訳じゃないわよね? 特売タイムが始まってすぐならそりゃ長蛇の列になってただろうけど、今はもうちゃんとした順番の並びじゃ無かったもんね?」

「な、なん……」

「じゃあ先に手にした人が勝ちって事じゃないかな~」


 鮮やかな手並みで形勢を逆転させる彼女に、衛士はぐうの音も出せなくなっていた。


 勝ったわ!―― 彼女のその確信通り衛士の手の力が弱くなる。彼女はそっと玉子を引き抜き、踵を返しながら優しく衛士に告げる。

「じゃあね。きっと今度はキミも買えるから、ね?」


 その最後に見せた大人の、年上女の余裕が――衛士は無性に気に食わない、と感じた。

「ダメだ!」

 衛士は再び、彼女の手首を掴む。

「きゃんっ!?」


 完全に油断していた彼女の二度目の悲鳴は最初のより大きめで、しかも艶っぽかった。周囲の人――多くは世間話が好きな主婦層である――が驚き振り返って、彼女はその視線の意味を即座に理解した。


「ちょ、ちょっとキミ!? マズイってば……」

 目をきょろきょろしながら周りを気にしろと暗に伝えるが、当の衛士はそんな事はもうお構い無しだった。

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