第3話 出発する二人






 「出オチかよ!?」



 俺はそう叫ばずにはいられなかった。いま正に我が妻となる加代が、純白のウエデングドレスではなく、頭に水中メガネを乗せて紺色のスクール水着で立っていたのである。足もとはサンダルで、腰の周りには浮き輪も忘れていなかった。



 「……翔ちゃん、似合う?」



 秋の涼しさを通り越して暖房を入れるまでもないくらいに冷えた控え室の中で、鳥肌を立てながら、慎ましく微笑んで加代はそう言った。



 「そこまでやったら、ここは白いスクール水着だろ!?」



 気が付けば籠の中の鳥とは正に俺のことだろう。



 まだまだ結婚する気などはなかったが、いつの間にか恋人である加代と俺の母親に外堀を固められ、年貢の納め時となってしまった。



 俺は結婚式場において、新郎の衣装を着せられた所だった。



 高校からの付き合いで、途中の何年かは加代がお笑い芸人を目指し大阪に旅立って行っていたので空白はあるものの、こちらに戻ってきてからは六年も同棲していたのだから、そろそろ仕方ないと言えば仕方ないのだが、俺の知らないところで式場を押さえたり、夜中の通販番組で結婚指輪を購入していたと言うことは人としてどうなのだろうと思う。



 それを仕切っていたのは俺の母親だったりするのだから、香奈に強くは言えないが、女手一つで俺を育ててくれた母親にも俺は何も言うことは出来ない。せめてもの救いは嫁と姑の仲が良いと言うことであるのだけど、息子の人権を蔑ろにするような行為には憤りを覚えずにはいられない。



 「馬子にも衣装って言うじゃない?可愛いわよ、加代ちゃん」



 母はうっすらと目元に涙を浮かべて、旧スクール水着の花嫁にそう語りかけたのである。



 「ありがとう、お義母さん」



 加代も感激の為なのか、目が真っ赤に充血していた。塩水にやられたわけではない。



 「馬子にも衣装は褒め言葉じゃねぇよ」



 香奈の準備が出来たというので、様子を見に来たらこれである。加代の両親はそんな娘をあまり見ない様にして、親戚への対応に精を出しているようであった。



 「なぁ加代、その格好で本当に披露宴にでるのか?一生に一度だぞ?」



 俺はそう言ったのだけど、加代は頑なだった。



 「芸人として、この人生一世一代の大イベントに、笑いを追求せずにはいられないのだよ」



 俺は芸人じゃないので巻き込むなと思ったが、大阪の大手芸能プロに所属しながら、地元ローカルのラジオやテレビでプチ活躍する加代には、それはそれで重要なことなのかも知れない。



 「俺は芸人じゃないんだよ。一般人なんだよ。勤め先の上司とか同僚とか結構来てるんだぞ。普通にしてくれ!!」



 そもそも俺は結婚式などしたくはなかったのだ。何が哀しくて人様の前で恥をさらさなければならないのかと思う。



 「あら、結婚式なんて花嫁のためにある様なものよ?新郎なんてお飾りにすぎないんだから」



 母親が俺に対してそう言ったのはあんまりの様な気がする。



 「そもそも結婚式のお金は、貯金のないアンタに変わって加代ちゃんとお母ちゃんが出しているんだから、アンタは黙って座っていればいいんだよ」



 そう言われてはもう何も言うことはない。後は粛々と儀式が進行するのを願うばかりである。



 「出越智さま、そろそろ時間です」



 会場の係の人にそう言われ、披露宴が始まるので親族は会場へと向かい、俺たちは少し送れて案内され、閉められている会場のドアの前に立った。



 中から音楽が流れ始めたのが聞こえる。披露宴の開始を伝える曲だった。ただしそれは昔見た漫才番組で漫才師が登場する時に掛かり始める曲だった。



 「いくよ、翔ちゃん!!」



 加代は闘志をみなぎらせた目で俺を見て親指を突き出した。俺は比較的空気の読める男である。この状態で普通に出て行った方がきっと痛々しいことになるだろうと予測した。



 もはや覚悟を決めるだけである。



 ドアが開いた瞬間、俺たちは勢いよく会場に走り込んだ。



 「ドーモっ!!」



 俺たちはウェディングケーキに入刀するよりも先に共同作業をしたのである。



 その瞬間、会場の深い絨毯にサンダルを引っかけた加代がつまずいて前のめりに倒れ、そしてその状態のままでこう言った。



 「出越智加代になりました!!」



 「駄洒落かよ!?」



 あとは野となれ山となれ。

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