キス・フレンド

彩糖サイダー

第1話

 彼女とわたしの唇が触れて、ファーストキスの味とか考えている間もなく、一瞬で時は過ぎ去る。「どうして」も、「なんで」も、考えられないくらい、ドキドキしてた。でもたぶん、本当の恋なんかじゃ、なかったと思う。


 名前も知らないあなたとキスをした、あの日。わたし「鳩森チカ」の世界は変わった。


「……変だった?」

「なにが?」

「こういうのしたことなくて」

「わたしだって」

「……まあその」

「……なによ」

「ごめん」


 自分からしておいて、彼女は謝った。短髪で少し鼻の高い、美人な子。目の前にすると、その美貌が際立つ。異国風の顔立ちというのか。気品のあるその顔が、困った様子を浮かべている。わたしはただ、目を見開いて、見つめる。程なくして、彼女はまたわたしにキスをした。わたしもそれを受け入れた。

 「密会」がはじまったのは、それからだった。ラインのIDを交換したわたしたちは、時間をあわせてこっそり会う。そしてキスをする。時間帯は様々だったが、学校の外から出た事はなかった。あと、お互いの日常に干渉する事もなかった。休み時間・掃除の時間・放課後・朝礼前。教室・下駄箱・屋上・校庭・理科室・廊下の影・プールサイド。わたしたちはキスとほんの少しのおしゃべりをする。それが「密会」だった。

 彼女の名前は「烏丸トオノ」と言う。鳥に丸と書いて烏丸。自己紹介をしかな

ったわたしたちはラインではじめてお互いの名前を知った。彼女は一つ下の学年で、つい最近学校に転入してきたらしい。なんとかレトリバーの大きな犬を一匹飼ってていて、休日はその子の散歩をするんだとか。些細かな会話から拾った些細な彼女の情報。最も、口を開けば、彼女はすぐ音楽の話をした。


「前の学校で、やってたから、またやりたいんだ、サクスフォン」

「サックスのこと?」

「なんかこの言い方気に入っちゃって。『なんとかフォン』って言うと、まるで電話みたいで、遠くの人とも繫がれるような、そんな気がして」

「へー。なら吹奏楽入ればいいじゃん。」

「うん……それなんだけど、なんだか肌に合わなくて。別に、そこにいる人たちが悪いわけじゃなくて。ただ……うん、私がまだ馴染めてないだけなんだろうなあ」

    

 少し表情を曇らせて、そう言う彼女の瞳には、どことなく寂しさがみえたような気がした。察知されたと思ったのか、トオノは


「思い出を引きずっている、かもしれないね」


と、笑顔を作ってみせた。わたしはその答えに何も答えず、黙って近づいて、また、キスをした。ゆっくり。唇と唇を合わせて。息づかいか聞こえるゼロ距離メートル。トオノの唇は、とても柔らかい。その日のキスは、いつもより、ちょっと、長かったかもしれない。

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