魔術・魔法高等理論

反比゜例

プロローグ

始まりの始まり ― 1


 ――魔術まじゅつとは、斯くも不思議だ。

 そのくせ便利で、最早人々の生活には欠かすことが出来ない。それは遥か昔から使われていて、人々はそれに完全に依存している。

 どこかへ行くにも魔術。何をするにも魔術。科学よりも身近で使いやすいといって、人々が日常的に扱うのはいつも魔術だ。


 ――しかし人々は、どうだ?

『魔術』とは何か、人々は知っているのか?

 彼らはその原理を知りながら魔術を行使しているのか?

 彼らは時々魔術を魔法と間違えるが、その違いを彼らは分かっているのか?

 そして彼らは、原理もわからない技術を使うのが、恐くないのか?


 原始、人は『火』を発見した。それは文明の進歩、そのとてつもなく大きな初めの一歩である。

 しかし『火』は、人が原理を解明し総ての人にそれを伝えるまで、凶悪な武器でもあった。

 何故『火』は恐く、『魔術』は恐くないと言うのだろうか。

 何故『火』には警戒心が及ぶのに、『魔術』にはそれが及ばないのか。

 ――此の教育機関は、そういった無知な民衆に、魔術のなんたるかを知らしめるという所存により、創立されるのである。

                     ――メイクリール・エル=ハルトマン




 ぴしっと黒いスーツを着た男が、壇上で一連の言葉を読み上げた。

 その声は機械によって拡声され、体育館中に響く。そこに詰められた大多数の人間がその言葉に耳を傾けていた。

 響く声は若々しく、声だけを聞かされて、その人物が校長であると言われても、誰もが冗談と思うであろう。ならば容姿はというと、やはり若い――青年という範疇に収まってしまう。悪く言えば、異常。その年では逆立ちしても校長という職には就けないだろう。しかしそれは紛れもない事実であり、その男は校長であった。

 ならば、見た目と中身の歳が噛み合っていないという結論に至る。事実、そうであった。


「――この学校の創設者の言葉です」


 引用を終え、自らの言葉で話しだす男。

 その言葉は実にフレンドリーな感じをかもし出しており、聞く人を安心させるような声音だった。やはり上に立つ者とは思えない。


「この言葉は、『魔術』の原理を知らずしてそれを使うことがいかに危険なことかを我々に教えてくれています。ちょうど、魔術を火に例えて」


 しかしその顔に浮かぶ笑みは張り付いたようなもので、少し気味が悪く感じる。本心では笑ってなどいないのだろう、目の奥に親愛という感情はひとかけらも見えていないのだから。


「あなた方は魔術を、もちろん何度も見たことがあるでしょう――未成年の魔術行使は法律で基本的に禁止されてはいますが、好奇心の強い方は使ったこともあるでしょう。ないとは思いますが。――さて、知ってのとおり、魔術とは不思議なものです」


 その黒い、短く切られた髪を手で整えつつ、男は咳払いをした。


「念じ、魔力をこめるだけで、炎が燃え盛ったり、水がどこからともなく現れたり、風が吹き荒れたりする。何度も言うようですが、とても便利で、とても不思議なものです」


 ここで一度男は言葉を切る。

 その眼下に広がる人間たちはみな、当然のことを聞かされている、といった、つまらなさそうな顔をしている。

 男はマイクに拾われない程度に小さなため息をつき、口を開いた。


「『魔術』とは何か。『魔術』の歴史。『魔術』の使い方。『魔術』に関して全般的に学ぶことができるのが、この学校です」


「――さて、では貴方たちは、『魔術』について知っていますか?」


「『魔術』は不思議で便利である。もちろんそうです、常識ですね。でも、そんなのは当然のことです。いや、これからそれについて学べば、逆に不思議でもなんでもなくなります。」


「何故『科学』については熱心に学ぶのに、何故『魔術』については、その原理についてすら興味を示さないのですか? よく考えてみればそれこそ不思議なことではありませんか?」


「魔術がどのように起こっているか知っていますか? 魔術を使うために必要な『魔力』の正体を知っていますか? 魔術とはどんな現象であるかわかっていますか? その発端を、歴史を知っていますか? 魔術がどのようにして人間とかかわってきたか、知っていますか?」


「あなた方のほとんどはそれを知らないでしょう。知っていても、詳しいところまでは知らないでしょう。中学校には『魔術理論』や『魔術実習』などといった科目はなかったでしょうから」


「――それを知らないということが、どれほど危ういことか。それを知らずに魔術を使うということが、いかに愚かなことか。貴方達はここでそれを身をもって学び、知ることになるでしょう。これから三年の間、学び、知り、活かし、必死にがんばってください……私からの言葉はこれで以上です」


 ――後に広がるのは、沈黙のみ。

 その場にいる誰もが、そんなこと――魔術の原理についてなど、考えようとも調べようともしなかった。中学校では習わなかったし、小学校では言うまでもない。

『魔術』は、在って当然だった。日常生活の中にずっと昔から在った。原理など知らずとも使える――と思っていた者がほとんどなのだ。


『……祝電が入っております。時間の都合上――』


 司会の声が響く中、新入生達はみな、頭の中でこれからについて考えを巡らせていた。

 ある者は少しの不安を、ある者は興奮を、ある者は大きな夢を、ある者は好奇心を、この『魔術・魔法高等学校』で過ごす生活に募らせながら――

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