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 二〇一四年十一月二十一日金曜日。 

 真由香は腕時計を見るとまだ四時半。あたりは薄暗いままだったが、大泉の撮影所内のロケバス集合地点には、それでもぽつぽつとスタッフキャストが集合しはじめている。

 昨夜は森永と「上正」の外で別れたあと、真由香はひとり大泉に帰ってきて『スカイフォース』の編集作業に立ち会った。この時期は戦軍チームは各部署が多くの仕事を抱えるため、真由香はプロデューサーとして各セクション自に出向く必要があった。打ち合わせが長引いて、連日連夜徹夜はザラだった。

 結局そのまま終電を逃したので、こうして『スカイフォース』のテレビの最終ロケ隊で出発するスタッフキャストの面々を見送ることにした。真由香は仕事が詰まっていて、ロケ隊に帯同することはできない。

 まだすべての作業が完結したわけではない。テレビシリーズが終われば映画の撮影も控えており、全く気が抜けないが『飛翔戦軍スカイフォース』の撮影が始まって一年と二か月。もうすぐテレビシリーズの撮影が終了すると思うと、やはりいろいろと感慨深かった。

「仙台の姪っ子がようやく信じてくれたんです。わたしが戦軍の現場で働いてるつてことを。この前手紙をくれたんです。お仕事大変だろうけど、頑張ってねって」

 ラインプロデューサーの北島衣里が微笑む。彼女は宮城県出身で、この一年『スカイフォース』と『トキオ』の現場でフル稼働してくれた。もう一人のラインプロデューサーの天野正典はいま新番組『ザウルスフォース』にかかりきりなので、北島が現状『スカイフォース』の撮影現場を仕切る最高責任者であった。衣里はこの一年で本当に大きく成長し、また真由香もいろんな局面で助けてもらった。

「うちも姪がいるけど、『スカイフォース』楽しんでくれたみたい」

 真由香はふうと息を吐く。

「いろいろな成績も悪くないし、あとひとふんばり。北村組のとりまとめ、よろしくお願い」

「オッケーです」

 衣里は親指と人差し指でマルを作った。

 続々と集まるスタッフ、それにキャスト。彼らのメンバーの一角には主役の五人組が集まっていた。真面目な顔で台本に顔寄せながら話し合いをしている。たぶん今日の撮影についての自主的なディスカッションなんだろう。真由香は彼らを信用しているのでもう声はかけない。遠くから見守ることにする。彼らは最初に鬼監督の長門清志郎にシゴかれこの世界の厳しさを知り、そして一年現場で揉まれていった。そして成長していった。戦軍という伝統ある撮影現場が彼ら五人を大きく成長させた。

『スカイフォース』終了後は、スカイホワイト役の松下桃は『七人の女刑事』に登場する若き新人女巡査長役としてレギュラー出演することが既に決定していた。ほかのメンバーも決まっている仕事がいくつかあると聞く。みんな、それぞれの現場で何かしら成功すると思っている。

 ここでの一年が無駄にならないよう、頑張ってほしい。

「ナニ、シリアスな顔してんだよ」

 気がつくと、折尾仙助が真由香の隣に立っていた。老映画人は釣り人のようなこじゃれたチョッキを着こなしている。

「あら、早いですね」

「お互い様じゃねえか」

「今日は何の現場ですか?」

「とある人権映画だよ。テレビと違ってスケジュール貰えないから、諸々のやりくりが大変だわ」

 もう半世紀もこの撮影所で活動している男。まだまだ意気盛ん、これからもこの撮影所はこの男の力を必要としていた。

 折尾はうーん、と伸びをする。

「お前は達者だな。休むときはしっかり休めよ。あまり走りすぎんじゃねえぞ」

「肝に銘じます」

 真由香はふっと小さく笑みをこぼすと、折尾の横顔を見る。

「折尾さん」

「なんだよ」

「……わたし、少しは成長しましたか。プロデューサーとして頼りになりましたか?」

 この一年半、どうだったんだろう。自分自身、少しは成長できたんだろうか。

 去年の五月に戦軍のチーフプロデューサーを担当するように命じられて、一年半ずっと前を向いて駆け抜けてきた。途中で並行して別番組も担当するようにと言われ番組を掛け持ちするという無茶もあった。

 そして、もう思い出しきれないくらいいろいろなアクシデントにも見舞われた。

……人間同士のぶつかりあいもあった。スポンサーとの軋轢もあった。番組が続くか続かないかの瀬戸際もあった。体調不良で倒れたこともあった。命の危険すらあった。

 成長したのかもしれない、少しは。経験豊富なこの男になんとなく答えを求めたくなった。

 老ラインプロデューサーは首を振った。

「まあ、俺は前に言わせてもらった通りだよ。……ただお前は顔色が悪すぎる。もうちょっと食事はまともに摂るんだな。病気になンじゃねえぞ」

 じゃあな、と軽く手を挙げると折尾は悠々と去っていった。なんだか、微妙に答えをはぐらかされてしまったな。

 ま、いいか。

 真由香は首を振った。

 周囲にいろいろと助けてもらって、なんとかここまではやってこれた。あともう一歩。周りから少しでも真由香の力が必要だと思ってもらうよう、前を向いてこれからも仕事をするしかない。それがたぶん、プロデューサーという職業の本質なのだと思う。

 まだまだ、頑張らないとね。

「北村組、出発しまーす!」

 監督の北村が集合時刻ぎりぎりに現れて全員揃った。ロケバス四台に分乗して、『飛翔戦軍スカイフォース』テレビ最終レーンの北村組はこれから埼玉県寄居の採石場に向かう。今日はアクション、火薬、ナパーム爆発満載のハードなロケの予定である。長い一日になるはずだった。

 ヒーローを演じるのは、ほんとうに大変。

 時刻は朝の五時三十分過ぎ。まだ、空は暗いままだった。

 そしてロケバスがつぎつぎと撮影所を出発していく。

「真由香姐さん、いってきまーす!」

 スカイホワイト役の松下桃とスカイピンク役の安木梨央が二人そろって、窓から大きく身を乗り出してこちらに手を振ってくる。

「いってらっしゃーい! 頑張っておいでー!」

 真由香も二人に向かって、両腕で大きく手を振り返した。



                                    了 


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