Last Episode 終幕
20
二〇一四年十月十日金曜日―。
先週、BS太陽にて『超時空少年トキオ』が無事、放送を開始した。本編の撮影組ももう少しで撮了する予定である。第一話の視聴率はこんなものだろうな、という数字だった。もとよりBS放送なのそのところはあまり期待されていない。当初はスポンサーのチャイルドと連携がうまくできない部分もあったが、いまはお互いの関係も良好になってきたのでとくにそれ以来大きな衝突もなかった。今夜、第二話も無事にオンエアーされた。
そしてもう一つ、真由香が抱えている大きな仕事。
『飛翔戦軍スカイフォース』はいよいよ大詰めに差し掛かろうとしている。
『スカイフォース』の人気は揺るがないものになっていた。
夏枯れの時期(八月)こそ視聴率の伸び悩みは顕著だったが、九月に入ると、新玩具登場に合わせたハードなストーリーを展開させた。視聴率は月間平均七パーセントで推移し、この時期の戦軍としては驚異的なレーティングを維持することができた。また玩具の売り上げも好調で、真由香にはメインスポンサーのMANDEIの社長直々にお褒めの電話も頂戴して、すっかり恐縮した。
スタッフ、キャスト全員がノリにノッていた。
そんな好評を博した『スカイフォース』もついにラストの瞬間が訪れようとしている。十一月三十日放送の第四十五話から十二月二十八日放送の第四十九話(最終話)までのラスト五本を『スカイフォース』の集大成ともいうべき「終幕五部作」と位置づけ、メインライターの能勢朋之が中心になって、戦軍史に残る傑作を、いや特撮史に残る傑作を作ろう! とその機運はますます盛り上がっていた。
脚本は当然メインの能勢がすべてを執筆、監督は第四十五話・第四十六話が二クール目から番組に参加した山根正幸、第四十七話から最終話までの三本は『スカイフォース』には第四話から登板し、唯一一年間テレビのローテーションを守り切った北村尚哉に演出を依頼している。監督の阪口やプロデューサーの槇は既に来年からの『恐竜戦軍ザウルスフォース』のパイロットに行ってしまったため、彼らにとっての『スカイフォース』は既に終わりを迎えている。
それはさておき……。
今夜は大泉の東光東京撮影所内のテレビプロの会議室でホン打ちだった。監督の北村はハードスケジュールで、日中も『スカイフォース』で北村組の撮影があり、その合間のスケジュールを縫って、こちらの打ち合わせにやってくる予定だ。北村の都合に合わせたので、この場所と時間になったのだった。真由香をはじめ、APの小曽根卓、局プロの海老江孝夫、能勢に監督の山根と全員で北村を待ち構えている。スタート開始時間は夜七時の予定だったが、三十分過ぎても現れない。
「そういえば宮地さんは一人カラオケが趣味なんですよね。西島君から聞きましたよ」
山根監督が世間話の一環なのか、急にそんなことを言い出す。温厚な性格で、ソフトなパンチパーマをかけた、軽い関西風のイントネーションが特徴の監督である。
「あらら、お恥ずかしい」
真由香は苦笑した。
「よく行きますよ、ひとりでいつも平松愛理を熱唱するんです」
「へえ、どこの店なんですか?」
小曽根が会話に入ってくる。この後輩と何度かカラオケに行ったことがあるが、かなり音痴だった。
「大泉学園駅前の。えーっと、ほら、あの店。なんて名前だっけ」
「ツブれたんですよね、確か。ずっと最近シャッターが下ろしてあったままだった気が」
山根がのんびりと言う。
いいえ、と真由香が首を振った。
「建物が老朽化しているみたいで、改築工事がもうすぐ始まるみたいです。だから建て直しですよ。わたし、この前に行って、張り紙で確認しましたし。来春新装開店だそうです」
「さすが常連さんだ。確認が早い」
海老江孝夫がからからと笑う。
そんな世間話をしていると……。
「遅れました!」
すんませんと手刀を切りながら現れた北村はどさっと椅子に腰かけた。髪が若干寂しい監督だが、麦わら帽子をかぶっていたので髪の量をうかがい知れることはできなかった。
結局北村都合で、夜八時十五分からのホン打ちになった。
『スカイフォース』ラストの終幕五部作の展開……すでに能勢から全員にプロットと準備稿は回覧されている。
―強大な力を手に入れるために、宇宙獣戦士ギルの魔剣を大帝ヴァダルは手に入れようとしていた。その剣を手にすれば、ヴァダルは究極生命体ネオヴァダルへと進化を遂げることができるのだ。その進化を食い止めようとスカイフォースの面々は奮戦するも抵抗虚しくヴァダルはギルの魔剣を手中に収め、究極生命体ネオヴァダルに超進化を遂げることになった。その悪魔の力にはスカイフォースの面々はまったく歯が立たず、彼らはどうすればネオヴァダルに対抗できるのかと考える。
一方、ネオヴァダルはこれまでさんざん苦汁を舐めさせられたスカイフォースへの最高の復讐を思いついた。ヴァダルは東京上空から攻撃を仕掛け、大東京を焦土の地にする。
絶望に陥った人間たちに、ネオヴァダルはこう言い放つ。
「お前たち人間どもに最後のチャンスを与えよう。いや、最高のプレゼントと言い換えてもいい。私があくまで執着するのはスカイフォースの首。もしお前たち人間ともの手で奴らの首を差し出すことができたなら、私は地球侵略から手を引くことをここに約束する……」
ネオヴァダルの悪魔の囁きであった。
こうして正義の戦士・飛翔戦軍スカイフォースは、人間たちの希望から一転、呪われたお尋ね者となり、スカイフォース狩りなるものが始まった。
「スカイフォースたちを捕まえて、大帝ネオヴァダルの御前に差し出せ!」
スカイフォースの面々は悲しみと苦悩に苛まれる。俺たちは……こんな自分勝手な奴ら、自分勝手な人間どもを守ろうとしていたのか!
そしてスカイブラックこと黒田洋はぽつりと一言、呟く。
「そうだよ、人間ってそんなもんだよ。常に自分の将来、自分の生活に汲々としている。自分勝手な生き物なんだ。いまさら気がついたのか? だから俺もqaスカイフォースを抜けさせてもらうぜ」
こう言い放ち、恋仲にあるスカイホワイトこと白木茉莉とともに、飛翔戦軍スカイフォースを脱退を宣言し、二人は駆け落ち同然に逃亡生活を開始する……。
「重いんだよなあ、能勢君のホンが」
北村の第一声は疲れ切っていた。そりゃ、今の今までさんざん撮影をおこなっていたわけだから疲れてはいるだろうが、ほんとうにくたびれた声でそういう。
「そんな面倒臭い展開にしなくてもいいじゃん。ネオヴァダルに進化しました。そこで一度はピンチに陥るけれどもみんな頑張って力合わせて一致団結して悪を倒す……こういう展開でいいじゃない? みんな期待してるのはそういう王道だけれども、予定調和な締めくくりだと思うんだがな」
「北村カントクに同意見で」
テレビ太陽の海老江プロデューサーが手を挙げる。「あと、駆け落ち展開も必要ない気もするし。正義の味方なんだから最後までみんな一致団結して戦って……」
「それだけだとこれまでの旧態依然の戦軍と変わらないじゃないですか」
能勢は真っ向から引かず、海老江の言葉を遮った。
「いまは戦軍も人気を持ち直しましたけど、昨年までは打ち切りやら放送枠変更の危機があったと聞いています。だからこそスタッフ全員がこれまでにない戦軍を、というチャレンジ精神で頑張ってきたんです。ラストもチャレンジ精神旺盛で果敢に攻めていきたい」
「王道で押し切ったらいいじゃない。みんな予定調和のラストが見たいんだよ」と海老江。
能勢がふんと洟を鳴らす。
「そういう安易な考えだから、戦軍は打ち切り寸前のピンチに陥ったんじゃないですか?」
渋い顔になって、北村と海老江が顔を見合わす。
まあまあ、と山根が二人のあいだにはいった。
「落ち着こうよ」
「これって一応、最後は二人は戻ってきて、またスカイフォースに変身して、ネオヴァダルを倒す、という展開でよろしいんですね?」
真由香が念を押すように言うと、「ええ、それはもちろん」と能勢は大きく頷いた。
「でもね、果たしてそういう展開だけで終わらせていいのかと思っていますよ」
「どういうことです」
「最後に一ひねり、やってもいいも考えてはいます」
「きかせてよ、能勢君のアイデア」
北村尚哉はコーヒーカップに口をつける。
「最後、ネオヴァダルの攻撃を受けてスカイホワイトは絶命の危機に陥ります。そこにスカイブラックが敢然と身を挺して、危機を救う。盾になったスカイブラックは愛する女の胸の中で静かに息絶える……」
「最終回でブラックを殺すのか!」
コーヒーカップをガンとテーブルに置くと、急に大声で北村が怒鳴る。「最後にヒーロー殺してどうすンだよ!」
「あくまでアイデアですよ」
能勢は涼しい顔だ。「子供たちにね、ああスカイフォースは最後スゴイ終わり方だったねって代々まで語り継いでもらいたいじゃないですか?」
「だからって殺すのか? 安易だよ、話にならない!」
……断わっておくと、北村と能勢のこういうやり取りは別段珍しいものではない。二人ともホン打ちの時は常に真剣なので、いつもこんな感じでやり合っている。とくに北村尚哉はホン打ちには厳しい監督だった。そしてホン打ちが終われば、普通の脚本家と監督の関係に戻る。
まだ相手がシリーズ構成を務めるメインライターの能勢だからこの程度で済んでいるが、この夏に新人ライターを呼んで『スカイフォース』のワキの話を書いてもらうためにコンペを行ったときは容赦なかった。ほかの監督はどちらかというと、「シナリオはプロデューサーとライターで決めるもの。出来上がったホンを撮るから」というスタンスでホン打ちに臨むのに対し、北村は自分の意見も反映させたいと常に熱意をもって仕事をしていた。
「もちろんただ死んで終わり、なんて最後で終わろうとも思っていません。ちゃんとどこかから神様が下りてきて息絶えたスカイブラックを蘇らせて……」
「それこそ安易じゃないですか?」
真由香も口を挟むことにした。「そんな簡単に死んだものを蘇らせるという展開、わたしはノレません」
「いやだっていろいろあるじゃないですか、そういうお話は昔から。『ドラゴンボール』しかり、『キン肉マン』しかり」
「マンガと実写は違いますから」
「違わないと思うけどなあ」
「違います」
真由香はぴしゃりといった。「人間死んだら終わりですよ。漫画はある程度の絵空事でも許せたとしても、実写とはまた違う世界観がある」
「それは宮地さんが漫画とかアニメを一段下に見ている、ってことじゃないですか?」
ゆるゆると真由香は首を横に振った。
「そういうことはまったく思ってなくて。とにかく腹水盆には帰らず。一度割れた皿は二度と元には戻らない。安易に奇跡の復活とか、生き返ったとか、そういう展開は許容したくないんです。わたしも戦軍プロデューサー一年生ですけど、そこだけは譲れません」
「宮地さんの言うこともわかるよ」
北村がうーん、と伸びをしながら時計を見る。時刻は九時前になろうとしていた。
「まあまだ時間はある。とにかく終幕五部作のアイデア練っていこうじゃないの。スカイフォースのラストを締めくくるにふさわしい、とっておきのラストをさ」
「腹減った。出前頼みませんか?」
能勢の一言でホン打ちが一時中断になった。
今のところ、このホン打ちで山根が発した言葉は「落ち着こうよ」の一言だけだよな、なんて真由香はどうでもいいことをぼんやり思う。
結局終電間際にまでホン打ちは続けられたが具体的なアイデアの方向性は見つからず、この日は散会になった。真由香は大泉学園駅まで、テレビ太陽の海老江孝夫とともに夜道を歩くことになった。
駅まで遠いので、夜間一人歩くのは危険だった。通行する自転車や歩行者はそこそこに多いものの、ほかのメンバーは撮影所まで車や自転車でやってきていたので、海老江には護衛を兼ねてもらって駅まで向かう。
「能勢さん、燃えてるなあと思いました」
海老江がぽつりと言った。「まあそれくらい、熱心に仕事してもらわないと困るけど」
「去年仕事依頼したときに、自分の子供におとぎ話を聞かせてやるつもりで、戦軍のホンを書きたいとおっしゃってたんですが」
「だったら、なおさらどうしてヒーローを最終回で殺そうとするかねえ。まあそれだけ、自分の作品は他の戦軍と違うんだぞと見せつけてやりたいってことなのかなあ」
そうですかね、と真由香は相槌を打った。
ん?
ふと背後が気になって、真由香は後ろを振り向いた。何の変哲もないふつうの夜道だった。しかし、真由香に注目している人物は誰もいない。気のせいか。
「どうしたの?」
海老江が怪訝そうな顔になって、真由香に尋ねる。
「いや、別に……」
後ろ髪惹かれる思いで、真由香はなんでもないです、そのまま駅まで歩くことにした。
気のせいかも知れないが、誰かに見られているような感覚があった。正直以前にもこういった感覚に陥ったことがある。去年の夏、栃木県烏山に戦軍の撮影ロケーションに出たときだ。誰から見られていると思い、実際その感覚は当たっていたことがあった。
誰かに見られていた。
じゃ、誰に?
なんのために?
真由香は首を傾げるしかなかった。
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