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 二〇一四年八月。

『飛翔戦軍スカイフォース』劇場版は封切られ、東光の映画事業部の関係者によると動員数はおそらく前年比の百五十パーセント増見込みだときかされた。素直に嬉しいニュースだった。作品の出来も北海道ロケを敢行するなど、テレビに比べるとスケールアップした作品に仕上がったと自負している。

 そしてとにかく台所事情が苦しい『超時空少年トキオ』のクランクインは八月四日月曜日だった。昨年の『スカイフォース』クランクインもそうだったが、こちらも神主を招いて恒例のお祓いが行われた。しかし、戦軍に比べて予算が少ないので一人しか神主を呼べなかった。

 この作品では、三十四年の歴史を誇る戦軍シリーズのこれまでのヒーローキャラクターをゲストとして次々と登場させる。戦軍では一年一年常に新作で勝負という精神で、あえてクロスオーバー的な作品を作ってこなかったが、来年がアニバーサリーイヤーなので前夜祭的な意味合いを込めてひとつやってみようということになった。当然昔の作品で使われたスーツやヘルメットなどは傷んで使い物にならないものもあったので、それを補修するのに当初想定していた以上の結構な予算を浪費した。

 ファーストカットは東光東京撮影所の第四スタジオでの合成素材カットの撮影という地味なクランクインだった。スケジュールはキツキツで、なおかつほかの刑事ドラマなどの撮影の兼ね合いもあるので、なかなかスタジオ許可がおりないなかでの撮影開始だった。

 放送予定は全十三回。撮影終了は十月中旬を予定しており、番組が放送開始するころには撮影自体を終わらせている予定だった。ラインプロデューサーの折尾はこの予算なら、この期間内に撮影を終わらせないといけないと言い切った。「スタッフやキャストもその期間ぐらいしか拘束できないよ」とも言った。

 戦軍は通常二本撮りで十二日くらいのスケジュールだった。なので一本の撮影に六日ほど。しかし、『超時空少年トキオ』はおそらく一本あたり四日くらいのスケジュールで組を組む予定だった。通常、こういった三十分番組は二話持ちが多いが、今回は三話持ちが大半を占めており、これも予算節約のための苦肉の策と言えた

 パイロット監督の長坂眞が助監督チームとスクリプターの女性に指示を飛ばしている。そして少し離れた場所から、サブ監督の鹿島忠司が腕組みをしながら現場を見守っていた。

 第一話から第三話の監督がパイロットの長坂。第四話・第五話は『スカイフォース』でチーフ助監督兼監督だった鹿島を起用した。鹿島には『スカイフォース』を中途で外れてもらい、こちらの番組に来てもらった。予算が苦しい番組なので、サブの監督には下手に中堅どころを招くよりは、新人で熱意のある演出家に来てもらうほうが都合がいいという真由香の計算だった。鹿島はチーフ助監督を務める傍ら、何本か『スカイフォース』の演出も手掛けたが、新人演出家らしく野心的なカットが多くて面白い画を撮る監督だなあと感心していた。

 だが鹿島に最初話を依頼したとき、彼は当初難色を示した。「少し考えさせてください」と言った。というのも、東光テレビプロでは今回の『超時空少年トキオ』は突発的な企画なので、番組が終わった後、戦軍を抜けて下手に監督昇進だけして仕事がなくなると困ると考えたらしい。確かに生活のことだけを考えるなら、長寿シリーズの戦軍でチーフ助監督を務めているほうが安定する。真由香は番組が終わった後は、また戦軍の現場に復帰してもらいますからと確約すると、彼も納得したのか、「ぜひ参加させてください」と頭を下げてきた。

 この二人だけでローテーションを組み、このあと第六話・第七話が長坂、第八話・第九話・第十話が鹿島。そして最終組の第十一話・第十二話・第十三話の長坂がラストを締める予定である。

 それはさておき……。



 撮影初日とあってか、今日は撮影関係者以外の見学者が多かった。取材の人間も多い。ただでさえ。夏の暑いスタジオにいつも以上に人が多く集まっているので、真由香としては妙に緊張してしまう。

 体調はすぐれないが、今日はクランクインなので昨夜病院で点滴を打った。なので少しはまし。

 BS太陽の大澤社長やプロデューサーの堀江津子、東光本社から堤谷も現場に顔を出している。神長倉には案内係として大澤たちに就いてもらうようにあらかじめ依頼しておいた。

 また、メインスポンサーのMANDAIに次ぐスポンサー・チャイルズの森永社長も見学に来ていた。そしておそらく秘書と思しき謎の美女も影のようにぴったりと寄り添っている。

 森永の今回の撮影見学は急遽決まった。わざわざ森永自らクランクインの現場を見学したいと真由香の携帯電話に電話してきたのだ。

「初日は地味な撮影ばかりですよ。別に派手な爆発とかもないし、怪獣も出てきませんし」

「いや是非見学させてください。他の日だとこちらのスケジュールが合わないので」

 撮影初日からこういうスタッフやキャストが委縮する真似はやめてほしいとも思ったが、スポンサーがそこまで強く申し出てきたのに、それを蹴ることは当然できなかった。

 そして子役の佐伯春の両親。眼鏡をかけた穏やかそうな男性とややふっくらとした恰幅のいい女性。撮影所を訪れたのは初めてだという。子役の両親が撮影に同行するというのは別に珍しいことではない。むしろよくある日常の光景ともいえるのだが、いままで放任されていたのか、いつも佐伯春は一人で撮影所までやってきていた。少年は練馬区内に住んでいるそうで、自転車で一人通ってきていた。

 先程こちらから両親に挨拶したが、父親の佐伯義明は練馬で町工場を経営しているという。佐伯春は見栄えもよくて、頭もいい。おまけに芝居のカンもいい。その点を真由香は率直に褒めると、

「いや、よくわからないんですよね。あの子の父親が本当に自分なのか、わからなくなるときがあります」

 と言って照れ臭そうに笑っていた。そして隣で母親もにこにこと笑っていた。多分こういった朗らかな家庭だからこそ、佐伯春が大らかに育ったのかと感じた。

「将来、春君にはどういった道に進んでほしいんですか? 彼は東大に行きたいといってますけど」

 真由香の質問に、佐伯義明はうーんと唸った後、首を振った。

「春が自分で決めればいいと思っています」

父親の視線の先では、佐伯春がスタッフの指示に懸命に受け応えをしていた。



 スタジオ内にはグリーンバックが天井から床まで全面に張られている。ここで合成カットを撮影するために、素材用のカットを何十カットも撮っていく。最近はCG技術が発達したので、昔に比べて手間が随分軽減されたと聞く。

 本編の監督は長坂眞だが、こういうシーンにおいてはVFXスーパーバイザーの細見満が中心になって現場を仕切る。

「春クン、緊張しなくていいからね。やっちゃわないといけないノルマいっぱいあるけど、普段通り肩の力抜いてね」

 Tシャツでその名の通り細身の細見は早口でそうまくしたてると、佐伯春は「はい」と大きく頷いた。

 細見の指示のもと、何カットも佐伯春は演技を続けていく。振り向いたり、転がったり、ポーズを決めたり。ピアノ線のワイヤーで吊られて宙に浮いたりもする。また変身シーンでは服を身に纏うのでそのカットも繰り返し撮る。そういったシーンの一つ一つをキャメラマンの村松文雄が切り取っていく。

 真由香はちらとチャイルドの森永社長たちのようすをうかがう。小柄で精悍な真田広之似の社長は淡々と撮影を見守っている。初日は地味な撮影ばかりですよ、と釘を刺しておいたが多分ようやく意味が分かってもらえたと思う。特撮ドラマはこういった地味な作業の積み重ねで、撮影の大部分を占めているのだ。

 佐伯春の両親はわが子の芝居を心配そうに見守っている。時おり夫婦の間で何か言葉のやり取りがなされていたが、こちらのほうまでは聞こえてこなかった。

 子役の芝居は危なげなく、特に大きなNGもなく予定の撮影を終えた。時刻を確認すると午後三時。スケジューラーが作成した香盤表では午後三時半となっていたので、予定より早い消化と言える。

「では遅めになりますが昼食にはいります! 食堂に酢豚弁当を用意してあります。皆さん、ひとまずお疲れさまでした!」

 セカンド助監督の三ツ村君が大声で張り上げると、撮影を見守っていたギャラリーが、ぞろぞろとスタジオから退出していく。大澤社長の顔は特に不機嫌ではなかったので、とりあえずほっとした。

 真由香はBS太陽の堀江津子と打ち合わせをしていると、森永社長がゆっくりと近づいてきた。美人秘書も一緒に。

「宮地さん、ではこの辺で失礼します。まだ社で仕事を残しているもので」

 森永がこの時間くらいで見学を切り上げることは、あらかじめ真由香も聞いていた。

「お忙しいんですね」

「まあ、ヒマな身じゃないです。それにしても」

 森永が目を細める。その視線の先にはスタッフ三人の手にかかってワイヤーを外される佐伯春の姿があった。

「彼はなかなかの逸材じゃないですか。見ればわかりますよ。雰囲気がある。芝居のほうも楽しみにしてますよ」

「期待しててください。……わざわざありがとうございました。とにかくクランクインしました。これから頑張ります。今日は退屈な撮影の連続だったかもしれませんが」

 真由香の言葉に、森永は首を振った。

「……テレビの撮影は、そういうものだと思います」

「あれ、撮影のシステムについてご存じなんですか?」

「まあね、昔。いろいろあったんですよ」

 そう意味ありげなことを言う。気になるので続きを聞こうと思ったが、「ところで」と遮られた。そしてすっとこちらに近づいてくると、さっと名刺を手渡してきた。

 真由香はやや困惑しながらそれを受け取った。名刺には携帯電話番号とメルアドが記載されていたが、以前に森永から受け取った名刺とは微妙に色が違っている。

「それは私のプライベート用の名刺です」

 確認すると、確かに聞いていた連絡先とは別の携帯電話番号とメールアドレスが記載されていた。

「回りくどいやり方は趣味じゃないんで。一度、プライベートで宮地さんと食事を共にしたいと思っています。仕事以外で、です」

 そばにいた堀江津子が目をぱちくりとしていた。遠慮したのか、すっとその場から後ずさる。

「……仕事以外で、ですか」

「そう、仕事以外で」

 では、と軽く頭を下げると森永たちはその場から風のように去っていった。美人秘書は無表情に一礼すると、森永社長に追従する。

 真由香は手元に視線を落とした。あとには名刺一枚が残された。

「真由香さん、どーゆーことなんですか。たまんないなあー」

 いつのまにかまたそばに戻ってきた堀江津子が、名刺を取り上げて唇を尖らせる。

「真田広之、私のことなんかまるで眼中になかった感じ」

「そうかな。……仕事以外ってことは、茶飲み友達でも欲しいのかな、あの社長」

「なんですか、その茶飲み友達って。いつの時代の女子なんですか……ほい」

 江津子は真由香に名刺を返す。

 ふう、と大きく真由香は息を吐いた。結構ストレートに思いをぶつけるタイプなのか、あの社長。

 相手はスポンサーなので、あまり礼を失した態度はとれない。しかし向こうがプライベートで、と言っている以上、多少気にならないわけでもなく。

 堀江津子が真由香の顔を覗き込む。

「で、どーすんですか」

「何がよ」

「社長さんのあのお誘いについて」

 うーん、と唸った後、真由香は改めて名刺を見つめる。

 わたしはね、と心の中で呟く。

 今、とっても忙しいんだ。

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