七夕短篇SP:ベガとアルタイルに結ぶ

Hetero (へてろ)

西暦12016年の七夕の日

「ツアーに参加されている皆様――、まもなく左手に見えますのが、こと座の一等星、ベガことおりひめ(織女星)でございます」

 二日前に地球から七夕ツアーに出掛け、今日がメインイベントとなる七月七日だ。遙か昔、日本という国では七夕という行事があったらしい。古事を研究する大学のサークルに所属する私は、クラウドファウンディングで古事に習いベガとアルタイルを結ぶこのツアーを計画し資金を募ったのだった。

 最初は同じサークルの辰彦たつひこ先輩しか賛同してくれる人が居なかったのだけど、噂が広まったら七泊七日のこのツアーは最終的に人気が出て、あっという間に6人の参加者枠+宇宙船の運転手の枠が埋まり、旅の資金の30万円も集まってしまった。

 宇宙船の後部にある縦横180度のガラス張りのラウンジでベガを眺めていたら、まだ1光年も離れた距離にいるというのに暑くなってきてしまった。やはりベガは相当大きい星のようだ。

姫野ひめの、ほらっ」

 星川辰彦先輩がクーラーボックスからドリンクを取ってこっちに投げてよこした。

 人工重力が働いている宇宙船内で、ちょうど落ちない力加減で、のろのろとドリンクのパックがこちらに宙を泳いでくる。

「先輩、ありがとうございます」

 彼と私はだいぶ離れて立っていたので、ちょうどももの辺りまでのろのろとドリンクが落ちてきたところで受け取ったものだから、スカートを抑えるような無様な格好になってしまったかなと思う。

「ラウンジ暑くないか? これじゃあんまり地球に居るのと変わらないよな。もうちょいエアコン効かそうか」

 トン、と彼はクーラーボックスが収納されている壁面を蹴って、頭上に位置しているコントロールパネルに向かおうとする。

「先輩、先輩、でも私はこのままのほうが良いんですよ。一等星を見に来たって感じするじゃないですか?」

 星をみつめつつ大宇宙に開けた窓ガラスに触れると、ガラスは冷たくて心地よい。

「うわっとと、そ、そっかぁ?」

 地上の民である彼は低重力下での宇宙遊泳は不得手ふえてで、パネルの近くにある支持バーをつかみ損ねて行き過ぎてしまいそうになるのを、足の爪先でとらえてなんとか私の頭上に留まった。

「先輩も、ここの隣に来て一緒にベガ観ませんか?」

 言ってからちょっと大胆だったかも知れないと気付く。ドリンクのパックを慌てて開栓して少し水を飲んだ。

「え――っと、うん……」

 ちょっと気恥きはずかしそうにしながら、くるりと宙で廻ってコントロールパネルの足場を蹴って此方こちらに先輩は来てくれた。

 私の隣に降り立つ彼の手を、迎える形で掴んで、

「先輩、宇宙遊泳あんまり得意じゃ無いんですから、無理しないで下さいね」

 といってごまかす。

「ありがと、姫野。よっと、大丈夫だ」

 ふわりと着地して彼は私の顔を間近でのぞき込む。私の手を優しく掴んだままだ。

「な、なんですか?」

 にっ、と先輩は微笑ほほえんでから、窓のベガの方を視るふりをして、

「織り姫と彦星の再会もこんな感じだったのかなって思ってさ」

 言うなり、繋いだ手のひらの指を絡ませて、組ませるようにしてつなぎ直す。

 ベガの暑さ以上に緊張で汗が出てきてしまう。

「もう、先輩。彼らは一年に一度しか会えなかったんですよ? 私もそうしちゃいますよ?」

 少し意地悪しようと思ってぷいと彼と反対の方を向いて言ってやった。

「俺の織姫様は難攻不落だなぁー。でもっ――」

 彼がぐいっと手を引いたので、軽い重力に流され、身体からだ全体が彼の方に浮いてしまう。彼は力にあらがわず同じく後ろに優しく跳んで、流された私の身体を優しく受け止め、

「あと四日は一緒だしいっか」

 と、顔と顔を近づけて優しく言う。

 私は真っ赤になっていただろうが、こうなったら彼からの逃げ場はない。

 雰囲気に根負けして瞳をとじると、彼の唇が私の唇に一瞬触れた。

 直後に彼の背がラウンジの壁面に触れ、今度は私が彼を抑える格好で重力が発生してしまう。

「あ、ごめ……」

 私の結んだ髪の先が流れて彼の頬をでる。

「はは、くすぐったいし、大胆だな。皆にバレたら厄介だし、ちょっと自重じちようしようぜ」

 その顔は全然自重するつもりなんて無い顔だ。

「もう、キスしてきたのそっちのくせに」

 ぷくっとふくれたけど私も笑っていた。

 宇宙船は徐々にベガを離れ更に16光年の距離にあるアルタイルへ向かいつつあった。

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