異世界学園の動物占い

七草御粥

プロローグ

 六年前、その時まだ小学生だった出雲海斗いづもかいとは、友達と一緒に学校の校庭で遊んでいた。

 とある事情で同じ学校の男子と遊ぶことができなかった海斗は、同じクラスの女子とよく遊んでいた。最初は、やはり恥ずかしい気持ちが強かった。でも、そんな生活をしていくうちに恥ずかしかった気持ちなんてどっかいってしまっていた。


「今度は何して遊ぼうか」


 黒髪ロングに花飾りがよく似合っている大和撫子風の美月寧子みつきねこが言う。

 小学校の校庭で鬼ごっこをしていた海斗たちだったが、気づけばもう二時間近く遊んでいた。流石に日は傾いており、オレンジ色の光が海斗たちを包んでいた。


「でも、もうすぐ五時になりそうだよ」


 少し大きな丸眼鏡をかけた三つ編みのブラウンヘアの渚湊なぎさみなとがそう言った。

 学校に取り付けられた時計を確認すると、長い針が十と十一の間に、短い針が五の近くを指していた。まだ五時の鐘は鳴っていないが、それでも周囲が暗くなっていることに変わりはない。


「ほんとだ。じゃあ、今日はこれで解散にする?」


 俺は小学生だからこそ、早く家に帰らないといけないことを自覚していたんだと思う。特にこの場で遊んでいるのは、海斗以外全員女子である。それも海斗が早く帰らないといけないという理由に含まれている。昨今の日本は変質者や怖い人たちで溢れかえっている。その中で女の子一人にさせるのは危ないと判断しての言葉だった。

 それを訊いた寧子が帰ろうとしていた海斗たちを止める。


「待って。さよならする前にみんなでやりたいものがあるの」

「何……するの?」


 小柄で小動物のような雰囲気を醸し出している水色ロングヘアの小倉美羽おぐらみうが訊く。


「実は、みんなで動物占いをしたいなって思ってたんだ」


 無邪気に笑いながら寧子は言う。何をいうのかと思ったが、そこまで期待するようなものでもなかった。

 当時、女子たちの間で占いがとても流行っていた。中でも動物占いは、ネットやテレビなどで紹介されており、全国の女子小学生の間で急速に広まった占いだ。


「でも、占いとかつまんなそう」


 普段から占いを見ず、信じない海斗にとって占いの面白さというものがよくわからなかった。そのため、この時もそこまで乗り気ではなかった。


「あはは、あんたみたいな男って占いとかあんまり見てるイメージないもんな」

「大丈夫だよ。男の子でも十分に楽しめるから」


 生まれつきの褐色肌で金髪がよく映えている御神玲奈みかみれいなに茶化されるが、寧子が優しくフォローしてくれる。男子でも占いを信じる人がいてもおかしくはないと思う。ただ、海斗は信じていない派である。


「でも……ここで……やるの?」

「私、今チョーク持ってるからあそこの使われてないバス停に行こう」

「バス停?」


 寧子が校庭側の校門の向かいにある寂れた停留所を指さす。入り口には立ち入り禁止の文字が書かれていた。虎縞のロープが引っ張られており、入ってはいけないことを強調していた。


「でも、あそこは危ないから入っちゃダメだってお母さんが言ってたよ」

「大丈夫だよ。私なんかあそこでいっぱい遊んでるもん」


 湊からの注意に寧子は笑顔で返し、率先して停留所に行く。玲奈以外はそんなことしてもいいのかと迷っていたが、海斗たちも寧子と玲奈の後をついて行った。

 停留所に張られたロープは、緩んでいたので簡単にまたいで中に入ることができた。


「たぶん、このあたりが真ん中かな」


 寧子は停留所の真ん中でチョークを取り出すと丸い円を描く。そのあと、少し離れたところに何か書き始めた。


「何を描いてんの?」

「動物の名前だよ。何匹くらい書けばいいかな」

「十匹くらい書けばいいんじゃないか」


 海斗の質問に寧子が答え、寧子の質問に玲奈が答えた。寧子は玲奈が言った通りに、十匹の動物の名前を書いてから戻ってきた。


「みんな、この円の中に入って」


 寧子に言われるままに海斗たちは円の中に入る。


「じゃあ、まず私がお手本を見せるからちゃんと見てて」


 そう言って寧子は円の真ん中で目を瞑った。そして、目を瞑ったまま歩き始めた。フラフラとした足取りで歩いていくため、こちらとしては気が気でなかった。

 あるところまで歩いた寧子は頭を下に向けた。占いの結果を見ているようだ。


「私は猫だね」


 そう言って走って海斗たちのいる円の中に戻ってきた。


「今見た通り。丸の真ん中で目を瞑って、そのまま歩くだけだよ。そして、ここでいいって思ったところで止まって、止まった場所から近い動物の名前に一番近い動物って占いなの」


 淡々と占いの仕方を説明する寧子。いつもよりもテンションが高いと感じられた。


(なんか地味な占いだな。まあ、遊び程度で遊ぼうかな)


「じゃあ、誰からする?」

「んじゃ、うちからするわ」


 玲奈が円の真ん中に立ち、目を瞑って歩き始める。先ほどの寧子とは違い、足元はフラフラとせず、しっかりとした足取りで歩いていく。あれもいろんな意味で心配なのだが。

 あるところまで歩いた玲奈が歩みを止め、頭を下に向けた。

「おお、うちはキツネか」


 とても満足そうに玲奈が戻ってくる。玲奈が本当に楽しそうにしているのはとても珍しい。


「思った以上に面白いぞ、この占い」

「なんで僕に言ってくんの?」


 まあ、唯一の男子だからなんだろうけど。玲奈は海斗が占いを信じていないからわざわざ言ってくれたのだろう。

 そのあとは湊、美羽の順番で占いをやっていった。それぞれ、湊はリス、美羽はウサギだった。

 そして、ついに海斗の番が来た。


「最後にウミ君の番だね」

「うん、やってくるね」


 寧子に背中を押されて、海斗は円の真ん中に立つ。

 立った瞬間、そこだけ違う何かであるような感覚が襲ってきた。今まで感じたことのない体の中から何かが出てくるような、そんな感覚が襲ってくる。ちょっとした恐怖を感じながら目を瞑る。もちろん、目の前が真っ暗になるのでさらに恐怖が海斗を襲う。

 じんわりと手汗をかき始め、手の震えが止まらない。


(大丈夫だ。落とし穴とかあるわけじゃないんだから)


 グッと手に力を加え、その手を胸に当てる。何も見えない中、少しずつ歩いていく。


「男なら、堂々と歩けよ」

「もっと一歩を大きく!」


 玲奈と寧子が海斗のことを茶化してくる。だが、その言葉は恐怖が押し寄せている海斗の耳に届いているはずがなかった。

 暗い中歩き続けていると、ぼぅと白い丸い光が見えてきた。


(この光、見てるだけで恐怖が無くなって安心できるな。これを目指して歩けばいいのかな)


 海斗は光を目指して歩いていく。少しずつ白い光が近づいていく。その度に安心感が海斗の心を包んでいく。少しの間歩いたところでいくら歩いても光が近づく気配が無い。


(ここでいいかな)


 少しずつ瞼を開けていく。目を開けると夕日に照らされた学校が目の前に見えた。足元には白いチョークで何かが書かれていた。


「僕は……オオカミだ」


 足元には、大きな字でオオカミと書かれていた。どうやら自分はオオカミに一番近いらしい。

 後ろにいる女子たちの方を向いた。寧子と玲奈がこちらを見ながらにやにやしていた。


「な、なんだよ」

「ぷっ、あっははは、いやー、誰かさんにぴったりだと思って」

「オオカミねぇ。…うん、ウミ君にぴったりだね」


 懸命に笑いを堪えていたが、我慢の限界になったらしい玲奈と、意味ありげに言ってくる寧子。二人とも明らかに海斗の占いの結果に対して小馬鹿にしていた。


「もういいでしょ。それよりももう帰らないとお母さんが心配しちゃうよ」

「そうだね。じゃあ、帰ろうか」


 寧子を先頭にロープをまたいでいく。海斗も寧子たちに続いてロープをまたいでいく、。その時、背後から誰かの気配を感じた。後ろを振り向いたものの、先ほどの落書き以外は何もなかった。


(気のせい……かな)


 海斗はそのまま帰路に着いた。この後、自分の人生が大きく変わることになるとは思いもせずに。


~*~


 海斗たちが居なくなった停留所に一人の男が降り立った。白を基調としたスーツを身に纏い、森の奥から現れた。しかし、その服に汚れは無い。


「まさか、あの占いがこんなに広まってるとはね。そろそろ、対策を考えないとあの子たちが中学生になった時には大変なことになるな」


 男が手をかざすとチョークで書かれた文字と円が少しずつ消えていき、男がパチンと指を鳴らすと、チョークの跡が跡形もなく消えた。


「それにしても、男の子がこの占いをしているとこを見たのは僕でも初めてだよ。カイトくん、か。覚えておいて損はないだろうな。貴重な実験材料としても」


 興味深そうに目を細めて言う。男は先ほど来た森の方へ歩いていき、その姿を消した。

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