やつはここにいた
「
俺はその本と作者に見覚えがあったのでうなずく。
「ああ。最近新作を書かなくなったよな」
「それもそうさ」
石橋はくつくつと笑う。
「二石臼杵はな、もう死んでいるのさ」
死んでいる? あの作者がか?
「あいつは書くということだけにとり憑かれた亡霊だった。それがこうして本を出せた今、満足して成仏しちまったんだ。だがな、」
石橋は文庫本を持ち上げる。
「やつは確かに、ここにいたんだ」
そう言って、文庫本の表紙を指でなぞった。
「そして、今はここにいる」
次に自分のこめかみを叩きながら笑う石橋の顔は、俺の知らないものだった。
「これからは俺が二石臼杵になって、続きを書くんだ。もし新作が出たら読んでくれ」
気づけば、石橋の輪郭は足元から次第にぼやけていく。
「おい、どこへ行くんだ」
「決まってるだろ、次回作だよ」
石橋はにやりと親指を上げた。それがやつを見た最後の姿だった。
それから数年経ち、俺は小説家になっていた。
どうやら、石橋のやつは続きを書くのに失敗したらしい。
あいつの本が出版されたという話はとんと聞かない。
でも、二石臼杵の新作は次々と売り出されている。
なぜなら俺のペンネームがそれだからだ。
どういうわけか、この名前にしなければならない気がした。
最近は執筆に疲れたのか、よく幻聴がするようになった。
頭の中で誰かがカタカタとパソコンで打鍵しているような音だ。
やつは今も、ここにいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます