わん恋

 わんこそばの給仕さんに一目惚れした。


「百杯食べることができたら、僕と一生つき合ってくれますか?」


「いいですよ。はい、どうぞ」


 二杯目。まだまだ余裕だ。


「はい、どうぞ」


 八杯目。ちょっと苦しくなってきた。


「はい、どうぞ」


 十五杯目。もう限界かも。

 結局、二十杯あたりで僕はぶっ倒れた。



「――なんてことがあってね」


 月日が経ち、僕は孫にそんな思い出を話していた。


「あの頃は若かったなあ」


「それで、おじいちゃん。その約束はどうなったの?」


 孫が純粋な目で訊いてくる。

 僕はちゅるりとそばをすすり終えた。


「はい、どうぞ」


 すっかりおばあちゃんになった給仕さんが、すかさずおかわりの麺を入れてくる。

 僕は苦笑しながら孫の頭を撫でた。


「まだ、約束の途中なんだよ」


 今でも僕はお椀にふたをしていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る