策略その後

 新宿駅、改札外


「ダイジョブですか?」


 腰をいたわる涼仙りょうせんを心配し、ティアが問う。

 涼仙はわざとフォッフォッフォッと老齢らしく笑うと、大丈夫と頷いた。 


「えぇ、この歳になると腰痛がね。ま、また湿布でも貼ってもらいますよ。それより……」


 二界道にかいどうから電話を受けたさやかの表情が曇る。電話を離すと、眉間を指で摘まんでグッと押えた。


「どーしタ?」


「……今、Gメールの子に神の部下だって女の子から電話があったんだって。彼女の指示に従わないと、巨人の作戦を強行するそうよ」


「そな!」


「……それで、神の部下は何と」


「私達に、今いる駅から出るなって。そこでの行動は自由だけど、出れば強行するそうよ」


 涼仙がケータイを開く。

 事前に危険を察知できるTメールには神の部下から指示がくることが書かれたものはなく、代わりに新着のメールが送られていた。


 老眼でメールの文章を総なめして、溜め息混じりにまた腰を叩く。


「……りょせんサン、なて、書いてあたデスか」


 少しだけ背伸びして、涼仙のメールをティアが覗く。

 しかし日常では使わないだろう漢字ばかりが並んでいて、全く読めなかった。

 歴史の授業でやった、中国の手紙とかそういうので似たのを見た気がする。


「どうやら我々は、ここにある爆弾を探し出し、処理する必要があるようです。神の部下であるあの人が引いてくれただけで、まだここには爆弾が残ってる」


「……そうね。まずそっちからね。そういうわけで警部さん、私達は新宿の爆弾を解除するわ。そっちで何か進展あったら、電話ちょうだい」


 さやかが電話を切るのと同時に、四人は新宿駅に駆け込んだ。


 目黒駅


「ハ?! ……っ、あぁわかった。こっちにも爆弾処理の仕事がある。一旦切るぞ」


「どうしたの、ジッくん」


 傷の手当をしてくれる詩音しおんに、清十郎せいじゅうろうは面倒くさがりながらハデスの件を話した。

 消毒液を染み込ませたティッシュを持つ手が、ピタリと止まる。


「じゃあ、私達がここを出ると、駅にいるみんな死んじゃうってこと?」


「死ぬかどうかはそん時の運次第だが、少なくとも全駅壊滅だろうな。今日本のお偉いさんは教育機関の修繕で忙しい。全駅壊されたら、もうお手上げだろうぜ」


「じゃあ、どうするの?」


 詩音に返答する代わりに、どこかへ電話する。

 長々と呼びかけるのにイライラして、自分の膝を指先で連打した。

 ようやく出るとその苛立ちを込めて、低い声で呼びかける。


「……あぁ、こちら米井よねい清十郎ぉ。ちょっと相談なんだけどよぉ、うん……あぁ、そ。そりゃあ好都合だわ。頼んだぜ」


「……誰に電話したの?」


 清十郎は思い切り呆れたと言う顔で溜め息を漏らした。

 気付けよ、と無言ながらに雰囲気で語る。


「俺ら参加者は、ゼウスって野郎がよこしたデータを元に東京、新宿、目黒、池袋に分かれた。だから他の駅には、警察の部下しかいねぇ。そして現状、新宿と目黒は爆弾処理が終わったらそれでしまいだ。後は他のとこ行って、手助けする予定だった。だが……」


「駅から…出られない」


「やっとわかったか? 俺らは次へ移動って予定を潰されたってわけだ。他の手伝いも出来なけりゃ、ここが終わった今、なぁんもすることもねぇ」


「それじゃあ――」


「だから電話した」


「でも、でもこの作戦に協力してくれる人はみんな駅にいるんだよ? 純警隊の人達も総動員だって……」


「バカ、いるだろ。この作戦サボった野郎が……ったく、どうせまた俺は何も出来ねぇとか自己嫌悪に浸ってたんだろうぜ。声のトーンがもう今さっきまでそうでしたってトーンだったからな」


 清十郎が苛立っている理由が、長い呼び出し音に待たされただけでなく、電話相手の態度が気に食わなかったのだと詩音は改めて悟る。

 手当てを受ける清十郎は痛がりながら、電話相手のあまりにも低いテンションに未だ、苛立ちを込み上げさせていた。


 容赦なく吹くビル風が、また止めていない巻きかけの包帯の先を宙に舞わせ、詩音が被っていた帽子を吹き飛ばす。


 帽子は二、三度青空の舞台の中で回り踊ると、大きく揺られながら何となく伸ばされた清十郎の手の上に戻ってきた。

 戻った帽子を詩音の頭にズボッと被せ、清十郎は眉間にシワを寄せる。


「ったく……面倒なことをまた面倒な奴に任せた気がするが……しょうがねぇ。任せたぞ、同類」


 東京 病院前


「あまり一緒に来ることはオススメ出来ないな、斉藤さいとう。君はまだしばらく、ベッドにいるべきだと思うんだが」


 赤いバイクに跨った白髪の男――明海研二あかみけんじのクマつきの目が、よろめきながら歩く光輝こうきを見つめる。だが光輝はしきりに首を横に振り、明海の側を通り過ぎた。


「俺にだって、やれることはあるはずです……それがあるなら、まだ諦めたくはありません。みんなが動けない今、俺達が頼りなんだ」


「ですが……」


「心配いりませんよ、先生。こいつは俺が面倒見ます。先生はバイクで滑走してください」


 光輝の肩を後ろから組み、その胸をポンと拳で叩く。

 青年は明海に振り返って二カッと笑うと、ケータイを取り出して左右に振ってみせた。


「俺もゲームこれの参加者だって、言いましたでしょう? 心配いりません。俺はもう、メールこいつを使いこなしてます。光輝に手出しはさせませんよ」


 無言の代わり、明海はバイクのアクセルを回して走り去っていった。

 バイクのエンジン音は遠ざかり、やがて聞こえなくなっていく。

 青年は改めて沈む肩を叩き、落ち込んでいる光輝を鼓舞した。


「さ、行くぞ光輝。俺らがやるんだ」


「うん……聖陽せいよう兄さん」


 日の光を受けた桐谷きりたに聖陽の瞳が、赤く光る。

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