赤い電波塔・黒の楽器
「ハァ……つまんない。つまんないわぁ」
池袋の山手線ホームのベンチに、
手下にした純警隊に、缶ジュースを一つずつ持たせて並ばせるが、もはや女王様でもそんなことをするのかわからない光景である。
一つ一気に飲み干して、足元に転がした空き缶を、大きな溜め息と共に踏み潰した。
「ホント、何でこの駅には何のイベントもないの? 神の部下はいないし、爆弾処理は済んだし、手下で遊ぶのも飽きたし、
思いっきり大きな声で叫びながら、その勢いで立ち上がる。だがその勢いが切れるとまたすぐに座り込み、次の缶ジュースを一気に喉へと流した。
その姿を遠くから見つめ、
やれやれ……困った方だ、と嘆息を漏らす霧黒は、少しまえのことを思いだしていた。
「霧黒さん……お久し振りです」
作戦開始前に東京に来て、病院で
お元気そうで何よりです、と声を掛けるには弱って見える。
だからと言って怪我の具合を聞いても、大丈夫の一言で誤魔化される気がする。
というより、彼の怪我が重いと聞いて来たのだから、本人に改めて聞くのもどうだろうかと思ってしまう。
だから散々迷ったのだが、結局は「お久し振りですね」と言葉を繰り返してしまった。
その後はベッドの隣に置いた椅子に座り、談笑と言うにはお互い笑みの少ない談笑をした。
話した内容は忘れたが、その後話したのは、共に行動することになる万理のことだった。
「なるほど、そんなことが……で、その方を池袋駅に送り込む理由は何でしょう。Qメールで手下にした純警隊の人間達で他の駅の爆弾解除を遠隔でしようと言う意図は察せますが……何故、彼女に駅に行かせるのです?」
「……彼女が、そういう人だと思うから……ですかね」
首を傾げる霧黒に、光輝はいつもの誤魔化すようなぎこちない笑顔を見せる。
手に取ったケータイを開き、2つのEメールに目を通して息を漏らした。
「
「合ってない……ですか。それが正しければ、神が何故彼女にメールを渡したか……いささか疑問ですが」
「そうですね。でも、俺は薔薇園さんでよかったと思ってます」
「何故?」
そう聞かれた光輝はおもむろに自分の膝に掛けられたシーツを見つめ、そしてまた笑顔を作った。
「薔薇園さん、友達思いな人ですから。まぁ、そのお陰で大変でしたけどね」
と苦笑いを浮かべる光輝を思い出して、霧黒はまた嘆息を漏らす。
そして気付かれないよう、遠くで万理の様子を見続けた。
彼女の知り合いだと、周囲に思われたくないのだ。
もっとも顔が公開されてしまった今、意味がない処置かもしれないが。
(斉藤様、確かに大変な方です……お陰で
次々に缶ジュースを踏み潰す万理を見つめ、霧黒は片レンズを擦りながら思う。
「彼女の蝶ネクタイがズレている……直したい!」
東京駅
「
「……そっか」
自分のケータイを握り締め、胸に押し当てる。
らしくもなく、目まで閉じて彼の無事を強く祈った。
緊張に似た感情が、次第に沸き起こる。
振り払おうと漏らした息が、いつもより重く感じた。
「無理はしないでくれよ、光輝くん」
黙々と、淡々と目の前の画面を見つめながらキーボードを叩く。オーバーオールのポケットから取り出したチョコバーを口の中へと押し込み、頬をパンパンに膨らませた。
長時間画面を見つめ、疲れた目頭を押さえるのは、神の部下、ハデスである。
(さすがに行動が早いわね……まぁ、以前Yメールのコンサート会場の爆弾処理をGメール1人がやったことあったし、当然といえば当然だけど?)
チョコに触った指をしゃぶりながら目の前に並ぶ数十の監視画面を見回して、ハデスはうんと背筋を伸ばした。
一番大きな画面に映るGメール――彩の姿を見つめて唇を舐める。その口角は動かさず、軽く鼻で笑った。
「Eメールと、Jメール……神様は二人を警戒視していたけれど、警戒すべきなのは……」
ポケットから取り出したもう一本を
噛み砕いたものを全て飲み込むと、再びキーボードを叩き出した。
(御門彩……彼女の積極性が、二六人の中でも一番ズバ抜けてる。しかも出会った参加者を悉く味方につけて、自分と同じ積極性を植えつける。Qメールの命令による統率ではなく、信頼による統率。それが汚い社会で生きていくうえで、必要とされるトップの素質……御門彩は、生まれながらにしてのトップということ。そう……警戒すべきはGメール!)
新たな画面が浮かび上がり、映し出されるのは東京駅の3D画像。
ところどころで点滅する緑の光が、キーボードを叩くと赤に変わって点滅の速度を速めた。
「Eメール、あなたにこのゲーム参加の決意を固めさせたのは、他の誰でもなく彼女。Eメール、大切な友達を亡くす痛みなんて、今まで友達少数のあなたにはわからないでしょう……教えてあげ――」
キーボードを叩こうとしたハデスの指が、それより上の位置で止まる。
今さっき赤く点滅させた信号が緑に戻っていくのを見て、思わず唾を飲んだ。
「何で? ちょ、ちょっと!」
ハッキングされている。ハデスは即座に理解した。
東京駅の3D画像が消え、監視の映像が全て雲しかない空の方を向き、自分が開いていないはずのファイルが開かれ物色されている。
その状況が、余裕たっぷりだったハデスの脳を唐突に境地へと追い込んだ。
「は、早い! ちょっと!」
キーボードを乱打するハデスに連絡が入る。
だがその呼び出しなど耳も貸さず、ハデスはキーボードを叩き続けた。
だが相手はどんどんと侵入し、ファイルの文章や地図は何故か笑顔の顔文字に変えられていった。
「こんなこと、出来る奴なんて……っ!」
『Blood is just going for your fault to go up on the head easily《君の欠点は頭に血が昇りやすいところだ》. by B』
ハデスの見開いた目のすぐ側を、やや温い小さな雫が流れ、滴り落ちた。
赤い電波塔の下、歩く二人の髪をグチャグチャにする突風が吹き付ける。
風でフラつき、危うく転びそうになったのを支えられた。
ぎこちなく青白い笑顔を、聖陽に見せる。
「大丈夫か?」
「う、うん……大丈夫だよ」
「全然大丈夫そうに見えねぇよ。が、今はおまえの力が必要だ。もちっと頑張ってくれ」
「うん……」
聖陽に連れられ、電波塔の中へ。
TVだとよく展望台へ行く観光客で賑わっていたが、下の階を見る限りでも観光客どころか受付の人すら見当たらない。
照明も点いておらず、気味が悪かった。
そんな中を聖陽は光輝を連れ、進入禁止の張り紙も無視してグングンと進む。
入った地下室で聖陽は小さな溜め息を漏らし、光輝はそこにいた人物に驚愕した。
「おぉ、遅かったなぁ、セイヨー。お、サイトーも一緒か」
「ジャックさん? ジャックさん! 何でここに?!」
赤い髪に双方色が違うオッドアイ。
目の前で広げているパソコンのキーボードをカチカチと叩くその姿は、Bメールのジャック・キャビラスだった。
安堵の吐息と共に涙を浮べる光輝を指差し、ジャックは無邪気に笑い転げる。
「何、何?! サイトー泣いてる?!」
「な、泣いてません」
「嘘付けぇ、今泣いてたろ。よし、お兄さんの胸で思う存分泣くがいい!」
「だから泣いてませんってば!」
「ジャック、弟からかうのもいいが軽く済ませてくれ。今はそんな場合じゃないんだから」
「っとぉ、そうだった。セイヨー。もう準備出来てるぜ? 後はよろしくって感じ」
「そうか。じゃあさっさと始めよう。光輝、ジャックの胸では後で泣かせてもらえ」
「泣かないよ」
電波塔に入るまでよりも光輝の表情に血の気を感じ、聖陽ははにかんだ。
だが部屋の奥へと進むたび、その顔から笑みは消えていった。
笑みが消えたのは、後に続いていった光輝もだった。
ジャックのパソコン画面の光を反射して黒光りするそれを見つめ、その場で固まった。
「光輝、頼みがある。こいつを弾いてくれ」
身震いがする。
吐き気が、悪寒が襲う。
息が乱れる。
頭の中で、忌まわしい過去が繰り返される。
全てが同時に襲ってきて、光輝はしきりに首を横に振った。
「何で! 何で僕が!」
「光輝、落ち着け!」
「イヤだ! 僕に弾く資格なんてないんだ! もう二度と弾かないって決めたんだ! だってmだってそうじゃなきゃ、僕はあの人に――」
「落ち着け、光輝」
聖陽の大きな手が光輝の肩をガッチリと掴み、その両目で光輝の目を一瞬も外さず見つめる。
二つの強い力は、光輝にそれ以上何も言わせはしなかった。
それどころか光輝に、息を整えろと無言で語る。
光輝が無理矢理に落ち着こうと深呼吸を繰り返して、なんとか意思の疎通が可能なくらいにまで落ち着きを取り戻すと、聖陽は光輝の肩を強く掴んだ。
「光輝……頼む。おまえの力が必要なんだ」
光輝の視線の先で、小さなピアノが黒光りする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます