対する正義
すぐ隣で、切れ掛かった蛍光灯が点滅を繰り返す。やや黄ばんだ白の光はもう眩しくなく、いつまでも見つめられた。
「……んぅ……ん」
開けた窓から聞こえる爆発音。一緒に吹き込んでくる風が、騒がしくカーテンを揺らす。
窓を閉じればいいものを、光輝は爆音を聞くまいと必死に両手で耳を押さえた。
だがすぐさま外が気になって、窓の外へと一瞥を繰り返す。
「みんな……大丈夫かな」
本当は、ここにいるべきじゃないのはわかっている。
東京駅に走って、東京駅を走って、神を見つけにいくべきなのだ。自分が抜けた今、他の皆がどれだけ頑張っているのか、想像してもおそらく、その想像が現実を超えることはない。
なのに今、不甲斐ない自分はベッドでみんなの心配をするしかない。
何をやってるんだ。
何もできない自分を当たり前にまた、いつものように責める。
再び聞こえた爆音に、唇を噛み締めた。
「ごめん……本当に……」
「っ――んの野郎……! もうごめんじゃあ、済まねぇぞぉ!」
だがアテナも負けじと、殴り飛ばされると同時に清十郎の腹を蹴り返した。
互いに満身創痍。ボロボロになりながら、フラつきながら、片膝もつかずに相手から決して目を離さなかった。
「アハはハぁッ!! どぉしたよぅ、女ぁ?! てめぇのピッ○ロ並の回復能力も、さっきからズルズル遅くなってるじゃあねぇか! 活動限界かぁ?! あ?!」
アテナの脚にある切り傷から、血が数滴滴り落ちる。そうしながら広がった血がかさぶたを作り、傷を塞ぎ、剥がれ落ちた。傷がなくなったアテナの息が切れる。
飛び掛る清十郎をかろうじて避けたが、危うく片膝つきそうになった。
「マンガ脳でよかったぜ。そういうことには、よく気付けるってなぁ!」
「っ!」
アテナの頬を、清十郎の拳が打ち抜く。アテナはよろめきながらもコンクリートを踏みしめ、清十郎にナイフで斬りかかった。
清十郎はふらつきながらも、軽い足取りで躱していく。
「てめぇ、傷は治せても体力は回復できねぇんだろ! さっきから息が上がってるぞ!」
清十郎の肩に、深くナイフが突き刺さる。
だが清十郎は同時に、アテナの顔面を拳で撃ち抜いた。
アテナは殴られながらも清十郎の腹を足裏で抉り、距離を取る。
「少しは、大人しくなれ……東京駅の壊滅は、神によって決められた、抗えぬ啓示なのだ……あの駅を大きくすることが一体どういうことか、人間達は知らねばならない」
「啓示ねぇ……んで? そこに神の正義があって、そこにはおまえの正義もあるってわけ? ハァア、下らねぇ」
「なんだと?」
「聞こえなかったのか? 最っ高潮に下らねぇって言ってんだよぉ! 女ぁ!」
アテナの口から、血が混じった嘔吐物が吐き出る。それを被った清十郎の拳が、アテナの腹のまえで力強く握られていた。
「てめぇ言ったな? てめぇの正義を邪魔する奴に、容赦はねぇと……俺も、そうだ!」
再び撃ち込まれる拳。アテナの膝が、力なく地につく。
自身の血がついた拳が容赦なくその頭蓋に叩き込まれ、アテナは倒れた。
「てめぇの正義がどんなのかは知らねぇ。だから否定もしねぇし肯定もしねぇが、てめぇの正義は確実に、俺とは違う」
「それを……我が正義を“悪”と決め、違うと決め付けた瞬間を、否定しているというのだ」
「違ぇなぁ。違ぇよ、
両手をポケットに入れ、清十郎は深くフードを被った。そしてゆっくりと、階段へと歩き出す。
「“正義”の対義語が“悪”だとして、反対は違ぇだろ。“正義”の反対にあんのはまた、別の正義だろうがよ。てめぇと俺の正義は相容れねぇが、どっちかだけが“正義”だなんてのは、全世界で多数決取っても決まらねぇ。ただ、見方が違ぇだけなんだからな」
「……なら、おまえの正義とは……なんだ」
「そうだなぁ」と清十郎は空を仰ぐ。
その目は数度右へ左へ泳いで、口角を強く歪ませた。
「今は無知なガキと、うるせぇ同級生アイドルがいるが、べつにそいつらを守りてぇってわけでもねぇ。だからって復讐とか戦争だとか、そんな破滅型の欲望もねぇ。だが、一つだけわかってるのは……」
被ったばかりのフードが、突風で脱げる。清十郎の上がりきった口角と喜々として光る目が、アテナの瞳に焼き付いた。
「俺が気に入らねぇ奴は容赦なくぶっ飛ばして、俺の好きなようにする。それが今んとこの、俺の正義かもな」
階段を上る清十郎とすれ違うように、純警隊が階段を駆け下りていく。アテナに錠をかけ、何十人掛かりで待機している救急車へと運んでいった。
アテナの血を浴びた拳を、日の下に出す。血は一瞬でカピカピに渇き、ボロボロと手から崩れ落ちていった。階段で最後、清十郎のあやふやな正義を聞いたアテナの顔が、思い浮かぶ。
――再戦を……求む
「フン……喧嘩に再戦もリターンマッチもあるか。気に喰わなかったらする、それが喧嘩だろうが……やっぱ、相容れねぇよ……本当」
そう言いながら、清十郎の口は笑っていた。
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