EvsP
「おいコラ
怯んで固まった光輝をどけ、立ち上がった二界道が銃を構えると、慙愧の笑い声が高々と部屋中に響き渡った。
「殺せ殺せ殺せぇ! そいつはもうただの
狂気に満ち満ちた上司の気色悪い笑い声に、大きな溜め息が漏れる。
だがその口は
引き金に指をかけて、銃口を向ける。
「わかってんだろうな、自分が今してることが」
自身を真っ直ぐ見つめ、ブレることなく銃口を向けていた。
ここまで堂々と――凛としている光輝を初めて見た気がした。
嬉しく思える半分、イラだった。
「もうおまえらは普段なら、高校を卒業してる。人に銃向けて、子供の遊びか軽い冗談で済ませる気はねぇぞ」
「わかってます」
「そうか」
鳴り響く、三発の銃声。
三発とも、引き金を引く指を見てかわされた。
右側に回りこまれ、銃を構えられる。
「……?」
銃を撃った光輝は驚愕した。
自分が撃った弾を撃ち落され、おまけにもう一発に右耳を掠め切られた。
自分が撃った弾が、相手と自分の間の床でめり込んでいた。
二界道の銃口が向けられる。
「昨日今日銃を持った奴が勘で撃つのと、二つ名がつくほどに銃を長年扱ってる奴が撃つの、どっちが正確かつ確実だと思ってやがる」
逃げるタイミングが半歩遅れた。
銃弾が脚を掠め、床に赤い雫を飛ばした。
容赦なく、銃撃が光輝へと襲い掛かる。
走り、跳び、ときに転がりながら銃弾を避ける光輝に、慙愧は野次を浴びせた。
「Eメールてめぇ、さっさと死にやがれ! てめぇの死が、この先のゲームを左右する! そう思えば安い命だろうがよぉ!」
「……お断りします」
「っぅぅぅぅ!」
光輝の銃弾が、またも二界道に撃ち落される。
「諦めろ」
光輝の両肩が掠め切られた。
痛みで片膝をつく光輝の脳天に銃を向け、二界道は片手で火をつけてタバコを銜えた。
噴く煙が、天井まで行かずに消えていく。
「銃ってのはな、撃鉄って部分が弾を高速で打ち出す武器だ。そして銃には、その撃鉄を手動で移動させてから撃つシングルアクションと、引き金を引くと撃鉄が勝手に移動して撃てるダブルアクションの二種がある。ここまでわかるか」
「……はい」
「……一見、いちいち撃鉄を動かすシングルが面倒だと思うだろうが、シングルには利点がある。それは銃が軽いってことだ。自動で撃鉄を移動させる仕掛けがないからな。つまりシングルの方が軽くて、撃っても照準がブレねぇから、初心者向けなんだ。いきなりダブルで撃って、ブレない奴はいない。そして、現在日本の警察に支給されてるのは、ダブルアクションの銃だ」
「ダブル……」
「正直、おまえには驚かされてる。さっきから一度もブレず、ダブルアクションを片手で撃つなんてな。俺でもしねぇよ。すぐブレるからな」
「そうですか……」
「じゃあな、天才」
慙愧の顔が、期待に歪む。
引き金にかかった指が、思い切り引き金を引っ張った。
「?!」
「な、んだとぉっ?! 二界道ぉ!」
間違いなく撃った。
光輝の脳天を、外してはいないはずだった。
だが撃たれたのは、自分の肩だった。
撃たれた肩を押さえ、片膝を付く。
そして正面で消えることなく噴き続ける煙が、目を見開かせた。
「おまっ……撃ったのか?」
光輝の銃口から漏れる煙が、無言で語っていた。
撃ったのだ、飛んでいる銃弾を。
軌道を変えて、光輝の背後の壁にめり込んだ銃弾が瞳に映った。
一発目で銃弾の軌道を変え、二発目で二界道の肩を撃ち、そして三発目は、二界道の拳銃を手から落としていた。
(冗談だろ……これだけのこと、またこいつ……片手でやりやがった)
落とされた拳銃を拾いながら、光輝を見つめる。
光を欠けた光輝の目が、睨み返していた。
妙にイラだつ。
「それだけのことが出来て、何故心臓を狙わなかった……言っただろ、もうガキじゃねぇんだ。銃握ったからには冗談じゃ済まされねぇ……銃は人を殺す武器だ。命を取れるときに取らねぇで、いつ取るってんだ?!」
走り出した光輝に、銃を乱射する。
肩を、脚を、脇腹を、目尻を銃弾が切っていく。
だが光輝は迷わず走り続け、そして銃を構えた。
両手でしっかりと銃を握り、引き金に指をかける。
弾は撃ちぬいた。
二界道の銃口に入り、銃を粉砕させた。
鉄の粒が散って、銃を持っていた二界道の手をズタズタに切りつけた。
手から消えた銃を見下ろし、顔を上げると眉間に銃口があった。
「……どうした、撃たねぇのか」
「……弾がもうなくて」
「そうか、そりゃあ運がよかった」
「いいや? 最悪だろ」
「……っ」
「?!」
二界道の脇腹が、真っ赤に染まっていく。
バタンと音を立てて倒れる二界道を見下ろし、光輝は息が荒くなった。
撃った慙愧へと、光の代わりに怒りを宿した視線を移す。
「あぁあ、何? 今の茶番。二界道おまえ、妻子供がどうなってもいいのかよ。俺の命を身代わりにって? そんなカッコイイ死に方させると思ってるのか? うわ、バカだぁ、めっちゃバカだぁ。用済みになったらてめぇも殺すってのにさ」
「……フン、んなこと……気付いてらぁ。てめぇにやられるくらいなら、
「うっわぁ、何だぁ? その変なプライドはよぉ。てめぇらゴミは上に黙って使われて、黙ってポイされるのを待ってればいいのによぉ。くだらないプライドでイタイイタイ最期にしちまったじゃねぇか」
「ハ……とんだ、ブラック企業だ……そう、思うだろ。なぁ……斉藤」
「……はい、就職は遠慮したいです」
光輝が走り出す。
だが慙愧は歪んだ笑みを浮かべ、拳銃を向けた。
「わざと外すような優しいマネ、出来ねぇぞぉ?」
「ぐぅっ!」
銃弾が、腹に当たる。
口から、腹から血を噴き出しながら、光輝は全力で走った。
「ヒャハハァッ! 弾がねぇクセして、何が出来んだよぉ!」
横殴りの銃弾の雨の中、走り続けた光輝は銃を投げつけた。
だが銃はあっけなく撃ち落され、慙愧が笑う。
「アハハハハッ! てめぇはもうEndのEだぜ! Eメ――」
全力で、遠慮などカケラもない踵落としが慙愧の脳天に振り下ろされた。
思い切り噛んだ舌から血が飛び散る。
頭から床に叩き付けられた慙愧はピクピクと痙攣すると、そのまま白目をむいて力尽きた。
トンと小さな音を立ててその場に立った光輝は、すぐにフラフラになって仰向けに倒れた。
ピクリともしない光輝に、呼びかける。
「斉藤? おまえ、生きてる……か?」
「……はい。ちょっと、休憩です」
「……大した奴だ」
あのイラだちは何だったのか。
だが今、胸は晴れている。
腹は痛いが、この感覚は悪くない。
薄れいく意識の中で、二界道はそう思った。
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