大晦日

 目の前が真っ白だ。


 だがそれは、自分が真っ白なシーツを頭から被っているからだと、すぐに気付かされる。そしてそのシーツを払いのけても、目の前には白い天井があった。学校の保健室を思い出す。


「起きたのかい、光輝こうきくん」


「……あやさん」


 ベッドの側に丸椅子を置いて腰を下ろし、光輝の腕を指でなぞって手を握った。光輝はそこでやっと、自分がミイラのように全身包帯で巻かれていることに気付き、包帯の巻かれていない左目を見開いた。


「彩さんが助けてくれたの?」


「その逆さ。ボロボロの君が、僕を助けてくれたんだ」


 頭に巻かれた包帯を指差して、ぎこちなく微笑む。悲しくも見えたその笑みは、一つの事実を光輝に告げた。


「神様は、見つけられなかったんだね」


「……あぁ」


 沈黙が続く。だがその沈黙を破った彩の第一声が、病室に響き渡った。


「くっやしいなぁっ! 本当、もう少しだと思ったのに! あぁ、もう! 次は負けないんだから! なぁ、光輝くん?!」


「あ、うん……」


「君、今生きてるんだからもっと笑え笑え! ほれ、二ィって!」


 無理矢理に元気に振舞ってるのが、すぐにわかった。笑顔は悲痛に歪んで、笑っているようには全く見えない。そんな顔をしてまで笑う必要は無いと否定したいが、否定すればそれ以上の何かが壊れてしまう気がして出来なかった。


 彩はそのまま、光輝が気を失った後を教えてくれた。


 光輝を助けてくれたのは、まえに彩とティアを助けてくれたLメールの青峰あおみねだった。近くには来たのだが会場に入れず、立ち往生してるときに巨人進撃タイタンアサルトを目撃して、怪我人の応急手当に当たったという。


 会場周囲の避難誘導は、二界道にかいどうと近くに来ていた三人のメール所持者のお陰でスムーズに進んだと聞いたが、その三人には会ってないという。だが涼仙りょうせんには出会い、その三人がそれぞれ、C・S・Vのメールナンバーだと教えてくれた。


 清十郎せいじゅうろう詩音しおんと現場のスタッフに助けられ、今も意識はないらしいが、命に別状はないらしい。


 結衣ゆい千尋ちひろ霧黒むくろに助けられたというが、霧黒本人はあやふやなことを言っていて少し怪しい。まるで、誰かに話を合わせているようだったらしい。


 メール所持者の現状を全て理解しきった光輝は、疑問の方向を爆弾の方に向けた。


「爆弾は、解除出来なかったの?」


「うん……正確には、Gメールの情報どおり内部の爆弾は全部解除出来た。でも、外部――壁面の爆弾には手が届かなくてね、間に合わなかったんだ」


「最低限の被害で済んだってことか……そっか」


「申し訳ない」


「何で謝るの、彩さん。俺はEメールを見ず、頭に血を上らせて突っかかって、無様にやられただけだよ。むしろ、俺がいない方が――」


「そんなわけないだろう?!」


 初めて、彩の泣き顔を見た。ボロボロと目から落ちる涙はシーツに落ちて小さなシミを作り、グチャグチャになった顔を左右に振り回す。何度も、何度もそんなわけないと枯れた声で繰り返した。


「君がゼウスを止めてくれたお陰で、僕はあそこを通れたんだ! 爆弾だって、解除する時間を貰えたんだ! 君がいなかったら、僕は何も出来ずに死んでたんだ! なのに、なのに僕はあのとき……君を恐れて、逃げてしまったぁ……」


 ゆっくり、光輝が体を起こす。彩は光輝の手を両手で握り、そのまま両腕で抱きしめて泣きじゃくった。


「ごめんね、ごめん……僕は、ほんっとうに……情けない」


 掛ける声を、頭の中で模索する。周囲をあちこち見回した光輝は、壁にかかっている時計を見て、驚愕と共に掛ける言葉を見つけた。


「ねぇ、今日は何日?」


「……一二月、さんじゅぅ……いちにぃ」


「じゃあ、後二年だね。彩さん、ティアさんや白川しらかわさん、警部さんにもTVを見るよう言ってくれないかな? ゼウスが言ってたんだ。一年以内に終わらせられなかったら、神から警告があるって」


「けい……こく?」


 うんと笑った光輝。その直後、光輝は自分の額を全力で、思い切り殴りつけた。突然の事に、思わず彩の涙が止まる。


「いったぁ! イテテ……俺もバカだなぁ。一時的感情から動いたら必ず後悔するって、米井よねいくんに言われてたのに。本当に、今彩さんの泣き顔を見てすっごい後悔したよ。これからは、もっとEメールも、自分の力も使いこなさなきゃね」


「……わかった。すぐ電話するよ。ちょっと、待っててくれ」


 そう言って立ち上がり、涙を拭い切った彩はそっと、光輝の前髪をどけて自分の額を少しだけくっつけ、部屋を出て行った。


「……ハァ、ドキドキした」


 東京都 とある地下室


「イテテ! いってぇ! いてぇってば!」


 両脚を押さえ、ベッドの上でもがくポセイドン。ゼウスはそのすぐ側に、思い切り短刀を突き立てた。


「助けられたあげく看病してもらってるのです、大人しくなさい」


「こ、こえぇじゃねぇか! 殺す気か?!」


「えぇ」


「即答かよ!」


「ホラ、動いてはダメですよ。ポセイドン様」


 アテナの看病を受けるポセイドンを見届けて、ゼウスは廊下で合流したアフロディテと共に神の部屋へと足を運ぶ。神は仮面の下で荒々しく呼吸して、ゼウス達を見つめた。


「報告を」


「ポセイドンは両脚の腱を撃ち抜かれ、しばらく動けません。アレスも現在、意識不明の重体です。アレスを見限りますか?」


「アレスは生きるさ。今も、そしてこれからも。だが……二人の負傷は想定外だった。ゼウス、君の腕もね。Eメールに折られたろう?」


「そんなことより、どうするお積りです? アテナがポセイドンのもとへ、私がアレスのもとへ行け、ハデスが爆破してくれたから逃げられましたが……プランを続行しますか?」


「あぁ、続けてくれ。いや、続けようか。人類に警告をしなければならない」


「すでにハデスが準備を整えています」


「わかった……明日零時ジャストに繋いでくれ」


 神の座るソファが、床ごとくり抜けて下のフロアへ直行する。白のスーツを着飾った神は、黒の丸椅子に座って脚を組んだ。


「じゃあ、いくよ」


 全国のネットサーバーへ、情報機関へハデスがハッキングを仕掛ける。セキュリティはもろく崩れ、三〇秒足らずで繋がった。


「……全国の皆さん、あけましておめでとう」



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