やらせねぇよ

「ハァ、ハァ、どうかな?」


 四曲が終わり、衣装チェンジのために戻ってきた詩音しおん清十郎せいじゅうろうに訊く。清十郎は少しだけ首を動かして頷くと、ケータイをいじり始めた。


「おまえのお陰で、大体見つけた。おまえは手順どおりに頼むぜ」


「……じゃあさ。それ終わったら、私の歌、聞いてくれる?」


「は?」


「じゃあ最後! 最後だけ聞いて!」


「あ、あぁハイハイ、わかったわかった。わかったから早く行け。ステージに遅れちゃならねぇだろ?」


 清十郎の言うとおりスタッフに急かされた詩音は、着替えるために走っていった。その後姿を見て、清十郎から溜め息が漏れる。

 

――私の歌、聞いてくれる?


 何を今こんなときに。状況わかってるのか?


 イライラしながら、メールを送信しようとする。だが今いる場所が圏外で、Errorエラーの表示が画面に現れる。仕方なくスタッフに道を開けてもらい、通路へと飛び出した。


 メールを再度送って、戻ろうとする。だがその耳に、小さく高い音が聞こえた。


 その方向に視線を向け、消火栓とホースが入っているボックスの中を覗き込む。中で何かが赤く点滅して、ピーピーと高い音を鳴らしているのを見つけた。その正体に、不適な笑みがこぼれる。


「おい、聞いてねぇぞ。消火するための場所に発火装置なんて、どんな蛇足だよ」


 すぐにスタッフを呼んでボックスを開けてもらおうか。だがその足は、すぐに止まった。脳裏に浮かんだ、違う考えによって。


♪ 走り出した 可能性は 上限無しの むげんメカニズム ~~


 男子高校生の制服のような衣装に着替え終わった詩音がステージに飛び出し、五曲目を始める。ピンと立てた指先で∞を描き、軽やかにステップを踏む詩音に、結衣は変な違和感を感じていた。


 詩音、いつもより指差しがやたら多いな……フリ変えたのかな?


 一曲目から今まで、やたら指差しや指で何かを描く動作が多い。大ファンと言うくらいの人間なら、すぐにわかることだ。


 詩音はアドリブが滅多に出ないことも、ずっと見てるからわかってる。ゆえに今連発している指差しがアドリブではなく、意図的にやってることは明白。そしてそれが、誰の意図か、というのが気になる。


 ディレクターやフリつけ師ならべつにいいが、今ステージ裏に戻ってきた清十郎の意図なら?


千尋ちひろくん、ちょっと行こうか」


「おトイレ?」


「うん、ちょっと休憩」


 席を立った瞬間に、結衣ゆいのケータイが揺れる。来ていたのは清十郎のメールとDメールだった。Dメールは無視して、清十郎からのメールに目を通す。


「……やっぱり! あやさん風に言ったら、僕、頭いいかも!」


「お兄さん、何だって?」


「千尋くん、行こう! 爆弾のことは光輝こうきさんたちが何とかしてくれる! 私たちは、神様を見つけるんだ!」


 ケータイのカメラ機能でズームした映像で結衣たちが行ったのを確認した清十郎は、スタッフに取り出してもらった黒い三角の塊を見下ろした。


 三つの頂点が順番に赤く点滅して、ピーピー音を鳴らしている。清十郎はそれを機材で囲むと、囲まれた塊を機材の上から見下ろしてニヤリと口角を上げた。


「……さて、トイレ行ってくっか」


 両手を上着のポケットに入れて、スタッフに開けてもらった道を通っていく。そして清十郎の姿が見えなくなり、スタッフの大半がそこから離れていったそのとき、隙を見て塊を取り出そうとしたその腕を、背後から清十郎が掴み取った。


「悪ぃ、こいつは出させねぇよ。ここなら、そいつは爆発しねぇんだからな」


 帽子を深く被った顔が、清十郎の方を向く。だが脅すような鋭い目つきにも、普段からその目で見られている清十郎には効果がない。清十郎は口角を上げたまま、塊を掴む手を下へ下へとしていった。


「そいつの点滅がなんでこの囲まれた中だとしないと思う? 理由はそいつが時限式じゃなく、送られた電波に反応して爆発するタイプだからだ。

 この裏は色んな電波が飛び交い過ぎて、ケータイなんて圏外になるくらい酷い場所だ。そんな場所に置かれてるうえ、電波をさらにシャットアウトしてんだから、届くはずはねぇな」


 帽子を脱ぎ、その顔を晒す。光が欠けた瞳で、清十郎を睨む。


「今さっき、黒髪女子からのメールを見てな。それまでこれが爆弾とは思わなかったぜ。まぁ、黒髪女子のことだ。今頃同類と仲良くGメールで見つけた爆弾で、初めての共同作業中――」


「Eメールはゼウスに敗れた」


「……は? 何言ってやがる。同類はそう簡単に倒れねぇよ。嘘ついて動揺させようったって――」


「我が名、アレス。嘘だというのなら、今から我がEメールを殺しに行く」


 胸から腹にかけて、清十郎に刻まれた傷が血を流す。アレスが握る刀の先に、赤い血が滴っていた。


「ハッ、なるほどなぁ……銃刀法違反平気でしてる奴も、てめぇらの中にいたってわけだ。アレス、てめぇを捕らえて神を見つけて、このゲームは終わりだ」


「やってみせろ。このゲーム、すでに神は結果を知っている」


 周囲を囲むスタッフ達。全員が拳銃を手に、銃口をアレスに向けていた。


「今気付いたのか? ここにいるスタッフの大半は、警察組織の人間なんだぜ? 大人しくしていた方が身のためだ」


 頭を抱え、清十郎が笑い出す。そしてその頭を自ら叩くと、笑うのを止めた。


「今まで一人だったからな。こうして味方をつけたことがなかったが、今なら手下引きずれて、勝ち誇った気になってる奴の気持ちもわかる。たしかに、頼もしく思えて仕方ねぇ!」


「堕ちたな、帝王」


「知るか。元々誰かが勝手につけて、勝手に俺を表現した名前だ。いつ帝王になったかなんて、俺の人生表作ったところでわかりやしねぇんだ。おまえも勝手に落ちたと言ってるだけ。だがな……!」


 清十郎の拳が、アレスの顔面を捉えた。機材を倒して、アレスが倒れる。


「勝手にあいつを殺すなんて言ってんじゃねぇよ。せっかく会えた、俺の同類だぜ? 自分と似た奴見つけるのなんざ、ダチ探すのより苦労させられるんだ。それを俺は、運よくダチよりさきに見つけられた……から!」


 思い切り踏み込んで、清十郎が拳を振る。その腕をアレスに斬られながらも、拳はまたアレスの顔面にもろに入り、囲んでいたスタッフにぶつかりそうになるくらいに吹き飛ばした。


「やらせねぇよ」


 殺気を籠らせたアレスが、おもむろに立ち上がる。彼はその刀を振るい、清十郎に切っ先を向けた。





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