やらせねぇよ
「ハァ、ハァ、どうかな?」
四曲が終わり、衣装チェンジのために戻ってきた
「おまえのお陰で、大体見つけた。おまえは手順どおりに頼むぜ」
「……じゃあさ。それ終わったら、私の歌、聞いてくれる?」
「は?」
「じゃあ最後! 最後だけ聞いて!」
「あ、あぁハイハイ、わかったわかった。わかったから早く行け。ステージに遅れちゃならねぇだろ?」
清十郎の言うとおりスタッフに急かされた詩音は、着替えるために走っていった。その後姿を見て、清十郎から溜め息が漏れる。
――私の歌、聞いてくれる?
何を今こんなときに。状況わかってるのか?
イライラしながら、メールを送信しようとする。だが今いる場所が圏外で、
メールを再度送って、戻ろうとする。だがその耳に、小さく高い音が聞こえた。
その方向に視線を向け、消火栓とホースが入っているボックスの中を覗き込む。中で何かが赤く点滅して、ピーピーと高い音を鳴らしているのを見つけた。その正体に、不適な笑みがこぼれる。
「おい、聞いてねぇぞ。消火するための場所に発火装置なんて、どんな蛇足だよ」
すぐにスタッフを呼んでボックスを開けてもらおうか。だがその足は、すぐに止まった。脳裏に浮かんだ、違う考えによって。
♪ 走り出した 可能性は 上限無しの
男子高校生の制服のような衣装に着替え終わった詩音がステージに飛び出し、五曲目を始める。ピンと立てた指先で∞を描き、軽やかにステップを踏む詩音に、結衣は変な違和感を感じていた。
詩音、いつもより指差しがやたら多いな……フリ変えたのかな?
一曲目から今まで、やたら指差しや指で何かを描く動作が多い。大ファンと言うくらいの人間なら、すぐにわかることだ。
詩音はアドリブが滅多に出ないことも、ずっと見てるからわかってる。ゆえに今連発している指差しがアドリブではなく、意図的にやってることは明白。そしてそれが、誰の意図か、というのが気になる。
ディレクターやフリつけ師ならべつにいいが、今ステージ裏に戻ってきた清十郎の意図なら?
「
「おトイレ?」
「うん、ちょっと休憩」
席を立った瞬間に、
「……やっぱり!
「お兄さん、何だって?」
「千尋くん、行こう! 爆弾のことは
ケータイのカメラ機能でズームした映像で結衣たちが行ったのを確認した清十郎は、スタッフに取り出してもらった黒い三角の塊を見下ろした。
三つの頂点が順番に赤く点滅して、ピーピー音を鳴らしている。清十郎はそれを機材で囲むと、囲まれた塊を機材の上から見下ろしてニヤリと口角を上げた。
「……さて、トイレ行ってくっか」
両手を上着のポケットに入れて、スタッフに開けてもらった道を通っていく。そして清十郎の姿が見えなくなり、スタッフの大半がそこから離れていったそのとき、隙を見て塊を取り出そうとしたその腕を、背後から清十郎が掴み取った。
「悪ぃ、こいつは出させねぇよ。ここなら、そいつは爆発しねぇんだからな」
帽子を深く被った顔が、清十郎の方を向く。だが脅すような鋭い目つきにも、普段からその目で見られている清十郎には効果がない。清十郎は口角を上げたまま、塊を掴む手を下へ下へと
「そいつの点滅がなんでこの囲まれた中だとしないと思う? 理由はそいつが時限式じゃなく、送られた電波に反応して爆発するタイプだからだ。
この裏は色んな電波が飛び交い過ぎて、ケータイなんて圏外になるくらい酷い場所だ。そんな場所に置かれてるうえ、電波をさらにシャットアウトしてんだから、届くはずはねぇな」
帽子を脱ぎ、その顔を晒す。光が欠けた瞳で、清十郎を睨む。
「今さっき、黒髪女子からのメールを見てな。それまでこれが爆弾とは思わなかったぜ。まぁ、黒髪女子のことだ。今頃同類と仲良くGメールで見つけた爆弾で、初めての共同作業中――」
「Eメールはゼウスに敗れた」
「……は? 何言ってやがる。同類はそう簡単に倒れねぇよ。嘘ついて動揺させようったって――」
「我が名、アレス。嘘だというのなら、今から我がEメールを殺しに行く」
胸から腹にかけて、清十郎に刻まれた傷が血を流す。アレスが握る刀の先に、赤い血が滴っていた。
「ハッ、なるほどなぁ……銃刀法違反平気でしてる奴も、てめぇらの中にいたってわけだ。アレス、てめぇを捕らえて神を見つけて、このゲームは終わりだ」
「やってみせろ。このゲーム、すでに神は結果を知っている」
周囲を囲むスタッフ達。全員が拳銃を手に、銃口をアレスに向けていた。
「今気付いたのか? ここにいるスタッフの大半は、警察組織の人間なんだぜ? 大人しくしていた方が身のためだ」
頭を抱え、清十郎が笑い出す。そしてその頭を自ら叩くと、笑うのを止めた。
「今まで一人だったからな。こうして味方をつけたことがなかったが、今なら手下引きずれて、勝ち誇った気になってる奴の気持ちもわかる。たしかに、頼もしく思えて仕方ねぇ!」
「堕ちたな、帝王」
「知るか。元々誰かが勝手につけて、勝手に俺を表現した名前だ。いつ帝王になったかなんて、俺の人生表作ったところでわかりやしねぇんだ。おまえも勝手に落ちたと言ってるだけ。だがな……!」
清十郎の拳が、アレスの顔面を捉えた。機材を倒して、アレスが倒れる。
「勝手にあいつを殺すなんて言ってんじゃねぇよ。せっかく会えた、俺の同類だぜ? 自分と似た奴見つけるのなんざ、ダチ探すのより苦労させられるんだ。それを俺は、運よくダチよりさきに見つけられた……から!」
思い切り踏み込んで、清十郎が拳を振る。その腕をアレスに斬られながらも、拳はまたアレスの顔面にもろに入り、囲んでいたスタッフにぶつかりそうになるくらいに吹き飛ばした。
「やらせねぇよ」
殺気を籠らせたアレスが、おもむろに立ち上がる。彼はその刀を振るい、清十郎に切っ先を向けた。
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