努力の天才

 頭が軽い。朝起きたあやが、最初に思ったことだった。


 ベッドも借りた制服も汗だくでベットリしているが、体はそれに反比例してスッキリしている。体を起こすと、額に乗っかっていた濡れタオルが落ちた。隣を見れば、洗面器の側で座ったまま眠る光輝こうきがいる。


「……何だ、結局一晩付いてくれたのか」


 ベッドに唯一乗ってる光輝の手を、彩はそっと持ち上げて優しく握った。濡れたタオルを長く持っていたせいなのか、まだ熱があるせいなのか、指先が凍りつくように冷たい。眉間にシワを寄せたまま眠る光輝に、そっと耳打ちした。


 握っていた手を離し、ベランダへと出てうんと背筋を伸ばした。日差しが眩しい。だがそれよりも風の冷たさが強く感じられる。


 気付けばもう十一月下旬。神様の捜索ゲームが始まってもうすぐ一年が経つのだ。残暑だなんだと暑がっていたはずなのに、いつの間にかもう寒がっている。まだ一八歳だが、歳を取るたびに一年が早く感じられると、彩は思った。


 神様捜索ゲーム――この壮大なかくれんぼに、最初は大嫌いな権力者たちの権力を全て奪い取るために挑んだ。神のメールがあれば、それも可能だと思っていたからだ。


 だからこそ、初めて参加者である光輝に会ったときは、その野望に前進した気がした。そう、最初は弱気な彼を利用するつもりだった。過度に褒めて、期待して、利用するつもりだった。


 世間で言うところの、“魔性の女”だったんだと、彩は思う。


 だが光輝は、その考えを覆させた。


 結衣ゆいのために手を貫かれ、霧黒むくろのときは叩き込まれた護身術でメールを守り、ティアの引きこもりには折れた脚で励ましに行った。そして、警視庁本部では感情が暴走しながらも、来てくれた。


 いつだって他人のために頑張ろうとして、自分を傷つけて。怖いのは当然なのに、怖がる自分を責め立てる。ここまで他人のため、自分を削る人間が本当にいるなんて思わなかった。何故自分のために動こうとしないのか、不思議に思う。


 他人のために努力して、その努力を生かして成し遂げる。それを“努力の天才”と世間は言うが、本当にそうなんだろうか。


 努力なんて誰でも普通にやってることで、それが実を結ぶのはその人の真剣度で変わること。そりゃあ元々ある個人の能力は違うし、向き不向きと言うのもある。実が結ばず、自分を“最低の人間”と馬鹿にして責めたてる人間もいる。


 だが光輝は実が結んでも結ばなくても、自分を“最低な人間”と信じている。自分を責めても何も得られないというのに、褒められても自分を責め続けるのだ。


 そんな彼を好きになった自分は、本当に困り者だ。だがお陰で、純粋に人類滅亡を阻止しようという気にもなった。そして、目標が増えた。


 寝息を立てる光輝を見つめ、自分の胸に手を当てて誓うように呟く。


「神様一緒に見つけよう。必ず、自分を少しでも認めた君と」


「……ん」


 何と言うタイミングで起きるのだろう。聞かれてしまったのではないかと、思わず体がビクッと震えてしまった。


「ん? あ、彩さん……起きて大丈夫なの?」


 よかった、聞かれてなかった。胸を撫で下ろし、ベッドへと戻る。


「君が大丈夫にしてくれたんだ。本当にありがとう、光輝くん」


「いや、その……俺はとくに何も――」


 ったく、君が何もしてないなら、僕がこんなに元気なわけがないだろう?


 彩の指先が光輝の唇に触れ、言葉を遮った。照れ臭そうにはにかみ、光輝に自分の制服の場所を訊くと、彩はさっさと着替えて落ち着いた。


「いやぁ、本当に助かったよ。ってかあれだね、意外と制服のズボンも悪くないね。今度から制服、時々借りようかな」


「……誰に?」


「当然、君だよ」


「やっぱり……」


「っていうか今日借りよう! さっき着てたの、また貸して!」


「えぇ! そんな、汗だくになってるから洗濯しないと――」


「どうせ僕が履くんだ。いいって、いいってぇ。ホラ! 持って来て!」


「ホラじゃないって、もう……」


 その後、光輝の制服を彩が借りて登校したせいで、また光輝が嫉妬の目で見られることになり、それを警告するEメールも来たのだが……気付く事はなかった。


 そして、このメールにも当分気付く事はなかった。


「同類、何やってんだ?」


「お兄さん、まだ分からないの?」


「ったく……詩音しおんって誰なんだよ、結局」




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