RUN≪逃げる≫

聖陽せいようくん! 早く逃げないと!」


「わかってますって」


 一枚の資料をグチャグチャにポケットに突っ込んで、聖陽は未来みらいの腕を掴んで走り出した。階段を駆け下りて、一番に外に出る。


「聖陽くん、いいの? 弟さんがいるんじゃ……」


「大丈夫ですよ。弟は俺より動ける。これくらい、何ともない。今俺達がやるべきなのは、手に入れた情報を生かすことです」


 未来の心配を振り切って、聖陽はさっさと崩れ去る警視庁を背に走り出した。


 一度振り返り躊躇う未来だったが、今飛び込んでも出来る事はないかもしれない。おそらく、一人助けるのが関の山。何より、死ぬのはイヤだ。歯を食いしばって悔やみながら、聖陽の後を追いかけた。


 ボロボロと欠片を落とす天井を見上げ、テイラは通信室の扉を蹴って開けた。


「……行くぞ、崩れる」


 死体の山を蹴飛ばして道を作り、部屋の奥でデータチップをジーパンの尻ポケットに入れた結衣ゆいが頷いた。テイラに続いて部屋を飛び出し、階段へと走る。


「しかし、Gメールがいるという情報はどうなったのだ。これではWメールの効力が初めて怪しくなる」


「他の階かもしれないです。とにかく、今は逃げなくちゃ!」


 そのGメール――あや光輝こうきと共に階段を駆け上がっていた。一段抜かして上がり続け、いつも以上に息が上がる。


「彩さん、大丈夫?!」


「だ、駄目かも……日頃もっと、運動しとくんだったよ……」


 地上一階まで駆け上がり、彩が咳き込んで立ち止まった。内部ではすでに火災も発生し、黒煙が立ちこめている。確実に煙を吸っていた。


「彩さん!」


「だ、駄目だなぁ……やっぱ――」


 エレベーターでも爆発が起る。エレベーターの箱が上階から落ちて、一番下の階でグシャグシャに大破した。同時に起る爆風が、閉まっている扉を吹き飛ばす。爆風はエレベーターのまえにいた彩をも吹き飛ばし、光輝を倒す。


「イタタ……ごめん、大丈夫かい? 光輝くん」


「あぁ、大丈夫。大丈夫でなくなるまえに、早く出ないとね」


 彩を立ち上がらせて、出口に向かってひたすら走る。火災のとき、体勢を低くして煙を吸わないようにするなどいろいろ教わっていたものの、頭が働かずに全力で走った。


「もうすぐだよ! 彩さん頑張れ!」


 咳き込みながら走る彩を励ましながら、自分も走る。煙の奥に見えた出口を目の前に、希望が見えつつあった。だがここで、今日はもう聞かないと思っていた音を聞く。


「光輝くん?!」


 一発の銃声が響いたそのとき、光輝が倒れた。振り返った彩の目に、打ち抜かれた光輝の左足が映る。必死に立ち上がろうと脚に力を入れるたびに、傷口から血が溢れる。


「何で……!」


 瓦礫が落ちるその一瞬、黒く光る銃口が見えた。おそらく、さっき殺し損ねた殺し屋だろう。彼は瓦礫の中へと消えていったが、最悪の事態は消えていない。


「光輝くん!!!」


 彩が駆け寄る。自分を見下ろすその顔色は、明らかに悪い。


 確かに一人は煙にやられ、もう一人は足を打たれて動けない。周囲は人を焼く炎が囲い、建物は崩壊を続けている。絶望的だった。


「……立てない?」


「彩さん、早く行って。何とか出るから」


「何とかって、無理だろ? 立てないのに、どうするってのさ」


「あとで考える。とりあえず今は、これを持って外へ」


 光輝がケータイを取り、彩に差し出す。だが彩は受け取ろうとせず、しきりに首を横に振った。腕を使って上半身を起こし、彩へとさらに腕を伸ばす。


「早く……君は早く、外に出るんだ」


「馬鹿じゃないだろ君は! ここまで来たんだ! もう目の前に出口はあるじゃないか! 僕の腕を借りてでも、一緒に出るんだ!」


「……君は馬鹿なのか! ここでそんなことを言って、二人共死んだら意味ないだろう!? どちらか一人でも生き残って、このゲームを終わらせるんだ! 早く行ってくれよ! 彩!」


 残った力でケータイを外に投げる。咄嗟に拾いに行った彩だったが、光輝の元へ戻る力はない。それどころか、後一歩で外に出られる。光輝にしてやられたと、初めて思った。


「……約束だよ。どうにかしてよ?! どうにかしなかったら、本当に怒るんだからね!」


 外に出て行く彩を見届け、光輝はその場で力尽きる。立とうとすれば血が流れ、さらに体力を奪われた。


 ここで死ぬんだな……そういえば、メールって参加者が死んだらどうなるんだろ? 他の人の周囲の能力を、向上させてくれるのかな……だったらいいな。次は、俺よりもっと使える人に……渡って、神様を……


――早く行けよ! 彩!


 今さっき叫んだ言葉を思い出す。思えば彩を初めて呼び捨てしていた。生きていれば、たっぷり文句を言われそうだ。そんなことを考えながら、自分の視界がせばまるのが分かる。


 死ぬって……どんななんだろう。やっぱこう、眠く――


「さっさと走れ! 同類!」


「へ?! 米井よねいく――」


 跳んで来た清十郎せいじゅうろうが横っ腹を蹴り飛ばし、光輝の上半身を無理矢理起こす。そして光輝の襟を掴むと、外へと引っ張った。


「んなとこで死ぬんじゃねぇよ同類! 俺が許さねぇぞ!」


 死ぬ! 米井くんに殺される!


「ぬぉりゃぁっ!」


 清十郎が外に出た瞬間、入り口が爆発して建物は倒壊した。風圧を受けて、周囲の物や人が倒れる。吹き飛んだ清十郎と光輝も、地面をスライディングした。


「あ、危ねぇ。チンタラやってんな、同類! 死ぬかと思ったじゃねぇか!」


「お、俺は米井くんに殺されると思った……」


「お兄さん!」


 清十郎と光輝に気付き、千尋ちひろが駆け寄る。周囲はいくつも車が瓦礫に落ち潰されて大破し、炎上していた。すでに何台か消防車と救急車が来ている。光輝達の元へも、すぐに救急隊が駆けつけた。


「大丈夫か?!」


「こいつ、足を怪我してんだ。頼む」


「おし。こちらに怪我人! 速やかに病院へ運ぶぞ!」


 光輝から力が抜ける。体力を使いきり、気を失ってしまった。


 その後、火災は八時間という消火活動によってようやく鎮まった。焼け跡から四〇名を超える焼死体が発見され、鑑識の結果大量の殺し屋ということが判明。警察全体が、国のトップ直々の調査を受けるという事件にまで発展した。


 一般人の負傷者は二人のみ。どちらも重傷ということだが、命に別状なし。だが日本は、警察という犯罪者たちにとっての抑止力を失った。


 そして、月は九月へと入る。






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