純警隊

 夏休みも終わり、高校は二学期が始まった。だが光輝こうきはまだ病院。未だに足の怪我は治っておらず、入院中だった。


「光輝さん、ここまで頑張って下さい」


 リハビリに付き合ってくれている結衣ゆいが、部屋の隅で手を振って光輝を呼ぶ。壁に腕を立てて自分を支えながら、ゆっくりと結衣の方へ進んで行った。


 結衣のすぐ隣では、長椅子に座っているあやが手招きする。煙に喉をやられた彩は、しばらく声が出せない状態だった。


「もう少しです!」


「っ、ハァァ……」


 わずか五メートルを歩いただけで疲れる光輝の肩を、彩が笑って叩く。“体力減ったんじゃない?”と胸の内で言っていることは何となく分かった。結衣の肩を借りて、車椅子に座る。


「前より歩けるようになりましたよね」


「そうかな? そんなに変わらない気がするよ」


「進んでますよ、確実に」


 笑って誤魔化した光輝は、違和感を覚えていた。今まで以上に、結衣と会話が進まない。自分が軽く笑って、済ませてしまう回数が増えている。だが実際、その原因は分かっていた。


――結衣ちゃんは君のことが好きだと思う


 そんなことを言われたら、当然意識してしまう。文句を言っても、彩は話さずとも言い返して自分を負かす気がしてしまう。故に胸の内に押し止めて、光輝は結衣に車椅子を押してもらった。


 結衣が帰っても、彩は当たり前のように病室に残る。喋れないのでからかいたりないようだが、光輝にとっては疲れる時間が増えることにしかならない。そしてその時間は、すぐにやってきた。


「彩さん、手は使えるから」


 病室に戻って夕食の時間。卵焼きを掴んだ箸を光輝の口元に持って行く彩に、光輝は軽くツッコんだ。彩が嬉しそうに笑ってみせる。欲しかったリアクションなのだろう。その後もたびたびこのネタをはさんで、いつも以上に食事に時間がかかった。


「学校で宿題って出た?」


 首を横に振ったのを見て、安心する。学校に行けない今出される宿題は、習っていない場所から出てくるはず。そうなれば、苦戦は免れない。


 彩はメールをするジェスチャーで外に出てくることを知らせると、ケータイを片手に部屋を出て行った。だがそのすぐあと、部屋に男の人が入ってきた。二界道にかいどうだ。男女二人の部下を連れ、手には紙袋を持っている。


「紅葉饅頭は好きか? Eメール」


「はい、甘いのは好物です」


「ちょっくら、失礼するぞ」


 彩が座っていた丸椅子に座り、紙袋を光輝の座るベッドに置く。二人を部屋の外に立たせると、二界道はタバコを取り出そうとして躊躇った。


「足を撃たれたってな。歩けないのか」


「今、リハビリ中です」


「そうか。俺も一緒にいればよかったな」


「いえ。警部さんが周囲の人に非難を呼びかけたお陰で、死傷者が出なくて済んだんです。彩さんを救急車に乗せてくれたのも警部さんだって聞いたし」


「当たり前の行動だ。それにもう、警部じゃねぇしな」


「……これから、どうするんですか? 新しく立ち上がった警察にまた――」


「いや、警察は立ち上がらない」


「え……?」


 時計の秒針が動く音だけが、部屋に響く。二界道は紙袋に入っていた箱を取り出すと、箱の中に入っていた袋を取って開け、饅頭を口に放り込んだ。


「……フゥ。政府は警視総監と、その下にいた約七割の警部以上の幹部が今回の騒ぎの根源と知って、発足を諦めた。同じことを繰り返すような馬鹿はしねぇとさ」


 もう一個饅頭を口に放り込み、飲み込んだ二界道が話を続ける。


「そういうこった。まぁ、政府は新しい体制を考えてるようだ。政府直轄の犯罪抑制組織――“純警隊じゅんけいたい”。俺はそこの部下二人と、そこに呼ばれてる」


「何で。警部さんだって、向こうからすれば警視総監の息がかかってる人かもしれないのに」


「まぁ、向こうにはあるんだろうな。俺のようなやつを見分ける手段が、まるで俺達のメールみたいなもんが」


「メール……」


「まぁとにかく、俺らのことは心配すんな。すぐにニュースでもやるさ」


 リハビリが順調にいくことを祈ると一言言って、二界道は部下を連れて病院を後にした。戻ってきた彩が二界道を見かけたようで、首を傾げて何かあったか訊いてくる。光輝は今さっき聞いたばかりの話を、彩に話した。


 病院を出た二界道は男の部下――笹山ささやまに車を取りに行かせ、電話をかけた。一度のコールで、相手はすぐに電話に出る。


「どうだ? 鯨京ほけいの送った殺し屋の向かった方向から、参加者の場所は分かったのか? あぁ……あぁ、うん。で? あぁ、あぁ……あぁ。分かった」


「今後の動きは」


「……とりあえず、向かうは京都だな。一番多く殺し屋が向かわされ、殺された場所だ。西崎にしざき、おまえは笹山と京都に走れ」


「警部は?」


「俺は少し、やることがある。それに政府にちゃんと、入るって挨拶しとかないとな」


「では、私たちも――」


「それは駄目だ。三人でいる意味がない」


「わかりました」


 女の部下――西崎が渋々了承して頭を下げると、二界道はアイフォンをしまい、タバコを銜えながら一人歩き出した。


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