自己嫌悪

 自分が嫌い。自分を一番に嫌っているのが、この世の誰でもなく自分なのだ。


 かまってほしいのにほっといてほしくて、嫌いにならないでほしいのに好きになってほしくもなくて、不安定な自分がさらに嫌いになった。


 どうしたらいいか分からなくて、手当たり次第何かを壊して自分を痛めつけ、自分という存在を忘れようとする。超能力も魔法も使えないので、“この世の全てを破壊する”などと豪語したところで、頭のイカレた人間のはったりに聞こえてしまう。


 だが気分は、全てを破壊したかった。


 壁を殴ったところでヒビすら入れることが出来ず、手を翳したところで風も炎も起きやしない。全ての一部分しか、破壊出来ない。つまり、ほとんど何も出来ない。だから目の前に壊せるものが見つかれば、この上なく嬉しかった。


 自分にも出来るから。


「撃ち殺せ!」


 自分に向かって放たれる銃弾が、自分の頬をかすめて切る。背筋にゾクッと寒気が走ると、たまらなくなって走り出した。


「な! う、撃て――」


 一人の首根を掴んで力の抜けた腕から銃を奪うと、隣で動きが遅れた二人に銃弾を送り返してやった。胸に銃弾を受け取った二人が倒れ、噴き出した返り血が顔にかかる。首を握り締めている奴にも撃ってやろうかと思ったが、すでに泡を噴いて意識を失い、撃つ価値を失っていた。


 すでに壊れているものを、さらに壊す術はない。男はその場の壁に叩き付け、置いていった。


 まだ壊さなければならない。壊して壊して、自分をも壊さなければこの先自分がたない。両手に銃を持ち、ひとけを感じる方へと歩みを進める。


「いたぞ!」


 歩いていると向こうからゾロゾロと出てきた。石をどかしたら湧いてきた、アリの大群のようだ。想像するだけで気持ち悪い。だから、壊すことに決めた。


「撃て――」


 指示しようとした奴の浮き出ている鎖骨を撃ち抜いた。即死だった。すぐに壊れたのが気持ちよくて、自然と声が大きく張った。


「あのさぁ! 指示なしでも撃って構いませんよ?! ってか、殺し屋なのに下手過ぎるでしょう?! ほら、何も入れてないんですよ! 胸も頭も脚も腕も、どこ撃っても出血大サービス実施中ですよぉ?!」


 もはや言葉を選んでいなかった。自分の発言を頭の中で繰り返せば、一つも意味を理解出来ていない。空っぽだった。


「ほら、容赦することはないですよ……あなたたちにとって僕らが標的で、僕らにとってあなたたちは命を狙ってくる殺人軍団、どちらも命を取る取られるのに、これ以上の理由はいらないでしょう?!」


 助走なしでの全力疾走と共に、銃弾をムチャクチャに撃ちまくる。半分は命中し、その半分はそれで壊せた。残りは今から、情けなしの破壊活動で壊す。


 相手の頭を掴んで上に跳び乗り、無理矢理な角度に曲げて首をへし折る。倒れる死体からまた跳んで、次の相手の腕を肘から折ってナイフを奪った。首を貫き、頚動脈を切り裂き、一人また一人と殺していく。


 飛んでくる銃弾を目の前の人間を盾にして防ぎながら、確実に殺していった。


「おい! 応答しないか! 一体何を……三〇人は地下に待機させているはずだ。一人くらい気付かないか!」


 鯨京ほけいの電話が鳴り響く待機室。電話に気付く者どころか、人すらいなかった。部屋の前には二八名もの人がいたものの、すでに電話に出られない。全員、電話のベルが聞こえることはなかった。


 一人を除いて。


「ハァ……ハァァッ、ハァァ……」


 切れる息。全身を覆うように飛び散った冷たい血。そして周囲で壊れた人間がいることが、光輝こうきに生きているという実感を与えた。


 いつ以来か、ここまで暴れたのは。親が離婚し、母が死んだ翌年以来か。


 そうだっけ? まぁいいや、気持ちいいから。


「クッ……クソッ」


「……まだ生きてるんですね、壊しましょうかぁ?」


 足元に落ちている拳銃を拾い、立ち上がろうと必死にもがく男の頭に銃口を付ける。男の動きが止まれば、自然と口角が持ち上がった。


「助けはしませんよ? あなたたちが、僕らを殺そうとするから。やられるまえにやらなきゃいけないからなんだ。そう、これは正当防衛——」


 人を殺しているのだと、ここで初めて自覚した。今の自分が、狂っていることにやっと気付く。だがそれと同時に、自分を殺したくなった。


「正当防衛だとか……やらなきゃいけないとかぁ! 何で自分に罪がないように言い訳するかなぁ?! それが、そんな自分が! 一番嫌いなのにさぁぁ!」


 銃声が鳴り響く。だがその銃弾は、何もない壁に当たって砕け散った。


「大丈夫さ、光輝くん」


「なぅ……」


「君が君を嫌いだって? 当たり前じゃあないか」


 自分の腕を掴み、銃口の向きを変えた人物。その顔が、酷く悲しく見えた。いつだって冗談を飛ばして笑って、明るかったあの顔が歪んで見えた。


「自分が自分を嫌いだってのは、一般人の常識的感覚だよ。むしろ自分大好きって方が、よっぽどのレアだね。僕だって、僕みたいな人間が一番嫌いなんだから」

 

 それは紛れもなく、あやだった。間違えるはずもない。しかし光輝の破壊衝動は、彼女の登場では治まらなかった。


「あ、彩さ……離してよ。僕は今、君だって殺せるんですから」


「ハハ……何だよ、とうとう丁寧語で会話しだしたか。さん付けだけで、結構な距離感じてるんだぞ、こっちは」


「……どけと、言ってるだろぉ!」


 彩の腕を振り払い、彩に銃口を向ける。そして迷うことなく、銃を放った。


「どけないなぁ、今は」


 自分の胸に倒れこんでいた。銃はまた壁に当たり、標的は自分の懐に入って倒れこんでいた。銃を壁に向けたまま、思わず固まる。


「今どいたら、君のことが大っ嫌いな人しかいなくなる。一人ぼっちにしちゃうじゃないか」


「……一人になりたいんだ」


「悪いけど、今は出来ない。今君を一人にしたら、君は君を殺すだろう?」


 銃が手から滑り落ち、上がっていた口角から力が抜けていった。腕が、全身が震えて、涙が出てくる。


「君を一人にするのは、君が落ち着いてからだ。一時的な自己嫌悪の暴走で、僕は君に、君を殺させやしない」


「何で……僕なんかの命を助けようとするんだ。僕は、死んで……死んでも何の支障も発生しない人間なのに、何で」


「何で? 分からないのかい、君は。決まってるじゃないか、そんなこと」


 光輝の腕から力が抜け、彩と共に血の池に座り込んだ。彩が自分を抱きしめる感覚が、体中に伝わってくる。


「君を好きな人がいるからじゃないか。このハグは、ティアくんの代わりだ」


「ティア……さんの?」


「告られたんだろう? ティアくんは君が好きなんだ。多分結衣ゆいちゃんもじゃないかな?」


「そんなわけ――」


「ないって? 君は女性に関して鈍いからなぁ。そっちの方が信用出来ないよ」


「そ、それって失礼――」


「失礼なのは君だよ。君のことを好きになってくれた二人に、価値観ズレてるって言いたいのかい?」


「そ、そう言うわけじゃ――」


「なら殺さないでくれ、君を。許してやってくれ、君を。今君が死んだら、僕はもう二度と、ここまで人を助けようとはしないだろうから」


 光輝の目から、涙が流れる。一筋だけ頬を伝っていった涙は、彩の肩へと落ちていった。死にたく、壊したくなくなってしまった。動けない。


 声を上げて泣くことも涙が止まらないほど溢れることもなく、ただ脱力して彩の体温だけを感じ取る。次第に震えは止まり、落ち着きを取り戻した。光輝から離れて顔を見た彩は、優しく笑って光輝をゆっくりと立たせた。


「さぁ、行こうじゃないか光輝くん。このままじゃ僕達のゲーム、アニメ化したとき深夜放送で二六話完結にしなきゃならなくなる」


「……フフッ、絶対にアニメ化はしないと思うよ。五回くらい特番に呼ばれて終わりだよ」


「えぇ、それはないでしょう……ってか君、臭いな」


「そりゃ、血を浴びてるんだから」


「ゲッ! それ血か?! 後でお風呂入らないと」


「そうだね。俺も入りたいな」


 背後の光景をよそに、冗談を飛ばしながら歩く高校生が二人。その時二人は胸の中で、思うことがあった。


 もしかして……結構僕、狂ってる? 







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