正義の裏

 銃やライフル、ナイフまで持った人間がぞくぞくと出てくる、東京都警視庁。


 白いバイクの代わりに黒いバイクが飛び出し、それぞれのターゲットの元へと走って行く。普通はいるはずの刑事や警部、警察官の姿はまるでなかった。


「……ったく、物騒になったもんだよ」


 周囲に誰もいないことを確認して、ダンボールの陰からあやが走り出す。人の声が聞こえると通路を曲がり、壁の後ろに身を隠した。


「Dメールの回収に失敗したそうだ」


「では、我々はそちらに行くのが賢明か」


「そうだな」


 物騒な話だな……。結衣ちゃん、大丈夫かな。


 男達が消えたのを確認して、また走る。そして階段へと走ると、すぐ側のエレベーターから誰かが出てきた。息を押し殺して、出てきた人を確認する。


 さっきの? いや……同じなのは格好だけか。


 武装した男達が四人、ガチャガチャと音を立てながら出てきた。さっきの男達と違って無言で歩いているため、耳で情報を得られなかった。だが、盗み聞き以外にも情報を得る手段を、彩は持っている。


 ……待ってました!


 震えたケータイを手に取って、その画面に並ぶ文字列全てに目を通す。そして内容を八割把握しきったところでケータイを閉じ、明りが全くついていない地下へと階段を駆け下りた。


 足音を立てないようにしたいところだが、ほとんど足場が見えない暗闇の中で、足音に気を使っていられない。階段を駆け下りることで精一杯だった。


「ったく……警視庁って、こんな要塞みたいな場所なのかい? こういう場所で殺し合いするゲーム、僕見たことあるような気がするよ」


 地下へと下りれば床に設置された青のライトが道を照らし、壁には数百台の電子機器がチカチカ赤と黄色のランプを点滅させて並んでいる。警視庁というよりは、地下実験施設と言った方がかなり近い。


 通路を進んでいくと、段々と部屋が並び始めた。そしてそのうちの一つが開き、彩は警戒する。だが誰も出てこないことから、彩は開いた部屋へと入り込んだ。


 どうやらドアは、彩を見つけて開いたらしい。部屋には誰もいなかった。


 生きている人間は。


 死んだ人間の腐った臭いが、まるで鼻をひねり潰すように刺さってきた。部屋の奥にある大きなダストボックスから死体が溢れ出ている。血と腐った肉片が、ドロドロと流れ出ていた。


「何なんだよ、ここは……」


「ここは日本で唯一存在する、拷問部屋」


「へぇ、拷問……」


「警察のやり方に不満を抱くもの、実際に反発したものを捕らえて拷問という名のもと処刑する部屋だ」


 気付くのが遅かった。そうだ、今自分の質問に答えてくれる人などいるはずない。答えるとすれば、親切な敵ぐらいだった。


「チッ!」


 振り返った刹那、彩は引いた拳を叩き込もうとした。だがその拳は、相手に当たる寸前で止められた。彩自身によって。


「警部さん?!」


「元、警部な」


 二界道にかいどうはタバコに火を点け、煙を吹かせてから悪臭に鼻をつまんだ。


「ったく、本当に一人で潜入するとはな」


「何で警部さんがここにいるのさ! 光輝こうきくんの保護が済んだら、部下の人達としばらく潜伏する約束だっただろ?!」


「仕方ねぇだろ。その保護される方が、ヤダって言うんだからよ」


「……へ?」


「何?! すぐに取り押さえないか!」


 鯨京ほけいが報告しに来た部下を怒鳴り散らす。だが部下は何とか分かってもらおうと、オドオドしながら報告を続けた。


「ですが同時に三方から襲撃され、ただでさえ外に放っていて少ない人員をさらに分割しているため、対応が追い尽きません! さらに言えば一人は警視庁の外! ここで人を殺せば、後に市民にすべてが明かされます!」


「クソォ……中で暴れている二つを殺せ! そのあと、外で暴れているのを捕まえろ!」


 警視庁、八階 資料室。


「ったく、整理整頓はしてくれないかな」


「ね、ねぇ……これって、殺しちゃったの?」


 床に散らばった資料を漁る聖陽せいように、未来みらいが話しかける。部屋の前と入り口付近では、横たわる人と血の池が広がっていた。ケータイを銜えながらファイルをペラペラとめくり、聖陽がケータイを握る。


「知らない。両腕と両脚のけんを撃ったから動けないだけなんだろうけど……何発か違うとこ当たって死んでるかも」


「無責任な」


「無責任なのは今の警察だよ。今のこれは、元々がどういう組織だったかっていう根源を忘れてる」


 四階 通信室。


「て、テイラ・ガンバーグ!」


 放たれる銃弾がテイラの腹、胸に当たる。だが銃弾はテイラを傷つけることなく弾き返された。


「なっ!」


「ひ、怯むな! 中に何か入れてるだけだ! 撃って駄目なら切り殺せぇ!」


「ノン、甘い選択だ」


 先攻してきた一人の腹を殴り、その手からナイフを落とす。そのナイフを掴み取り、殴った腹をナイフで貫いた。

 

 殺した相手を敵に投げ付け、一瞬の隙を作る。死体を避けた相手の目前まで迫り、その眼球を抉り切った。悲痛に叫ぶ相手の首を切り裂き仕留めると、次々に他の敵を一撃で仕留める。


 返り血を浴びたテイラは目の前から立っている人間が消えると、通信室の奥へと戻った。


 警視庁、駐車場付近道路。


「おら、殺してみせろ。それがてめぇの正義のためだったんならなぁっ!」


 清十郎せいじゅうろうの拳がナイフをかわし、敵の顔面を凹ませる。指を何回か曲げて挑発し、ナイフを片手に突っ込んできた相手を拳の餌食にしてみせた。


「相手は子供だ! 怯むことはない!」


「不良という悪の種が、消え失せろ!」


「ハァ?」


 子供の一撃が大人を悶絶させ、威圧した。街路樹の後ろに隠れている千尋ちひろが度々頭を出して、清十郎の無事を確認する。


「悪の種? ハッ! つまりてめぇらは、悪を根絶やす正義の軍団ってわけだ」


 清十郎が拳を引き、千尋を一瞥する。清十郎の視線に気付いた千尋が顔を出すと、一気に駆け出した。


「正義の裏は悪、それは間違いねぇ。だが知ってるか、大人共。正義の反対の位置には悪はいねぇ。そこにはただ、別の正義がいるだけだぁ!」


 スタンガンをかわし、ナイフをかわし、ハンマーをかわし、拳を叩き込んでその場から立っている敵を消す。すぐに立ち上がれば、問答無用の二発目が放たれた。


「ガキ、覚えておけよ。てめぇの正義を守ることは悪じゃねぇ。だがな、てめぇの正義のために他の正義を全部否定したその瞬間、悪になる」


「難しいよ」


「……チッ、まだガキか」


「清十郎くんたちが来てるのかい?!」


「あぁ」


 状況を知った彩は溜め息を漏らし、頭を抱えた。だがすぐに思い出し、二界道に詰め寄った。


「光輝くんは? 光輝くんはどこにいってるのさ?!」


「あぁ……君の事を話したとき、泣きながら自己嫌悪してたんだが、いきなり電源が切れたみたいに大人しくなって、ここに行くと言い出した。着いたら着いたで、いきなりつっ走ってな」


「それで?」


「階段で下りて行くとこまで見たから、追っかけて……さきに君を見つけた」


 地下三階。 


 雇われた殺し屋達が待機する場所に、一つの足音が響いていた。足音のする方に銃を向けた男が三人、その正体に驚愕する。


「子供?」


「あ、あぁ。勝手に迷い込んだのか?」


「と、とにかく外へ――」


「あなたたちですか」


 足音が止まり、感情のこもっていない冷たい声が通路に響く。そして再び進みだした彼は、顔を覆った指の隙間から、三人を睨んだ。


「あなたたちですか……僕の周りで、随分と暴れているのは」


「そ、それ以上は立ち入るな! ここから先、一歩も踏み出す事は――」


「質問に答えろぉっ!」


 自分の顔に爪を立て、引っ掻き回す。そして大きく開いた光の欠けた瞳で、三人を睨みつけた。


「訊かれたら答えるのが基本ですよ……会話しましょう? 今ならあなたたち三人、頑張れば殺せる気がするので」


 彼――光輝の瞳に映るすべてが、消えていった。



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