青シャツの少年

 朝のHRが始まる一五分も前から、清十郎せいじゅうろうは自分の席に着いている。脚を机に置き、ケータイを弄くってHRが始まるのを待っていた。室内だが、フードを深く被って顔を見せない。


 HRが始まり、今日の時間割を見た清十郎は面倒そうに舌打ちをしてケータイをしまった。最初の授業が体育だったのだが、着替えを持って来ていない。清十郎は授業が行われない裏の校庭に歩いて行った。


「あぁぁ、暇だ。暇だ、暇!」


 校舎に寄りかかり、フードが脱げないように手で押えながら空を流れる雲を仰ぐ。表の校庭で準備運動しているクラスメートの声が聞こえて、隠れる様に奥の方へと進んで行くと、学校の裏門に来た。


 その門の前で一人の子供がしゃがみこんでいるのに気付いて歩み寄り、柵に寄り掛かる。


「おいガキ、ここで何してる」


 子供が清十郎を見上げる。丸い頭に黒髪の男の子だった。青いシャツの端を掴みながら立ち上がり、門を指差す。


「学校」


「あ? 学校っても、ここは高校だ。お前はまだはえぇよ。親はどうした、ガキ」


 首を傾げ、男の子は答えない。だが清十郎が背を向けた瞬間に、男の子は声を上げた。


「お母さん」


 母親が見つかったと思って振り向いた清十郎だったが、男の子がケータイを清十郎に見せているので門を出てしゃがんだ。


「お母さん」


 男の子がケータイ画面を見せようとする。だが清十郎が取ろうとすると、男の子はケータイを隠してしまった。面倒に思って頭を掻く。


「捨て子か迷子か……どっちでもいいか」


 言葉の意味が分からないのか、男の子はまた首を傾げた。ケータイと一緒にシャツの端を握り締め、指先だけをモジモジと動かす。清十郎は立ち上がって右の方を指差した。


「いいか、ガキ。こっち方向にまっすぐ行けば、警察のいる交番がある。分からなくても泣くんじゃねぇぞ。ジジィ共が散歩してっから、面倒みてくれるだろ。分かったらさっさと行け」


 そうして男の子を置いて、清十郎は学校に戻っていった。自分に喧嘩を売ってくる同い年くらいの連中ならまだしも、小学生の相手などしたくはない。いつか親がくるだろうと思い、クラスメートより先に教室へと戻った。


 帰りのHRが終了し、清十郎はクラスメート全員が教室を出てから学校を出た。早くに出て、他校の奴らが喧嘩を売りに来て見せ物になるのがいやだからだ。故に校門を出るのは遅めになるのだが、校門を出て清十郎は立ち止まった。


「ガキ。何でまだいやがる」


 男の子が裏門から正門に位置を変えてしゃがんでいた。清十郎に気付き、またシャツを掴んだまま立ち上がる。


「お前、右に真っ直ぐって言ったろ? 何で右回りで向かいっかわに来てんだよ、ガキ。さっさとお前、親のところに――」


「お母さん」


 男の子がまたケータイを清十郎に見せる。清十郎はその場でしゃがみ、ケータイの画面を見つめた。


『おうちからまっすぐいったところに、フードをかぶったひとががっこうにいるの。そのひとにたすけてもらって、ちひろ』


「ガキ……てめぇ――」


 清十郎の側で空を切る音が鳴る。地面を蹴って前に跳び、男の子を抱えて清十郎は道脇に転がった。


米井よねいぃ。ガキなんて連れて、子連れ番長でも始めたのか? あ?」


 金属バットを持ち上げ、制服を来たスキンヘッドの大男が清十郎を見下ろす。下校しようとしていた生徒が危険を感じ、裏門の方へと逃げて行く。


「隣の奴か? てめぇ、マンガばっか見てそうだが。不意打ちはした方が負けるっていうのは定番だって知らねぇのか?」


「るせぇんだよ! ひょろひょろぉ!」


 金属バットが再び振られる。清十郎の頭に振り下ろされたバットは、清十郎の脳天に叩き込まれた。歯を食い縛り、痛みを堪える。


「んだ? 聞いてたのと違って鈍いな。バットくらい軽く避けるって聞いたぜ? それとも、そのガキ庇って避けられなかったか?」


 フードを被っているとはいえ、バットの衝撃は和らげられる訳ではない。清十郎は頭を押さえ、後ろに居る男の子を指差す。


「いいかぁ、ガキィ……今は守ってやる。その代わり、後で少し俺に付き合え……わぁったかっ?!」


「……うん」


「よぉし……」


 口角をグッと上げ、清十郎はフードを脱いだ。白髪を全て後ろに流し、頭の後ろで短く結んでいる。橙色の瞳で大男を睨み、額から流れる血を手の甲で拭った。


「てめぇ……いいか? 俺は何かを守る時に力を発揮する、主人公みたいなキャラじゃねぇんだ……わぁってる。俺はいつでも、自分の為に強くなる方だってな」


「は? 何言ってんだ、てめぇ。頭がおかしくなるほど、強くやった積りはないがな」


「いやぁ、おかしくなった。自分の為に殴ってきた俺が、今だけでも後ろのガキの為に殴ろうってんだから……俺は今、最高潮におかしい!」


 一発。たった一発の拳が大男の顔面に叩き込まれた。鼻は曲がり、前歯が折れる。それだけで大男は仰向けに倒れた。バットを脚で折り曲げ、大男に向けて投げ捨てる。


「ガキィ……ちょっと話聞かせろ」


 額を押さえ、清十郎はフラフラと男の子と共に歩いて行った。

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